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妖精姫の旅立ち  作者: 縁側
3/3

後編

 シルヴィーの18歳の誕生日は。晴天に恵まれた。






「誕生日おめでとう、シルヴィー」


 ランベールの私室に、シルヴィーは別れの挨拶をするために訪れていた。


「ありがとうございます、お兄様」

「これからも、何かあれば私を頼るんだよ」


 ランベールの言葉にシルヴィーは思わず笑った。


「ふふふ、変なお兄様。午後には此処を離れるんですよ?」

 

 国外に移り住むことが加護外しの条件の為、シルヴィーはミカエル達と共に今日中に国境を越えることになっていた。

 

 また、結婚式はしないものの、婚姻証明書に記入する予定になっていた。

 この婚姻証明書の記入の立会いの為に、ヴェルハイム王国の王太子で、ミカエルの兄でもあるジルベールも今朝到着していた。

 

 本来ならば、王妹であるシルヴィーの結婚になるので、大々的なお披露目となるはずだった。しかし妖精の王が目覚めるまで加護外しについて確信が持てなかった為、それに合わせた結婚式は執り行わないことになっている。

 

 その代わり、ヴェルハイム王国では第二王子の婚姻ということもあり、後日大々的に結婚式をすることになっている。


 実は、加護外しの存在を国民は知らない。

 妖精の加護があることが利点とされるフレイス王国で、加護を外すという発想がそもそもない。元より加護外しが出来るのは妖精の王だけである。その為、その妖精の王と話すことが出来る国王のみが知っているのだ。

 


「…そうだったね」


 憂いを帯びた顔をしたランベールを見て、シルヴィーは襟を正した。


「私の為に色々とお気遣いくださり、ありがとうございました。今まで本当にお世話になりました」

「…なんで加護外しの条件が国外行きなんだろうな。そうでなければ、シルヴィーとずっと一緒に過ごせるのにな…」

「お兄様…そう…ですわね」


 ランベールの周りを小さな光がクルクルと回る。


「あぁ湿っぽくなってしまったね。すまない」


 そういうとランベールが微笑んだ。


「加護外しは、一時間後に中央庭園で行うことになったよ。…せっかく中央庭園に皆が集まるから、簡単にはなるけど結婚式も予定しているよ」


 中央庭園は、シルヴィーとミカエルが初めて一緒に散策した庭園であった。


 フレイス王国で結婚式といえば、妖精の祝福をもらうことを意味する。祝福とは加護とは異なり、2人が幸せになれるようにと、妖精から祈られるだけで、何か効力があるわけではない。

 しかし、フレイス王国の人にとって、妖精から祝福を受けるということは、光栄なことであり、憧れとされていた。

 それゆえ多くの国民の結婚式は、妖精が多くいる場所で行っている。妖精達に2人の愛の誓いを聞いてもらい、妖精の祝福を得る、これがフレイス王国の結婚式のスタンダードだった。


「お兄様…」

 

 瞳を潤わせたシルヴィーがランベールを見つめた。すると、目があったランベールが困ったように肩を竦めた。


「加護外しを中央庭園でするのは、妖精の王のご希望だ。それらばと思ってね。…まぁ加護が無くなってからだから、妖精の祝福が得られるかわからないけど…」

「それでも…嬉しいです…」

「私も妖精達に呼び掛けてみるよ」


 ランベールの言葉に、シルヴィーは首を横に振った。


「大丈夫ですわ。妖精さん達に、私とミカエル様の誓いだけを聞いてもらえれば、それでいいのです」


 そういうとシルヴィーの顔は綻んだ。

 ランベールは微笑み返し、納得するように頷いた。






 中央庭園には、ミカエルとジルフォードが一足先に着いていた。

 

「今日はありがとう、兄さん」


 ミカエルとジルフォードは、初めてシルヴィーと出会った時と同じ白い正装を身に付けていた。


「弟の晴れの日だ。それに、レオンにも頼まれているしな」


 そう言ったジルフォードは右耳の耳飾りを触った。


「何の魔道具か知らないけど、ここで使えるはずないのにな」


 レオンから渡された耳飾りは、ミカエルも身に付けていた。

 互いの耳飾りを見て、2人は肩を竦めた。


 鳥の囀ずりし、温かな風が吹く。


「お待たせしました」


 ランベールの言葉に振り返った2人は、視線の先にいたシルヴィーの美しさに恍惚として見入った。


「…シルヴィー…綺麗だ」


 シルヴィーはシルバーブロンドを編み込み片方の肩から流し、その髪には小さな白い薔薇が差し込まれていた。そして、幾重にも重ねられた白いシフォンドレスは、妖精の姫の名にふさわしく、神秘的であった。

 

 ランベールにエスコートされながら現れたシルヴィーは嬉しそうに微笑んだ。


「婚礼の衣装というわけではないが…少しは花嫁らしくしてやりたくてな」


 ランベールがシルヴィーの手をミカエルに渡す。


「私の大事な妹だ。決して悲しませないでくれ」


 泣かせるようなことがあれば…、と言葉は続かないものの、ランベールの言わんとすることを察したミカエルは深く頷いた。


「お任せください。陛下が大切にされてきたシルヴィーは、これからは私が大事に守り抜き、幸せにします」

「ミカエル様…」


 ミカエルの言葉にシルヴィーは瞳を潤わせた。


「お兄様。私、ミカエル様と2人一緒に必ず幸せになりますから」

「…そう願うよ」


 淋しそうにランベールは微笑み、しばし目を閉じた。

 そして再び目を開けた時は、先程とは一変して凛とした表情を見せた。




「では早速、加護外しに取りかかりたいのだが…ジルフォード」

「なんだ?」

「すまないが、キミ達の護衛を庭園入口まで下げてくれないか?」

「理由は?」

「妖精の王は本来なら、私、フレイス王国の王としか会わないものなんだ。それを、今回は加護外しを実際にされるシルヴィーだけでなく、他国の人間である君達にまで姿を現す寛大な対応をしてくださる」


 ジルフォードは頷いた。シルヴィーの希望もあり、ミカエルとジルフォードも加護外しに立会うことになっていた。


「しかし、流石に王族ですらない護衛を妖精の王に会わせるわけにはいかない。我が国民ですら会えない尊き存在なのだよ、妖精の王とは」


 ジルフォードは少し躊躇うも、右手で入口を差し、護衛達へ指示をした。


「すまないが、ランベール王の言う通りに」

「御意」


 ヴェルハイムから同行していた数名の護衛達は庭園入口へと下がった。

 これで、庭園にいるのはランベールとシルヴィー、ミカエルとジルフォードの4人だけとなった。






「この娘か」


 突然、誰もいなかった四阿から声がした。その幼い声にミカエルは聞き覚えがあった。

 するとミカエルが反応するよりも先に、ランベールが片膝をつき頭を垂れた。ミカエル達もそれに倣った。


 コツコツと、石畳を歩いてこちらに向かってくる足音だけが静か響く。

 いつの間にか、鳥の囀ずりは無くなり、風もパタリと止んでいた。


「はい。フレイス王国の姫になります」


 シルヴィーの代わりにランベールが紹介する。


「ふむ、人間の姫、顔を見せて?」


 妖精の王の言葉に応えて、シルヴィーは顔を上げた。


(…え?子供?)


