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下町の鶴  作者: 瀧ヶ花真太郎
6章.初秋
40/121

40.我慢の限界-瑞希編3-

【本編には過激な表現があります】

下町の鶴

6章-初秋-

☆Episode.40「我慢の限界-瑞希編3-」


「お待たせ。」

明希が小さなテーブルにお茶菓子を置く。

「さ、食べよ。」

彼女がそう言うと、それに誘われた私は静かに彼女の隣に座った。

「いただきます。」

そう言ってお茶を手に取り、置かれたお菓子をひとつ、ふたつと摘まみ、微笑んだ。

不思議な気持ちだった。明希が口に入れるもの、それが喉に流れていく音でさえ、妙な色気に感じて複雑だった。私は取ったお菓子を明希の口元に近づけてみた。

「.....?」

「あーんして。」

「え、どしたの?」

「いいから。」

「.....?あーー...」

私の指が明希の柔らかい唇に当たると、この心臓は更に鼓動を速くした。恥ずかし笑いをする彼女に、私はだんだん気持ちを抑えられなくなっていく。手渡ししたお菓子は彼女の口のなかで咀嚼され、飲み込む音がまたこの鼓膜に触れる。私はとうとう我慢できなくなって、彼女の両肩を掴んだ。

「明希。」

「......!なに....なに、どうしたの?」

「....もう一度言って。」

「な、なにを?」

「"好き"って。明希の口から、もう一度。」 

「........。」

「ねぇ、はやく。」

「.....私、どうしたら。」

「ねえったら。」

明希は少し戸惑った表情を見せていた。だが、私にはもうそれに気をやるほどの意識はなかった。

「.....すき......好きだよ。瑞希の、...こと。」

「..........。」

「み........ずき?」

「......うふふ。」

私は明希を押し倒した。倒れた彼女に折り重なって顔を近づけ、今にも焼けそうな熱い息に言葉を乗せ、それを彼女に向けて吐いた。

「ねえ、この前のキスの続き。....してあげる。」

そう言って明希と唇を合わせた。

身体が溶けそうな気がした。全身に走る電気のような緊張、肌に纏う熱帯夜は、正しいとか、間違いを全てぼやけさせ、心は完全に麻酔の中で溺れていた。熱を帯びた柔肌の刺激は、人を狂わせてしまう程の快楽だということに、それに気づくのに時間など必要なかった。

暑さに耐え兼ねて制服を脱ぎ捨てると、そのポケットに入っていた小瓶が落ちて転がる。明希がそれを見つけると、彼女は驚くようにして固まった。

「瑞希...、あれ....なに。」

「どうでもいい。」

明希の質問に口づけで黙らせようとした私を、彼女は両手で止めた。

「何するの。」

「何するのじゃない...。....瑞希、あれはなに....。」

「........。」

「何の薬....、何飲んだの....?」

明希は目を合わせることが出来ずに、声が震え始めた。

「ねえ.....今の瑞希は、瑞希なの....?」

「....え。」

「みっちゃんの、.....本心なの...?」

「そんなこと、どうで―――」

「どうでも良くない...!!」

明希は、その綺麗な瞳からキラキラと涙を浮かべて嘆いた。

「こうなりたいって...夢にみてたよ、こうなりたいって...。でも、それは瑞希が...薬で無理やり心を黙らせてまで、そんなことをしてまで思い通りになって欲しかった訳じゃない...!」

明希の言葉がこの胸に届けば、私は彼女の涙を拭いて、ごめんと謝ったのかもしれない。しかし、私の心はもう麻痺している。その言葉は例え胸に突き刺さろうとも、今は痛みにさえならない。

「....うるさい。どれもこれも全部、明希が始めたんだ。分かったら黙って私とするの。」

「やだ!やめて...やめて!!そんなの瑞希じゃない!!」

明希は必死に抵抗するも、その弱い力では何も止められない。無理やりに服を脱がし、その肌を隠す最後の生地を取り払おうとした時、扉が勢いよく開いた。振り向くと何故かそこには、息の切らした詩鶴がいた。

「明希!!みっちゃん!!」

私と明希は、詩鶴の手によって引き離される。

「このっ...、明希からっ...離れろ!」

私は壁に押さえつけれれ、強い口調で問い詰められた。

「みっちゃん!!何やってんだよ!!」

「あははぁ....つるりん~、へへっ、詩鶴も交ざって三人でシようよ~。」

「.....っっ!」


....ピシッッ!!!!!


