15.道連れ
下町の鶴
3章-策略-
☆Episode.15「道連れ」
「失礼します。」
そういって入ってきた山岸に教頭は、藤島と対面の椅子に座るよう案内した。
山岸が椅子に腰掛けると、部屋の中にはピリッとした緊張が流れる。
どんな小さなミスも、もうここでは許されないのだという緊迫感が山岸を追い詰めた。
一呼吸分の時間が流れると、藤島は山岸を問い始める。
「それで、私が何をしたっていうのかしら?」
「わざわざ聞かなきゃ分からないかな?――
「質問を質問で返さないでくれる?私、暇で付き合ってるんじゃないの。」
藤島は山岸の言葉に被せるように圧をかけた。
「二人とも、挑発をするんじゃない。」
教頭が注意をすると、二人は一瞬静かになる。
暫くたって、山岸は教頭に証言を始めた。
「結論から申し上げますと、彼女自身がやっているのは脅迫だけです。暴力の方はその仲間によるものですから。」
「脅迫というのは...?」
「まあ、主に弱味を握って支配下に置くといったものでしょうか。」
藤島は目を閉じ、眉を上げて、綺麗な姿勢のまま山岸に証言を喋らせている。
教頭が話す。
「なるほど。で、それを藤島さんがやっているというのはどうやって証明するんだ?誰かからその相談を受けているのか。」
「相手は口封じをさせられているんです。苛められた子の名前を言ってここに出させても多分喋りませんよ。」
「そうか。藤島さんの方は何か言いたいことはあるかね。」
そういうとパッと目を開き、呆れた表情で
「仮にそうでも証拠不十分じゃないですか?」
と、ため息混じりに言った。
「そうだな。山岸君、他に証明できるものは無いのかな。」
山岸は答える。
「さっきまで行われてたんですよ、ソレが。今回はキッチリと証拠も残ってます。」
「さっきまで?」
「ええ。二階の、あの離れ小島のトレイで。」
「今も続いているのか。」
そう聞くと、先に藤島が答える。
「今行って見てくれば良いんじゃないですか?」
それに頷いて、動こうとした教頭に山岸が発言した。
「その必要はありません。」
二人は驚きと疑問に満ちた顔で山岸の方へ顔を向ける。
「どういうことかな?」
そう教頭が聞くと、落ち着いた表情で答える。
「教頭先生、梅山先生が今、盗撮の件で処分中なのをご存じですか?」
「梅山がどうかしたのかね。」
「もう一つ、まだバレていないカメラがあるらしくてですね、そこに映っちゃってるみたいなんですよ、今回の苛めの現場が。」
藤島と教頭の瞳孔が開く。
「見つかったのって遠隔操作可能で、かなり高性能なヤツらしいじゃないですか。そのデータは梅山先生が持っているはずですよ。」
「それは本当か。」
「ええ、ご連絡してみては如何です?」
教頭先生が早急に携帯電話を取り出し、梅山先生に連絡を入れる。
その光景に茫然としている藤島に、哀れみのような目を向ける山岸。
それにどういう意図なのか藤島は冷静さを取り繕い、口角だけを上げた。
「やってくれたわね」と言いたいのか、それとも新しい策を見つけたのか、何にせよその表情はこの空間の中で不気味でしかなかった。
「どういうことだね。」「何をしてるか分かってるのか。」
といった怒号が応接室に響く。
その間、山岸と藤島の間に流れる空気は酷いものだった。
やがて教頭先生が通話を終えると、荒れた呼吸をしながら藤島に問う。
「梅山先生の盗撮を黙っていたらしいじゃないか。」
「....。」
「それを弱味に今までの不正行為を黙認させたと。」
藤島はカメラの存在にいち早く気付き、それを敢えて他の先生に報告すること無く、彼を操作する題材に利用していたのだ。
「どうなんだ。」
教頭が藤島を問い詰めると、彼女はゆっくりと顔を上げてのち、言い放った。
「それはそのデータが送られて来ればハッキリするんじゃないですか?」
「やったかどうかを聞いているんだ。」
「私は否定するまでです。...それと――」
ピリッとした空気になる。
「山岸さんが盗撮犯と共謀したっていう事実も、今ここでハッキリしましたよね。」
一方、名取はこの混乱の隙に校舎を抜け出し、帰路についていた。
彼女の手には、廊下に貼られた広報から破り取った藤島の顔写真が。それを見つめながら、やがてその表情は暗く沈んでいった。
名取がそれをポケットに入れ、顔を上げると、家々に囲まれた狭き空は雲に覆われていた。
湿った空気をその口に含ませては、胸の奥、不純物が混ざった重たい息を外に吐き出す。涙の枯れたその瞳は、雲間から差す太陽の日差しをどこか求めているようで。
いつもより遅めの足取りで家に向かって歩いていると
「つるりーん。」