 初めて妖精の王を見たシルヴィーは、その姿を驚いた。

 目の前で10歳にも満たないような少年が、自分の顔を覗き込んでいたからだ。新緑のような長い髪は、屈んだことで床につきそうになっていた。

 

「たしかに…僕の娘が入り込んでいるね」


 その妖精の王の言葉に反応するように、シルヴィーが妖精の王に倒れこんだ。

 思わずミカエルが顔を上げてしまうも、妖精の王と目が合い、首を横に振られた為、ミカエルはそっと顔を伏せた。




「父様!」


 シルヴィーの声だが、妖精の姫が話していた。


「キミ、何を企んでいるんだい?」

「何って、休眠前の父様の真似よ!」

「…へぇキミ、アレを見ていたの?」


 妖精の王の言葉に、ランベールが微かに反応した。


「そうよ!でも最後までは見ていないわ!」

「…最後?」

「どうして父様は休眠に入ってしまったの?なんで子供の姿をしているの?」


 妖精の姫は、父である妖精の王に問いたいことが多かったのだろう。畳み掛けるように問いただしていた。


「キミ、魂を食べきった仕上げに何をするのか、わかってる?」


 妖精の王は、妖精の姫の問いには答えずに問い返した。


「…もちろん。でも、間違っていたら嫌だったから父様の目覚めを待ったわ」

「ふーん」


 妖精の王の見下すような視線に苛立った妖精の姫は、妖精の王を突き飛ばした。


「こうするんでしょ!」




 立ち上がった妖精の姫は、隣にいたミカエルの腕を掴んだ。そして、その腕に噛みつこうとした。

 ところが、ミカエルは咄嗟に捕まれていない腕で妖精の姫の鳩尾を殴った。そうして、殴られた妖精の姫は気絶し、ミカエルに倒れこんだ。




「お見事」


 パチパチと、手を叩く妖精の王。


「みんな顔を上げていいよ、話しにくいからね」


 ランベールとジルフォードも顔をあげて、妖精の王を見た。


「僕が説明しよう」


 妖精の王のそう言うと、ミカエルが抱えていたシルヴィーの額に手をかざしす。


「このまま少し眠っているといい」


 シルヴィーにかざしていた妖精の王の手から、ふわっと光が現れシルヴィーの額に染み込んでいった。


「さて、僕の娘は、この人間の姫の魂を食べ、さらに人間の身体を食べるつもりだったんだ。現に、その青年が襲われかけた」

「た…べる…?」


 しまったと口元を手で押さえたジルフォードをみて、妖精の王は笑った。


「妖精が人間の魂を食べることで魂を奪い、さらに別の人間の血を喰らうこで身体と魂を繋げる…。そうやって、妖精は人間の身体を手に入れていた。…大昔にされていたことだよ。ほら、昔話とかで聞いたことないかい?1人で遠くに行ってはいけないとか。行方不明になった人は、戻ってきても別人になってしまう、とか」


 妖精の王の言葉に、ジルフォードが反応した。


「…ヴェルハイムにも、そのような伝承はあります。でも、あくまでも、子供達を危ない場所へ立ち入らせない為かと。…私の国には妖精もいませんから」


 ジルフォードの言葉に妖精の王は頷いた。


「でも残ってるんだよね?そういう昔話。…ずっとずっと、そのまた昔、この大陸の至るところに妖精はいたんだよ」


 妖精の王の言葉に、3人とも息を飲んだ。


「まぁ色々あったから、今はこのフレイス王国にしか妖精はいないわけだけどね」

「…初めて伺いました」

「キミが国王になってすぐに僕は休眠したからね。…国王として知るべきことはまだある。それはまた今度」




 パンッと手を合わせて妖精の王は言った。


「はい、説明はこれでおしまい」


 そういうと、シルヴィーの頭を撫でた。


「キミ達、今日結婚するんだって?」

「はい」


 問いかけられたミカエルは頷いた。


「そう。それならボクが祝福をあげよう、娘が迷惑をかけたことだし。どうせなら加護外しの前に結婚式をしてもらおうかな」

「しかし、妖精の王の祝福は…」


 ランベールは妖精の王の申し出を断ろうとした。

 何故なら、妖精の王から祝福を受けることが出来るのは、国王だけであると言われていたからだ。

 そんなランベールの言葉を妖精の王は否定した。


「本来、僕の祝福は僕の気に入った人間にするものだよ。ここ数百年、それに値する人間がたまたま国王しかいなかっただけ。…そもそも、僕のすることを止める権利なんてキミにはないよ?ランベール」


 妖精の王の言葉に、ランベールは頭を下げた。


「…申し訳ありません」


 ランベールの言葉には悔しさが滲んでいた。


「では、人間のお姫様に目覚めてもらおうかな」




 ミカエルが抱き抱えていたシルヴィーの両手を握り、妖精の王がふっと、その手に息を吹き掛けた。

 すると、シルヴィーはゆっくり目を覚ました。

 ミカエルに抱き抱えられ、目の前には妖精の王が自分の手を握っている現状に、シルヴィーは驚きのあまり固まってしまった。


「ふふふ、可愛いねキミ。さぁ人間のお姫様、名前を教えてくれるかな?」


 10歳にも見えないほど幼くとも美しい少年の問いかけに、シルヴィーは頬を染めながら答えた。


「シルヴィー・ル・フレイスと申します」

「シルヴィーというんだね。キミは?」


 妖精の王はミカエルにも問いかけた。


「ミカエル・ヴェルハイムと申します。ヴェルハイム王国第二王子であります」


 あくまでも、妖精の王はミカエルとは初対面を装った。


「ミカエル、ヴェルハイムの王子ということは魔法使い?」

「はい。…この国では魔法が使えませんので、お見せ出来ませんが」


 ミカエルの言葉に妖精の王は苦笑した。


「あぁ大丈夫だよ、魔法を見せろなんて言わないさ。ちょっと確認しただけだよ」


 妖精の王は、再びシルヴィーを見つめた。


「さて、シルヴィー。今からミカエルと共に結婚の誓いを僕に聞かせてくれるかい?」

「今から、ですか?」


 加護外しをした後に結婚式をする流れではなかったかと、シルヴィーは周りに問いかけるな視線を送った。

 すると、目があったランベールが頷いた。

 同じように、隣にいたミカエルも頷いた。


「結婚の誓いに合わせて、僕が祝福をあげるよ。そしてそのまま僕の娘を引き剥がして、加護外しまで一気にしてしまおう」


 そういうと、妖精の王は2人だけに聞こえるように小声で話しかけた。


「ちょっと僕の祝福は特殊だから、びっくりするかもしれないけど。何ともないって顔してね?」


 小首を傾げて言ってくる妖精の王に、思わず2人とも頷いた。

 そして、妖精の王に促されるように2人は向かい合った。


 妖精の王は、ふとシルヴィーの髪に編み込んであった薔薇を一つ抜き取った。


「ちょうどいい」


 妖精の王はシルヴィーから抜き取った一輪の薔薇を胸ポケットに差した。


「ミカエル、指輪とか用意しているかい?」

 

 問われたミカエルは、胸ポケットから小さなら箱を取り出し、蓋を開けて見せた。そこには、2つのシルバーリングがあった。一つには赤い石、もう一つには青い石がついていた。

