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下町の鶴  作者: 瀧ヶ花真太郎
2章.地球照
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10.地球照

ープロローグー

☆Episode.9.5


-河島家-

「じゃあ何目指せばお母らは満足なんだよ。」

「満足って...。もっとまともな所に就けって言ってんの。」

母と進路の話でまた喧嘩になる。争い事は嫌いだが、毎度向こうからしつこく説教を始めるものなので、いつもこうなる。

「いい加減にしろよ。下らない、叶えられもしない夢ばっかり見てお母を困らせんなよ。」

妹が応戦して俺に突っかかる。

女兄弟ってのはなんでこうも、母方について俺を袋叩きにするのか。

「何をしようが俺の勝手だろ。」

「お前が好き勝手やるせいでうちらにも迷惑がかかんだよ。」

毎度恒例のお前呼ばわり。

結局、答えのでない、同じことの繰り返しの馬鹿げた論争を繰り広げる。

「あー、うち一人っ子が良かった。」

「ああ、お前なんか生まれてこなきゃ良かった。」

以下省略。また同じような大喧嘩。


俺は襖を壊れるくらいに大きな音を立てて閉めた。

この家に居場所がなくなったような気がして、今日はいつもより長く外を出歩いてやろうと思った。

小さな鞄に詰め込めるだけの荷物を積んで、玄関を出る。

すると、そこには軽装な部屋着で、缶ビールを片手に持った姉がボーッと立っていた。

「お姉、なにしてんの?」

「お前らうるせえから外で飲んでんの。」

「あー、もう終わったぞ。」

「ああそう。でも今戻ったらグチグチとうるさそうじゃん。」

「んー、まあ、だろうな。」

姉は俺の小さな鞄に目を向けて小馬鹿にして笑う。

「何。エイ、まさかそれで家出すんの?」

「放っておけよ。」

「イライラしすぎて頭沸いてんじゃねえの?これ飲んで落ち着けよ。飲みさしだけど。」

「汚いな、いらねえよ。」

「レディの口は気に入らない模様で。」

「お姉こそ酔いすぎ。」

家をあとにする俺に姉が行ってらっしゃい代わりの言葉を放つ。

「いつ帰んのー。」

「朝には帰る。」

「ういー。」


歩き出すと、ポケットからチャリンチャリンと小銭が鳴る。

柔らかい夜風にほんの少しの自由を感じた。

―――――――――――――――


「河島って兄弟いるんだっけ?」

名取が尋ねる。

「あー、姉と妹が。」

「へぇ~。なんて呼ばれてんの?」

「-お前-」

「え、嘘。」

「本当。」

【本編】

下町の鶴

2章-地球照-

☆Episode.10「地球照」

 

冷静に考えると平静を保てなくなる。

え、俺いま女の子の家で寝てるの?何考えてんの?

やるべきことの山で判断力が落ちていたことを、布団の中で回復していく疲労と共に、理解が追いついていく。

今更ながら謎の罪悪感が襲ってくる。この事実がクラスの誰かにでも知られたら学校生活が終わる。うん、確実に終わる。

「あいつ名取と寝たんだってさ。」

寝 て ね え え よ 馬 鹿!!いや、確かに名取んちでは寝たことになるんだけど...。

だが、だがしかし、まだ弁解の余地はあるだろう。だってそもそも事の発端は....。

―――――――――――――――

「泊めて......くれないか?」

―――――――――――――――

いや、俺じゃねえかよおおおお!!

何をどう考えても自分のせいだっていう答えに行き着く。この噂が広まれば名取にもその被害が及ぶではないか。自分が犯したミスで誰かを巻き込むなど絶対ダメだ。

何かあったら俺が守らなきゃ。

 

....いや、守らなきゃってなんだよおおおおおお!!

何それ、もうデキちゃってる奴のセリフじゃん。何様だよ俺。

俺が焦りに焦っていると、名取が俺に声をかけた。

「大丈夫?汗凄いけど。」

え、これ怪しまれてる?変なこと考えてるんじゃないかとか思われてる??

ヤバいぞ、ここは何とかして弁明しなければ。

「ああ....大丈夫。泊めてくれて、ありがとな。」

「?。あー、うん。もういいよ別に。」

おれ何余計なこと言ってんのおおおおお!!

これ何か裏ありますみたいな言い方じゃない?何かやましいこと考えてますみたいな言い方になってない?

