前編
初投稿になります。
よろしくお願いいたします。
妖精ーーーそれは人ならざる者である。
妖精は人に姿を見せない。
しかし、未知の力を使い人々を助けることもあれば、時には人々を混乱に陥らせることもある。
人間と理を同じくしない為、人間の道理など妖精には通じない。
気に入った人間に力を貸したり、時には姿を見せたりすることもある。
妖精に気に入られている度合いを人は加護の強い、加護が弱いなどと認識していた。
人間が人間の国を持つように、妖精には妖精の国がある。
人間の王がいるように、妖精にも王がいる。
ここフレイス王国は人間の国であり、妖精達が住んでいる国でもあった。
「他の国には妖精さんは住んでいないのよね?」
癖のある艶やかなシルバーブロンドを腰まで伸ばした少女は、鮮やかな紅色の瞳を輝かせながら問いかけた。
「そうですね。この大陸では、ここフレイス王国のみだと言われています。またフレイス王国以外の国では、魔法というものが使われていますね」
騎士の制服を着た黒髪の青年が講師のように少女に説明をする。少女の前に大陸の地図を広げると、少女は机から身を乗り出して指差す。
「ここるがフレイス王国で…明日お会いするのは…」
「こちらですね。西隣のヴェルハイム王国の方々でになります。シルヴィー殿下は国外の方とは初めてお会いになられますよね?」
「そうなの!やっとお許しが出たの!」
バンッと机を両手で叩き立ち上がると、シルヴィー殿下と呼ばれた少女は胸を張る。
「もぉ私は15歳なのよ!」
「シルヴィー殿下は妖精に好かれて加護も強いですからね。外部との接触は少ない方がいいかもしれませんからね」
「妖精さん達はそんなこと気にしないと思うんだけどなぁ」
加護が強く妖精に好かれていた姫が他国に嫁いだ時のことであった。
姫が国を出たことに対して妖精が怒ったのか、理由は定かではないが、妖精の助けがパタリと消えたり、悪戯が悪化した時期があったという。
悪天候が続き穀物の実りが悪くなると、いつもなら助けてくれる妖精がその時は助けてくれなかったりすることがあった。他にも、天候がよくても草花が枯れ続けたりと、妖精が意図的に質の悪い悪戯をすることもあった、と国の歴史書に記載されているのだ。
青年は地図の上に歴史書をトンっと置いて背表紙を軽く叩いた。
「いいですか、私達が平穏に暮らしてるのも、妖精が助けてくれているからです。妖精が大地に恵みを、空に輝きを与えてくれているからこそ、フレイス王国は成り立っているのですよ。まぁ妖精ゆえに気まぐれな行動はかなりありますけどね」
青年の言葉に反応したのか、青年の周りだけ軽く風が吹き抜け青年の髪を乱した。
それを見たシルヴィーは、ふふっと笑いながら腰かけた。
「ロジェ、貴方もかなり好かれている部類でしょ、特に風の妖精さんの加護が強いじゃない」
「全ての妖精に好かれているシルヴィー殿下には敵いませんよ。さぁ話が逸れましたね。明日の交流に向けてヴェルハイム王国についてお復習しますよ」
ロジェと呼ばれた青年は、歴史書を開き話を始めた。ロジェは護衛兼シルヴィーの教育係であった。
シルヴィーはロジェの話を聞きながら、ふと窓の外を見つめた。
(ヴェルハイム王国か…どんな人達かなぁ)
王族でありながら他国との交流を全くしたことのないシルヴィーは、大きな期待とほんの少しの不安を抱いていた。
「初めてましてシルヴィー姫。私はヴェルハイム王国第二王子のミカエル・ヴェルハイムと申します」
シルヴィーの手の甲に軽く口付けをし微笑んだミカエルを見て、シルヴィーは硬直した。
(嘘、こんな天使みたいな男の人いるの!?綺麗過ぎない!?他国の王子様ってみんなこうなの!?)
ミカエルの輝くブロンドは、項が見える程度には後ろは短く、前髪は片側だけ撫で付けていた。整った目鼻立ちに、晴天のような爽やかな蒼の瞳。王族の正装らしく白地に金の縁取りがされた服にはいくつかの勲章が付いていた。
本日は王族同士のみの交流なので、他の貴族はいない。もしこの場に他の貴族達がいれば、令嬢のみならず、男性ですら見惚れるほどの美しさを持つミカエルに圧倒されていただろう。
シルヴィーより頭一つ背が高いミカエルは、動かなくなったシルヴィーを心配そうに覗き込んだ。
「シルヴィー、ご挨拶を」
シルヴィーの後ろから声をかけたのは、兄でありフレイス国の国王であるランベールだった。
ランベールはシルヴィーと同じくシルバーブロンドであはあるものの、瞳は髪と同じシルバーの耀きをしていた。凛とした表情からは、即位して僅か二年にもかかわらず賢王と名高く自信に溢れていた。 シルヴィーと同じ群青の正装に加えて、白いマント着けていた。
(いけない!見惚れてる場合じゃなかったわ!)
