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下町の鶴  作者: 瀧ヶ花真太郎
1章.居酒屋の一人娘
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3.探偵入崎

【本編】

下町の鶴

1章-居酒屋の一人娘-

☆Episode3「探偵入崎」

 

 

「すみませーん、ビールおかわりで。」

「はいはい~。」

店の中には中年の常連がカウンターに、二十代くらいのサラリーマン二人組がテーブル席に座っている。

店内に響くフライパンの音。せっせと調理しながらも、カウンターのお客さんの話にちゃんと受け答えしている。

「小町ちゃん、聞いてくれや。おいらまた馬で負けてよォ...。」

「また~?前まで絶好調だったのにね。」

「そうなんだよォ、あともうッッ...ちょッとのとこで...!」

 

「名取小町」、これが母の名で、生まれ育ちはここから遥か東へ進んだところにある静かな海の町だったのだとか。

父と結婚してのち、この町で店を立て、しばらくして私が生まれた。

 

「はい、ビールお待ち~。」

「お、すいません。」

受け取ったサラリーマンがゴクゴクと良い飲みっぷりをする。

キッチンに戻ると端に座っている常連客がカウンター越しに聞いてきた。

「そういえば旦那さんが作ってるところ、見たことないなあ。」

「ああ、うちの旦那、実は料理得意じゃないのよ。」

と、母が笑う。

そう。元々は父が、栄養士である小町の夢を叶えるために建てたお店。

その後、母にとってはさほど苦労しなかった調理師免許も、父にとっては大苦戦。何度も落ちた結果、結局諦めて、手伝う時は皿洗いや、料理運びに専念している。

仕事帰りが遅くなる日もあるため、予めそれが分かっている日は詩鶴が非常勤として働くと決めている。

「娘の方がずっと上手よ。」

「たくましいな。きっと小町ちゃんに似たんだ。」

そうおじさんが誉めてやると、エヘヘと笑う。

「それにしたって遅いなあ。今日手伝いするって言ってたのに。」

娘の心配をする小町。

「詩鶴ちゃんも、もう高校生だろう。いっぱい遊びたい年頃なんだよ。」

と、常連のおじさんが言う。続けて

「俺も昔は遊び呆けて、帰りの電車賃もなくなっちまって、よく歩いて帰ったもんだ。」

そういうと、小町は苦笑いで頷く。おじさんはさらに続けて

「上野から歩いたときもあってな、そんときにゃあ空が明るくなってて、千鳥足で家に着けても扉が閉まってるもんだからさ。疲れちまって扉の前で寝てたら死体と間違われてよ。....おっと、すまねえ。」

調子に乗って盛り上がるも、小町の表情を見て、冷静になる。

「まあ、なんだ。年頃の女の子なんだ。堪忍してやりなって。」

「無事なら私はそれでいいんだけどねぇ。」

 

と、話していると、店の外からエンジンの音が低音を響かせ、近づいてくる。

 

ボンボロボロボロボロボロ....。

 

「おっと、こりゃあ探偵さんのお出ましだ。」

一筋のハロゲンライトの光と、単車の影が店の戸から見えた。

「詩鶴ちゃんの目撃情報でも持ってきたんじゃないか?」

おじさんがそういうと、すぐに店の外から声が聞こえた。

「オッチャン、ありがと!」

「あ、おい。ちょと待て。」

娘の声を聞いた小町はほっと一息ついて、言った。

「どうやらもう既に、白馬の王子のようね。」

次の瞬間、店の戸が勢いよく開き、少女が入ってくる。

「お母さんごめーーん!!遅れましたあ!」

大きな声で謝る。しかし、その声はモゴモゴとこもったような音で聞こえる。

ヘルメットを被ったままだ。

小町はそんな娘の頭をヘルメット越しにコツンと叩いて、両肩に手を起き、問う。

「そのヘルメットはなあに?」

「ひぃ...!」

次に、渋い風貌の紳士が入ってきて

「だーから慎重にやろうぜって言ったのに。」

と言うと、詩鶴の背後に立ち、ヘルメットを脱がせる。

「あっ...ちょ、痛い痛い痛い!」

髪型を心配をしている詩鶴。小町はその男に聞く。

「雅っち、どういう状況か説明して。」

「娘さんにお貸しされてました。」

「オッチャンをお借りしておりました...。」

小町はため息をつき、「まあ座りな」と、一声かけた。

「いやあ、すまんな。珈琲一杯ご馳走してくれるそうで。」

小町は詩鶴の顔を軽く睨む。

「運賃です...。」

詩鶴は人差し指同士の先端をくっつけ、目線を反らして言い訳をする。

「はあ、自分で淹れな。」

「はい....。」

詩鶴は服を着替えにキッチンの奥の居住部屋へ入っていった。

 