余計気まずい状況作ってしまったじゃねえか。

名取は

「あ....。」

と、言って俺の顔を見た。状況が状況のせいで、目を合わせられない。顔を動かそうとすると

「ダメ、河島。動かないで。」

と、囁く。

え?どういう状況?何で俺にゆっくり近づいてきてんの?○這いですか。夜○い的なパターンですか。

「じっとしててよ?」

俺は時の流れに身を任せ、そっと目蓋を下ろした。

 

パァァァァァァァン

 

頬に鋭い痛みが走る。

「痛っ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

「やった。蚊とれた。」

蚊だったようだ。突然の衝撃に、頭の中の邪念が綺麗サッパリ飛んでいく。

「ああ、そう。あはは。」

じんわりとした痛みが何故か、恥ずかしさを相殺してくれたかのような気分だ。

名取は、叩いた手に付いた血をティッシュで拭きながら俺に聞いてきた。

「ねえ、河島。何でごめんなさいって言ったの?(笑)」

 

言えるハズがない

しばらくの間、俺は沈黙を貫いた。

 

 

名取は再び布団に身体を潜らせると、天井を見つめて言った。

「今日は本当、色んなことあったなあ。」

その一言に、今日見た景色の一つ一つが浮かんでくる。

「ああ、卵焼き旨かったなあ。」

「えへ、そりゃあどうも。」

名取が少し照れ笑いをする。

「あと、銭湯も新鮮だった。」

「行ったことないんだっけ?」

「家、外で何かするなんてほとんどないからさ。外食もなければ、お風呂屋さんも全然で。」

「へぇ~、なら良かったじゃん。」

「お風呂屋さんは昔、まだ小さい時に一回だけ、スーパー銭湯行ったくらい。」

「私、スーパー銭湯の方が行ったことないから分かんないや。」

「ま、今度お前が家出してきたら連れてってやるか。」

「なんだそりゃ。」

「ははは。」

 

「そういえばさ。」

名取が聞いてきた。

「なんで家出したんだっけ?」

「ああ....親と喧嘩した勢いで飛び出してきたんだよ。」

「朝のホームルームでさ、険しい顔してたのも、もしかして関係ある?」

「.....え、俺そんな顔してたのか?」

「うん、ちょうど進路希望調査の話、先生がしてた時。」

「まじかあ、無意識だったわ。」

「え、嘘~(笑)」

「ホントだって。」

名取はひと呼吸置いて、俺に尋ねた。

「河島はさ、何か目指してんの?」

同じようにひと呼吸置いて答えた。

「うーん....、実はまだ何も決まってない。」

「....え?」

「やってみたいことは沢山あるけど、何を目指すって言っても、そんなんじゃなれないとか、社会がどうだとか言われるばっかでさ。」

「そっか。」

ここ最近、どいつも進路の話ばかりで疲れていた。

誰に打ち明けようにも皆忙しくて、甘えるなって言われるばかりで、心の帰る家がなかった。

「それに、みんなそれぞれ、もうちゃんと自分の夢を持っているじゃんか。でも、それでいて皆、心の余裕がこれっぽっちも無くて。

まだ1センチすら大人になれない俺にとってはそれがさみしくてさ。」

「ああ、でも分かる気がする。まだまだ青春全盛期だしね。何もかも変わってくことは私もあまり好きじゃない。」

「だよな。」

「うん。」

少し空気が重たくなったような気がした。

「お前は確かに変わってなさそうだな(笑)」

「煩いなあ。変わってて欲しかったのかよ。」

「いや、全然。寧ろ、そのままでいてくれてて嬉しかった。」

「野宿しなくて済んだから?(笑)」

「うーん、それもあるかな。」

「酷い話。」

「いやいや、単純に相談に乗ってくれて助かったって言いたいんだよ。」

「それはどうも。」

「それに他愛のないような話、したかったからさ。」

「何それ(笑)....まあ職業柄、相談乗ったりとか、愚痴聞くくらいは慣れてるから。」

「職業柄ねえ。」

「夢っていうよりは消極的に後継ぎって形で逃げ込んだだけ。私も家がこんな風に店じゃなかったら、河島と同じだったよ。」

「そっか。やっぱり分からないよな。何をして生きていきたいかなんて。」

「うん、そうだね。」

 

トラックの走り去る音が部屋に響く。小さく、聞こえなくなるまで二人は言葉を交わさなかった。

お互い、誓うほどの夢もなく、遠く輝く星を見ても、綺麗だと呟いて朝を待つだけだったから。

走り出す理由も、まだ分からないままで。

 

名取は呟くように言葉をこぼした。

「ずっと友達だなんて、明るい言葉で誤魔化した裏切りに過ぎないものだと思ってたよ。」

彼女は続ける。

「みんな夢だとか、生きていくためだとか、それで結局離れていってしまうじゃない。でも、私がここに残って、ここで働いてるってことが皆に知れたら、少なくとも同窓会みたいなことは続けられるんじゃないかなって。」

自分の言葉を振り返って纏めきれなくなったのか、恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべた。

「あはは。私、何言ってるんだろうね。」

俺はその言葉にほっとした。

「また卵焼き食いにいかなきゃなあ。」

「どんだけ気に入ってんだよ。」

ツっこみながらも、喋り方からは嬉しさを隠しきれていない。

「夕飯、食べてなかったからさ。」

「え~?散々誉め散らかしといて理由それえ?」

「良いじゃん、実際旨かったし。」

「どうも。」

真っ暗な天井に今日の思い出を浮かばせる。

「それと」

「?」

「今日は楽しかった。」

そういうと、名取はこくりと頷いた。

「うん、私も。なんていうか、色々ありすぎて疲れちゃった。」

 

 

