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下町の鶴  作者: 瀧ヶ花真太郎
6章.初秋
35/121

35.最高のカウンセラー

退屈な授業が終わったあとの休み時間というのは、学生にとっては短いながら至福のひととき。ボーッとするだけでこの時間を潰すのも勿体無いと、席を立ってみたものの、することがない。まあいっか、と窓の外でも眺めようとすると

「河島ー。」

と、名取の声が。暇を潰せそうな奴が現れてくれたと思い

「どしたー。」

と首をそのままに背後の名取に返答すると

「いやあ、おつかい頼みたいんだけど~。」

申し訳なさそうな口調の依頼。まあ、やることもないし、このままボーッとして次の授業に入ってしまうよりかはマシか、と思い、内容を聞く。

「なに。」

「いやー、ちょっとみっちゃんにこれ渡してほしくて。」

名取が出してきたビニール袋の中にはゼリーや、カット林檎などの食べ物が入っていた。袋の中身の理由を考察しようと眺めていると

「お願い出来ないかなぁー。」

と、一声。顔を上げると、名取が手を後ろに組み、上目遣いを駆使している。

「何してんの。」

「いや~、受けてくれたら嬉しいなーって。」

「別に良いけど、何で?」

「あの...先生(追っ手)に目付けられて動けないんです。」

「あ...そう。」

「で、お休み中の彼女にお見舞いの品をって訳で...。」

「なるほど。」

「受けてくんないっ?」

「うん、だから良いって。」

「ホント!?」

「うん。」

「さっすが河島、男前ぇ~。」

「(なんだこいつ...)」



そんなこんなで保健室の前までやってきたんだが、なんか扉の向こうから有り得ないくらい重たい空気を感じる...。流れ落ちる滝の轟音に似た近づきがたい迫力のような、それでいてベートーベンの月光のような暗く悲しい調(しらべ)が常闇の向こうで響き続けているような。何だろう、出来ることならこの先に入りたくない。いや、今なら名取に一生のお願いを使っても良い気がしてきた。

下町の鶴

6章-初秋-

☆Episode.35「最高のカウンセラー」


「明希、ありがとね。何から何まで。」

「良いよ良いよ。他に何か要るものがあったら言って。」

「ありがとう。」

瑞希の風邪が予想以上に悪化してしまい、保健室で休養するように言われた彼女を看病する。休み時間は短いものの、その短い時間の中で少しでも力になれたらと思った。

「具合はどう?」

「まだちょっとしんどいかな...?」

「そっか...。午後には授業戻れそう?」

「分かんない。いや、ちょっと無理かも。」

のぼせたような表情でベッドに横たわる瑞希、おでこを触ると結構熱い。

回復しそうにない彼女に困っていると、保健の先生がやってきて

「今日は早退した方が良いかもしれないね。」

と言った。

「ええ...、そうさせて頂きます...。」

弱々しい呼吸で返事をする瑞希。私は冷や汗をかき、先生に聞いた。

「み、みっちゃんは大丈夫なんですか!?何か重たい病気にかかってたりしませんよね!!」

「大丈夫よ。安静にすれば直ぐ元通りになるものだから。」

「でも、でももし凄いお医者さんでも見つけられないウイルスだったとして、そしたら私...。」

「四倉さん、落ち着いて。死んじゃったりはしないから。信じてあげて。」

「みっちゃん、私、離れ離れとか嫌だからね。そんなことになったら私、生きていけない...。」

瑞希は、残り少ない体力を振り絞ったような小さな笑顔を見せて言う。

「あの...明希、そこまで心配してくれなくても大丈夫だから。ただの風邪だよ。」

私は不安な気持ちが限界に達し、パニックになって声を荒らげた。

「風邪でそんなに辛そうな身体になるわけないじゃん!」

「いや、だから...―――」

「だいたい、みっちゃんは優しすぎるんだよ。なんでそんな身体の大変な時まで私に優しい嘘なんかつくの。」

「だから嘘じゃ――」

「もっと自分に正直になって!!」

「あ、はい...。」

「いっっつも他人優先で自分のことは後回しだし、困ってることがあっても自分からは言わないし!

もっと我が儘に生きたって良いじゃない。世の中酷い人なんて山のように居るんだよ!?そんな無理してばっかな生き方してたら、そういう人達に使い捨てされちゃうよ。そうなっちゃっても良いの!?」