オッチャンの名は「入崎雅人(いりさき まさひと)」。

本職は謎だが、困ったときにふと現れ、助けてくれる。

そんな姿から、周りからは「探偵・入崎」と呼ばれ、慕われている。

小町の高校時代の同級生でもあり、昔から世話焼きな性格だったそう。

母が言うには、''デザートはあとに取っておく派''という人間性が恋愛事情でも同じだったようで、女性に「あとまわしにされた」と勘違いさせてしまうことも多く、恋の後味はいつも苦かったらしい。

 

私は部屋に駆け込むと全速力で準備をする。

「さてさてさて、もう適当でいいや。」

スカートのホックを外し、床に落ちきる前に足で後ろに蹴りとばす。リボンを取っ払い、制服のボタンを外しながら足でタンスを開け、適当な服を探す。

「うーん、これかな。」

ボタンの外しきった制服を隅に放って、選んだ服を着る。

小さな化粧机からヘアゴムを取り出し、口に咥える。

スカートの下に履いていた体操ズボンに前掛けを巻いたら、最後に髪を後ろに縛って完了。オーケー!

ここまで二分は掛かってないはず...!多分。

 

「お待たせー!」

キッチンに駆け込むと母が私を見てクスリと笑う。

「変なの~。」

ちょっとちょっとと、私の背中を押しながら店から見えない位置に連れ戻す。

すると、私のヘアゴムを取って手ぐしをかける。

「え、なになに。」

「結び目、だいぶ手前になってる。下向きながらやったでしょ。」

そういって私の髪を結いなおしてくれた。

「うん、こっちの方が綺麗。ささ、仕事仕事~。」

と、母はさっきと同じように私を押してキッチンに戻った。

 

私は棚からコーヒーミルを取り出し、作業を始めた。

珈琲豆をミルに入れてクルクルと回し、挽く。

ゴリゴリと音を立てながら、豆のいい香りが私の鼻腔を通り抜ける。

それにまどろんでいると、入崎のオッチャンが嬉しそうに

「どうだ、それの挽き心地は。」

と、尋ねる。

「ん?」

質問の意味が分からず、ぽかんとしていると

「それね、オッチャンがうちに持ってきたのよ。」

と、私に答える。

「え?」

「開店当時、珈琲をメニューに入れたらどうだって言ってきてねえ。わざわざ業者に特注で作ってもらって、豆も専門店で何種類も買ってきて...」

「ああ、懐かしいなあ。」

そう言われてみればこのコーヒーミル、やけにお洒落な気がする。なんというか、とてもアンティークな感じで。

「え、なんでそこまでして...?自分で淹れないの?」

「君に淹れて貰いたいだけさ。」

なんかキザだなこの人。

「あ...そう。」

挽いた豆をドリッパーに移して、お湯を入れる。

ポタポタと落ちる雫に見とれていると

「詩鶴、冷蔵庫からお肉とって。」

「あ、はーい。」

「ビールおかわりー。」

「ごめん、行ける?」

「はいはい。」

店は結構忙しいようで、テキパキと働き始める。

定期的にドリッパーに戻り、お湯を追加しては母の料理を手伝う。

珈琲がちょうど良く溜まったところでコップに移す。

「オッチャン、ミルクとお砂糖は?」

「自分に取っておきな。」

「ねえ、どっち。」

「ブラックで頼むよ。」

ジョークの意味を理解する余裕がなかった。

「はいどうぞ。」

「どうも。」

入崎が珈琲を嗜む。

今度は電話の子機が鳴り出す。

「ごめん、出て。」

「あー、うん。」

子機を手に取る。

「もしもし、名取屋、名取です。」

仕入れの連絡らしい。適当な返答はできないよな。

「はい、はい。今変わりますね。」

保留ボタンを押し、母を呼ぶ。

「お母さーん、お酒屋の佐藤さんからー。」

「佐藤さんがなんて?」

「仕入れー。」

「あ、代わる代わる。ちょっとフライパンお願い。」

「ういー。」

子機を手渡し、ガス台に移る。

「はいー、今代わりました。」

声のキーが2つくらい上がる。奥の居住部屋に消えていく。

私はフライパンの柄にかかったタオルを巻きなおし、箸でカッカと混ぜながら手際よくフライ返しをする。

「詩鶴ちゃん、お料理上手いねえ。」

常連のおじさんが誉める。

「ふふ、そう?」

その言葉に女らしく答えてみる。

おじさんはご満悦な様子で酒をすすっている。

炒めた料理を皿に移す。

「野菜炒め。これどなたー?」

サラリーマンが手を振る。

「はーい、持ってきまーす。」

 

