4.家族
ープロローグー
-会社にて-
「名取、お前またここ間違えてんぞ。」
「え。うわ、ほんまや...。すいません、すぐ直してきますんで。」
「そろそろいい加減にしてくれよ。ここ学校じゃないんだから。」
「すみません...。」
怒られてばっかりの悲惨な午前を思い出し、ため息をついた。今は昼休憩で、同僚と一緒に食べている。
「刈谷さん、仙台の部署に異動ですって。」
「家族どないするんでしょうねえ。お子さんも居てはるのに。」
「ですよねえ。友達ともお別れになっちゃうし。」
「そういうとこほんま、もっと家族をメインに考えてくれる社会になるべきやと思いますね。」
「僕はまあ、まだ独身なんでどの時代になってもコキ使わされそうですけどね(笑)」
「あはは、何言うてはるんすか。家族持ったら家族にコキ使わされるんですよ。」
「ああ、男の宿命ですな。」
二人一緒になってゲラゲラと笑う。
「そのお弁当、奥さんの料理ですか?」
「これねえ、昨日の余りもんなんすけど、娘が作ってくれたんですよ。」
「ええ~!羨ましいなあ。」
「当番制なんですよ。それで昨日は娘がその日で。」
「へえ。え、てことは名取さんも作られるんですか?」
「いやあ。俺、料理はめっちゃ下手で。「作るな」とか言われてますんで(笑)」
「あらら(笑)」
「仕方ないんで弁当買ってくるか、外食ですね。せめて作れない分、旨いもの食べさせたろって思って。それで毎日、課長に怒られに行ってる訳ですわ(笑)」
「なるほど。」
しばらくして同僚が聞く。
「やっぱり家族って良いもんですか?」
【本編】
下町の鶴
1章-居酒屋の一人娘-
☆Episode4「家族」
「今日は小銭いっぱいあってな。これで...丁度。」
「はい、確かに。」
「ご馳走さん。また来るよ。」
「毎度~、おやすみなさい。」
最後のお客さんが帰り、時間も丁度良いので店を閉めることにした。
母は皿洗いを、私は店の掃除をしている。
「詩鶴ー、今日また居残り食らったでしょ。」
「ギグっ....。」
一瞬、手が止まった。
「やだなあ、友達と遊んでて遅くなっただけだよ~。」
良い言い訳が思い付かなくて、慣れない態度を取る。
「じーーー。」
「...床ピカピカにするんで許してください。」
母の凝視タイムが終わる。
「昨日、十分時間あったでしょ?」
「学校帰り、疲れてるから休息が欲しくて。」
お互いに自分の仕事をしながら会話をする。
「だからってテレビずっと観てちゃ課題できるわけないじゃない。」
「だって猫ちゃん特集なんて放送されたら観ちゃうじゃん。」
二人とも、作業していた手が止まる。いつのまにか、課題をやれたはずの時間についての議論から、私の猫好きを理解してもらおうと論ずる方に熱くなっていた。
「猫くらい野良でいつでも見れるでしょうよ。」
「猫はいくら見ても飽きないもんでしょ。」
「いや、3時間スペシャル全部観るほどかよ。」
「''可愛い''は私の心を救ってくれるのよ。」
「よく分からん。」
「何で分かんないの。」
猫についての激戦を繰り広げていると、父が帰ってきた。
「おかえ.....り...?」
私は早々、父にこの議論について意見を求めた。
「ねえ、お父さん。猫って可愛いよね。」
「何?何があってんな。」
「この子、課題やらなかったことを猫のせいにしてるのよ。」
父は状況の理解に追いつけず、かなり困惑している様子。
「何や良う分からんけど、二人が一番可愛ええで。」
「は?」
この状況で茶化すやつがいるかよ。
「だいたい学業に残業(居残り)まで入れられた上、プライベートにまで課題で追い詰めようとするこの社会構造がおかしいのよ!」
「(それ社会人の俺の前で言うか...。)」
「ああ、それならそう訴えれば良いじゃない。先生に。」
「あんなブラック企業に私達生徒の意見なんて通るもんか。」
「だったら真面目に課題やりなさいよ。言う度胸もないなら!」
「なんで....なんでそういうこと言うの...。」
「メソメソしない!」
普段は優しい母も、娘のことを思ってか、不真面目さや、非行に対しては厳しい。
だからこそ、こういうことで喧嘩したくないから、いつも居残りから抜け出すことに全力を尽くしているのだ。
「ちょっと二人とも、一旦落ち着け...。」
「落ち着けるもんですか。詩鶴がこんなままじゃ、いざという時困るのは詩鶴なのよ?」
「まあ課題くらい許したりいや。それでテストの点数が決まるわけでもないし。」
「そうよ、私そもそも点数悪くないし。」
「五教科四十点台で悪くないだ?」
「赤点じゃないだけマシでしょ!?」
「赤点ギリギリでしょうが。」
父がどんどん困り果てていく。
「お店いつも手伝ってあげてるのに。」
「そんな言い方するならやらなくていいよ。」
「小町...、それはいくらなんでも―――」
居たたまれなくなった。私は目のまわりを真っ赤にして母を睨みつけた。
「もう知らない。」
私は持っていた布巾を床に投げつけ、部屋へ走った。目の前が滲んでほとんど見えない。
家の柱に頭をぶつけた...。
「キィぃいいいい....!!」
腹が立ってその柱を三度、全力で殴った。
「たかが課題くらいであの言い方はないやろ...。」
「あの子が心配なのよ。大人になって、酷い目にあってほしくないだけ。」
キッチンから両親の話し声が聞こえてくる。
詩鶴は部屋の隅で体操座りになって、腕を涙で濡らしている。
せっかく手伝ってやってるのに、学校もちゃんといってるのに、何でそんなこと言われなきゃいけないの?