目の死んだ私に、詩鶴は目一杯の力を込めて頬を平手で打った。

「目を覚ませこのアホ!!明希が嫌がってんのが見えないの!!?」

明希の服は乱れ、顔はぐしゃぐしゃになり、声を上げて大泣きしていた。頬に走る痛みと、鬼のような詩鶴の形相。私は我に帰って途方に暮れた。

「わたし......わたし.............。」

「いい加減にしろよ...、あんなに一杯悩んで、落ち込んで、出した結論がこれかよ。ふざけんのも大概にしろ。」

怒りに震える詩鶴の声とともに肩を強く揺さぶられ、私は怖くなって泣いた。

「もう...何なんだよ二人とも...、正気に戻れ....。」

大きくため息を吐いた詩鶴は、崩れるように座り込み、涙声でそう言った。そして、転がり散らばった小瓶を見つけると、明希と同じ言葉でまた私を責め出した。

「これ....何...。」

「......。」

「媚薬....?」

「................。」

「はあ.....、もう本当何やってんだよみっちゃんは!」

強い効力のある、一種の合法的な麻薬みたいなものだ。本来なら三つも飲めば十分効果を発揮するものらしいが、それを私は五錠も飲み込んだ。正気が保てなくなるほど....いや、正気なんか一瞬で壊れた。

「馬鹿じゃないの.....?だって、だって誰一人として望んでないんじゃん。こんなことしてまで、これが明希の為だって本気で思って――」

「.....るさい。」

「え.....?」

私はもう、どうしていいか分からなかった。感情がぐちゃぐちゃになっておかしくなりそうだった。私は諭す詩鶴を突飛ばし、大声で怒鳴り付けた。

「うるさいんだよ!!みんなみんな、私を分かったような口聞きやがって!!」

「みっ....ちゃん...?」

突き飛ばされた詩鶴が、驚き屈した目で見つめる。明希はそんな詩鶴の背中に隠れて、言葉にならないような怯えかたで私を怖がった。

「優しい優しいって、そういう役を無理やり着せて、断れない私に何でもかんでも押し付けて!!それで力になろうって頭悩ませてやったらいっつもこうだ!気がおかしくなったみたいな言い方して、それにどれだけ体調崩して吐き気我慢して顔に出さないようにって、それでも一生懸命休まず学校来てんのに、そしたら今度はなんだ、"無理しなくていいんだよ"だぁ!?ふざけんの大概にして欲しいのはこっちなんだけど!!

明希だっていつまで経ってもハッキリしないし!なに、私と恋人になれたらそれでいいんじゃないの!?私こんなに頑張ってんのに何でまだ我が儘言われなきゃいけないの!?」

「そ....それは...、みっちゃんのた―――」

「私のため!?私のためならあのまま黙ってされとけば良かったじゃない!」

「....みっちゃん....怖いよ....。」

明希がボソッと呟く。詩鶴は体操座りで眉をひそめ、私に言った。

「あのさ....こうなる前に、何で全部話してくれなかったの。」

私はその言葉に、顔がぐしゃぐしゃになるまで目を濡らし、反論した。

「言ったら詩鶴はどうにかできた?何も間違わずに解決できた?」

「それは.....分かんないけど...。」

「ほら、分かんないんじゃん!!だったらもう勝手なこと言わないで...。」

「..........。みっちゃんは、本当に"これ"しかなかったの...?」

「.......分かんない。そんなこと考える余裕なんか無かった。」

私のがっしりと閉じた両拳に、明希は恐怖を圧し殺し、勇気を目一杯に振り絞って言った。

「みっちゃんは、私にどうして欲しいの...?」

「は?」

「ごめん...!悪気があって言ったんじゃなくて....。」

「....もうここまで来ちゃったんだ。明希がそれで喜ぶなら良いよ、彼女になったって。」 

「......ありが.....とう。」

「続き、しないの?」

「え......?」

「さっきのだよ。まだ嫌なの?」

「う、うん....。」

「分かった。...トイレ借りていい?」

「え.....?」

「まだ薬切れてないの。....ほら、その....。言わせないでよ...。」

「ああ、....うん。」

扉が閉まり、部屋に取り残された詩鶴と明希は交わす言葉のひとつも思い付かないまま、惨い静寂に包まれた。


つづく。

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