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下町の鶴  作者: 瀧ヶ花真太郎
5章.ユウレイ蜘蛛
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31.ゲーセンラプソディ

下町の鶴

5章-ユウレイ蜘蛛-

Episode.31「ゲーセンラプソディ」


雲ひとつない青空の下、誰かが撒いた打ち水が小さな路地に涼風を吹かせる。そして、十字路を曲がれば再び熱のこもった暑い空気に包まれてしまう。こんな炎天下の中で自転車を漕ぐのは、髪を縛る手間さえ忘れさせてくれるものだ。長い下り坂を走り抜けでもしない限りは、この長い髪は邪魔で仕方がない。

汗をポタポタとアスファルトに溢しながら走る町は、心にちっとも余裕というものが表れない。それなのに夏をテーマにしたラブソングというのはどれも爽やかな曲調だ。そのせいで夏以外の季節に聴くと、つい夏が恋しいだなんて感じて騙されてしまう。実際問題、暑くてそれどころじゃない。


友達との集合時間に十分ほど遅れてしまって到着したゲームセンター。自転車を駐輪して中に入ると、薄暗い館内にガチャガチャと音楽が飛び交う。少し歩くと、クレーンゲームには好みの可愛らしいぬいぐるみが置かれていて、つぶらな瞳が私を見つめてくる。この愛らしさで人を見つめるとは罪な奴だと微笑みを溢しつつ、まずは河島たちと合流しなきゃと思い、ぬいぐるみを後にした。

古びた建物の中は(ほの)かに煙草の匂いが立ち込めていて、それは場所によって臭いものもあれば、甘い香りのものもあり、ここが子供の来る場所ではないということを微かに感じさせる。格闘ゲームからテーブルゲーム、ものによっては何のゲームなのか分からないものまで沢山置いてある。人はまばらにしか居ないものの、その一人一人が物凄い剣幕でにらめっこしているから少し怖い。

奥に進んでいくと、見慣れた背中が目に映る。いくつものゲーム機の十字路をくぐり抜けていくと、山岸が音楽ゲームを熱心にプレイしているのが目に映った。

クリアー!と音がして、呼吸を整える山岸の隣にふと顔を出す。

「山ちゃんお待たせ~。」

「わっ!ああ、名取か。おはー。」

「ごめんね、遅くなって。」

「まあ大丈夫だよ。僕ら適当にゲームやってるだけだし。」

山岸は何とも思っていなさそうな表情をしていた。画面が選曲に移ると

「何かリクエストある?」

と、私に聞いてきたが、正直このゲームのことはよく分からない。うーん...と考えていると、その横で山岸がいかにも余裕そうな、軽やかな手捌きで面を空打ちしていたので

「あー、じゃあ一番難しいのやってみて。」

と、冗談半分に言ってみた。すると

「一番難しいの....あれかな。」

そう言って曲を探す。手慣れた雰囲気でその曲を見つけると


デデデデーーーン!!


と、あからさまに主張の激しい曲がスピーカーから鳴り響く。

「多分これが一番難しい。」

「そ、そう....。死なないでね。」

苦笑いで彼を心配すると

「大丈夫。このあとお昼食べに行くでしょ?僕、これクリアしたらステーキ頼むんだあ。」

あ、これ絶対詰むやつだ....。

「検討を...祈るよ。」

私の心ばかりの応援に

「よろしく...頼むよ!」

と応えた。

そして、最難関と思われし曲が始まってしまった。プレイ画面を見ていると、物凄い物量の音符を備え付けのバチで捌いている。


ドゥルルルルルカカカカドドカカドカドカ.....


目で終えないほどのスピードで、金太郎飴みたいにギッシリ詰まった譜面が右から左へ流れていく様に、頭がクラクラしてしまう。何なんだこれは。これはゲームなのか。いや、きっとゲームの皮を被った別のものだ。

画面酔いしそうになった私は、ふと山岸の方を見た。彼の目は一見、穏やかそうな顔をしているように見えて、額にはキラキラと光る汗が顎の先に向けて流れ落ちている。息は水泳選手のように、一切の無駄を省いた呼吸をしているように見えた。しかし、どれほど平静を装っても人間には限界があるというもの。彼は激しい腕の動きとは裏腹に、とても穏やかな表情を浮かべたあと

