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下町の鶴  作者: 瀧ヶ花真太郎
6章.初秋
33/121

33.作詩旅行へ


【プロローグ】


「お母さん」


そう夜空に呼んだら、貴女は応えてくれますか?


その温かい腕の中にもう一度とび込めたなら、私は壊れてしまえるのでしょうか。


夢の中に現れては、朝日が連れ去って行きます。

明けない夜がないせいで、いつも一人になってしまいます。


神様、私の家路はどこですか。

どこに帰れば良いのですか。


胸の奥に消えない、あの懐かしい風景に、ずっと戸惑い生きてゆく。

下町の鶴

6章-初秋-

Episode.33「作詩旅行へ」


蝉の命のように、夏というものは気づけば終わってしまうもの。私の身体に七日ほどしか流れていないと思っていた季節は、気づけばパタリと地面に落ち、静かに空の青さを悟ることしか出来なくなってしまっていた。


「いでっ...!!」


夏の終わりを気づかせるのは夕立でも、沈みゆく赤き太陽でもなく、先生の拳骨なのです。こんな哀しいことがあって溜まりますか。風情もない....。

そして、九月初めに聞く先生の言葉といえば決まって

「課題はどうした。」

だ。二学期の初日登校日というのは月曜日の朝より強烈な倦怠感を感じる。それをほぼ白紙の課題を片手に乗り越えて来てるんだから少しくらい誉めてくれたって良いじゃないって思うね。

「夏休み、何してたんだ。」

「先生、そんな皆の前でお叱りにならなくても~....。」

「何をしてたんだって聞いてるんだ。」

「従兄弟の...面倒見てました....。」

「それだけか。」

「青春を....追いかけてました。」

「そうか。それは良かったな。」

「ええ。」

しばらく二人の間に静寂と、物々しい緊張が走った。すると次の瞬間、先生が高らかに怒り出した。

「そうか!皆が頑張って勉強をやってる時に青春してたか!そりゃあ良いご身分だなあ!」

始まった。夏の終わりの風物詩、公開処刑だ。男女に関わらず、課題を完全に終わらせずに学校に来たものを見せしめにして、こうなりたくなければ課題をやれというムチ打ちをかけてくる。私も入学してからこれで四回目になるが未だに慣れないね。

「みんなよく聞けよ、名取のように提出期限を守れない人間は、大人になったら社会から孤立するんだ。」

凍りつく教室、先生の大きな怒号、お陰様で半泣き状態になる始末。夏休みの経過時間と、今の経過時間が天と地の差のように感じるのは相対性って言うんですよね。アインシュタインから知りました。


恐ろしく長く感じた午前中が過ぎると、その反動で購買の備蓄を全滅させに行く。

「あれ?今日品揃え少なくね?どこ行っちゃったの?」

「ああ、名取の腹ん中だよ。」

って噂話が立ったこともあるくらいに、ストレスが溜まりに溜まった日には何かしら口を動かしていないと気が済まないのだ。

胃袋をパンパンに膨らまして少し気も楽になった後で、私は教室内をプラプラと散歩した。放課後とは違って、ちゃんと賑やかだから雰囲気の違いも楽しめて良い。この歳になっても相変わらず廊下で鬼ごっこを楽しむヤンチャ男子達や、教室内で絵描きをしてる女子など、その風景は様々。ハーモニカが響くバラードのような放課後に対し、こっちは色んな楽器で溢れたオーケストラみたいな感じだ。ねえ、私なんか凄いロマンチックな例えしてない?

別に八月が終わったからといって、九月からいきなり秋が始まるわけでもない。まだ残っている夏の雰囲気と、胸の高鳴りが少し落ち着いたような、小さな哀愁を感じて廊下を歩くのだ。しかし、面倒臭いことに先生とすれ違えば

「残った課題もせずに何を遊んでいるんだ。」

(やかま)しい。なので先生が視界に入った瞬間は私も潜入ミッションごっこを楽しませて貰っている。こちら名取、三階B階段に敵兵を確認。なーんてね。

そうやってお散歩していると、音楽室の前からギターの音色が聴こえてきた。耳を澄ましてみると、とても優しく穏やかなメロディが鼓膜に触れてくる。それは聴けば聴くほど私の心を虜にし、気づけば扉の前まで来ていた。こんな上手なひと、一体誰が弾いているんだろうと気になった私は、こっそりその姿を覗き見しようとした。足音を消して、そーっと、そーっと歩き、角からその奏者の顔を見つけた。なんとそこにいたのは

