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下町の鶴  作者: 瀧ヶ花真太郎
11章.魅力
109/121

109.価値観

下町の鶴

11章-魅力-

☆Episode.109「価値観」


「告白されたあああ!?」

「うわあああばばばばば!!」

堂々と大声でリアクションするので、こちらもパニックになる。詩鶴の興奮はブレーキの壊れた暴走列車状態で、私一人ではまるで止められる気がしない。

「え、え、どんな人?クラスは?部活なにやってるの?運動出来る系?」

「いや....その ....」

「身長高い?顔はイケメン?どんな性格の人?」

「落ぉーちぃー着いてぇっっ!!そんな激詰めされたら何も話せないから!!」

互いに体から湯気が沸いてきそうなくらい冷静さを欠いて、二人して「はあ、はあ」と呼吸を荒らしている。この空気が収まるまでどれ程時間をかけただろうか。少なくとも私の方は燃え尽きた。

「いやあ、びっくりしたよ。私まだドキドキしてるもん」

「こっちの台詞だよ...そんなに驚くと思わなかったから」

「驚くよ。だって凄いことだよ?」

何とか詩鶴を消火出来たけど、残り火の熱はまだ微量にこちらに伝わってきていた。

ようやく二人が落ち着いて話せるようになった頃、私はこの出来事への胸の内を彼女に明かした。突然のことで未だ動揺していて、その子の手のひらを素直に握って良いのかが分からない。不安だったんだ。誰もが一度は憧れる場所を友達の誰よりも早く手にして、これからのことがどう変わっていくか想像がつかなくて。

「私なんかが恋人できて良いのかな」

そう言ってテーブルに視線を落とすけど、詩鶴は常に明るい声で私を祝福しつづけてくれる。励まして欲しくてわざとやっている訳じゃない。でも私の口からはウジウジと自信のない言い訳しか出なくて、詩鶴はその一つ一つに笑顔で首を振ってくれて。その優しさが今の自分を映すようで、口を開く度に自分が情けなく思えてきた。

「ごめんね、こんな話聞かせて」

「自信持ちなよ、めちゃめちゃおめでたい話じゃん」

「でも、私の一体どこに魅力を感じて?」

「え?なに言ってるの。魅力だらけだよ。優しいし、美形だし、私よりおっぱい大きいし」 

ちょっと待て、後半のそれは何だ。

詩鶴の言う"魅力"があの子にも同じように感じているのかは分からないけど、自分が自覚していないことだから実感が湧かない。何で私が告白されたのか、私はそれにどう答えて良いのか。私はもう一つの心配事を詩鶴に話した。

「もし私がOKを出して、そっちに時間を費やすとして、そしたら明希は?一人ぼっちにならない?」

詩鶴は笑顔を浮かべた。何だそんなことか、とでも言うような表情で。彼女はお茶菓子を用意する手を止めて言う。

「明希はそんなこと気にしないよ。きっと、みっちゃんが喜ぶ選択をして欲しいはずだよ」

「でも―――」

「みっちゃんは?」

「え...?」

「みっちゃん自身はどうなのさ。その子と付き合っても良いって思う?」

「....わかんないよ、そんなの」

「じゃあそれ見つけなくっちゃ。その子もきっと、求めてるのはみっちゃんの気持ちだと思うから」

そう言われて、私はより自分の気持ちと向き合うように頑張ろうと思った。でもまず何から始めたら良いのかが分からない。それを詩鶴に聞いてみると、彼女は苦笑いでため息をついた。

「憧れだよ。恋人が出来たらやってみたいこととか、叶えたい理想みたいなの、あるでしょ?」

「うーん....」

「例えば....あ、そうだ!じゃあ理想のデートとか言っていこうよ」

「でででで....デート!?」

詩鶴の妄想ラブストーリーが私に襲いかかる。それは次々に浮かび上がってきて、その度に矢のように猛スピードで心をぶっ壊しにかかってくる。普段、つるりんと河島君のことを相思相愛みたなノリで扱っていること、もしかして根に持ってたりしないよね。

