46.1ヶ月間の不登校 -前編-
「え....。」
「あれからバイトも続かなくて、夏休みはずっと布団の中。でも、このままじゃ家族がって思う度に気がおかしくなりそうだった。結局、家族に全部話さなきゃいけなくなって、それからはお兄ちゃんがバイトづくめで、お母さんは私と話すたび、「ごめんなさい」って泣き崩れるばっかり。」
四季乃は目の前のカーテンの壁を真っ直ぐ見つめていた。
「間違い続けたのね。何をやっても、何を願っても、不幸の道を歩いてしまう。」
「四季乃ちゃん....。」
彼女は前を向いたまま、ふと笑みを浮かべて言った。
「ね、最低な話でしょ。」
「そんなことないよ。一日でも早く元通りになって、幸せな生活に戻って欲しいって思った。」
四季乃はフッ、と皮肉めいた笑いを溢す。私は続けて彼女に言った。
「そうなる権利がある。...なきゃおかしいよ。」
「明希、嬉しいけど、私がそうなるには悪事に手を染めすぎた。」
私たちは一度静かになった。物思いに耽るように膝に視線を落とす四季乃の、暗い瞳を見つめる。
「ねえ、四季乃ちゃん。」
「...?」
「なら、せめて謝りに行こうよ、四季乃ちゃんが傷つけてしまった人たちにさ。」
「え...?」
「今すぐじゃなくたって良いけど、前に進まなきゃって思うなら、「どうせ」って思うことから変えなくちゃ。」
「.....どうせ、か。」
「大丈夫だよ、なんかあったら私がついてるから。」
「ああ......。」
「どうしたの?」
「そんなこと人生で初めて言われた。」
下町の鶴
6章-初秋-
☆Episode.46「1ヶ月間の不登校 -前編-」
時は六時限目の終わり頃。私はまた四季乃の部屋に入り、彼女と言葉を交わし合っていた。
「そういえば、明希はどうしてここに来たんだっけ?」
四季乃が問う。
「え?」
「保健室にだよ。何かあったの?」
私は瑞希の暗い表情を思い浮かべた。
「ああ、友達と喧嘩しちゃって。」
「喧嘩...?」
―――――――――――――――
「優しい優しいって、そういう役を無理やり着せて、断れない私に何でもかんでも押し付けて!!」
「明希はいつまで経ってもハッキリしないし。」
「私と...もう友達でいたくなくなった...?」
「少しだけ距離を置かせて。」
―――――――――――――――
私の目を真っくずに見て話を聞く四季乃。
「少し、複雑なんだ。」
と私は返す。彼女は
「...私もあんな滅茶苦茶な話を聞かせちゃったんだし、どんな話が来たって驚かないよ。」
と、言って口元が微笑む。
私は瑞希との間に起きたことを言葉にして話した。今思うと恥ずかしくて言えないようなことは少し遠回しな比喩表現を使ったりしながら話した。だが、悔しいほどに四季乃の直感力は大きかった。
「そう...。」
「うん。何ていうか、母親と重ねちゃって。でも、血の繋がりがないってだけで、あんなにも気持ちがねじれるもんなんだなあって。」
「確かに、複雑だね。」
「でしょ。」
私は、カーテンの壁に浮かべた遠くの景色を見つめる。そして深いため息に乗せて呟いた。
「好きだったんだ、心の底から。本当に、今思えばおかしな話なんだけどさ。」
そんな私の微かに光る目を見て、四季乃は言った。
「失恋ってどうしてあんなに胸が痛くなるんだろうね。」
「四季乃ちゃんも、したことあるの?」
「ええ。でも終わり方は明希と少し似てるかも。私に沢山尽くしてくれた人だったのに、最後まで我が儘ばっかり押し付けてさ。向こうが怒っちゃって。」
「おんなじだね。」
「ふふ、かもね。でも一つだけ違うよ。」
「....?」
「明希はすぐに前を向いて、強くなろうと頑張った。いつまでも自分に起きたことを誇り続けてた私と違ってね。」
「四季乃ちゃん...。」
彼女はニコッと笑顔を見せた。
「もう、私また泣いちゃうぞー?服びしょびしょにしても知らないから!」
私はそう言って彼女を揺さぶった。初めてあった日のことを思えば、こんなことが起こるなど誰が予想できただろう。そう思えるほど二人は笑いあった。
「それでずっと保健室にいたの?」
「え?」
「ほら、さっき言ったじゃない。その子と距離を置いてるって。」
「ああ...、そのことね。」
「まだ、その友達は怒ってるの?」
「分からない。でも、まだその子に会いに行く勇気が持てなくてさ。」
そう言うと、四季乃はあっさりした表情で私に言った。
「どうして?」
「....え?」
「どうして、勇気が持てないの?」
「.....だって、まだ怒ってるかもしれないから。あんなことをした後だから、怖いんだ。」
すると、四季乃は優しく微笑んだ。
「でも、明希はちゃんと考えて、恋心に見切りをつけたんでしょ?」
「........。」
「もう十分待ったと思うな、私は。一度、声だけでもかけてみたら?」
彼女の言葉に私は心が揺さぶられた。しなきゃいけないと思いながら、やろうとしなかったこと、失いたくないと思いながらも、動き出せなかったことに四季乃は火をつけてくれた。
「許してくれるかな...。」
「ええ。」
「仲直りしてくれるかな。」
「ええ。明希のこと、ずっと親兄弟のように大切にしてくれた親友なんでしょ?そう簡単に縁を切ったりはしないよ、絶対。」
「....ありがとう。」