「初めてましてミカエル殿下、シルヴィー・ル・フレイスですわ」
慌ててシルヴィーが淑女の礼をすると、後ろからランベールの笑い声がした。
「すまないな。ジルフォード、それにミカエル殿、我妹は初めての外交ということで緊張しきっているようだ」
ジルフォード、とランベールの言葉にシルヴィーは絶句した。
(私ったら、ミカエル殿下に見惚れ過ぎて、先にご挨拶くださったジルフォード殿下にご挨拶忘れていたわ!)
ヴェルハイム王国からは第一王子ジルフォードと第二王子ミカエルが来訪していた。
ジルフォードはミカエルとは異なり、濡羽のような黒髪を撫で付けていた。ミカエルと同じように整った目鼻立ちをしているも、きりりとした紫色の瞳が力強く特徴的であった。
ランベールはジルフォードを呼び捨てにするほど親交が深く、今日も外交というより、内輪の集まりのようなものであった。
「気にしないでくださいシルヴィー姫。ミカエルを初めてみるご令嬢は皆、姫と同じように惚けてしまうので」
くすくす、とジルフォードが笑うとシルヴィーは顔を真っ赤にして俯いた。
「兄上」
ミカエルが窘めるようにジルフォードに視線を送る。しかし、本当のことだろうと言わんばかりの視線をジルフォードに送り返された。
「まぁせっかく2人が来てくれたんだから、妹の外交デビューというわけで、色々と付き合ってくれると助かる」
ランベールはシルヴィーの肩を持って、ジルフォードとミカエルを見た。
ジルフォードは心得たとばかりに頷くと、ミカエルの肩をポンっと叩く。
「こちらこそ、フレイス王国の妖精姫と名高いシルヴィー姫のお相手をさせて頂けるとは光栄です、な?」
「妖精姫?」
ジルフォードの言葉を聞き返したのはシルヴィーだった。
「フレイス王国と言えば妖精と共存出来ている稀有な国として有名です。そこの秘めた姫君ともなれば妖精のように美しいのだろうと他国では妖精姫と噂されていますよ」
「お兄様!私はそんな話聞いたことがありません!」
「言ってないからな」
知らなくて当然だ、とランベールは頷くとシルヴィーに向かって説明する。
「フレイスの美しい姫であることに違いはないし、何よりもシルヴィー、お前は妖精に好かれている。何もわざわざ他国の噂を訂正するまでもないさ」
「そんなぁ…」
自分の預かり知らぬ所で自分のことが噂されていたことが恥ずかしかったシルヴィーはランベールを睨んだ。
(美しい姫って何よ。ミカエル殿下の方がよっぽど美しいじゃない!)
