11.利用
ープロローグー
眩しい朝日が目蓋の裏の暗転したスクリーンを赤く照らし、ぶち壊す。
ああ、朝か。
そう心でぼやいて、狭く細い階段を降りる。
母の風邪はすっかり治っているみたいで、元気よく私の目を覚まさせる。
「おはよう。昨日はお楽しみだったみたいで。」
なんだろう、嫌みに聞こえるのでやめてもらっていいすか。
今日の朝ごはんは目玉焼きと、パン。
ペロッと平らげて行ってきます。制服に着替えたら出発。
通学路で探偵のオッチャンとすれ違った。
「あ、オッチャーン!おはざーす。」
こんなところで会えるとは珍しい。思わずテンションが上がった。
「おう、珍しいな。おはよう。」
「ね~!何かの前兆だったりしてね。」
「まさかね。ところで....」
「?」
「昨晩はお楽しみだったみたいで。」
「え???」
おかしい、何かがおかしい。
なんで河島とのお泊まり会の噂が初日でもう知れ渡ってるの?監視社会過ぎない?今何年だと思ってるの。
あまりの異変さに違和感を覚えながら学校へ向かった。
そして、校門をくぐり抜けると、山岸に会った。
「おはー、山ちゃん。」
「おはよう、名取。あ、今はもう河島か。すまんすまん。」
頭が真っ白になった。
え、あの夜、私の知らないところで何があったの?
え、え、やめてよ。マジでやめて。
パニックになって私は教室へと全力疾走した。
ガラガラガラ バタン!
「はあ....はあ.....はあ......。.......え?」
パーン!パーン!!
教室に入ると大量のクラッカーが私に向けて放たれた。
頭に積もる色とりどりの装飾は、私を馬鹿にしてるとしか思えない。
呆然とした私にみんなが祝福を浴びせる。
「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」
「これ何なんだよおおおおおおおお!!!!」
窓をも割るような大声で叫ぶと、やがて視界が真っ暗になった。
「はっ.....!」
枕の上で目が飛び出るような勢いで起床する。
呼吸は乱れていて、胸に手を当てるとドクドクと高まった心拍が指に伝わってくる。
なんて酷い目覚めだ。
「んー .....。」
河島の寝ぼけた声に咄嗟に反応する。
「か、河島!?」
「んえ...、おはようございまふ。」
「あ、ああ。おはよう。」
私は動揺を隠せないまま河島に尋ねた。
「かか河島、私、なんかおかしなところない??」
「んー....さっきからずっとおかしい。」
「いや、そうじゃなくて!!」
河島は私をまじまじと見つめたあと、ボソっと言った。
「ちょっと見えてんぞ。」
その言葉に興ざめする。
多分彼も寝ぼけたままなのだろう。
枕を投げつけた。
河島とのお泊まり会を終えて、学校に向かう私たち。
学校の近くに着くまで、怪しまれないように別行動にしようと分かれた。
このまま誰にも見つからずに済めば、この先の学校生活はきっと平穏だったのだろう。
「見ぃ~ちゃった。」
しかし、平穏とは長くは続かぬもの。
そいつは走り去っていく二人を見ながら、遠くでほくそ笑んだ。
【本編】
下町の鶴
3章-策略-
☆Episode.11「利用」
「もーいーくつ寝ーるーとー、夏休みーー!」
相変わらずしょうもない替え歌なんかを口から垂らして、暑さでやられた頭の中を無意識に教室内に露呈している今日この頃。
足を大股で開き、下敷きでプァタプァタと音を立てて扇ぎながら、教室中の誰もがこの暑さに喘ぎ苦しんでいる。その光景はまさしくラ○ーンシティのそれだ。
周りの生徒がゾンビに見えてくるのは初期症状。限界値を越えると、純白の制服が冷奴に見えるという。
そんな、何もやりたくない倦怠感に襲われると、この屋根の下にも恒例のセリフを耳にするようになる。