「え、みっちゃん!?」

驚くことに私の友達だった。瑞希の傍には明希がちょこんと座っていて、横で(くつろ)いでいた。

驚きのあまり飛び出た声に、二人もビックリした様子。瑞希は私を見ると

「つるりん!どしたの?」

と咄嗟に聞いてきた。

「いやあ...、凄い良い音きこえてたから、つい聴きに来ちゃって。まさかみっちゃんだったとは。」

「あ、あ~...。あはは、別にそんな大したことはしてないよ。ちょっと練習してるだけ。」

「そうなんだ。」

明希が少し、おどおどした様子で落ち着かなくなったので、少し宥めた。

「あ、ごめんね。邪魔しちゃって。」

「あ...ううん。綺麗な音だよね。」

「ね~。私、みっちゃんにそんな才能があるなんて知らなかったよ。」

そう言うとこと、瑞希はギターを弾いたまま照れ笑いをした。

「もう、辞めてってぇ。恥ずかしいから。」

「そんなことないって~。もっと弾いてよ。」

瑞希の頬は、少し赤みを帯びてきていた。さすがにこれ以上褒めるとマズそうな気がしたので、明希と一緒に聴くことにした。

夏の残り香と、季節が変わっていく切なさ、そんなことを三人だけの音楽室で私達だけのものにする。優しい音色を、開いた窓からやってきたそよ風に乗せて飛んでいかせる。もう少し涼しければ簡単にお昼寝出来そうなくらいに心地良かった。

「部活だとみんな音が大きいからさ、こういう楽器の練習が中々捗らないんだよね。」

と瑞希は笑う。

「軽音だっけ?」

「そ。吹奏楽だとギターじゃなくなっちゃうからこっち入ったんだけど、ロック好きがやっぱ多くてね~。こういう時間とか、開いてる教室探して弾いてるから半分、幽霊部員みたいな感じなんだよね、私。」

「そっか。そうなっちゃうよね、確かに。」

そうして再び、ギターの音色に耳を傾ける。一言二言喋ってはこれを繰り返し、何だかとっても贅沢なお喋りをしているような気分になった。

「何か曲作りたいよね~、私達で。」

私はふと、そう呟いた。

「良いね。つるりん歌ってよ。」

「えー...、私そんな上手くないよ。」

「褒め倒した仕返しだよ。」

「瑞希いじわるー。」

「あはは。」

歌といってもカラオケはそんなにしょっちゅうは行かないし、鼻歌で口ずさむことが殆どだ。...期待されるって案外プレッシャーなんだなあ。

「あ、そうそう。歌わせるんなら歌詞がなくちゃねー。私さすがに歌詞までは書けないし、みっちゃんも難しいでしょ~。」

「それなら詩人が横に居るよ。」

そういうと明希が額に汗をかきながら瑞希の服を引っ張った。

「ねえ、辞めてっててば....!」

それを見た私は目がキラキラと輝いた。

「え!明希、詩書けるの?」

「え、え....あぁ....、うん。趣味なだけ。」

「凄いじゃん!曲作れちゃうじゃん!」

「いや、そんな....そこまで...」

「二人とも芸術家だねー!あ、そしたら文化祭とかに出せるんじゃない!?みんな絶対びっくりするよ、拍手喝采ものだよー!」

興奮状態の私に押されるがままの明希、我慢の限界が来てしまったのか、声をあげて嘆いた。

「もぉーーー!鶴ちゃん止まんなくなっちゃったじゃない!!」

滅多に大きな声を出さない明希が、顔を真っ赤にして叫ぶ様子に腰を抜かしてしまって、反射的に「ごめん...」と声が漏れた。

瑞希はただ苦笑いを溢していた。


「ごめん、ちょっと興奮しちゃって...。」

明希は照れ隠しに目線を反らしながら首を振った。

「う...ううん、大丈夫。」

「二人の才能に驚いちゃって。今日はじめて知ったからつい...。」

「私、最近全然書いてなくて。」

「あ、そうだったんだ。」

「うん。良いのが思いつかなくて。詩書くの好きだから、いっぱい書きたいんだけど、ちょっと何て言うか...。」

明希は窓の外を見つめる。書き留めるものの内容を見つけられなくて困っている彼女に、私は何か力になれないかと考えた。

「それで私が横で弾いたげてるってワケ。」

「ちょっと、みっちゃん...!」

また汗をかいて焦り出す明希。私はそんな賑やかで微笑ましい空気のなか、何一つ屈託のない真顔で尋ねた。

「....ねえ、明希。」

「.....?」

「今度の土日、作詩旅行いこうよ。」




「え....、ええええええええええーーーー!?」



ーつづくー

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