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下町の鶴  作者: 瀧ヶ花真太郎
11章.魅力
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103.恋影


下町の鶴

11章-魅力-

☆Episode.103「恋影」


空もすっかり暗くなり、瑞希たちと別れてからのこと。帰りの人達でごった返す駅前で河島と二人、ラッシュが止むのを少しだけ待つことにした。まだお祭りの余韻が残る胸で、白熱の街灯に照らされた通りを眺める。


「河島ってさ、恋したことある?」

こんな話の振り出しを誰もが一度は使ったことがあるだろう。甘くほろ苦い思い出を共有しあって、そのラブストーリーに心をときめかせるという定番のノリだ。流行りのラブソングや恋愛ドラマに影響されるほど、現実でもそんな小説のような世界を身近に感じたくなる。そこで、いつもよく話すクラスの友達の過去に少し興味が湧いた。

「それ聞いてどうすんだよ」

「別にー。ちょっと気になっただけ」

冗談半分に聞いてみる。するとどうだろう、河島はやけに物思いに耽るような表情をしだした。これは確実に過去がある反応だ、そう思うと面白くなった。

「たそがれてるねえ。そんな良い思い出だったの?」

「何も言ってないんだけど...」

「じゃあ何でそんな(しお)らし気なのさ」

あまりにも図星な態度を取るもので、河島をからかうのが楽しくなる。女の子に恋話とくれば水を得た魚のようにはしゃぎたくなるもの。彼の周りを蝶々の舞うような口ぶりで尋ねまくった。

「ねえネ、どんな子?髪は長い?明るい?私より可愛い?」

「知らん。放っとけ」

「初恋でしょ?え、片想い?それとももしかしてェ...」

「うるっっさいな!ちょっと黙れお前」

「っはは、可愛い~」

「お前あとで覚えてろ」

高揚した私を思うように止められずに苦戦する河島。そこでふと思い付いた仕返しなのか

「そういうお前は好きな人いたことないのかよ」

と、少々自信のある表情でこちらに質問を投げ返してきた。

「あたし?ふふふ、興味ある?」

「おう、聞かせてみろよ」

「そうだなあ、格好いいなって思う人はいたよ」

「ほう?」

「でも、思ってただけ。それだけ」

「お前...人に恋バナさせようとする割に全然面白くねえじゃねえか」

河島に呆れた目を向けられ、何か適当に返す言葉を考えるも出てこない。そういえば過去に本気で人を好きになったことなんて分からないな。

言い訳の文字を探す内に、いつしか私はボーッと町の景色を眺めていた。流れる人波の中には私と同じ浴衣姿の人もいて、祭りの思い出を楽しそうに語り合っている。色んな人が行き交うのを見ていると、やたらと微笑ましい奴らが視界に入る。絵に描いたような幸せそうな光景を遠目に見ていると、河島が私に言った。

「よく笑う人だったよ」

「え?」

「人を笑わせるのが楽しいって思うようになった頃さ、軽いネタでもお腹抱えて笑ってくれる子がいて。笑い上戸って言うのかな」

「へえ、それが河島の初恋相手?」

「まあ、最後まで片想いだったけど」

河島の口から初めて聞いた話に、何だかとっても新鮮な気持ちになった。中学から一緒に居てもまだ分からないことがあるんだなあって思うとどうしてだろう、何故だか少し悔しいって感じる。同じ町に住んでるのに小学校だけ違ってて、もしかしたらそこから始まった思い出なのかな。色々と想像を巡らせてみる。

河島は続けた。

「こっちの気持ちがバレたくらいかな。だんだん距離取られてさ。まあ、恋愛感情で笑わせてるって風に取られたら迷惑な話なのかもしれんな。今思えば」

「そっか。河島は純粋にその子を笑わせたいってだけだったんだもんね」

「ああ。だな」

「何か変な感覚。目的があって笑わせたいとか考えたこともなかった」

「まあ、そういう気持ちになってみないことには、だな」

中学の記憶をどんなに辿っても、河島が寂しさを表に出している姿なんて思い浮かばない。初めて会ったときからずっと、周囲の重たくなった空気を元に戻そうとしている印象だったから。

「あたし聞いたことなかったよ。中学の時そんな噂」

「そりゃあそうだろうよ。そん時はもう話しかけても無反応だったし」

「何かしたの?」

「何にも。単純に嫌になったんだと思う。ムードメーカーに好かれてるなんて噂、誰だって立てられたくないだろうし」

軽い気持ちで聞いた恋話が想像していたのと違っていて、暗い過去を思い出させてしまった自分を責めたくなった。

「ごめん。無理に話させて」

「良いさ。もう終わったことだし。それに」

「――?」

「俺はあの頃より今の方がずっと楽しい」

「河島...」

かける言葉が見つからなくて黙り込む。河島は気にしていなさそうな顔をするけど、それが私には強がっているようにしか見えなくて胸が痛い。ふと顔を上げると、先ほど目にした見知らぬ恋人たちがさっきとは全く違って見えた。