 おもむろに2つの指輪を箱から取り出した妖精の王は、それを空にかざした。


「いいね、上手く出来ている。これ、キミが作ったの?」

「…はい、弟と2人で作りました」


 そのミカエルの言葉に反応したのはジルフォードだった。

 言葉には出さないものの、ミカエルを見つめるその瞳は険しいものであった。

 ふとジルフォードの視線に気づいた妖精の王は笑った。

 そんな3人のやり取りを見て、シルヴィーとランベールは顔を見合わせた。


「あぁ心配しなくていいよ。シルヴィーの魂が安定するように、指輪に僕の力を入れてあげようかと思ってね。そうしたら、既に幾つかの魔法がかけてあるようだから、つい聞いてしまったんだ」


 悪戯が失敗したような顔を妖精の王が見せた。

 妖精の言葉に、シルヴィーはミカエルと妖精の王を何度も見た。


「魂が…安定?」

「僕の娘が食べてしまった分の魂の空席を埋める…とでも言えばわかるかな?」

「その…空席を妖精の王の力で埋めてくださるのですか?」


 シルヴィーの言葉に、妖精の王はニコリと笑うだけであった。

 不安になったシルヴィーはミカエルを見つめた。

 ミカエルは困ったように話し始めた。


「…魔法の精度を上げる為に、詳しくは話せないんだ。制限魔法といってね。他言しないことを条件に魔法の精度を上げる方法があって…。今回はそれを使っているものだから、シルヴィーにも詳しくは話せないんだ。大丈夫だよ。キミを守る為に、私と弟が考えた術を幾つかこの指輪には掛けているだけだから…私を信じて」


 ミカエルはシルヴィーに微笑んだ。


「ミカエル様に…危険はないんですか?」


 シルヴィーはミカエルから目を離さない。


「…ないよ、少し僕の魔力をあげるだけだから」

「それって」

「大丈夫。僕の魔力量は兄さんより凄いんだよ?まぁ弟には負けるけどね」


 ミカエルの言葉に言い返したのはジルフォードだった。


「まるで私が弱いみたいに聞こえるけど、弟たちが異常なだけだからな。たしかに、ミカエルの魔力保有量は国内屈指だ。それは間違いないよ。…末の弟には負けるけど」


 ジルフォードの言葉に、シルヴィーは少しホッとしたようだった。


「ミカエル様…色々とありがとうございます。でも、もっと早く言ってくださっても…あ、制限魔法のせい?」

「秘密はこの指輪だけ、他には何も隠してないから」

 

 2人の様子を確認した妖精の王は、指輪を返しながらミカエルに何か囁くと、ミカエルは軽く頷いた。



「さぁ、みんな立って」


 妖精の王が皆に促しながら一歩下がる。

 妖精の王の前にはシルヴィーとミカエル。そして数歩後ろにランベールとジルフォードが控えた。


 すると立ち上がったことで、少年の姿をした妖精の王との身長差が顕著になり、ミカエルが提案した。


「恐れながら妖精の王」

「何?」

「私とシルヴィー姫は、膝をついてもよろしいですか?」


 その意図に気づいた妖精の王は苦笑いした。


「気を遣わせてすまないね、そうしてもらえると助かる」


 ミカエルとシルヴィーは妖精の王の前で片膝をついた。

 それを確認した妖精の王は左手を胸に添え言葉を紡いだ。



『我は妖精の王 我に誓いし者よ 名を』


 すっと、妖精の王は右手をミカエルに向けた。


「ミカエル・ヴェルハイム」


 そしてシルヴィーへと右手を向けた。


「シルヴィー・ル・フレイス」


『如何なることがあろうと 互いを慈しみ 共に生きることを誓うか』


「「誓います」」


 2人の宣誓を聞いた妖精の王は頷き、右手をミカエルの持っていた指輪にかざした。


『愛に誓いし者へ 魂に祝福を』


 指輪を持っていたミカエルは、指輪が熱を帯びたのを感じた。

 そして、そのまま妖精の王はミカエルの額に手を当てた。


『その勇気に祝福を』


 すると祝福を受けた途端、ミカエルは全身の魔力が血液のように全身に駆け巡り、身体に染み込んでいくのを感じた。それはまるで、乾いたスポンジにどんどん水を染み込ませるようであった。


(これは…もしかして…)


 しかし、変化を感じても顔に出すなと言われていたミカエルは、思わずグッと拳を強く握ることだけに留めた。

 そんなミカエルを見て妖精の王はほくそ笑んだ。

 

 そして、妖精の王はなに食わぬ顔をしてシルヴィーへと手を移した。


『その愛に祝福を』


 ミカエルと違って、シルヴィーはあまり変化を感じていなかった。身体が少し温かくなった程度であった為、シルヴィーはこれといった反応を示さなかった。


 やがて妖精の王は2人に指輪の交換を促し、ミカエルとシルヴィーは互いに指輪を着けあった。

 そうして指輪を着けた手を重ね、2人の手を包むように妖精の王が手を重ねた。


『永遠の祝福を』


 すると、3人の周りに無数の小さな淡い光が舞い上がった。




「綺麗…」


 シルヴィーの呟きに満足したのか、妖精の王はシルヴィーの手だけを握り、何かを念じ始めた。

 それは妖精の姫の引き剥がしが始まったのだと、皆が感じるには十分であった。




 パキッ、と氷が割れるような音がしたと思ったら、シルヴィーから女の甲高い悲鳴が上がった。

 しかし、シルヴィー自身が声を出しているわけではなく、シルヴィーの中にいる妖精の姫自身の声のが響いているようだった。



『嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌イヤァァァアアアア』



 あまりの絶叫にシルヴィー達4人は絶句していた。

 ただ妖精の王だけが、その場に不釣り合いな笑みを浮かべていた。


「五月蝿いなぁ」


 妖精の王は気だるそうな声をしていても、顔は笑っていた。


『どうしてなの!?父様!?父様!!』

「どうしてなのか、眠っている間にゆっくり考えなさい」

『眠る!?』

「さぁどれくらいかなぁ…あぁキミのお気に入りのミカエルが生きてる間は無理だと思いなさい」

『なんで!?父様!眠るってまさか…!!』

「そのまさかだよ」


 妖精の王は言い終わる前に、シルヴィーの手から妖精の姫らしき光を取り出した。その片手に乗る程度の小さな光で、胸元に差していた薔薇に染み込ませるように、片手で薔薇を包んだ。

 それから胸元から薔薇を取り出し、太陽の光にかざし、妖精の王は色合いを確認した。




 シルヴィーが恐る恐る妖精の王に問いかけた。


「あの…妖精の姫は…」


 シルヴィーの呼び掛けで4人の視線に気づいた妖精の王は笑った。


「この薔薇の中に封印したよ。とりあえず百年はこの中で眠るかな。だからキミ達が生きている間に再会することはないから安心して」


 そういうと、妖精の王は薔薇を胸元に戻した。


「ありがとうございます」


 シルヴィーが頭を下げると、同じようにミカエル達も頭を下げた。

 ふと、妖精の王が思い出したように話しかけた。



「そうそう、今から加護を外すけど、日が沈むまでに国を出るんだよ?」

「…日付が変わるまでではなかったのですか?」


 後ろからランベールが聞き返した。

 それに対して妖精の王は、胸元の薔薇を指差しながら答えた。


「この子、一応封印してるけど、この薔薇に定着するまでに時間がかかるんだ。日が高いうちはいいけど、夜は定着が甘くなる。だから念のため、早く国境を越えるといいよ。さすがに妖精はこの国からは出ないからね」