「遊園地とかド定番過ぎるかな?ジェットコースターで思いっきり気持ちを解放して、お化け屋敷で吊り橋効果。最後は観覧車に乗って....うふふ、えへへへへ」

駄目だ、また詩鶴のブレーキがぶっ壊れた。

「あ、でもせっかくなら夜景の綺麗なところでしたいよね。横浜?お台場?あと何かある?」

「え、待って。何の話してるの」

「え?理想のデートプランじゃないの」

「違う違う。お台場とか何とかの」

「あー、ファーストキ.....やだあ、言わせないでよ」

「キ....」

好んで恋話をすることもたくさんあったけど、いざ自分のこととなると刺激が強い。詩鶴は先程の恋話に舞い戻そうとしているし、これはもうノリに乗ってあげるしかないのだろうか。


日が変わり、朝の通学路。明希と二人で学校までの道のりを歩く。昨日のこともあって、彼女にもこの事を話しておくべきだと考えていた。しかしどんな風に言い出せば良いのか、言葉がちっとも浮かんでこなかった。

「課題ぜんぜん進まなくてさ」

とか

「お昼なに食べる?」

とか、他愛もない話ばかりを交わしていく内にだんだん学校が近くなっていく。このままだと言い出すタイミングを失くしてしまう。焦りを感じ始めていた時、明希が昨日のテレビの話題を振ってきた。

「そういえばさ、見たよ。何かクラスで流行ってるドラマ」 

「ああ、何だっけ。あの恋愛小説のやつ?」

「そうそう」

ちょうどジャンルの近い話になってくれたので助かった。さすが明希、古き良き友達。このまま然り気無く悩みの相談が出来れば...。そう考えていると、彼女はドラマの感想を私に話した。

「両想いって何かリアリティがないなあ、って」

「え?ああ、まあそこはフィクションだし」

「でも本当にあんな恋が出来たなら素敵だよね」

随分とあっさりした反応を見せるので、何かあの作品をみて思うものがあるのかと思った。そこで私はふと

「明希はさ、理想的な恋ってある?」

と聞いてみた。私が昨日、詩鶴に相談を持ちかけた時に咄嗟に出てしまった言葉だ。回答に困るような質問を投げられて彼女はくいっ、とこちらに振り向いた。目を丸くし、一瞬ぽかんとした表情を見せる。

「りそう...?」

「うん。何て言うかな、これ私が聞いちゃいけない気もするんだけど....」

「え、どういう意味?」

気を遣ったはずが明希には伝わらず、余計に混乱を招いてしまった。過去に私は、彼女の告白に首を振ってしまっている。気に病んでいるかもしれないことを掘り返して罪悪感を抱いたのだけれど、伝え方が纏まりきらないままで反省の意を伝えると

「ああ、大丈夫。気にしてないよ」

と微笑んでくれた。続けて

「理想の恋かあ」

と言って、明希は下を向いて考えた。

「うーん。価値観が合って、気持ちが共有できるってのが一番じゃないかな」

「おお...現実的な回答だね」

「分かんない。どんな人とお付き合いするかは一緒になってみないと見えてこないと思うし」

「まあ、そうだよね...」

明希はまっすぐ遠い目をして言った。

「私ね、あれから気持ちを纏めてみたんだけど」

「うん...?」

「女の子が恋愛対象なんじゃなくて、ただお母さんに似てる人が欲しかっただけなんだと思う。もしかしたら好きな男の子が見つかるかもしれないし、遠い未来、結婚して子供が出来ているかもしれない」

「.....」

「なんだろうね、理想って言われると難しいけど、自分のことを良いと思ってくれる人がいるなら嬉しいな」

恋愛相談を持ちかけるはずが、明希と話しているうちに答えを得られたような気がする。どうして恋人を作るのに友達の許しを乞うような真似をして回っていたのだろう。そんな自分が馬鹿馬鹿しく思えた。

「私もそんな日がいつか来るのかな」

呟くように明希に尋ねてみる。すると彼女はにっこりと笑って

「すぐ来るよ。私よりずっと早くね」

と応援してくれた。そのお陰で私は、告白してくれたあの子への考えが固まった。


私は放課後、あの子に伝えることにした。何日も待たせたことへのお詫びと、時間をかけて考え出した私の答えを。それは曖昧な感情ではなくて、自分に嘘をつかずに心に決めたこと。だからもう後悔はない。今日こそこの気持ちを彼に伝えてあげるんだ。


つづく。

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