「お前、なんか買ってこいよ。」
そう、''焼きそばパン買ってこいよ''的なノリのアレだ。
「え?」
「お前だよ。お前に言ってんだよ柏木。」
「こいつ、耳付いてんのかよ。」
五月蝿い。就寝前の蚊の羽音くらい鬱陶しい。
全く。流行りに対して、狂信的な信仰を抱く者の多い若者の中でも、相も変わらずイジメなんていう年代物で古風な文化を守り続けているのは動物的本能が故なのか。
抵抗しない一人によってたかって二人、三人と集まっていく光景に私は眉をひそめた。
「お前、購買行くんだろ?」
「う、うん...。そうだけど....。」
「じゃあ俺らの分もついでに行けるよなぁ?」
「...何買ってくればいいの?」
彼が緊張しきった声で尋ねると、奴らはツラツラと自分の要求を投げつける。
「何か旨そうなの買ってこいよ。」
「あ、じゃあ俺メロンパンで。」
「ジュースも買ってこいよー。」
一人で持ちきれる量じゃない。袋にいれても結構な重さだ。
「分かったよ。」
彼は仕方なく了承し、あいつらからその分のお金を貰おうとした。
だがしかし
「お前いつまで突っ立ってんだよ。早く行けよ。」
「え...いや、あの....その...お金。」
「あ?お前金取んのかよ。」
奴らはあり得ない反論をし始める。
「俺ら使って金儲けかよ。」
「お前結構金持ってんだろ?だったらこれくらい恵んでくれても良いよなぁ?」
奴らは手間賃を払うどころか、自分等の分の食費まで彼に払わせようとしているのだ。
そして彼への悪態は収まることなく、だんだんエスカレートしていく。
「そういえばお前今週の友達料、まだ未払いだったよなあ?」
「え....。」
信じられない言葉を耳にする。あいつら、あんな汚い手口で人から金を奪ってるのか。
「払うもの払わずして人様に金を要求するとはとんだ悪ガキだな。」
「滞納分は倍にして徴収しなきゃなあ。」
「こいつ抑えてろ。」
奴らの一人が彼を取り押さえ、もう一人が財布を取り上げ、他の奴らはケラケラと笑っている。
身動きの取れない無抵抗な人間に好き放題やり始める状況に、私は焦って周りを見渡した。
しかし周りのクラスメイトはみんな、自分に加えられる危害だけを恐れて、見てみぬフリをしている。
その光景に瞳の奥が冷めきった。
耐えられなかった。寧ろもう、耐えようとは思わなかった。
「お前ら何やってんの。」
彼に手を上げようとした男の手をわし掴んで問い詰めた。
「何だコラ。」
「お前には関係ねえよ。」
「俺らの遊び、邪魔すんなよ。」
古い。行動に相まって、言葉選びまでもが時代と逆行してる。
私はミイラとでも喋ってんのか。
「遊び?その子、嫌がってるようには見えないのか。」
「どう見たら嫌がってるように見えんの?お前脳ミソ付いてんの?」
「お前らこそ目ぇ付いてんのか。」
「ああ?」
態度がいつまでもデカい。死んでも治らないものを持ってるってことは良く分かった。
私が一言喋るごとに、三つも四つも罵声で返る。
「やるかコラ、てめえよぉ。」
「お前一人でこの人数に勝てるとでも思ってんのか。」
「あったま悪ぃなこいつ。」
威勢だけ張って忌々しい。良い歳こいて言葉選び小学生以下かよ。
私は相手の暴力を誘発する。
「うるせえな。カニ味噌程度で良いから、一人で立ち向かってる私を見習うだけの頭はくっ付けとけっての。」
頭が小学生のいじめっこから成長してないのであれば、相手を怒らせるなど歩くことより簡単だ。
私はさらに続ける。
「だいたい昼食も買えないくらい金欠なら校庭に落ちてるワカメでも食っとけよ。」
「金欠?昼飯に金使いたくないだけですけど?」
「そうか、なら貧困なのは頭の方みたいだな。」
