12.女王
下町の鶴
3章-策略-
☆Episode.12「女王」
風のように現れ、私の日常に雨雲をかけた藤島という女。
思えば、いじめ集団から柏木君を助け出して、あの状況に至るまで妙に流れが出来すぎている気がする。
―今度私の友達に喧嘩売ったら―
友達?友達ってそもそも誰を指していたんだろう。
何はともあれ、この状況から早く抜け出したい。
そのためには....
そっか、そうだ。普通に過ごしてりゃ良いんだ。
あの時だって穏便に済まそうと思ったら出来たはずだし。出来たは...いや、出来たか?まあいいけど。
少し考えて行動すりゃあいいんだ。暴力にはリスクが伴うものね。(とはいえ私、カウンターしか使ってないんですけど。)
気がつくと私の横に柏木君が立っていた。
「あの....な、名取さん...。」
その声に気がつくと、私は椅子に座りながらくるりと体を横に向け、聞く体勢をとる。
「おー、柏木君。どうしたのー?」
彼はおどおどとした様子で私に何か訴えようとしている。
「あの...さっきは...その...。」
「落ち着いて落ち着いて(笑)。ちゃんと聞いてるから。」
「ご、ごめんなさい。僕のせいで...その...、迷惑かけちゃって...。」
彼はこの前のいじめのことについて話しているようだ。
「ご、ごめん?...え、私は大丈夫だよ。それよりあんたの方こそ大丈夫なの?」
そう聞くと、声を発さずに顔を大きく振って頷く。
「ねえ、柏木君。」
「....!うん。」
彼はビックリして私の方を向く。しかし、目を合わせられなくて斜め下に視線を落としている。
「嫌なことはちゃんと嫌って言った方が良いよ。」
「あぁ.....うん。」
彼の反応を見る限り、彼にとってそれがとても難しいことだというのが全身から伝わってくる。
「まあ....、でもそうだよね。あんなに強引に迫られたら抵抗しようがないもんね。」
彼は何も言葉を発せなくなった。ただ、申し訳なさそうに視線を落としたままだ。
「じゃあさ、あいつらが来たと思ったら私のとこに逃げなよ。」
そういうと怯えた様子で私を見る。鼻らへんを。
私がまた暴力沙汰で解決しようとしてると思われてるのかな。
「あんなに思いきったことはもう流石にできないけどね。でも方法なんていくらでもある。」
そういうと少し信頼してくれたのか、ほんのりと表情が穏やかになったような気がした。
「ありが.....とう。」
「いいよ気にしないで。一緒に頑張ろ。」
彼は落ち着かない様子で去っていった。何かの使命感に背中を押されたような感じで、きっと異性と話した経験もほとんど無いのだろうなっていう雰囲気だった。
でも、その勇気を振り絞って私に話しかけてくれたのはあの子にとって、大きな前進だと思う。
あの散々な出来事を思い返せば、なんでこんな目にとも思ったけど、それと同時に後悔が消えた。
これで良かったんだって。
放課後の居残り時間。
また河島、山岸、私の居残りトリオが集まる。
課題を鉛筆でつついては、主食であるお喋りを時間一杯に頬張るのが私たちの日課のようなもの。
山岸:「石岡がさ、五組の友部と付き合ったらしいぜ。」
河島:「ほーん、どいつもリア充しやがって。」
名取:「石岡、イケメンだもんね~。」
今回は恋バナのよう。
項垂れながら羨ましがる男子たちに、私はだらーんと会話に交じる。
山岸:「バスケ部で高身長っていつの時代もモテるのな。」
名取:「そう?私はそんな刺さらないけど。」
山岸:「じゃあどういうのが理想なんだよ。」
名取:「う~ん、夜景の綺麗なレストラン連れてってくれる人かな~。」
河島:「維持費大変だな。」
名取:「あ?」
教室に小さな笑いが起こる。私は窓の外をぼーっと見つめた。青い空の下で運動部の部活の掛け声が聞こえつづけている。
その間にまた山岸が話し始める。
「やっぱショートヘアって最強だよな。」
今度は好みの髪型だそう。
河島:「うーん。いや、オレ黒髪ロング派だわ。」
