105.腐れ縁
下町の鶴
11章-魅力-
☆Episode.105「腐れ縁」
四季乃は久しぶりに友人の元へ会いに行った。連絡先を交換してもいないのに、顔を合わせるとなれば簡単に出来るのは、彼女がいつもそこを根城にしているからである。
ごちゃごちゃと騒がしいネオン街の片隅で、誰よりも話しかけやすそうな雰囲気を放つ少女。ある人には微笑みかけ、ある人には可哀想な女の子に演じ分け、夜の軽さを匂わせている。さすが、専業なだけあって自分の売り方に関してはプロの業だ。ただ、アピールも虚しく素通りされるのを目にしてしまうと哀れに思えてくる。今日だって客の一人や二人くらいは取れているだろうけど、見るに堪えない。そう思って四季乃は、後ろからそっと近づいて耳打ちをした。
「嬢ちゃん、一晩いくら」
ちょっとした悪戯心である。一瞬、肩がすっと上がってビクつくが、その声に見当がついてか直ぐに口角が上がり、こう放った。
「お前ぇに抱かせる体はねえよ」
声からも伝わる嬉しそうな反応に四季乃も楽しくなって、後ろから彼女の肩に手を回し、からかってやる。
「あれぇ?長期だったのにその態度ってなくなーい?」
「ふーん、したっけヨンゴーにしたげるけどどぉー?」
「はは、ざけんなよ」
部屋着みたいな緩い格好の少女が振り返ると、綺麗に整えた長い髪がさらさらと揺れる。久しく見ることのできた友達の顔に、少女は鼻息を吹かして笑顔を見せた。
「ったく、まともに"久しぶり"も言えねえのかよ」
それはきっと、彼女なりの"おかえり"を意味していたに違いない。
二人でネオン街の外へ出て、少しばかり駅近辺の都会を歩いてみた。フウカはポケットに手を突っ込んで中の札束を数えると、まあ良いか、と両肩を上げて失笑する。自分に課せたノルマ額に到達できずに切り上げるのが心残りだったらしい。しかしその収益を聞いて、返ってきた数字を耳にした時は思わずぶん殴ってやろうかと思った。貧乏ぶりやがって、と小突いてやると
「再開を祝すには足りないでしょうが」
などと言っておどけた。
歩き疲れる前に入った百円寿司の待ち合いは、相変わらずすんなりとは入れない。今日も五組以上が待ってて、待機スペースの椅子にもギリギリ座れたくらいだった。
「で、最近どうしてんの。学校辞めてから」
フウカは隣に座る四季乃にニヤリと笑う。
「相変わらず仕事全然見つかんない。中卒ってそんな罪かねえ」
「中卒が罪?それなら私は独房行きだね」
「フウカはまだ良いじゃん。ちゃんと食えてんだから」
「はは、この生活もいつかは終わるよ」
「終えて、(そこから)どうすんのさ」
「さあね。私、四季乃みたいに身分証ないから」
「ああ....」
「ま、今は食えてるし良いよ。ニートにご馳走してやるくらいの金はある」
「何よそれ」
四季乃がジト目で反論しようとすると番号札の呼び出し放送が流れ、遮るようにフウカが
「呼ばれた!」
と整理券をパタパタ揺らした。
混みあった店内のテーブル席に二人は腰かける。広々と空いたスペースを優雅に使い、先程の歩き疲れをため息で吐き出した。
左から右へ流れる寿司皿と、上部のタブレットに映る商品を交互に見ながら悩むフウカ。何でも好きに頼め、と気前良く言ってくれるので、「金欠になっても知らないよ?」と笑ってみた。すると何と返ってきたか。
「やめとけ。あんたのゲロに値札はつかん」
「お前なあ...」
「せいぜい旨そうに食ってくれたまえ」
荒っぽい言葉を使うフウカだが、その口調や目線からは攻撃的なものを感じない。ずっと楽しそうで、それに気付かれるのが恥ずかしいのかもしれない。こういう場面で正直になれない一面があるお陰で、私にもからかいの余地ができる。まあ、今は言ってやらずに眺めて楽しむことにしよう。