進路に追いたてられて、何が自分のやりたいことか分からなくなっていた、それが今朝の河島の、険しい表情を溢した理由だっただろう。

誰もが皆、自分の行くべき道を走っていて、悩みを打ち明ける相手が居ないと思っていた彼の心を安息に導いたのは間違いなく、彼女の存在であったに違いない。

月に太陽の光があたり、その裏には影ができる。その影の部分を照らせたのは、同じ太陽の光を受けて輝く、一つの星だった。

彼女は太陽ではなく、心に人と同じ夜を持つ一人の少女であったこと。

そんな一つの星だったからこそ、照らせた闇があったこと。

 

降りてきた眠気に、やがて二人の口数は少しづつ減っていき、意識が遠のく前に「おやすみ」と残し、目を閉じた。

 

―――――――――

二章・地球照

おわり

【おまけコーナー(なろう版限定)】

★下町のはとぽっぽ

☆その3「ジンライム」


私が生まれて二十といくつかの時が流れたある日、私は河島とバーに行った。

「河島、こういうとこ行ったことないんだっけ?」

「ああ、うん。まあな。」

河島が行ったことがないと言うので、私は彼の反応が楽しみだった。

しかし...


席に着くなり、河島はバーテンさんに躊躇なく声を上げだす。

「すいませーん、とりあえずビールで。」

「す、すみません...!あはは...。」 

必死に河島を遮って苦笑いを溢す。

「え?え?」

バーテンさんはニコニコ笑いながら河島に案内した。

「どのビールに致しましょう?」

「え、ビールにも種類あるの?マジ?じゃあ子供ビール~なんつって(笑)」

私は震え上がる恥ずかしさと怒りを必死に押さえながらバーテンさんに頭を下げる。

「すみません...この人、こういうとこ初めてなもんで...。」 

「あはは、左様でしたか。大丈夫ですよ、何でも致しますので。」

バーテンさんは、にこやかな表情で私の焦りをなだめた。

河島はまじまじとメニューを見始めるも、すぐに読みやめて、苦笑いしながら答えた。

「よく分からないから...とりあえず生で―――」

「ピルスナーで!私にはヴァイツェンを...。」

「かしこまりました~。」 

こういう場所だから出来ないけど、大声で怒鳴ってやりたい気分だ。私は声を出来る限り最小限に堪えながら叱った

「河島ァ!ここ居酒屋じゃないんだから少し大人しくして!」

「お、おう、そっか...すまん。」


時がしばらく流れ、二人がビールをある程度飲み終わった頃、私は思い出話を切り出した。

「ねえ、河島。」

「うん?」

「あんたが家来た時のこと、覚えてる?」

「ああ、高二の頃だよな。覚えてるよ。」

「そっか。もうそんなに経つんだ。」

「な。あれは確か、俺が進路のことで家出して...」

「急に私ん所に来て「泊めてくれ」って。」

「ああ、そうだ。うわあ、今思うと恥ずかしいなあ。」

河島は鼻の下に人差し指を当て、少しばかり照れた。

「へへ。その日、お湯が出なくて二人で銭湯に行ったり―――」

「あ~、あったなあ。」

「あの狭い部屋で、寝落ちするまでお喋りしたっけ。」

「あったあった。うわあ、懐かしいな本当に。」

「...あれから何もかも変わっちゃったもんね。町も、みんなも。」

「な。結局、ここだけが大人になれないまま~って感じで今こうなってるけど。」

二人は十代の頃を思い出しながら、しばらく黙想する。

今までのことを思い出すと、楽しいことともに重たく暗い過去も浮かび上がってきてしまう。


そんな雰囲気に煮詰まってしまった空気をどうにかしようと、私は思いついたアイデアを河島に提案してみた。

「ねえ、折角こういう所来たんだから、カクテル飲んでみない?」

「お、良いねー。」

「ふふ、私の選んでよ。河島のは私が選ぶから。」

「へえ?お前、酒強いからなー。えーと、じゃあこれとかどうだ。」

そういって河島は、悪戯に笑ってバーテンさんに注文を投げた。

「すみませーん、こっちにテキーラサンライズを。」

「え?」

一瞬、ドキッとしたが、まさか河島はそこまで詳しくないだろうと、私は小さく笑った。

「それどういうお酒か知ってる?」

「え、テキーラは流石にキツいか?」

「それ、「熱烈な恋」って意味のお酒なんだけど。」

河島が大焦りする。バーテンさんを見ると、もう作り始めていたので顔を覆って

「うーーわ、恥ずかし。」

と、嘆いた。

「へへ、馬鹿だなあ。そんな河島には...。」

私はバーテンさんに顔を向けて言った。

「この子にジンライムを。」

「ああ、もう貶す意味であってくれ。」

「ふふ、どうだかね。」


やがて二人の元にカクテルが置かれると、居たたまれない顔で私から目を背けてジンライムを飲む河島。

私は河島からのテキーラサンライズを口に含ませ、舌で転がした。

焼けつくような舌触りのあとに、爽やかなオレンジの風味が。

それでいてこの甘さが最後に舌に残るのは確かに「熱烈な恋」と呼ばれるだけはある。

河島は私が頼んだ酒言葉なんて知りもしないんだろうな、と頬杖を付き、ただその横顔を見つめていた。


ーおわりー

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