 王城のあるこの街から、ヴェルハイムとの国境まで、早くて半日はかかる距離である。

 その為、当初の予定では午後から出立し、休憩を取りながら日が沈む頃に国境を超えて、ヴェルハイム王国の国境沿いの街に入る予定となっていた。


 妖精の王の言葉を聞いたミカエルとジルフォードは目配せした。


「直ぐに出立し、馬車でなく馬で最速で駆ければ日が沈む前には確実にヴェルハイムに入れます」

「だが、シルヴィーは乗馬は出来ない」


 ランベールの言い分に、ミカエルは頷く。


「シルヴィーは私と相乗りしてもらいます。いいね?シルヴィー」

「えぇ、お願いしますわ」

「うん。話はまとまったね?」


 ランベールは諦めたのか、意を唱えなかった。

 ポンっと、妖精の王はミカエルの胸元を叩き、シルヴィーに向き合った。


「ではシルヴィー、キミのこれからの人生に幸あらんことを」


 そういうと、妖精の王はシルヴィーの両頬に手を添えて、額にキスをした。それはまるで、シルヴィーの中の加護を吸い取るようだった。

 思わず目を閉じたシルヴィーの頭の中に、妖精の王の言葉が響いた。




『籠から出て、自由に生きるといい。幸せになるんだよ、僕の愛し子よ』




 シルヴィーが目を開けると、妖精の王は既に消えており、鳥の囀りだけが辺りに響いた。











 加護外しから1時間も経たないうちに、シルヴィー達は婚姻証明書の記入を終え、旅支度を調えていた。

 王城の正門には、シルヴィーを見送る為に城の使用人達が整列していた。

 あわせて、国境手前まで同行することになっているシルヴィーの護衛騎士のロジェも正門で出立の準備をしていた。

 ミカエル一行が出立の準備を終え、シルヴィーを待っていた。


「シルヴィー、気をつけて行くんだよ」

「はい、お兄様」

「何かあれば戻ってくるといい」

「縁起でもない…」


 シルヴィーは大袈裟だな、と思いながらランベールと別れの抱擁をした。

 しかし、ランベールが名残惜しそうになかなかシルヴィーを離さない。そこへジルフォードが声をかける。


「ランベール、そろそろ出立する。いいか?」


 ジルフォードの呼び掛けに、ランベールはシルヴィーからしぶしぶ手を離した。


「たった1人の家族だったんだ…少しは惜しませてくれてもいいだろ?」

「そうだけど…」

「あぁすまない、らしくないな…妹離れが出来ない兄ですまないな、シルヴィー」


 シルヴィーは困ったように笑った。


「そうね。ちゃんと妹離れして、お嫁さんもらってね?」

「あぁ…善処しよう。シルヴィー…幸せになるんだよ」

「はい。お兄様も、城の皆様も、本当にありがとうございました」


 シルヴィーの言葉を受けて、城の使用人達が一斉に礼をした。

 それが合図かのように、一斉に騎士達を含めた全員が騎乗した。

 

「いくぞっ」


 ジルフォードの掛け声で、隊列を2列に組んで出立した。

 

 




 それからずっと走り続け、日が傾き始めた頃、一行は一息入れていた。


「ミカエル様、少しよろしいですか?」


 フレイス王国の騎士として唯一同行していたロジェがミカエルに話しかけた。

 2人は少し一行から離れて川岸にいた。


「やはり、少しおかしいです」

「妖精が多いのか?」

「いえ、その逆です。妖精がいないのです、全く」

「全く?」


 ロジェもシルヴィー程ではないが、それなりに妖精の気配を察することは出来ていた。

 ミカエルはロジェの報告を聞き考え込んだ。


「この先の道は…」

「草原を抜けるだけで、ヴェルハイム王国のリンドベル領に入ります」


 すると、ロジェはミカエルに地図を見せ、現在地の確認をした。


「仕掛けてくるならさっきの森だと思ったんだが…」

「森ですか?」

「森に入れば死角が多い。私なら森で襲う」


 ミカエルはさっと首を切る仕草をした。


「…妖精の力を使うなら、死角は必要ないかもしれません」

「死角が必要ない?」

「妖精は人ではないので、そもそも姿が見えません」


 思わずミカエルは苦笑した。


「…そうだな…忘れていた」

「おそらく、人の手による襲撃はないものかと…」

「…まだ対人の方が良かったな」


 ロジェは地図を仕舞いながら、ジルフォードと話すシルヴィーを見た。


「お二人にはお伝えしていないのですか?」

「シルヴィーには全く。兄さんと同行の騎士達には襲撃の可能性だけ伝えている」

「…さすがに言えるわけないですよね…」

「ロジェこそ、私達に同行してよかったのか?」

「私ですか?」

「この後…やりにくくなるとか…」


 そっとロジェの胸元に描かれているフレイス王国のシンボルマークをミカエルは指差した。


「あぁ、ご心配ありがとうございます。大丈夫ですよ。一応見届けるようには頼まれていますし」


 そういうと、ロジェはミカエルに向かって微笑んだ。


「やはり、姫が無事国境を越えると所まで見届けないと安心出来ませんからね。」


 ロジェのその言葉に思わずミカエルは笑った。



 

「おーい」


 それは、ジルフォードの声が聞こえると同時だった。水面が大きく揺れ始めたのだ。

 2人は顔を見合わせて、同時に走り出した。


「来るぞ!乗れ!」


 ミカエルの言葉を聞き、騎士達が一斉に騎乗した。

 一人戸惑っているシルヴィーに、ジルフォードが付き添う。


「あのっ…一体何が?」

「ちょっと何者かの襲撃があるかもしれないんだ」

「妖精の姫…ですか?」

「そこまではわからないんだけどね」


 ジルフォードが説明しているうちに、ミカエルとロジェが戻ってきた。


「シルヴィー、特訓の成果を見せる時かもしれない」

「特訓って………えぇ!?でも、ここでは」


 話し終わるの待たずにミカエルがシルヴィーを馬に乗せると、その後ろに自らも乗った。

 ジルフォード達も準備が出来たのを確認すると、ミカエルは声をあげた。


「この草原の先はリンドベル領だ!このまま一直線に走り抜けるぞ!」


 ジルフォードが先頭になり、横一列で馬で駆け始めた。


『妖精よ 我らに追い風を』


 ロジェが妖精に願うと、力強い追い風が吹き始めた。


「助かる!」


 ジルフォードはロジェに向かって声をかけ、ロジェは軽く頷いた。


 その頃、シルヴィーはミカエルを問い質したかったが、馬上の揺れが激しく、舌を噛まないようにするのに必死であった。


(特訓…特訓って…アレよね!?)


 ミカエルの言う特訓が、自分の思っているもので本当に合っているのかシルヴィーは不安だった。


(でも…国境を越えないと使えないはず…)


 しかし、シルヴィーが考え込んでいるうちに、状況は悪化していった。

 やがえ大地が柔らかくなり、足元の植物が緩やかに馬に絡み始めたのだ。

 そしてロジェが妖精に願い追い風が吹いていたものの、それも弱くなり始めた。

 思うように前進出来ず、時間だけが無常に過ぎていく。


 ようやく国境が見えたかと思った頃、ピーーーッと口笛が聞こえた。

 すると、一騎だけさらに速度を上げて走り抜けた。


「伝令だよ。もうすぐリンドベル領に着くからね」


 シルヴィーの耳元でミカエルが説明した。

 しかし、馬にしがみつくいて落とされないようにするのに必死だったシルヴィーは、突然ミカエルに話しかけられて驚いていた。


(みっ耳元ーーー!)

