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下町の鶴  作者: 瀧ヶ花真太郎
11章.魅力
104/121

104.あこがれ

自分って何だろうって考える。誰かが笑っていれば笑うし、落ち込んでいれば自分も同じ気持ちになるし。テレビの中や学校で、ハッキリ物を言える人を見ていると羨ましいなと思うんです。だって私、人と合わせてばっかじゃないですか。どうしたいと訊かれる度、中身のない人間に思えてならないから。

ただ一人きり、この扉が叩かれるのを待っているだけじゃ...。

下町の鶴

11章-魅力-

☆Episode.104「あこがれ」


朝起きて鏡の前。姉に髪を弄られ、朝食の席につくと今度は弟にからかわれる。

「瑞姉ェ、今日デート?」

「する相手が居ないっての」

どうせ上の姉の仕業と分かってて馬鹿にしてるんだろう。どこかに出掛ける訳でも無しに、やたらと凝った髪型にされたからな。このままずっと家に居るのも何だか落ち着かない。それだと言うのに弟ときたら...

「姉ちゃん、ゲームやらね?」

などと軽口を叩いてくる。何かどこかに出掛けたい気がしてならないんだけど、その曖昧な気持ちに返答を躊躇していると

「あ、そか。これか」

と言って小指を立てる始末。さすがにこれには普段温厚な私も痺れを切らし、その頭を拳で挟んでぐりぐりしてやった。

「お前よお、そういう口の利き方してる内は一生彼女出来ないんだからな」

痛い、痛いと悶えながら爆笑している姿に呆れて放してやると、先ほどまで痛みを味わってたことも忘れたみたいに

「アイテム集め手伝ってー」

と、ものの数秒前でコントローラーをこちらに渡してきた。ここまで来るといよいよ弟の今後が心配に思えてくる。そのド天然っぷりでいつか取り返しのつかないことになるんじゃないかって。

自由奔放な姉と弟の真ん中に挟まれ、家の中では上からも下からも()()()る。そんな生活を十数年も続けていたら嫌でも慣れてくるけど、抵抗しないのを良いことに本当に好き勝手してくれるものだ。人のお菓子は勝手に食べる、忙しい時に限ってあれこれ面倒事を押し付ける、家庭内の喧嘩の仲裁や後始末とくれば毎回引っ張り出される。こんなことを繰り返されるお陰で、矢原さんは相談しやすい人って外でも慕われてる訳です。皮肉で言ってるんだよ?

黙って片方のコントローラーを手に取ると、弟は楽しそうにゲーム機の電源をつける。手慣れた操作でいつものモードを選び、暫くして学校での笑い話や愚痴を私に話し始めた。


ある昼下がりの午後。喫茶店に詩鶴とやってきて、お盆休みで少し混みあった店内で一息ついた。詩鶴は相変わらず大きなカツサンドからデザートと、沢山テーブルに並べて幸せそうな顔を浮かべている。

「つるりん、もしかしてお昼今から?」

「んにゃ?食べたよ?」

素朴な疑問に対して、詩鶴は然も当然のように不思議そうな顔をこちらに向ける。...きっと少ししかお腹に入れてないんだろう。そうに決まってる。

カフェラテをひと啜りし、テーブルいっぱいに並んだ料理をつまみ代わりに眺めてみる。分けて欲しいというつもりはないが、美味しそうに頬張る彼女の姿はとても絵になっている。随分マセたものだ。その光景が珈琲の味と合うなんて思えてさ。

詩鶴がお手洗いで席を外すと、一人きりになった私は心の置き場を探そうと辺りを見渡した。初めに目に映ったのは大学生くらいの恋人同士。二人でいることに慣れたくらいなのか恋愛ドラマで見るようなイチャつき方はしていなかったけど、一緒にいて楽しそうというのがこちらにも分かりやすく伝わってきた。お互いに好きの言葉を交わすこともなく、今度出る新作メニューの話や、他愛もない会話をのんびりとしあっている。彼氏さんは彼女さんの話を、彼女さんは彼氏さんの話をお互いに優しく受け止めあっていて、私にはそれが一番理想的な姿に思えた。いつか私も、あんな陽の当たる場所に行ってみたい、と。

見ている内は自分も同じように温かい気持ちでいたのだけれど、二人が席を立ち、お店を出てしまってからは感情が一気に静まった。寂しさと呼ぶには少し大袈裟だけど、そんなほんの小さなマイナス思考が頭の中を駆け巡る。何が人を惹き付けるのだろう、どんな風にすれば手に取ってもらえるような個性を得られるんだろう、って。私には誰かの前で揺るがずに自分らしくいられるなんて出来ない。会う人によって喋り方も、やりたいことも変わってしまうし。そんなのって個性と呼べるんだろうか。こんなんだから、どれが本当の自分なのかも分からなくなってしまうんだ。