と、私を呼ぶ声が聞こえた。私のことを"つるりん"と呼ぶのはあの娘しかいない、と振り返ると、やっぱり瑞希だった。
彼女の隣には明希っていう女の子もいた。瑞希と同じ、私の友達だ。
「やほー、つるりーん。」
「ああ、うん。」
「どしたの?なんか顔暗いよ?」
「ああ、ごめん。何でもない。」
私は二人に笑ってみせたが
「鶴ちゃん、絶対その顔無理して作ってるよ(笑)」
人のことを放っておけないお人好し軍団といいますか、そんな彼女らに少々困ってしまう。
そうそう、言い忘れてたが、明希は私のことを"鶴ちゃん"って呼ぶ。いや、いつもみっちゃんと一緒に居るのに言い方統一せんのかい。って時々思うけど...(笑)
「相談のるよ~?」
と、のほほーんとした口調で宥めてくるみっちゃんと
「本当に大丈夫...?」
と、少し弱々しい口調で心配する明希にやられて私は
「あーもう!分かったよ。家でお茶だすから!」
と、言葉を投げつける。
「やたー。」
と、気の抜けた声で喜ぶみっちゃんと、
「あは、ご馳走さまで~す。」
と、照れ笑う明希。
何なんだもう...。
私は二人を店に招いた。
「久しぶりに来たな~」とか何とか言いながら、カウンターに腰かける二人を前にせっせとキッチンでお茶を用意する。
その姿に何を感じたのか、明希はキラキラした目で私を見ている。みっちゃんが
「マスター、今日は...キツいのを頼む。」
などと戯けるので私は思わず乗り気になって、麦茶を注いだグラスを彼女に向けて滑らせた。
びっくりした彼女を前に、エヘヘとイタズラに笑う。
ゆったりとした時間が私たちの元に流れた。それが私にとっては優しいひとときだった。
「ねえ、そういえばさっき暗い顔してたのって何でだっけ。」
「それ聞く...?」
みっちゃんの興味っぷりに困ってしまう。私はとりあえず適当な言葉を並べた。
「まあ、色々ね。」
「色々かあ。」
「うん、色々。」
しーーん。
「ねえ、つるりん恋した?」
がくっと腰が抜ける。
「いやいや、何でそうなるんだよ!?」
「だってぼんやりあまーい顔してんじゃん、さっきから。」
「だからって無理やり恋に結びつけないでよ...!」
「あはは。ごめんごめん、冗談だって。」
店中に二人の笑いが共鳴する。私も少し苦笑いを。
瑞希:「そういえば友部さん、付き合ったって知ってる?」
明希:「え、誰と?」
二人が恋話にふける。
詩鶴:「石岡でしょ?あのイケメンの。」
私もそこに顔を突っ込んだ。
瑞希:「良いよね~、石岡君ってつるりんと同じ七組だよね。」
詩鶴:「そうだよー。もう周りの女子大騒ぎ。」
明希:「え~、羨ましいなあ~。」
みっちゃんは私にニヤリと笑う。
瑞希:「へへ、取られちゃったね、つるりん。」
詩鶴:「なんだよ、取られたって。」
明希:「あははぁ。」
詩鶴:「いいよ別に。イケメンなだけなんて興味ない。」
瑞希:「おー、言うね~。」
わざと意地を張ってみる。和やかな空気に、少し楽しくなってきたところだった。
しかし、次に瑞希が放った言葉に私の体が固まった。
「つるりんは河島君一筋だもんね~。」
その名前を耳にした途端、さっきまでの惨劇がよみがえった。
藤島の支配、仕組まれた作戦、心がまた複雑な感情に追いたてられる。
やるべきことへのプレッシャー、虐げられた怒り、三人とも倒さなきゃいけないものと向き合っているはずなのに、私にだけ孤独が押し寄せていること。
誰かに打ち明けてしまえば楽になれるのに、そうすれば何もかもが台無しになってしまうこと。
今はただ、胸の奥の痛みに耐え続けることしか出来ない。
「え、いや、あの...冗談で言ったつもりだったんだけど...。」
「え...?」
ハッと気がつく。どれだけボーッとしていたのか自分でも気がつかない状態になっていた。
明希は心配そうに
「だ、大丈夫だよ。鶴ちゃん、きっとまた良い人見つかるって。」
と私を気遣う。知らぬまに私が河島にフラれたみたいな認識になってしまっている。
「え、ちょっと...違うって...!!そんなんじゃ!」
「悪かった...私が悪かった...。」
半分悪ノリ混じりなみっちゃんと、本当にそう信じきってる明希。おまけにさっきのフラッシュバックで頭が痛くなった私は
「ああもう!!」
と大声を上げてご飯をカッカと装い、卵を取り出し、超高速で卵かけご飯を作る。そして二人が座ってる横の空いたテーブルにドンっとそれを置くと、すぐさま彼女らの隣でそれを飲むように食べた。
カッカッカッ...ズズー...ゴクッ...はあ...カッカッカッカッカッ!!
「こんのっ....どいつもこいつも...!!」
二人は困惑していた。
―つづく―