ここまでツツくと流石にキレるみたいで、私の肩をはね飛ばし、声を上げ始める。
「てめえ、調子こいてると絞めるぞ。」
「絞めてみせろよ。揃いも揃って女一人も脅せねえチビ共が。あ、身長のことじゃないぞ?」
いよいよ相手の堪忍袋の尾が切れて、ストレートが飛んでくる。
それをフッと避け、その腕を掴み、この上なき悪い笑顔で私は言った。
「女を待たせる男はモテねえんだよ。」
「あ?」
「正当防衛、成立じゃああああああ!!!!」
そういって殴りかかった奴をぶっ飛ばす。
向こうも完全に戦闘態勢に入った。
相手の攻撃は容赦知らずで、勢い良く手も足も飛んでくる。
だが、考えもなしに当てようとするのは私にカウンターを許すようなもの。
蹴りを入れてきた奴には胸を突き飛ばし、殴りかかってきた奴には、その腕を強く引き、足を蹴って躓かせたりと、止まることなく戦った。
ほとんど自分から攻撃せずに、カウンターに特化させることで何かあって問い詰められても、自分を守ったといって言い訳が聞く。
「柏木!今のうちに逃げて!」
そう言ったが、彼はパニックになって呆然と立ち尽くしている。
「え....」
彼が動こうとしないのを疑問にずっと見ていると、その隙に奴らのうちの一人が私の髪を引っ張った。
「あぅっ.....痛!!」
「てめぇ、調子に乗りやがって。」
そのまま身体を引き寄せられて、羽交い締めにされる。
「抑えてっから、今のうちにやっちまえ。」
必死に抵抗するも、力が強い。
そうしている内に、いじめっこのリーダーらしき奴が私にゆっくりと詰め寄る。
やがて目の前に立ちはだかると、片手で頬を鷲掴みにする。
「中々やってくれるじゃねぇか、あん?」
「うぐぅ....あぐっ....!!」
「膝付いて謝れば許してやるよ。」
私はそいつの親指と人差し指の間の肉に全力で噛みついた。
痛みで咄嗟に離した手を拳に変えて、私のお腹めがけて殴った。
顔に向けて飛ばすはずの手を一瞬止めて、そこを殴ったのは完全に意図してのものだろう。屈辱も味わわせる主義らしい。
「何をしたか分かってんのか。」
私は荒い呼吸の中で不敵に笑い、言い返す。
「生憎、ここにはクズしかいなくてね。弱い奴にしか威張れないクズと、それを見てみぬフリが平気で出来てしまうクズと。そんなクズを潰すことに一ミリも罪悪感を感じないクズがな。」
「このクソアマがぁ!」
手を大きく上げて私に振りかざそうとしたその時
「どうしたの!?何やってるの君たち!?」
一人の見知らぬ女生徒が間に入ってきた。
「藤島さん!」
彼女が現れただけで、こいつらの手が一瞬でに止まった。
「駄目じゃない。女の子虐めるなんてサイテー。」
「いや、違うんです。こいつが....」
「何が違うの?男三人も揃って、恥ずかしいとは思わないの?」
彼女がそう言うと、羽交い締めがやがてゆっくりと解け、解放された。私は力が抜けて、跪くように床に膝をついた。
「消えて、はやく。」
その言葉に呆然としたまま、奴らは去っていく。
それを見届けた彼女の背中は、私の目に異様だった。
私が「ありがとう」と、礼を口にすると、彼女は
「大丈夫?」
と、私を抱き締め、そう言った。
「...うん、大じょ―――」
馴れ馴れしさに少し戸惑いを感じつつ、私がそれに答えようとした次の瞬間
「あなた、河島くんとお泊まりしたんだってね。」
彼女は私の耳元で河島との、ほんの数日前の出来事を口にした。
「......え。」
「知ってるのよ。私、何でもね。」
「...。」
「いい?次、私の友達に喧嘩売ったら―――」
「''寝た''ってばらまく。」
つづく。
【作者コメント】
投稿が一時間遅れてしまい申し訳ございません。