 

 頬を染めてコクコクと頷くシルヴィーの反応をみて、ミカエルは声を出して笑った。


「ハハハッ、恥ずかしがる余裕があるなら良かった」

 

 ミカエルに言い返したいシルヴィーだったが、やはり馬に振り落とされないように必死であることは変わらなかった。

 すると、大地が波打つように歪み始め、建物の三階以上はありそうな高さの砂の波が此方に向かってきた。

 しかし、誰も速度を落とさない。

 さすがに不安になったシルヴィーは、手綱を持つミカエルの手を握った。

 ミカエルはそのシルヴィーの握り返した。


「大丈夫。俺を信じて」


 そういうとミカエルはシルヴィーに手綱を握らせた。


(えぇ!?えええぇぇぇ!!)


 シルヴィーは戸惑いながらも、ミカエルに渡された手綱を握った。

 すると右手でミカエルは腰に着けていた杖を取り出し、呪文を唱えた。

 そして、目の前の波を剣で切るように、杖を横一線に振った。

 それはシュンッと風を切るような音だった。



 やがてその魔法が届いたのか、迫ってきていた砂の波がザバーーーッと切れ崩れていく。


「うそ…」


 思わずシルヴィーが声を出した。


「嘘じゃないよ。俺の魔法だ」


 シルヴィーの手を握るミカエルの左手に力が入る。


「シルヴィー、大丈夫、キミも出来る。頭の中で思い描いたものを杖に流し込むんだ」


「ミカエル様…」


 シルヴィーは頷き、ミカエルと杖と手綱を交換し、目を閉じた。

 



 この3年間、シルヴィーは魔法の特訓をしていた。

 これは、シルヴィーの母が魔法を使えたことから、シルヴィーも魔法が使えるのではないかとミカエルが想定したからだ。そして、魔法が使える庭園で魔法についてシルヴィーに教えていたのだ。

 しかし、実際にシルヴィーが魔法を使えたことは一度もない。

 それでも、フレイス王国を出たら使えるかもしれないと思い、シルヴィーも熱心に学んだ。いつの日か魔法が使えると信じて。


「姫様!」


 隣を並走していたロジェが声をかけてきた。


「私はここで失礼します!」

「ロジェ!」


 ロジェはもともと、国境手前までの同行予定だった。

 つまり、シルヴィーと共にヴェルハイム王国に行くフレイス王国の人間は誰もいない。


「今までありがとう!」


 シルヴィーの言葉にロジェが笑顔で返した。


「妖精姫でなくなっても、シルヴィー姫はいつまでも私の姫様です!お仕え出来て、旅立ちを見送れて、本当に良かったです!どうか、お幸せに!」


 ロジェのみ減速した為、シルヴィー達とどんどん差が開いていった。


(そっか…加護もなくなって…国を出るから…私…妖精姫じゃなくなるのか…)




 ドンッ


 すると突如、シルヴィー達の背後から爆音が聞こえてきた。一行は思わず足を止め振り返ると、ロジェが残っているであろう場所に異変を確認した。

 


 

 爆音に喫驚したロジェは振り返ると、突如視界一面を埋めるほどの大規模な森が出現していた。


「まさか…」


 その森を見たロジェは、ランベールとの会話の記憶が過っていた。




『私の加護がどれくらい強いのかって?』

『はい、やはり国王ともなると想像も出来ないほど加護がお強いのではないですか?』

『そうだな、何もないところに森を作り上げることくらいは出来るかな』




 ロジェは咄嗟に妖精に願った。どうかシルヴィー姫を逃がしてくれと、追い風よ吹けと。

 しかし、森から数多の木々がロジェを通りすぎ、シルヴィー達に向かってきた枝を伸ばしいく。それを風で妨げることは出来なかった。

 それどころか、通りすぎるばかりだった枝が、いつしかロジェにも向かってきていた。


 後ろの異変に気づいたミカエル一行は速度を早め国境を目指す。

 

「ロジェが!」


 シルヴィーの言葉に、ミカエルは首を横に振る。


「戻れない。シルヴィー、願うんだ。杖に、どうすれば、ロジェを守れる」


(どうすれば…)


 シルヴィーの視界に、自分の髪に編み込んであった薔薇が見えた。


(…これだ!)


 そして、シルヴィーは迷わず振り向いて杖を森に向けた。


「木々よ!その枝を花に変えて!」


 すると、丁度ロジェのいる辺りの木々が花へと形を変え、次々に咲いていく。


 ロジェは自分に迫っていた枝が、突然花へと変化したことに驚いた。そして咲き誇る薔薇をみて、シルヴィーがいる方へと視線を向けた。


「姫様…ありがとうございます」




「ミカエル様!」

「おめでとうシルヴィー!これでキミも魔法使いの仲間入りだ!」

「ロジェに届いたかな…」

「大丈夫さ…ただ俺達はまだ安心出来ないな」


 ロジェのいる辺りの木々の成長は止まり、花へと変化したが、まだまだ森から枝が伸び迫ってくる。



 パーーーン

 パンッパンッ



 前方のヴェルハイム王国上空に花火が上がった。


「あれは伝令だ」

「ミカエル!」


 ジルフォードが叫ぶ。


「国境が崖に変わってる!」


 伝令として離れた一騎が、無事にヴェルハイム王国に入り、待機していた味方と合流出来たのだろう。こちらが襲撃を受けていることを伝えたところ、国境沿いの様子を伝えてきたようだった。

 その味方からの伝令花火の内容はこうだ。

 平坦な草原で繋がっていたはずの国境が崖に変化してしまっている、というものだ。

 先ほどから地面が歪んだり、砂の波が現れたりと、平衡感覚を狂わされていたミカエル達は、上り坂を上っていたいたことに、気づいていなかった。

 それでも、彼らは動揺しなかった。


「それならば!」

「「飛ぶ!」」

「飛ぶ!?」


 しかしシルヴィーは動揺した。


(飛ぶ?飛ぶってどうやって!?崖を飛ぶの!?)


 混乱するシルヴィーにミカエルが声をかける。


「杖を…そう。大丈夫、しっかり捕まってて」


 言われるがまま、シルヴィーはミカエルに杖を返すと、ぎゅっと目を閉じ、馬にしがみついた。


(もうミカエル様を信じるだけ!)


 背後に迫っていた森の枝が、シルヴィー達を捕えかける。


「いくぞ!」


 そのジルフォードの掛け声に、騎士達が加速した。そして一斉に馬と共に崖を飛び越えた。

 それに合わせて、ミカエルは杖を振り上げ呪文を唱えた。

 すると、飛び越えたのち、急激に落下することなく、緩やかに馬達が駆け降りていく。皆の背を捕えようと迫っていた枝は、国境に触れると光の泡となりどんどんと消えていく。


(とっ…飛んでる!)