キーンコーンカーンコーン
私が腰かけていたベッドから立ち上がると、今日の最後の授業の終わりを伝えるチャイムが鳴り響く。
「四季乃ちゃん。」
「うん?」
「間に合うかな、今からでも。」
「ええ。明希なら、きっと。」
「....私、ちょっと行ってくるね...!」
そして保健室の扉へ向かって走り出したとき、この背中に四季乃がエールを送った。
「一度壊れたら戻せなくなるものは沢山あるの。どうか私のようにはならないでね。」
去り際に私は、振り返ってコクリと頷き、彼女に微笑んだ。
―――――――――――――――
【4年前】
母の葬式後、瑞希が海に行こうと言って連れてきてくれた。そこは、まだ三人家族だった頃の思い出の中で最後に行った砂浜だった。
「はあああ、やっと着いた...!」
「ここは....。」
「覚えてる?明希が昔、「家族と行った」って楽しそうに話してくれたとこだよ。」
まだ私が十歳になったばかりの頃、緑色の電車に揺られて行ったのがこの砂浜だった。元々は江ノ島に行くはずだったのが、道草が多すぎてすっかり暗くなったのが理由で、その随分と手前にある稲村ヶ崎という海岸で夜の海を眺めていた。
「みっちゃん、どうしてここに?」
「えへへ、「お泊まり会って聞かされてたのに、こんなとこまで連れてかれるなんて思ってなかった」とか思ったでしょ、今。」
「........。」
「忘れちゃいけないと思うんだ、お母さんのこと。」
「え...?」
「楽しかった思い出も、喧嘩したりしたことも、二度と戻らないなら生きてる意味なんて無いじゃない。」
「.....うん。」
「二度と会えないとか、永遠の別れだとか、そんなものはないって私は思う。だから何度でも思い出して、その俤を明希の中で育てていかなくちゃ。」
「みっちゃん...。」
「どうするにしても、いつかは前を向かなくちゃいけないよ?でも忘れることで前を向くのは、それは違うと思った。」
「だから....ここへ?」
「うん。」
「.....みっちゃん。ありがとう。」
「えへ。明希、一緒に大人になっていこ。」
「..........、....わかった。」
私は彼女の目を見た。これから何が起ころうとも、瑞希が側に居てくれる、そう思うと心強かった。
「よーし!せっかく海来たんだし、夏っぽいことしよーぜー!何つって。」
と、突然瑞希は私の背中を叩いて、海に向かって走りだした。
「ちょっと...!そんな季節じゃないし、もう真っ暗だし危ないよ!」
「えへーっ、うるせー!これでも食らえーっ!」
波打ち際から瑞希が海水を投げつけてきた。飛び散った水滴は私の服に何滴もついて、それを予想してなかった瑞希が一瞬固まった。
「あ、...ごめん。」
不自然な元気さを見せつける瑞希を見てると、暗い気持ちでいるのが馬鹿らしくなって、吹っ切れたように私もおどけて見せた。
「このーっ、よくも!」
「ごめーーん!!そんなつもりじゃー!」
「みっちゃんもベタベタになれーー!」
「やだーー!!」
月の光に照らされた青い海の前を、二つの影が楽しそうに横切る。悲しいだけに思える波の音さえも私たちは絵にした。
波打ち際スレスレの場所で瑞希を追いかけつづけて、やっと追い付いたと思うと二人の足が絡まって、一緒になって砂浜に倒れこんだ。
「あはは....!明希、泥だらけだね~。」
「みっちゃんだって、家帰って怒られても知ぃらない。」
「あー、それ言うー?」
「ふふふ。」
「えっへへ。」
首を上に戻すと、目の前には満点の星の海が広がっていた。私は思わず
「綺麗...。」
と溢す。瑞希も
「わあ、本当だあ...。」
と、感動しているよう。二人でそれを見つめていると、彼女が言った。
「お母さんも見てるかな。」
「さあ、どうだろ。」
「見れてないならさ、会えたときに飽き足りないくらい話そうよ。今二人で見てる景色も、これから見られる景色も、みんなみぃーんな....!」
「うん。その幾つかは、みっちゃんと見たいな。」
―――――――――――――――
沢山の生徒の笑い声が聞こえてきそうな、そんな面影を残した放課後の校舎。一ヶ月前までは当たり前のように通っていた自分の教室へ向かう。
瑞希と一緒に笑いあった砂浜での出来事をふと思い出し、私は廊下の窓から空を見上げてみた。カラスの鳴き声と、グラウンドから微かに聞こえてくる運動部たちの掛け声がその空模様を彩っていた。
もし、この人生で瑞希に出会えてなかったら、あの日の私はどうなっていただろう。さんざん迷惑をかけてしまってあんなことになってしまったけど、そんな日々がなければ私の心は、母を呼ぶ鳥の雛のような心から成長出来ただろうか。そう自分に問いかけながら歩いた。
どの教室も人が一人として居なかったので、私はもう瑞希は帰ったものだろうと思っていた。それならばせめて、彼女の机の前で黄昏に思い耽たいと思った。
自分の教室の目の前に来ると、そこには杏色に染まる教室にぽつり、一人の少女が窓の外を見ていた。差し込む夕日が彼女の髪飾りを照らし、太陽のように輝いている。その姿はまるで天の使いのようだった。
揺れる綺麗な黒髪に向けて、私は声を投げ掛ける。その少女の名を私は知っていたから。
「みっちゃん。」
彼女はゆっくりと、その声の元へと振り向いた。
つづく。