病みだしたタイミングで詩鶴がトイレから帰ってきて驚く。私は咄嗟に元の表情に戻した。

「どしたの、考え事?」

「みんな何食べてるのかなーって」

「ふーん」

少しニヤついた顔で席につく詩鶴。何か全てを見透かされてるような気がする。

「まあ良いや。ねえねえ、これちょっと気になってたんだけどさ」 

「え?」

彼女はスッと表情を元に戻すと、テーブルの上に一冊の雑誌を広げてはにかんだ。

「これさ、この前ドラマに出てた子だよね。ほら、怪盗役の」

「あ~、何だっけ、マフィア系の」

「そうそうそうそう」

「ボスの遺産が~とか言って」

「そう!それ!」

「"親父との思い出に値札をつけやがった"」

「"フフフ....金なんざ幾らでもくれてやる"」

「"同じ重さの"」


「"鉛玉も一緒にな"」

 

「あはははは」

「しィーしィー!」

ドラマの台詞を交互に言い合って、最後は二人でハモって可笑しくなる。笑い声が店内に響くのを気にして、人差し指を口元に立てながら必死に堪えた。

「あのさ、この怪盗、途中姉が出てきたじゃん」

「いたっけ?」

「ほら、マフィア側で息子の側近にいた人」

「よく覚えてるね」

「あれさ、本物の姉弟らしいよ」

「どゆこと?」

「役者さんがさ、姉弟で共演してるらしくて」

「まじ!?」

詩鶴は惚気顔で頬杖をつき、ロマンチスト状態に入った。

「同じ家で育って、同じ夢を描いて、今は二人とも同じ仕事を...。理想の家族像そのものじゃないか」

「ね。素敵だよね」

「そういえばあまり聞かないけど、みっちゃんって兄弟仲いいの?」

「え?まあ普通だよ。どうしたの急に」

「ほら、私一人っ子だから。どんなのか知りたくて」

「あー、そゆこと。思ってるより疲れるもんだよ。こき使われまくりだし」

「え、そうなの?」

「一昨日だって弟にゲームのレベル上げ手伝わされたし、お姉ちゃんなんか夕飯のおかず、いつも私のとこから盗ろうとするし」

「みっちゃん、家でも頑張り屋なんだね」

詩鶴はそう言って憐みの苦笑いをこちらに向けた。

雑誌に写る姉弟は最近では有名な役者さんで、血縁者同士でありながら対極の演技を得意とすることで知られている。シリアスなシーンに特化した姉と、コメディ演技を得意とする弟。キリッとした目元以外は似ても似つかぬ二人だと、少し前にテレビで話題になった。そんな二人のことを思うと、この前のゲームの時に弟から言われたことをふと思い出した。


「何か瑞姉ってさ、カメレオンみたい」

「なに、どういう意味」

「人によって性格変わるじゃん」

「そういうもんでしょ」

「違うんだよ。瑞姉はそれが極端っていうか、完全に別人みたいでさ」

「そんなに?」

「うん。だって俺とやる時は格好いい系の装備にするのに、ひか姉とやる時は完全に可愛い系に変わるし」

「あー」

「何よりさ、ちょっと前まで進路が美容師か歌手かって言ってたじゃん」

「忘れてよ、それは」

「何か良くも悪くも個性ないよね、瑞姉は」


自分はどんな人間かと聞かれれば言葉に詰まる。いつも何をしたいか分からなくて、誰かの足跡を歩いてきたから。美容師になりたいというのも姉から「一緒になろう」と迫られたからで、シンガーソングライターを目指そうとしたのも父から教わったギターからの延長線上。期待を裏切りたくない、残念そうな顔をさせたくない、そんな気持ちばかりが先行して、いつも人に合わせてきた。

長女と弟にある程度性格の違いがあるのに、そのどちらかと二人でいれば、一緒にいる方に似てると言われるのも考えれば不思議な話だ。あの役者さんの姉弟みたいにハッキリとした違いが持てない。私って一体何なのだろうか。

「憧れるなあ、個性強い人ってさ」

「んぇ?」

ぽつんと呟いた言葉に詩鶴が反応する。私は弟との会話のことを彼女に話し、そのモヤモヤを打ち明けた。

「うーん、そんなことないと思うけどなあ。」

詩鶴はそう言って首をかしげ、言葉を探す。そして突然閃いたように明るい笑顔を向けて言った。

「あ、でもどんな環境でも適応できそうっては思う」

「おー。...うん?」

褒めてくれてる気はするのだが、いまいち意味がつかめない。

「誰の前でも優しく出来るところとかさ。敵を作らないじゃん、そういうの」

「それって凄いの?」

「凄いよ。私だとすぐ喧嘩になっちゃうから」

返す言葉が分からなくて、適当に笑ったら苦笑いみたくなってしまった。

詩鶴が次のページをめくると、再び彼女は目を輝かせて指を差す。

「ねえねえ、これ見てこれ見て!」

まだこの悩みについて聞いてもらいたい気もするけど、自分のせいでこの空気を暗くさせてしまうのも申し訳ないと思う。詩鶴は楽しそうに笑みを溢しながら、まるでダイバーが酸素吸入するみたいな頻度でストローに口をつけていた。


つづく。

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