山岸:「え、マジで?」
河島:「うん。あのさ、ポニーテールがさ、結び目ほどいて''ファサー''ってなるとことかめっちゃ好きで。」
山岸:「あ、待って。それは分かるわ」
河島:「だろ!?」
男子二人が盛り上がる。ちょっと私にはよく分からない。
すると二人は急に私の方を見た。
あ、そういえば結んでるやつ、ここにいるじゃーん的な感じで。
名取:「え、何。」
二人:「じーーー。」
名取:「...え、やだよ。結びなおすの面倒臭い。」
二人:「ちぇーー。」
私は残念がる二人を目を細めて見てる。
河島:「お前おろしてる方が可愛いじゃん。」
名取:「うるさい。あと、結んでる=ポニーテールじゃないからね。」
二人:「え、そうなの?」
話は盛り上がり続ける。今度は
河島:「なーなー、この学校で超絶美人って誰だと思う?」
とかいう話題になる。
山岸:「あー、誰だろ。」
河島:「お前、誰だと思う?」
急に私にふる。
名取:「いや知らねえよ。男子の好みとか分かんないから。」
山岸:「あ、でも豊四季さんの顔とかタイプだなあ。」
名取:「2組の?」
山岸:「うん。あの清楚ぉーな感じがさあ。」
名取:「へぇ~、山ちゃん清楚系が良いんだあ~。」
山岸:「何だよ、悪いかよ。」
名取:「別に~。」
にまあっと笑ってやる。
河島:「あとあれだな、藤島さんとか超人気だわな。」
笑ってる最中に来た心臓を止めるような一言に殺されかける。私は机にぶつけた膝に手をそっとあてがった。
山岸:「あー、最高だけど高嶺の花だよ。僕らには届かないって。」
そうなんだ。あの人、男子にはそんなに人気なんだ...。
でも確かに綺麗な顔立ちだとは思った。中身は置いといて。
河島:「確かに。なんか男子を寄せ付けないオーラが凄いんだよなあ、あの人。」
山岸:「分かるわあ。」
河島:「テストも毎回、学年トップクラスらしいぜ。」
山岸:「うわあ、美人で頭良いとか...。」
二人の会話を聞いてるうちに顔がだんだん青くなっていく。あの人はその美貌と頭の良さを完全に悪行に使っている...。
口数が減っていることに気づいた山岸が私を言葉でつついてきた。
「名取、汗凄いぞ。」
「え...!?あ、いや....。」
「もしかして妬いてんのか~。」
その言葉にムキになって反論する。
「はあ!?誰があんな....。そ、そういう山ちゃんこそ、ああいうのがタイプなの?」
「タイプとかそういうのじゃないけど誰だって憧れはするよ。」
「ふーん...、そ。」
「お前絶対嫉妬してんだろ。」
不機嫌な顔をしてると、河島がにこやかに言う。
「大~丈夫だって、お前はお前で可愛いとこあっから。ははは。」
河島の笑みが、私に冷めた表情を作らせる。
「河島、女の子に誰ふり構わず可愛いとか言うの辞めな?」
「え、マジで?俺、基本お前にしか言わないぞ?」
胸の奥に違和感を感じた。なんだろう、この感覚は...。
そして私は違和感の根源である彼を見つめた。
...苦虫を噛み潰したような顔で。
地獄のような静寂が三人の中に流れる。
河島はチラチラと山岸に視線を送っている。
それを察した山岸が一言。
山岸:「フラれちゃったな。」
河島:「ああ、フラれちゃった。」
二人:「うィーー。」
お互いの拳を合わせて何か盛り上がり始める。
私は大きな大きなため息を彼らに浴びせて席を立つ。
河島:「私を置いて行っちゃうノ?」
山岸:「貴女となら何処までもついて行くノニ。」
悪ノリを始めるふたりに言い放つ。
「そう?私、お花摘みに行くんだけど。」
二人:「あ、行ってらっしゃいませー。」
一気に素に戻り、課題に向き合い始める二人。
私が教室を出たタイミングで後ろから笑い声が聞こえ始めた。
御手洗いの窓からも聞こえてくる、色んな部活の音。
吹奏楽部の音楽だったり、野球部の球を打つ音など、色々。
トイレの個室越しに嗜むなど、と自分に問いたいところだが、如何せんこの時間といえばやることがない。
用を済ませ、手洗い場の鏡の前に立つ。