五分ほど経ったくらいか、二人それぞれ食べたい寿司皿が並べられると、お互いにそのチョイスを揶揄しあった。それもそうだ。フウカの選ぶ商品に魚介類が一切入ってないのだから。コーン軍艦、カルビ握り、ポテトフライに唐揚げ。可笑しくなってついツッコミを投げつけた。
「何しに来たんだよ」
「ほへ?」
海産物が一つもないことを問いかける。すると
「そーいうあんたもエビばっかじゃん」
「何言ってるの。エビは王道のド定番でしょ?」
「だからって何だよ、甘エビに、チーズ乗せのエビにエビ天って。お前どんだけエビ好きなんだよ」
「取り敢えず全種類コンプリートしておくまでが礼儀ってもんよ」
熱弁するも、一ミリも理解されなかった。
「おい待て、何でフウカにそんな顔されてるんだよ」
「何がよ」
「寿司食えよ寿司をォ。人のチョイス笑えないぞ」
「なぁに言ってんだよ。こういうのは寿司屋で食うから旨いんでしょうが」
「どこが!?」
「酢飯とのコンビネーション、米と絡み合うネタの旨み、それをバランス良く味わえるんだよ」
熱く語られるも、一ミリも理解できなかった。
「これが分からんとは...四季乃もお子ちゃま舌だなあ」
「うるせえよ。え、魚苦手なの?」
「まあねっ」
「まじで何しに来たんだ...」
自信満々に苦手発言をするフウカに困惑せざるを得ない。しかし互いじゃれ合うように毒を吐いて、その悪ノリを交わす度に笑いを堪えきれなくなる。端から見れば口喧嘩なんだろうけど、それは単純に仲の良さが故のやり合いなのだ。
「うーるせえなあ、奢ってやるってんだから文句言うなよ」
「ああ!そうでしたフウカ様。何でも仰せのままにぃ...」
「良かろう。苦しゅうない。股ひらけ」
「ぶっ飛ばすぞお前」
二人は皿の上のものを話のつまみにするように頬張っていた。
さて、お腹も丁度満たされてきたあたり、百数円ほどのデザートを二人で注文してくつろいでいた。
「そういえば四季乃」
「うん?」
「何で今になって会いに来たの?」
「ああ、それなんだけどね」
私はある親友のことを頭に思い浮かべた。なぜ私なんかと仲良くなろうと思ったのか分からないほど真逆な性格で、似ても似つかぬ大人しい子だったから。
「伝言を貰ってね。明希っていう女の子から」
「お~、あの子ね。ちゃんと伝えてくれたんだ」
「律儀な子だよ。言われて漸く決心がついたし」
「なるほど?つまりは私と四季乃との感動エピソードに感銘を受けてくれたって、そういうわけネ」
「何吹き込んだんだよ、明希に」
「うーん、馴れ初め?」
「ほう」
「絶望の中で二人は出会い、社会の片隅で生き抜いてきた戦友。私はそんな愛する友と離ればなれになってしまったのだよォ...」
誇張した台詞回しでおどけるフウカに呆れて言葉を失うと、陽気な態度で今の話を一言に纏めた。
「まあ、お涙頂戴に弱そうなJKだったから」
「さりげなく最低発言したな、お前」
フウカとまた会えたのも明希のお陰なんだ。彼女には今まで良くして貰うばかりで、それなのに何一つ返せていないから。
私は虚空へポツリと呟いた。
「お礼しなきゃな、明希に」
「そうね、仕事の先輩としてなら何でもアドバイスしてあげられるんだけど」
「やめてよ。明希には向かない」
「そう?私が見る限りは高品質のボディーだったよ?」
「させたくないんだって。分かれよ」
「ははは。大丈夫、冗談だよ。でもまあ、いつか三人で遊びに行けたら良いよね」
そういえば明希とはまだ遊んだことがなかったな。あの子はどんなことが好きなんだろう。何に興味があるんだろう。多分、私たちとは馬が合わない気がするけど。
「だね。その頃までには私も仕事見つけるよ」
つづく。