「ごめん名取、僕はもうここまでみたいだ。」

そう言い残し、燃え尽きた。

「山岸ぃいいいいいい!!!!」

クリア失敗の文字が画面に映し出されると、彼はゆっくりと立ち上がり、私に顔向け出来ないとでも言うように、ゆっくりと立ち上がり、その顔を背けた。

「だ、大丈夫だよ...!こんなの出来る方が可笑しいって!」

そう励ますも虚しく、彼の全身は真っ白になっていた。

軽はずみな気持ちで醜態を晒させてしまった私は、罪悪感で居たたまれなくなり、然り気無く後退りをしながらその場を去った。

辺りを散策していると、何だか明らかに雰囲気の違う男性を見かける。バンド系のゲームなのか、ギターを首から掛けて演奏しているのだが、様子がおかしい。よく見るとあの人、画面から背を向けてやってるじゃあないか。凄えな!あんな人居るんだ...。

その男は革ジャンに、オールドジーンズを身に纏い、あり得ないくらい様になっている。軽快な様子で一寸の迷いもなく曲を選び、こんな暗い館内でサングラスまで掛け始めた。そうか、あれがロマンチストの極みってやつか。そう思っている内に曲が始まった。

その男は、まるで本当にギターを弾いているかのような指捌きと、かき鳴らす手先がギタリストそのもののように思える。しかし、ふと画面を見てみると

MISS OK OK GOOD MISS MISS

...スコアがまるで凡人レベルだ。あり得ない。あんなに楽しそうに演奏しているのに、ゲーム判定が鬼すぎる。

クリアゲージがゼロになるギリギリの位置を保ちながら、奏者はそれに何一つ気づかずにパフォーマンスを続けている。そして、あろうことか....

「With you.....」

歌い出した!!!!

クリア失敗の瀬戸際にいることも知らずに高らかに歌い出したよ、この人。しかし、そんなムードもずっとは続かず、その人がチラッと画面を見たそのとき

「....MY GOD!!」

と叫びだし、突然慎重にプレイし始めた。私は見ていられなくなって、その人に気づかれないようにその場を去った。数秒後に背後から断末魔が聞こえたのは、目で見なくてもどんな状況かは分かりきっていただろう。