色んなことがありすぎてきっと疲れたのだろう。表情が固い。
「頑張れ私。まだまだやることだらけだ。」
そうボソッと呟いて鏡に映る自分に笑って見せる。
空元気でも笑えるほどには疲弊してない、と自分を勇気づけて蛇口をひねる。
夏の暑さで最初だけ水道水が温かった。やがて少しずつ冷たくなっていく水を肌で感じながら手を洗う。
水を止め、手の水滴を払い、ハンカチで手を拭きながらもう一度鏡を見ると、背後に誰かがいるのに気付き、咄嗟に振り向く。
「っ....!!」
驚いて飛び上がった身体が手洗い場にぶつかり、音を立てる。
そこにいたのは、あの藤島だった。
恐怖のあまり声すら出せなかったが、大きく息を引いた衝撃とともに乱れた呼吸は、それをしているに等しいほどのものだった。
「な、何...!」
「そうね、''まだまだやることだらけ''ね。」
「え、ちょっと何。私あれから何もしてないじゃん!」
彼女は蛇のように私の周りをそろりと歩き、マゼンタに染めた声に乗せて私に擦り寄る。
「いいえ、したの。私が喋ればどんなことだってね。」
つづく。
【おまけコーナー(なろう版限定)】
★下町のはとぽっぽ
☆その4「河島家の日常 I」
学校から、狭いアパートに帰ってくる。201号室の扉を開けると、妹がちゃぶ台で宿題をやっている。
「ただいま。」
妹からの反応はない。
「ただいまー。」
もう一回言ってみる。
「うん。」
返ってきた。
「小春、母さんは?」
「まだ仕事だと思うけど。千春姉ぇは買い物。」
「あそ。」
「うん、あと宿題やってるから。」
黙ってろってか、はいはい。
俺は荷物を置いて私服に着替えた。ここに居るのも暇なので
「俺、コンビニ行くけど何か居る?」
「プリン。」
「はいはい。」
帰ったばかりの家を再び出て、外に出る。夕焼けに染まった下町の路地を歩いた。
駅前の100均コンビニに着くと、入口でばったり姉に会った。
「あ、エイ。何してんの?」
「いや、こっちは何となく。小春がプリン買ってこいって頼まれて。」
「あー、なら良かった。私今プリン買ったから。」
「小春に?」
「いや、私用だけど。」
「だったらいらねえよ、その報告。」
「あはは。何なら私が出すよ、小春の分。」
「え、マジで?」
「うん。今お金あるし。」
そういって姉とコンビニに入って、スイーツのコーナーを見た。
「エイさ、三人で同じの買って一緒に食べるっての、しない?」
「は?何で?」
「小春の反応みたい(笑)」
「ええ...やだよ。」
「私だそっか?」
給料日が来たばっかりだからってすぐ調子に乗る姉を俺は怪訝そうな目で見ながら、仕方なく姉の提案に乗った。
「あーはいはい、自分で買います。ちょっとはお金大事にしてくれ。」
「ふふ、交渉成立。」
「ただいまー。」
姉と一緒に玄関をくぐると、妹は宿題を終わらせていて、テレビを見ていた。こちらに気づくと
「あ、お帰り。二人とも。」
「いやー、コンビニでばったり会って。」
「お姉、買い物ってスーパーじゃなかったんだ。」
「まあね。で、そうそう。これお土産。」
そういって姉は妹にプリンを渡した。
「え、ありが――――ちょっと待って。お兄、お姉に払わせたの?」
鬼の形相でこちらを見る妹。
「いや、払わせたとかじゃねえよ。」
「まあ、良いから良いから。私もプリン買ってきたから一緒に食べよ。」
姉は俺に目線を送って、「せーの」と小声でタイミングを合わせ、プリンを一緒に袋から出した。
「え...。」
妹は怪訝そうな顔で二人を見る。
「俺は不本意です。」
「じゃあ一人で食べればあ...?」
「駄目です。三人で食べるってエイと条約結んだんで。なっ?」
そういって姉の希望で、三人一緒になってプリンを食べることになった。
「お姉、なんでこれしたかったのか聞いていいかな。」
俺は姉に問うた。
「だっていつもどっちかが勝手に食って喧嘩しだすじゃん。私も人のこと言えないけど。」
姉のお節介で、数年ぶりに兄妹だけの時間を過ごせた。