我を忘れてしまうほど感情的になってしまい、呼吸もゼェゼェハァハァと荒くなった。呼吸を整え、瑞希の方を見ると、気づけば彼女は真剣な表情をしていた。

「じゃあ、本当に治らない病気になってましたって言ったら納得してくれる?」

「え....。」

「私、実はもう長くないんだよね。」

私は息を飲んだ。状況が理解できなくて、言葉を失いかけた。保健の先生は一瞬、目を丸くして驚いたが、瑞希と顔を合わせると安心したような表情になったのを見て恐怖した。

「やめてよ....嘘だよね?」

「嘘つかないでって言ったのは誰だよ...。」

「そんな...。私の数少ない、大切な友達なのに。」

私は彼女の手を握り、白いシーツへと崩れ落ちた。

「ごめんね、隠してて。私、今から大きな手術してくるの。成功したらきっと元通りになるから。そしたらさ、つるりんと三人で作詩旅行いこうよ。」

「バカ...みっちゃんのバカ...。」

降りだした夕立のようにシーツを、そして彼女の服の裾を濡らしていく。

「明希、私からのお願い。」

「なに、なんでも言って。」

「つるりんの常連さんになってあげて。」

「え?...鶴ちゃんの?」

「そ。あの子、最高のカウンセラーだから。なんでも悩み事聞いてくれるからさ、たくさん頼ってあげて。」

「うん...、分かった。頼る。」

「ありがと....ね。」

「よく分かんないけど、もっと仲良くするから。」

「ありがとう。ほら明希、授業遅れちゃうよ。」

最後に瑞希は私の背中を押すように、包み込むような優しい声でそう言った。私は、ぐしゃぐしゃになった顔の涙を手のひらで拭って、彼女に笑ってみせた。そうして私は彼女のいる部屋をあとにした。

部屋を出ると、詩鶴の友達の河島君とバッタリ会い、彼は戸惑った表情をしていた。いつもなら挨拶くらいするものだが、心の整理がしきれていなかったので、何も言葉を交わすことなく私は歩き去った。

詩鶴に会えたのはその次の休み時間。彼女を尋ねると、ニコッと笑って言葉をかけてくれた。

「おー明希、お疲れ~。元気~?」

「うん。あの、ちょっと良いかな...?」

「ん?なに、どしたの?」

「えっと....あの、迷惑じゃなかったら鶴ちゃんのお家、遊びにいっても良い?。」

「え?うん。大丈夫だよ、いつでも。」

「ありがとう。」

「あまり暗くなっちゃうとお客でガヤガヤしちゃうから早めの方が良いかも。明希、煩いの苦手でしょ。」

詩鶴は私の願いに多くは問わず、サラっと快諾してくれた。何かを察したのか、さっきまでキョトンとしていた彼女の表情が明るい笑顔に変わる。突然の我が儘に嫌な顔一つ見せない彼女のことが、少し羨ましく思えた。


それから時間は流れ、下校時間を迎えた。瑞希は言葉の通り早退したのだろう。最後まで教室に帰らなかった。それが気に病んでか、心配と寂しさで虚ろな目になっていた。

玄関で外靴に履き替え、校門に向かって歩いていると、後ろの方が何やら騒がしくなりだした。

「どいてーーー!!!!」

「誰かそいつを捕まえろぉおお!!」

先生と女生徒の大声、ダッダッダッ!と地面を駆ける音がだんだん大きくなっていく。そして何よりも、女生徒の方の声に聞き覚えがある。何なら今日話した気がする。いや、絶対話した。

バッ、と後ろを振り返ってみると、やっぱり詩鶴だった。彼女は、まるで獅子に追われた鹿のように猛ダッシュしている。そして私を見つけると、素早く肩をポンポンと叩いてきて

「また後でね!」

と残し、私がそれに返答する前に走り去っていった。その直後に先生が特急電車のような勢いで通過していき、後から来た凄まじい風圧で髪がグシャグシャに乱れた。

「名取ぃぃ!お前っ、止まれコラぁああああああ!!」

「やめられなああい、止まらなぁあああああい!!」

苦笑いが漏れた。


かく言う私も、あまり遅くなりすぎると詩鶴とゆっくり話せないので、まあ準急くらいの足取りでテキパキと歩くことにした。彼女とは運動神経が正反対で、少し走っただけで呼吸が乱れてしまう。そのせいで成績表は体育だけ低い。座学に特化した身体に馬力を求めるべきではない、と言い張りたいものだが、それに困ることが多々あるのも事実。ここは詩鶴に見習って疲れない走り方を教えてもらうとしますか。

住宅街を歩いていると、十字路で下校中の小学生とすれ違った。その内の二人が私の進む方向と同じになって、しばらく平行して歩いていた。歩くこと以外考えることも無いので、子供らの会話に聞き耳を立ててみる。子供らは他愛もない話をしていた。