 浮遊感を感じたシルヴィーは、思わず目を開け辺りを見渡した。

 

 すると、上空からは国境沿いの街を一望することが出来た。


(わぁっ…なんて綺麗なの…)


 視界に映った大きな街は、夕日によって街一帯をオレンジ色に染め上げられていた。

 街の中央には時計塔があり、丁度夕刻を知らせる鐘が鳴り響いていた。その街の傍には山脈から大きな川が流れており、水面に沈む太陽が写りこんでいた。

 初めてみるその街並みは、シルヴィーの目に焼き付いた。



「ようこそ、我がヴェルハイム王国へ。今日からここがキミの住む国だよ」



 ミカエルの言葉に、シルヴィーは涙が流れた。

 後ろにいるミカエルには、その表情は見えなかったが、静かに震えるシルヴィーの手を強く握った。


(私…本当に国を出たんだ…フレイスには戻れないんだ…)

 

「…今日から、ずっと一緒だ。ずっとそばにいるよ、シルヴィー」


 そのミカエルの言葉に、シルヴィーは何度も頷いた。




 やがて、地上に無事に降りった一行を迎えたのは、騎士服を着たジルフォードの部下達と黒いローブを着た青年だった。


「ジル兄!ミカ兄!」


 大きく手を振りながら走ってやってきた黒いローブを着た青年は、2人の弟のレオンだった。


「レオン!」


 馬からシルヴィーと共に降りたミカエルがレオンに声をかける。すると、勢いよくレオンはミカエルに抱きついてきて耳元で話しかけた。


「ミカ兄!耳飾りの遠視魔法…やっぱり上手く発動しなくて…。それで、例のやつは無事に成功した?」

「これ…やっぱりそういう魔道具だったのか」


 ミカエルはレオンから渡されていた耳飾りに触れた。そしてミカエルはレオンに指輪を見せた。


「いや、今から仕上げだ」


 チラリとミカエルはシルヴィーを見ると、レオンのやり取りに気づくことなくジルフォードと話しているのを確認した。


「あの人がミカ兄の婚約者?」

「あぁ。…少しの間、頼む」

「ま、何も起きないかもしれないよ?」

「…だと、いいんだが」


 そういうとミカエルは胸ポケットから一枚の薔薇の花びらを出した。それをレオンは覗き込んで見た。


「もしかして…それが?」

「あぁ…」


 ミカエルは祝福を受ける前に妖精の王に言われた言葉を思い返していた。




『魂を薔薇に封印するから、その花びらをあげる。国境を越えたらそれを食べるといいよ』


 そして、加護外しの直前にミカエルの胸ポケットへ妖精の王が忍び込ませたのが、この花びらだった。


 

 指輪の魔法を発動させる最後の条件が、ミカエルが誰かの魂を食べることだった。

 つまり、この妖精の姫の魂の一部が入った花びらを食べることで条件が揃う。こうして魂の移動、魂の作成、魔力の魂への変換、それら全てが発動して、ようやくシルヴィーの魂が安定するのだった。

 そう、今はまだ妖精の王の力でなんとかシルヴィーの魂は形を保っているが、それもフレイス王国を離れてしまったので直に消える。


 この指輪にかけられた魔法を考案したのはレオンだった。それでも、人が魂を食べることで、その身体にどんな影響が出るのかまでは推測できず、心配のあまりレオンは国境まで駆けつけていたのだ。

 

 ミカエルはレオンと目を合わせ頷く。


(シルヴィー、必ず助けるから)


 覚悟を決めて、ミカエルは一思いに花びらを口に放り込み飲み込んだ。



 ドクン



 と、全身が脈打つのを感じると、ミカエルの意識が薄れ始め視界が歪んでいった。ミカエルは胸元を押えると膝から崩れ落ちそうになると、さっとレオンが抱え込んだ。


 そこへ、ミカエル達の異変に気づいたシルヴィーとジルフォードが駆けつけてくる。


「ミカエル様!?」

「ミカエル!」


 ミカエルにすがり付き動揺するシルヴィーとは対照的に、冷静なレオンを見てジルフォードが違和感を感じた。


「…レオン、何か知っているな」

「…大体のことは」


 2人のやり取りにシルヴィーが食いつく。


「ミカエル様は、ミカエル様はどうなったのですか!?」


 するとシルヴーの訴えに答えようと、意識が朦朧とする中、ミカエルがシルヴィーの手を握った。


「シル…ヴィー……だぃ…じょぅ…ぶ……だか…ら…」


 そういうと、握っていた手から力が抜け、ミカエルは瞳を閉じて意識を失った。


「ミカエル様っ…」


 シルヴィーはミカエルの手を強く握りしめた。


「もうすぐ日が沈みますから、外は冷えます。まずは宿に行きましょう。話はそれからです」


 レオンはそういうと、ミカエルの身体を抱き上げて歩き出した。











「あの下衆…許さない…ッ」

「それなら、僕が食べてやろうか?」


 そこは、フレイス王国の王城の一室であった。

 その部屋には、今よりも若いランベールと、青年の姿をした妖精の王の2人がいた。

 薄暗いその部屋に、窓からほんのりと月明かりが入り込んでいた。


「…出来ることならこの手で殺したい」

「いやぁそれは止めておいたら?次の国王ってキミでしょ?バレたら面倒だよ」


 窓枠に腰掛けていた妖精の王がランベールを諫める。


「まぁ僕もあんな不味そうな魂を食べるのは正直ごめんだけどね」

「それなら何で…」

「僕のお気に入りなんだよ、あの子」


 ランベールは思わず妖精の王を睨んだ。


「おぉ怖い怖い。キミの父親と同じにしないでくれ」

「…すみません」

「たしかに、妹が父親に襲われそうになったから気が立っているのはわかる。でも、そういう感情もコントロール出来ないと王であり続けるのは難しいよ?」

「…はい」

「…前から思ってたけど、キミ、妹に執着し過ぎじゃない?」


 妖精の王は苦笑しながら問いかけると、ランベールが一歩近づいてきて声を荒げた。


「シルヴィーは私の全てなんです!私はあの子の幸せが全て!…なんで私は兄なんだ…いや、兄だからこそ!」

「あー、わかったよ。うん。キミの気持ちはわかった」

「わかりますか!?あの子の尊さが私をどれだけ救ってくれるのか!」


 妖精の王は、パンッと音を立てて手を合わせた。


「だから、落ち着きなさい…キミまでボクに食べられたいわけ?」

「…」

「この国を治める者として相応しくないと僕が判断したら、容赦なく命が絶たれること、忘れないように」


 その言葉に諌められたランベールは、片膝をついき胸元に手を当て頭を垂れた。


 それから2人は、国王の寝室へと向かうも、国王は不在だった。


「あいつ何処に…」

「…あ、中央庭園かな。気配がする」


 そういうと、妖精の王は露台に出た。


「僕が先に行くから、キミは後からおいで」


 そうして妖精の王は露台から消えた。


 


 夜の庭園は、風の音と微かに揺れる木々の音が静かに響いていた。

 そして、四阿に腰掛け眠りこけていた国王を妖精の王は見つけた。


「無防備だなぁ」


 そういうと、妖精の王は国王の心臓に手を沈めた。そしてそのまま全身を国王の身体に沈めていった。


『やっぱり不味いなぁ』


 国王の身体に入り込んだ妖精の王は、国王の魂を食べていた。


 その時、妖精の王はふと甘い香りを微かに感じた。その香りが気になり、妖精の王は国王の魂を食べきる前にその香りの元を探すように、国王の姿のまま歩き出した。

 すると探し求めた先に、一人の少年が座っていた。


「キミ、こんなところで何をしているの?」


 突然声をかけられ、驚いた少年は振り返りながら後ろへ軽く跳んだ。

 