「どう言うのが格好いいってなるんだろうな」

河島はぽつりと呟く。こんなとき、どんな言葉をかけるのが正解か私には分からないけど、私の思う答えを正直に言おうと思った。

「別に、河島は河島のままでいいよ」

「ああそうかい」

「いつもボーッとしてて、なに考えてるか分かんない。けど好きなことには一生懸命で、友達が困ってたらそっと助け船を出してくれる」

「....?」

「私の知ってる河島は格好良さなんか気にも止めない。流行りの歌も知らないし、今日だって服装それだし」

河島は短く鼻息を噴かして笑った。

「でも、そういうところが良いんだよ。無理して良く思われようとしてる河島なんて私見たくない」

「長々とありがとな」

「いーえー。何年友達やってると思ってんの」

人も少しはまばらになり、時計も気になりはじめた頃。私は二、三歩彼の前に出て振り返る。

「帰ろ。そろそろ電車も減ってきたし」

河島は負けを認めたような笑みを浮かべ、私の隣へと歩きだした。

あれから柴又の駅に着くまで長いこと電車に揺られ、ふわふわとした眠気に抗いながら過ごした。

「名取、お前正月の予定どんな感じ?」

「正月?まあ、親戚付き合いとかなければ何も」

「そうか。明日ゲーセン行かね?」

全く。河島のゲーセン欲は年中無休か。こいつに場所決めさせたらいつでも行けるような所ばかりじゃないか。

「まあ、いいけど」

「ついでと言ったら何だけど、お前の好きそうなラーメン屋を見つけた」

「え、まじ?」

「おう。背脂浮いてる系の豚骨スープでさ、結構旨そうなんだよ」

「よし決定。明日何時集まる?」

ゲーセンはどうやら前座みたいだ。さっきまでゲーセンと聞いて呆れ半分に了承したけど、その直後に言葉一つで即決するような楽しみイベントが現れてくれて私の気分メーターは一瞬で天井にぶつかる。

「いやあ、最近食べれてなかったから良いね。楽しみ」

「お前、グルメのこととなると目がねえもんな」

「当然よ。美味しいもんのために生きてるようなもんだから」

結局私たちはいつもこんなだ。特別を追い求める訳でもなく、ただ目の前の楽しみに夢中になってる。別にそれで良いじゃないか。当たり前のように自分を生きている。それが何よりの格好良さなんじゃないかな。


駅に着いて改札に出ると、駅前はもう既に街灯の明かりだけになっていた。ここから家までは一分以内、河島は堤防に近いからもう少し歩くことになる。指はほんのりと(かじか)んでいて、きっと河島も同じくらいに冷えてしまっていることだろう。

「寒いね」

そう呟いてみると、

「ああ、本当に」

と言いながら両手を擦っていた。

そういえば私、焼き鳥のお礼を何も出来てなかったな。屋台で散々散財して所持金はすっからかんだけど、小銭入れをひっくり返してみると、手のひらにぽろんと百円玉が一枚。これで出来ることなんてたかが知れてるけど、せめてものお返しと思って私は河島の腕を引いた。彼の冷たい肌を指先に感じながら、店明かりのように眩しく光る自販機の前に立つ。

「河島、好きなの選びなよ」

「え?まじで?」

「百円までだけど」

「お前...コーヒーしか選べねえじゃねえかそれ」

河島は苦笑いをしつつも

「じゃあこれに」

と言って青い缶のミルクコーヒーを選んだ。ボタンを押して落ちてきた缶を手に取ると、彼はほっとした表情を浮かべていた。

「すまんな」

「いえいえー」

「お前も持つか?温かいぞ」

「ぬるくなっちゃうよ?それにあたし、家そこだし」

「そか」

小さなお返しになったけど、それなりに喜んでくれたみたいで安心した。

「あ~、今日は楽しかった」

「だな」

祭りの後の寂しさ、とでも言うのだろうか。何かまだやり残したことがあるような気持ちが晴れない。それでももう瑞希たちとは別れた後で、吹き付ける木枯らしが今日の終わりを教えている。まだもう少し話していたい気もするけど、何も話題が浮かばないし、続かない。まあ、また明日も会う予定は出来ている。だからきっと、明日はもっと楽しい日になるはずさ。そう信じて河島に手を振った。

「じゃ、また明日ね。風邪引くなよー」


つづく。

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