悔しさで涙がどんどん溢れてくる。
「何であんな言い方してしまったんだろう。」
母の声が聞こえる。
じゃあ最初からこんなことで怒らないでよ...。私だって喧嘩したくなかった。
次第に二人の会話はこちらから聞きとれないほどに小さくなっていき、しばらく時間が流れた。
「...詩鶴とちょっと話してくるよ。」
父の声が聞き取れたと思ったら、次は私を説得しに来ようとしている。
...やめて。来ないで。泣いてる顔なんて見られたくない。
父が私のもとにやってきた。近くに座り、私の横にコーラ缶を置く。
「ちょっとぬるなってるかも知れへんけど、良かったら飲み。」
「いらない。」
父は私の背中に言葉をかけている。
「宿題は俺も嫌や。なんでせなあかんねん、あんなもんなあ?」
父は私に寄り添おうとしている。私は黙っている。
「いっぱいお金貯めて、いーっぱい遊びたいし。」
「何が言いたい。」
威嚇するような声で答える。
「そんな怖い声出しなや(笑)」
ニコニコと返す父を、呪いをかけるかのような目で睨む。
「学校でムードメーカーの副長やってるって聞いたで。詩鶴が皆をゲラゲラ笑かしてるって思うと、なんかお父ちゃん元気出るわ。んで?ほんで帰ってきたら真っ先にお母ちゃんの手伝いやろ?ほんま詩鶴はよう頑張ってるで。」
我慢できなくて私は目の前で立ち上がり、父の方向に体を向ける。
「さっきから何なの。私からかいにきたの!?」
詩鶴は声を荒らげて激怒する。
「からかってへんよ。ただ―――」
「ただ何?変に干渉しないでよ。」
「何もな、お母ちゃんは悪気があってあんなこと言うたんや無いってのを言いたくて――」
「やっぱりそれ言いにきたんじゃん。何、お母さんと無理やり仲直りすれば気が済むわけ?」
「敵わんなあ...。そりゃあ家帰ってきて、次の出勤までピリピリされるなんてお父ちゃん辛いで...。」
「自己満じゃん、そんなの。」
「ま、確かに自己満やな。でもお母ちゃんと仲良うやってくれると、お父ちゃん、明日も仕事頑張れる気がするねん。」
「知るか、そんなの。」
「今日かて帰ってきたら詩鶴の顔が見れる~思て、それだけで一生懸命頑張れたんや。」
「きも。」
「''きも''とか言うなや。ああもう悲しいなあ!お父ちゃんこんなん言われて。」
「....。」
「今日は特別に焼肉連れてったろて思ってたのに。」
そんなので私を.......え。
「こんな空気やったら美味しく食べられへんわな。」
ちょっと待て、焼肉?
「あ....あの―――」
「お母ちゃんずっとしょんぼりしたままやし、詩鶴はずーっとプンスカプンスカしとるし。」
ちょっと待って....。食べたい。食べたいんだけど、こんな空気でいきなり「ごめーん、食べたいから仲直りする~。」なんて言い出せる訳ないんだが....。でも....
「ねえ....あの....」
「あかんな、今日は。うん、やんぴ、やんぴ。」
「ねえ....」
食べたい想いがこんなに強いのに、意地張ってとりつづけたあの態度を無かったことにできなくて、小さい声しかでない。
「ほなお父ちゃん、弁当買うてくるわ。」
「....ねえってば!!」
立ち上がり、歩き去っていこうとする父に、私は恥ずかしさを必死で押し殺して、その裾を掴んだ。
「ごめんなさいする....。」
「おう、分かった。のり弁でええか?」
さらに裾を引っ張った。下を向いて垂れ下がった前髪で赤い目元を隠す。顔が熱い。
父はこちらに顔だけ向けて微笑んでいる。
「どうして欲しいねん、自分の口で言うてみ。」
「やき.....く」
「なんてえ?聞こえへんなあ。」
「焼肉!.................タベタイ。」
父はにたぁと笑った。
「ほな初めっからそう言わんかい、意地っ張りやのう。」
そういって私の頭をわしゃわしゃと掻き乱す。
「ちょ、やめんかい。」
口調が少しうつる。
私は父の策略にまんまとハマったようで、この意地も食欲には敵わなかった。
このあと、私は母に謝ることができた。母も、私への言動を反省していて、お互いにぎこちなかったけど、何とか仲直りは成功したようだった。
今日は色んなことがありすぎて、その疲れからか、焼肉屋ではお店の在庫を空っぽにするくらいの量さえペロッと食べてみせた。
時間内食べ放題のプランは食を楽しむというより、いかに胃袋に詰め込めるかばかりを考えてて、家族一同、凄まじい貧乏くささを店内に放ち続けた。
帰りは三人とも、始発駅で発車待ちの電車のなかで寄り添うように熟睡してしまっていて、終点で車掌さんに起こされたときに、それと同時にその列車が終電だったことを知らされた。
歩いて帰ろうと思えば帰れる距離だが、父があまりにもベロンベロンに酔っていたので、仕方なくタクシーを使って帰った。
....結局この日も、課題をしないまま朝を迎えた。
1章、おわり。