「きょうヨルゴハンなにー。」

「きょうねー、ハンバーグ。」

「えー、いいなあー。あたし、きょうもサカナだよ。」

「サカナいいじゃん。オイシイの、みんなユリがとってくからヤダ。」

「ユリってだれ?」

「いもーとー。」

「いもーといるんだ。いいなー。」

「ぜんぜんよくない。ぜんぶボクがガマンしなきゃいけないんだもん。」

子供の会話というのは難しすぎないから良い。将来の不安を口にすることもなければ、過去を懐かしむこともないから。


詩鶴の家の前に到着すると、何だかいつも以上に緊張した。いつもなら瑞希と一緒にいるから、一人だと異様に心臓がバクバクして暖簾(のれん)をくぐれない。どうしてだろう、知り合い以上で、ちゃんと友達の関係なのに単独だと対人恐怖が出てしまう。扉の先にご両親が居たらどうしよう、みたいなものだろうか。いや、居たとしても普通に挨拶すれば良いだけの話なのに何故か足が動かない。

あたふたしていると、バッ!と扉が開いた。思わずその場で飛び上がってしまい、

「ひゃあっ!!」

変な声まで出た。

「明希ー!え、もしかしてずっとそこ居たの?」

「あ、え....あ、、うん。ごめん。」

「あー、いや、何かずっと人影見えてたからもしかしてーって思って。驚かせてごめん。」

詩鶴はニコニコと笑いながら軽めのテンションで私を迎えた。

「ささ、入って入って。無礼講無礼講~。」

「あはは...お邪魔します。」

初めて一人でやってきた詩鶴のお家。いつもと違って見える景色は新鮮そのものだった。

彼女はキッチンの周りを行ったり来たりしながら、お茶菓子の準備をしていた。

「いや~、先生から逃げ切るのは苦労したよ。」

「あ....。あれってなんだったの...?」

「あはは。居残りから逃げようとしたら先生、玄関で見張っててさ。店の手伝いもあるし、ヤケクソで全力疾走しました。」

「ああ....そうだったの...。」

「そうそう。全く、逃げ足速いからって陸上部の顧問を配置するなんてやり過ぎだよ。」

「陸上部の先生から逃げ切ったの!?」


それから、しばらくしてお茶菓子が卓上に用意された。 「おまたせー。」

「ありがとう。頂きます。」

「どうぞどうぞ~。」

九月に入ったとはいえ、まだまだ暑く、詩鶴の出してくれた麦茶がとても美味しい。二人でお菓子を摘まみながらしばらく談笑した。

「そういえばさ、明希。」

「うん?」

「相談って言ってたけど、どうしたの?」

「ああ、実は...。」

折角の明るい空気を壊してしまうことに後ろめたさを感じながら、私は瑞希の病気のことを話した。

「それで...手術が失敗したら、みっちゃんは...。」

「あ、あ~....。」

彼女は何故か苦笑いを浮かべていた。

「明希、あの...さ、その事なんだけど...。」

「...?」


ーつづくー

名取の頼みごとを受け、保健室前にやってきた河島。扉の向こうの明希と、瑞希のやり取りが重たすぎて、お見舞い品を渡すに渡せない。



どうしよう、このまま引き返すにしても名取になんて言い訳をすれば良いんだ。もう早退しちゃってました~って誤魔化すか?いや、そんなことしたらあいつ、めっちゃ悲しい顔するだろうな...。いや、流石に心が痛すぎる。そこまでしてまで自分を優先するほど鬼畜じゃない。にしてもなあ...、このままだと休み時間終わっちゃうし、かといって扉を堂々と開けるのも空気壊しちゃうし...、でもなんか早退するとか何とか言ってたよな?この扉の向こうで。だとしたら今を逃したらもう渡すタイミングが無くなるんだよな。ああ、そしたら名取が....

ああもう、どうすれば良いんだよ!!

心の中で悲鳴を上げたその時、扉がガラガラと開いた。ビックリした衝撃で身体が一瞬、金縛りのように固まった。

中からは四倉さんが泣き腫らした目をして出てきて、俺の存在に気がつくと、顔を見せまいと言わんばかりに走り去っていった。


中に入ると直ぐに矢原さんを見つけた。

「あーあ、後でどう説明しよっかなあ...。」

天井を見つめてぼやく彼女。声をかけると、気のせいだろうか、少し彼女の表情が明るくなったように思えた。

「あ、河島君。どーも。」

「おはよう。これ、名取からお見舞い品だって。」

「え、ホントに?ありがとう。」

「いえいえ。名取に伝えとくよ。」

そう言うと、彼女は申し訳なさそうな顔をして言った。

「あの...、ついでにあの子にもう一つ伝えて欲しいことがあるんだけど...。」

「え、ああ、うん。」

「「ごめん。」って伝えて貰えると...。」

「え、どういう意味どういう意味。」

矢原さんは更に申し訳なさそうな態度になって事情を説明した。

「あのね、明希が私の熱を心配しすぎて落ち着いてくれないから、今から大手術を受けてくるって嘘ついちゃって...。」

「凄い....、嘘だな...。」

「それで何かあったらつるりんを頼ってって勝手に押し付けちゃったもんで...。」

「なるほど...。」

「"ごめんなさい"って伝えて貰えると...。」

「りょ、了解しました...。言っときますんで、お大事になさって(もろ)て。」

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