「シルヴィー、そんな睨んでも怖くないぞ。さぁさぁ機嫌を直して?俺はジルフォードと話があるから、ミカエル殿と庭園の散策でもしてきたらどうだ?」
「それはいい。ミカエル、シルヴィー姫をエスコートして差し上げてなさい」
ランベールとジルフォードにあれよあれよと流されて、シルヴィーとミカエルは庭園へと向かった。
シルヴィーはミカエルにエスコートされながら城内ある庭園を散策していた。
チラリとミカエルを見上げると、逆光で顔が見えにくいはずなのに、シルヴィーには何故かミカエルが煌めいて見えていた。
(綺麗過ぎる…隣にいるのが恥ずかしくなってくるわ)
そんなシルヴィーの様子に気づいたミカエルは立ち止まってシルヴィーに声をかけた。
「どこかでひと休みしますか?」
そのミカエルの言葉に、シルヴィーはハッとした。
「ごめんなさい!私がご案内しないといけなかったのに。あの水辺の四阿で休みましょう」
シルヴィーの言葉にミカエルが微笑み、四阿へとエスコートする。
四阿内にあるベンチに腰かけた2人は、お互いのことを話していた。
はじめこそ恥じらいのあったシルヴィーだが、ミカエルの優しさに触れ緊張は解れ、気がつくといつも通りの快活なシルヴィーになっていた。前日にロジェとヴェルハイム王国について復習していたことが功を奏して、ミカエルとの会話は弾んだ。
シルヴィーは妖精のこと、ミカエルは魔法や自分の国のことなど、2人の話は盛り上がり気がついたら日が傾きはじめていた。
四阿の側の池は鏡面のようになり、辺り一面を橙色に染め上げている。その光景に2人は目を奪われていた。
しばらくして、シルヴィーは思い出したように話を始めた。
「そういえば、この池は妖精さん達がたくさんいるんですよ」
「たくさん?」
シルヴィーは池に向かって歩いた。
「妖精さんって気まぐれだから、必ずしも同じところにいるわけではないんです。でも、この池にはいつもたくさんの妖精さんがいるんですよ」
「何か理由があるんですか?」
「理由はわからないわ。聞いても教えてくれなくて」
「シルヴィー殿下は妖精と会話が出来るんですか?」
驚くミカエルにシルヴィーは苦笑した。
「あまり会話は成立しないの。いつも妖精さん達の話し声が聞こえたり、姿形が他の人より見えるだけで…」
そう言うとシルヴィー少し俯いた。
妖精は風、大地、水、火、光の妖精と大まかに分けることができる。
それぞれの妖精は己が好む人間に話しかけ、姿を見せ、その人間の望みを時折叶える。人間は草木に水を願ったり、窓から日差しを求めたり、水の流れを求めたりなど様々か願いを妖精に求める。
妖精に気に入られ、願いが叶いやすい者は加護が強いと。逆に、妖精に相手にされず、願いが叶いにくい者を加護が弱いと言った。
全ての妖精の声が聞こえたり、姿が見えたりするシルヴィーは、加護が強いかに思われる。しかし、妖精がシルヴィーの願いを叶えてくれることは他の人々に比べると少なかった。
例えば、草木に水を与えるとする。水の妖精の加護がある人が願った場合、加護が強ければ適量の水が、加護が弱ければ少なすぎたり多すぎたり不安定な水の量が、対象の草木に降り注ぐ。
シルヴィーが願うと、適量の水が降り注ぐものの、毎回水が降り注ぐわけではない。それこそ1ヶ月以上願いが叶わないこともある。
シルヴィーはなかなか願いを叶えることが出来ないので、自分の加護が強いとは思っていなかった。
王族である以上、何かしら役に立ちたいとシルヴィーは思っていたが、加護を活かすことが出来ず悩んでいた。
妖精の会話が聞くことはできた為、その内容を兄のランベールに伝えた。妖精がどう感じているか、不便はないかなど知ることは出来てた。
しかし、聞くことしかできないシルヴィーは、妖精に話しかけることも出来ずにいた。
それでも、いつか願いは叶うはずと思い、妖精に様々な願い、話しかけ続けていた。
人と話すことが好きなシルヴィーは幼い頃、加護が強くないので外交を手伝いが出来るのではないかと考えていた。加護を必要としないことで貢献したいとシルヴィーは考えたのだ。
当時まだ王太子だったランベールに相談したところ、加護の強弱がはっきりしないし上に、幼い頃から外交や国内の貴族との交流などしなくていいと言われてしまったのだ。それから殆んど城に籠ってしまっていた。
しかし、ランベールが国王に即位してからは、月に2度ほど孤児院へ訪問をするようになった。
そして15歳にもなり、他にも何か自分に出来ないかとランベールに再び相談したところ、今日のヴェルハイム王国の王子達との交流が実現したのであった。
外交に関わらせもらえたことから、シルヴィーはやはり自分の加護は弱いのだと思った。
先ほどまで笑顔で話していたシルヴィーが俯いたまま悲しげな微笑みを浮かべた為、ミカエルは思わず彼女の頬に手を当てた。
シルヴィーはハッとしてミカエルを見つめた。
「シルヴィー姫…貴方には笑っていてほしい」
そうミカエルが言うと、シルヴィーの額に軽く口付けた。
突然のことに驚き耳まで真っ赤になったシルヴィーは、口をはくはくとさせた。
「殿下、シルヴィーとお呼びしても?」
シルヴィーがコクコクっと頷くと、ミカエルは嬉しそうに頬に当てていた手を顎に滑らせる。
(お…お顔をが……ち…近い…!)