「迷って…しまって…」


 少年はエメラルドのように煌めいた瞳をしており、妖精の王の興味をひいた。


「ふーん。キミ、この国の人間じゃないね?間者?にして幼すぎない?」


 妖精の言葉に、少年は意を決したように言い返した。


「そっちこそ、誰?見た目はこの国の国王だけど…昼間に見た時と中身が違う」


 妖精の王は驚いた。初対面の人間に、それも見たところ加護もない人間に見破られるとは思わなかったのだ。

 そして妖精の王は、よく目を凝らして少年を見つめた。


「キミ…魔法使いか…。しかも魔力量が異常だね?よくそんなに魔力を身体に溜め込んで生きていられるね…人間の域を超えているよ?キミこそ化け物かな?狂ってるね」

「違う!」


 少年は勢いよく否定した。


「俺は…まだ人間だ…」

「そう?なら、人間なんだね」


 すると、妖精の王の反応が意外だったのか、少年はポカンと口を開けた。


「…否定…しないの?」

「だって、キミが人間だって言うなら、人間なんだろ?」

「うん、…俺は人間」


 その言葉を噛み締めるように、少年は頷いた。


「で、キミには私が何に見える?人間に見える?」

「人間に見える」


 そう少年が即答したことに、今度は妖精の王が呆気にとられた。


「…キミ馬鹿なの?それだけ魔力があったら、この身体の中身くらいわかるんじゃない?」


 その妖精の王の言葉に、少年は少し考えるようにして答えた。


「…多分、この国だから…妖精なんだろうけど…。でも、貴方が人間だと思いたいなら、貴方は人間なんだと思う」

「…は?」

「え?人間に見える?って聞いてきたから…人間になりたいのかと思って…人間の身体に入ってるし…」


 思わぬ少年のその言葉に、妖精の王の笑いが漏れた。


「ハハッ…この僕が、人間?あぁ子供って無知っていうか、無邪気っていうか…」

「聞いたことがあるんだ」


 すると妖精の王の言葉を少年は遮った。


「ずっと、ずっーと昔は、この大陸全土に妖精がいて、人のような姿をして、人間と共存していた。そう、人間と同じように生活して。…でも、悪い魔法使いが妖精の力を妬み、妖精を追い詰めて…。そして、生き残った妖精は…人間との思い出を捨てるように…人の姿を止めて光となった…。…そういう昔話がリストリアにはあるんだ」


 少年は視線を反らすことなく妖精の王を見つめた。


「…所詮は昔話だね」

「でも、俺はこの昔話は真実だと思ってる」


 真っ直ぐ見つめてくる少年に、妖精の王は笑った。


「アハハハッ。そうか、そう思いたいなら思えばいい」

「…俺の……」


 完全には否定しない妖精の王の態度に、少年は意を決した。


「俺の目的は、亡き王妃の死の真実を調べること。そう、リストリアの元王女の死の真相を突き止めることだ」


 少年の突然の告白に妖精の王は呆れた声を出した。


「なんだ、やっぱり間者じゃないか。10歳にも満たない小僧にさせることじゃないよね?」

「な!…ッうるさい!俺は13歳!小僧じゃない!」


 その少年の科白を聞いた妖精の王は、少年に憐れみの目を向けた。


「…チビ」

「うっさい!魔力が落ち着けば背も伸びるって師匠は言ってた!」

「だろうね。まぁ魔力がそれだけ狂ってるなら、いつ死んでもおかしくないね。しかも魔法が使えない国に間者として寄越すなんて…キミは見捨てられたの?」


 その妖精の王の言葉に、少年は大きく首を横に振りながら俯いた。


「違う!……昔話を聞かせてくれた人が、師匠が、俺の魔力について、妖精なら力になってくれるかもしれないって。だからっ…」

「だから、僕に亡き王妃の真相とやらを教えろと?そしてキミを助けろと?…呆れた。子供だからってなんでとしてもらえると思わない方がいいよ」


 すると、俯いていた少年は顔を上げた。


「…わかってるよ。でも、俺は生きたいんだ、人間として。一緒に生きていきたい子がいるんだ。だから…だから、俺は諦めない。どんな手段を使っても生きてやるんだ」


 少年のエメラルドの瞳がキラリと煌めき、妖精の王を捕える。その瞳に魅いられた妖精の王は、息を飲んだ。


「狂ってるな…でも悪くない。いいね、そういうの嫌いじゃないよ」


 そういうと、妖精の王は右手を少年の額にあてた。すると、周囲の空気が変わったことを少年は感じた。



『我は妖精の王 我に誓いし者よ 名を』


 突然の妖精の王の言葉に少年は驚きつつも、応えた。


「レオン・ヴェルハイム」


『如何なることがあろうと 己の魔力と共に この世を生きると誓うか』


「誓います」


『我が友へ その魂に 祝福を』



 こうして、妖精の王の祝福を受けた少年は、今まで身体の中で荒れていた自身の魔力が、身体に馴染み始めたのを感じた。


「直ぐには無理だろうけど、いずれは落ち着くだろう」

「ありがとう…ございます…」

「呆けてないで、さっさとこの国を出るんだよ」

「…え」

「キミ、ヴェルハイムの王族だろ?なんでリストリアの間者になってるのか知らないけど、立場が複雑過ぎるよ」


 妖精の王は祝福を与える際の宣誓の名前で、少年が隣国ヴェルハイム王国の王族だと気づいた。


「それに亡き王妃の真相なんて僕も知らない。それよりも、一刻も早くこの国を出るんだ」


 なんたって今から国王が死ぬんだからな、とは言わないものの、妖精の王は少年をこの場から遠ざけようとした。

 突然の妖精の王は態度の変化に戸惑うものの、レオンは頷き、その場を離れようとした。

 

 その時、また甘い香りが漂った。


「キミ…香水でもつけてる?」

「いや」


 なんだろうと、レオンが自分の腕を嗅ぐ仕草をした時、妖精の王はレオンがほんの少し出血していることに気づいた。


「血が…」

「あぁ、さっきまで薔薇の多い庭園にいたからかな」


 レオンの言う薔薇の多い庭園とは、亡き王妃が手ずから育てた植物が多い、妖精のいない庭園のことだった。


「あの庭園にいたのか…道理で甘い香りが」


 そう言い終わる前に、妖精の王の身体が傾き、レオンが咄嗟に支えた。


「大丈夫?」


 妖精の王の目の前にレオンの腕がくると、血の香りと薔薇の甘い香りが一層強くなる。


(あぁ…食べたい…)