私はただ、心の中で

「可哀想に....可哀想に...。」

と、呟いていた。


先程のクレーンゲームのコーナーに行くと、河島の姿が見えた。彼は何やら熱心にショーケースを見つめている。私は近づき、肩に触れた。

「かーわしま、ごめんお待た―――」

「うわああああああ!!何すんだよ!!」

「ええええ!?なになに!?ごめん....。」

ビックリした反動か、クレーンが景品とは全然違うところに降りていく。

「あーあ....。」

「ごご...、ごめん...そんなつもりじゃ...。」

何も無いところで何かを掴めるはずもなく、クレーンは元の位置に戻った。

「百円弁償します...。」

河島はしばらくヘコんだかと思えば、すぐに吹っ切れたようにため息を吐き、呟いた。

「いや、別に良いよ。これ確率機だし。」

「...確率機?」

「そ。向こうが設定した額までお金を入れないと最後まで掴んでくれないってやつ。」

「え、そんなのあるの....。」

「うん。アームが三本のやつはだいたいこれだな。二本アームだと、ものによる。」

「へ、へえ...。」

「ちょっと来て。...ほら、これとか。これは代表的な確率機だな。」

そういって歩いていき、私に例を見せてくれた。...のは良いんだが、これさっき私をつぶらな目で見てきたやつじゃねえか。

「名取、絶対こういうの好きだろ。」

「うん。こいつ、甘え方のノウハウを熟知してやがる...。」

「ふっ、欲しけりゃ札束置いてけって訳だな。」

「札束!?そんなにかかるの!?」

「こういう大型機はだいたい三千円前後、ちっちゃいのは千円くらいが相場。」

「ひええ....。」

「買った方がはやいってのは正にこういうことだな。」

河島はポッケに手を突っ込んで笑い、私は苦笑いを溢した。

クレーンゲームのコーナーには、ぬいぐるみ以外にも日用品や、何でそれをモデルにしたのかと問いたくなるフィギュアなど色々置いてある。

「名取、小腹空いたか?」

「え、なに突然。」

河島が指を差す。その方向に顔を向けると、クレーンゲームの駄菓子コーナーがあった。

「箱じゃないのは技術機。ゲーセンで時間を潰すには、如何にこいつを低コストで取れるかに掛かってるんだ。」

「はあ....。」

「まあ、見てなって。」

そう口にして、パッとアームを動かすと、ポトッと三つほどヤミー棒を落とした。

「えっ、凄い。」

「あー...なんだ。三十円分か。」

「取れるだけでも良いほうじゃん。」

「ま、それもそっか。」

そう言って河島は景品を取った。

「のり塩と、牛タン味。どっちが良―――」

「牛タン!!え、良いの?」

「お、おう...。」

「ありがと~。」

「肉食怪獣...。」

「何か言ったか。」

「いいえ何も。」

袋を開けて一口(かじ)ると、想像以上にお肉っぽい味で頬が落ちそうになった。

「どう?」

「うまい!」

「それは良かった。」

人のプレイを邪魔してしまった上に、お菓子までご馳走してくれた河島に、私は少し申し訳なさを覚えた。

「ねえ、河島。これ取るコツ教えて!」

「え?ああ。こういう山積みになってるパターンのヤツは、アームの片方だけに注力させると良い。欲張って二つ使いこなそうとか、掴もうとすると大抵一つも取れずに終わる。」

「へえ~。」

「まあ、頑張れ。山岸は?」

「あっちの音ゲーのとこいるよ。」

「うい、呼んでくるわ。」

「はーい。」

さてと...、アームを片方だけ使うんだな?見てろよ。

百円玉を入れ、アームを動かす。グラグラしているヤツを見つけると、言われた通りに片方のアームを突っ込ませた。すると、アームが景品の山を掘り起こすように動いた。ギリギリのところで一つも取れなかったものの、河島の言ってることに何となく気づいた。

「掘り起こすのか!掴むんじゃなくて。」


一方、河島たちは...

「幽霊の舞、ムズすぎだろ。」

「山岸、お前またカッコつけて爆死したな?」

「音ゲーマーなんだから、観客の前だとハリきっちゃうもんだろ。」

「それでクリア失敗したら元も子もないだろ...。」

百円分の曲数が終わり、名取のところへ合流しようと、山岸は自家製のバチをカバンにしまった。

「名取今何してるの?」

山岸が聞く。

「ああ、クレーンゲームんとこ居る。駄菓子のヤツ。」

「あ~。ゲーセンのフードコートってやつだな。まさかあれでお腹膨らませる気?」

「いや、始めたてでそんなに取れないだろ。山崩しはレベル高いって。それにお昼食べるって言ってあるんだから、そっちの方楽しみにしてるよ。」

「ま、それもそうだな。」

二人がクレーンゲームのコーナーへ来ると

「わあああああああ!!」

と、大きな声が聞こえた。二人は一旦立ち止まると、お互いの顔を見て

「あれ、名取の声じゃね?」

「....だよな?」

と、確認をとった。そして二人が歩きだそうとしたとき、向こうから全力疾走で走ってくる名取を目にした。

「二人ともおおおおおお!!!」

恐怖を感じた二人は、もう一度顔を見合った。

「あれ知り合い?名取っぽいけど。」

「違うと思う。」

「よし、逃げよう。」

ダダダダダダダダ...

「いや...待てコラああああああああ!!」

「何でついてくるんだよ!!」

河島が叫んで返す。

「二人こそ、何で止まってくれないんだよ!!」

「そっちこそ、何で追いかけてくるんだよ!!」

山岸も叫んで返す。

「取れたんだって、大漁に!」

「何が!?」

「ヤミー棒が!!」

それを聞いた二人が急停止する。名取は二人の背中に激突した。

「河島、もしかして山崩し成功したんじゃないか?」

「マジで?コツ教えて十分も経ってないんだぞ?」

二人はまた顔を見合って確認した。

「もしかしてだけどさ、河島。」

「おん。」

「これ、昼食代浮くパターンじゃないか?」

「だよな。」

「ああ、金欠には有難い話だぞ。」

「名取もやる時はやるんだな。」

そういって二人は満面の笑みで彼女を祝福しようと振り返った。

「やってくれたな!名と....―――」

名取は両目が渦巻き状態で、大の字になって倒れていた。


ーつづくー

申し訳ございません。投稿、ガッツリ遅刻してしまいました...。

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