近づいてくるミカエルの顔を直視し続けられなくて、シルヴィーは思わず目を閉じる。
2人の唇が触れ合うかと思われたその時、突然池が眩く煌めき水面が揺れ動き出した。
瞳を閉じていてもわかるほどの一瞬の眩い煌めきに驚いたシルヴィーとミカエルは目を合わせて池を見つめた。
咄嗟にミカエルはシルヴィーを庇うように身体を前に出すも、それをすり抜けるに池からツルのように水が伸びてきてシルヴィーを包み込む。
「シルヴィー!!」
振り返ったミカエルはシルヴィーを助けようと手を伸ばすも、あっという間にシルヴィーは水に包み込まれてしまった。そして、水の塊はシルヴィーを包んだまま池に戻ってしまった。
「シルヴィー殿下!!」
護衛として後ろに控えていた騎士達が駆け寄るも間に合わない。
ミカエルは上着を脱ぎ捨てるとすぐさま池に飛び込んだ。
ミカエルは水中で透視魔法を使おうとするも、うまくいかない。
(くそっ!やはり魔法が使えないというのは事実か…)
フレイス王国では魔法がない。それは妖精による妨害がされているからと噂されている。ミカエルも知ってはいたものの、いざ魔法が使えない現実を突き付けれると己の無力さを痛感していた。
(しかし、兄上の言う通り、魔法を使わない泳ぎを覚えていて正解だった)
ミカエルはジルフォードに感謝の念を抱きながら、シルヴィーを探す為に水中深くに潜る。
ミカエルは無意識にシルヴィーを追っていた。
初対面の相手への初々しい対応するシルヴィーの反応や、それでいて妖精や自国について語る時の快活な様子はとても好意が持てるものだった。
そんなシルヴィーが唯一表情を曇らせたのは、自身の妖精との関係についてだった。
その時、ミカエルは思わずシルヴィーに触れてしまっていた。シルヴィーには笑っていてほしい、その為に自分が何が出来るだろうかと、いや、そんな悲しい顔せずに彼女には自分だけを見て欲しいと強く感じていた。
シルヴィーと話している時、時折彼女が自分の顔を見て頬を赤らめているのには気づいていた。自分の顔が人々に好まれやすいことをよくわかっていたミカエルは、この時ほど自分の顔に感謝したことはなかった。シルヴィーが自分の顔を好んでいるならば、これを使わない手はない。
そんなことを考えるほどにミカエルはシルヴィーを手に入れることしか考えていなかった。
(あの水のツル…魔法の力を感じなかったあたり、あれが妖精の仕業というやつなのか?)
シルヴィーを探しながら、ミカエルは先ほどの出来事について思考を巡らせていた。
(人を拐かす類いの妖精がいないわけではないと聞いたことはあるが…)
その時、ミカエルは輝く一点を視界に入れた。
(あれはなんだ?)
徐々に近づくと、そこは無数の光の泡が集まっていた。そしてよくみるとその中心には光の泡の中でシルヴィーは膝を抱え込むように眠っていた。
ミカエルは躊躇うことなく光の泡の中に手を入れて、シルヴィーを抱き抱えようとする。しかし、光の泡がそれを防ごうとシルヴィーの周りを巡る。
そして、一際光輝く泡がシルヴィーの中に入り込んでいった。
すると、周りを回っていた光の泡が一斉に飛び散っていったのだ。
浮かんでいたシルヴィーが沈み始めたので、ミカエルは急いで抱き抱えた。
(シルヴィー!)
シルヴィーは目を閉じたまま、手足をだらんと伸ばし脱力しているようだった。
ミカエルはシルヴィーを抱き抱えたまま地上へと泳いでいると、途中から水が下から上へと上がるようにミカエルを押し上げていく。
(これはなんだ!?)