 妖精の王はそう思うや否や、レオンの腕に噛みつき、血を吸っていた。


「ちょっと!」


 レオンの呼び掛けに我に返った妖精の王は、レオンを突き飛ばした。

 そして自分の口元に手をあて、吸ったばかりのレオンの血を吐こうするが、既に遅かった。


 国王の魂を食べ、国王の身体に入り込んでいた妖精の王は、レオンの血を飲んだことで、国王の身体と妖精の王の魂の定着をさせてしまったのだ。

 一度人間の魂と定着してしまった場合、その肉体が死ぬまで、妖精は人間の身体から出ることが出来ない。


「いいか、ここであったこと、誰にも話すな!魔法も使えるはずだ、早く去れ!」


 妖精の王のあまりの剣幕に、レオンは何度も頷いて立ち去った。




 それはレオンが去った直後だった。


「まだ生きていたのか…」


 ランベールの声が聞こえたと思ったその瞬間には、妖精の王は背後から刺されていた。


「愚か者め…っ、だから手を出すなと…」


 国王の身体から聞こえるその声は国王そのものでも、その言葉は間違いなく妖精の王のそれであった。


「…妖精の王!?魂を食べ終えていたのでは!?」


 ランベールは、妖精の王に魂を食べられきった国王が死にきれていないと勘違いをして刺したのだ。


「…手違いで…この身体に僕の魂が定着してしまったんだ…」

「!?」


 そういうと、刺された国王の身体が床に倒れこむのをランベールが支えた。


「聞いたことはあったけど…実際になるのは…初めて…でね」

「どうすれば…」

「この身体は…まもなく死ぬ…そうしたら…僕は休眠に入らざるえない…肉体の死に…引きずられて。…次に会う時は…その影響で…身体も幼く…なっているだろう…」

「休眠…」

「…5…年…ほど…したら…目…覚め……だろう」


 妖精の王の意識が薄れ始めたのだろう、言葉が遠退きはじめた。


『我は…妖精の…王 我に…誓いし…者よ 名を』


 ゆっくりと妖精の王は震える右手をランベールに向けた。

 現国王が死ぬ。それはつまり、現在王太子であるランベールが国王になることを意味する。

 フレイス王国の国王は、妖精の王に祝福を受けて初めて国王と認められる。その証は、強力な加護の力として現れる。


「ランベール・エル・フレイス」


『如何なる…ことが…あろうと… 民の…為… 妖精の…為に… その身を…尽くすこ…とを…誓うか…』


「誓います」


『…新しき…王に… 祝福を』


 そういうと、妖精の王は目を閉じた。


「…正しく…あれ…新しき……国…王…」


 国王の身体は息絶え、妖精の王の魂も休眠という名の眠りについた。











 ガバッと、ミカエルは勢いよく起き上がった。


「はぁっ…はぁっ…」


(今のは一体…夢?いや…過去?…妖精の姫…いや、王の記憶?)


 混乱するミカエルは、自分の手についている指輪を確認した。


(指輪はついてる…魔力も感じる…少し…以前と違うように感じるが…うん、支障はなさそうだ)


 そしてミカエルはようやく室内を見渡した。すると、調度品に共通して描かれている紋章に覚えがあった。


(ここは…リンドベル領主の館か…)


 ミカエルは倒れてから、領主の館に連れてこられていた。それは、ヴェルハイム側の国境の街リンドベルの領主の館だった。

 


 トントンとノック音がしたので、ミカエルが返事をすると、勢いよく扉が開いた。


「ミカエル様!」


 そこにはシルヴィーが立っており、ミカエルが横になっていたベッドへと駆けよってきた。


「目を覚ましたんですね!」

「ぁ…ぁあ」


 声を出そうとするも掠れた声になり、ミカエルは思わず喉を押えた。


(そういえば…喉が乾いてる)


「三日間も眠ってしまったんですよ…今、お水を用意しますね」


(三日!?…あれからそんなに経っていたのか)


 魂を食べたら身体に異変が起こることは予想していたものの、三日間も眠り続けるとはミカエルは想定していなかった。

 これはレオンも同じであった為、ジルフォードにかなり問い詰められていた。それでも、制約魔法だからの一点張りで事実は伏せられていた。

 

 とにかく、目覚めたということは、指輪に施した術が無事に発動したのだろうとミカエルは考えた。

 シルヴィーから水を渡されたミカエルは勢いよく飲みきる。


「身体の具合はどうですか?」

「大丈夫、なんともないよ。…シルヴィー、心配をかけてごめんね」

「…本当。私の為に無茶しないでください」

「それは聞けない相談だ」


 ははは、とミカエルは笑ってシルヴィーの頬を撫でた。そして額を付き合わせた。


「シルヴィーの体調はどう?」

「おかげさまで…ここ三年間で一番調子がいいです」

「それは良かった」


 妖精の姫の引き剥がしに成功し、魂の生成も上手いっているのだろうとミカエルは感じた。


「ミカエル様」

「ん?」

「…ありがとうございます」

「愛しい愛しい人の為ならば」


 そういうと互いの唇を軽く合わせた。

 

 シルヴィーは顔を赤らめながらも、嬉しそうに笑った。ミカエルも、そんなシルヴィーをみて微笑んだ。


「これから忙しくなるね」

「はい!結婚式の準備に…あ、魔法!もっと教えてくださいね!」


 そうして、シルヴィーはミカエルに一輪の小さな薔薇の作り上げて見せた。










「キミ、本当は妹を国から出すつもりなかったでしょ」


 ランベールの私室で、妖精の王が紅茶を飲みながら話しかけた。


「あんなに執着していた妹をキミが手放すとは思えない」

「…しかし、国を出るしか方法はなかったでしょう」


 ランベールはカップを持って紅茶を一口飲んだ。


「だからこその縁談話…僕が眠っている間に面白いこと考えたよねぇ。国を出る直前に妹の想い人を目の前で惨殺して、絶望させる。失意の妹を丸め込んで、妖精の力の及ばない場所へ隔離する…何もあの庭園だけではないからね、妖精が近づかない場所は」


 妖精の王は飲み干した紅茶のカップに、小さなクッキーを入れた。僅かに残った紅茶が染み込み、クッキーが崩れていく。


「そうすれば、例え心が壊れても、キミの最愛の妹は鳥籠の小鳥のままだ」


 そういうと、クッキーの入ったカップに、紅茶を継ぎ足した。


「でも、せっかく薄汚い父親から守ったのにねぇ。心穏やかなまま籠に閉じ込めようと思わなかったの?」

「なんのことだか」


 ランベールは飲み干したカップをソーサーに戻す。


「…籠の外に希望はない方がいい」

「…そういうところ。歪み過ぎて、さすがの僕も理解は出来るけど、共感は出来ないなぁ。」


 ふと窓辺に飾られた薔薇を妖精の王は見た。それはシルヴィーが魔法で作った薔薇だった。


「ご丁寧に飾ってるんだね」


 ランベールも窓辺へと視線を移した。


「…わかってますよ。ここにいない方が幸せになれる。そう思っていても…側に置いておきたくて堪らない…ハッ、矛盾まみれだ」


 ランベールのその言葉に、妖精の王は少し目を見開き、穏やかに笑った。


「…まぁ、飛び立つべくして小鳥は飛び立ったわけだよ」


 窓から吹き抜ける風が、飾られた薔薇を揺らした。


最後までお読みくださり、本当にありがとうございます。

拙い文章で読みにくい点が多かったと思います。それでも、ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございます。

初めての一次創作小説、無事完結出来てよかったです。


いつか番外編として、2人の結婚式やランベールのその後を書けたらと思います。

もともとはレオンを主人公とした物語を考えていたので、そちらはいつか書けたらと思います。


最後に、よろしければ☆☆☆☆☆を塗って頂けると励みになります。

お付き合いいただき、ありがとうございました。

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