持っていった先のテーブルに空いたお皿がたくさん並んでいる。

「お待ちどう。わあ、お兄さん達、一杯食べるね。」

「ありがとう。いやあ、こいつ会社クビになっちゃってね。飲み会ってとこだよ。」

「一体何したんです...?」

私が聞くと顔を真っ赤にして酔った、その人の友人が答えた。

「言っちゃいけないこと言いやがった...。」

「こいつのお袋がこの前亡くなってね、精神的に参っちゃってたんだ。」

酔いつぶれた友人の代わりに、青年が説明する。

「あら...。」

「それで会社に休養を求めたんだが、そんなことより現場が優先だって言わたんだよ。」

「何それ、最っ低...。」

「その時の言われように我慢できなかったってわけ。」

どうやら不幸に不幸が重なったらしい。

「私でも手が出るよ、そんなの。」

「これからまた就活しなきゃいけないんだけど、何て言ったってこんな状況だからさ。」

ここまで辛い状況に置かれた人に「大丈夫だよ」とは言いづらい。

何と声をかけるべきか迷っていたとき、カウンターから入崎のオッチャンが手を上げる。

「詩鶴ちゃん、注文いいかい。」

「あ、ごめんなさい。今行きます。」

オッチャンは私にだけ聞こえる声で

「あの青年に一杯出してやってくれ。」

と、小銭をテーブルに置く。

私は静かに頷き、小さな笑みを浮かべた。

注いだビールを二人のいるテーブルに置き、

「サービス。今日はじゃんじゃん飲んじゃって。」

と励ます。

「え、いいんすか?」

「うん、気にしないで。」

そのやり取りを見届けたオッチャンは、安心した様子で席を立った。オッチャンのいた席には珈琲とビール分のお金が置かれていた。

「ごめんごめん。あれ?雅っちは?」

母が戻ってきたタイミングと同時に、私は店の外に出たオッチャンを追いかけた。

 

「オッチャン!」

外に出ると、オッチャンはバイクに跨がっていた。

「今日は色々ありがとう。」

「おう、今度からヘルメットは二つ持ち歩かなきゃな。」

「あはは....その件はごめんなさい。助かりました。」

少し沈黙が流れたあと、オッチャンは遠くを見つめて話し始めた。

「あの青年の話を聞いていたら昔のことを思い出してな。」

「え...?」

「守ってやれなかったんだ。今でも後悔してる。」

オッチャンの目は真剣だった。私は何も言えずにいた。

しばらくすると、いつもの穏やかな表情に戻り

「詩鶴ちゃんの珈琲、最高だったよ。」

と私に言葉をかけ、キックペダルを強く踏み込んでエンジンをかける。

ヘルメットをかぶり、私に手のひらを見せ

「じゃ、またな。おやすみ。」

と言い、走り去っていった。

 

つづく。

ーオマケシーンー


「ヘルメット被りな。」

「え、オッチャンは良いの?」

「転けたときは同乗者の方が怪我しやすい。あと、グローブと、ジャケットも貸すから着な。」

オッチャンは次々と自分の装備を私に着けさせる。

「えー、暑くない?」

「プロテクターが入ってる。擦りむかないようになっているんだ。」 

「へえ...?」

「出来ればズボンもやっておきたいところだが...。」

「街中でスカート脱げと...。」

「だよなあ...。」

次にオッチャンはバイクの跨がりかたを教える。

「そこにステップがあるだろう。そこに足を乗せて、片足は柵を飛び越えるイメージで回して跨がる感じ。」

うんしょ...っと。やってみるも、低身長の私には位置が高い...。

「抵抗あるかもしれないが、しっかり掴まりなよ。」

「うん、平気。」


オッチャンはキックペダルを踏み込み、エンジンをかける。

「なんかレトロだね。」

エンジン音が大きいから、それにつれて声量も上がる。

「お、良いとこに気づいてくれるね。」

左右に突き出た二本のマフラー、一つ目のライト、メーターは二つ付いている。

タンクは足で挟みやすいように、肉厚の黒いパッドのようなものが付いている。

自分のスネあたりにコードのようなものが刻まれている。

「笑ろくごーぜろ...。」

「ダブルだよ...。」

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