ミカエルは戸惑いながらも、水流に身を任せつつ地上を目指した。
ザバンッと水面からミカエルとシルヴィーが顔を出すと、待ち構えていた騎士達によって岸へと引き上げられた。
「かはっっ…シルヴィー!?」
ミカエルはむせ込みながらもシルヴィーに声をかける。横たわり目を閉じたままのシルヴィーは、顔の血色が悪く息をしていない。蘇生を試みようと、ミカエルがシルヴィーに触れようとした時だった。
「ミカエル殿、離れて」
見上げた先には、騒ぎを聞き付けてやってきたランベールとジルフォードがいた。
ランベールはシルヴィーからミカエルが離れたのを確認して、何か言葉を紡ぎながらシルヴィーに手をかざす。
「ミカエル、大丈夫かい?…あれは妖精の言葉だよ」
ミカエルの側まできたジルフォードが小声で話しかけてきた。
「妖精の…言葉?」
「ランベールが妖精の言葉をわざわざ使って何かするなんて、滅多にお目にかかれない。よく見ておくといいよ」
ランベールの言葉に呼応するように、様々な色の光の粒が集まりシルヴィーを包み込んだ。
その様子をランベールは無表情で見つめていたが、微かではあるが険しい顔になっていく。ミカエルはその変化を見逃さなかった。
やがてシルヴィーの顔に血色が戻りだし、胸元も上下に動き出した。だが、ランベールは険しい顔をしたままだった。
コホッと、咳き込みながらシルヴィーが目を覚ます。
誰もがシルヴィーに近づき容態を確認したいが、ランベールがそれを許す様子はない。
そして目を開けたシルヴィーの瞳をみたものは、皆驚いた。
シルヴィーは紅色の瞳であったはずだ。
しかし、目を覚ましたシルヴィーの瞳は、ミカエルと瓜二つの晴天のような爽やかな蒼の瞳になっていたのだ。
それを見たランベールがシルヴィーに向かって地を這うような声を出した。
「貴様、誰の身体に入り込んだかわかっているのか」
ランベールの怒りが絶対零度の空気のように広がる。ミカエルもジルフォードも、その場にいた誰もが動けるような雰囲気ではなかった。
しかし、その空気をうち壊すかのように、シルヴィーが身体を起して笑った。
「何をおっしゃっているの?私はシルヴィーよ、お兄様」
なんてことないようにシルヴィーはランベールに微笑みかける。
ランベールは見下すようにシルヴィーを見つめ言い放す。
「戯言も大概にしろ、妖精の姫」
妖精の姫、と言われた瞬間、シルヴィーは真顔になった。そして、シルヴィーの笑顔からは程遠い妖艶な笑みを浮かべた。
「なぁんだ、そんな簡単にわかっちゃう?」
「例え瞳の色が同じでも、妹かそうでないかくらいわかる」
ランベール以外は言葉を失った。目の前に見えるのは、シルヴィーに間違いないはずなのに、何故こうも急に別人に見えてしまうのか。いや、別人になってしまったのかと戸惑いが隠せない。
そんな中、ミカエルは思わず尋ねてしまった。
「シルヴィーは…どこに…」
自分が助けたのはシルヴィーではなかったのか、シルヴィーを間違えてしまったのかと、ミカエルは息を詰めた。絶望の色に染まったミカエル見て、妖精の姫がすり寄ってくる。
「あらぁ私がいるじゃないミカエル」
「は?」
ミカエルは軽蔑の眼差しで妖精の姫を見た。
「やだぁ、この子にはあんな熱い眼差しを送っていたのに、中身が違ったらダメなのぉ?でもいいわ、そのうち私の方がいいって思うから」
妖精の姫はミカエルの手を取り、嬉しそうに話し始めた。
「私はね、ミカエル、貴方と結婚したくて、この子の身体に入ったのよ。あぁ安心して、この子の魂の半分はまだこの身体に残ってるわよ」
「まさか…」
ランベールの怒りが最高潮に達しているのが目に見えてわかった。目を見開き、握りしめている拳からは爪が食い込んでいるのか、血が滴っている。
「えぇそうよ人間の王。私、この子の魂を半分食べたわ。だって流石に魂そのままにして、身体に入り込むなんて出来ないから、とりあえず半分。これからゆっくり残りも頂くわ」
ミカエルは妖精の姫の言葉に血の気が引いた。
(…今…コイツ…なんて言った?俺と結婚する為にシルヴィーの身体に入った?そしてそのせいでシルヴィーの魂が半分だけになってしまった…?…俺のせい?)
青ざめているミカエルに気づいたランベールが声をかける。
「ミカエル殿、妖精の姫の言葉に流されるな」
ランベールの言葉にミカエルはハッとした。
「失礼ね、私は嘘は言ってないわよ。そうね、あと三年くらいかな。この子、思ってたより抵抗するから、完全な私の身体にするにはそれくらいかかりそう」
「貴様…」
ランベールが妖精の姫に咎めるような視線を投げる。
「あら、気づいた?妖精の王の目覚めと、私がこの子の魂を食べきるの、どちらが先かしらね」
アハハハハっと高笑いをした妖精の姫が言葉を続けた。
「せいぜい足掻くことね」
再び妖艶な笑みを浮かべた妖精の姫は、眠るように目を閉じ、後ろへ倒れこんだ。ミカエルは咄嗟にシルヴィーの身体を抱き止める。
皆が言葉を失っていると、ミカエルの腕の中でシルヴィーが唸る。ミカエルは、恐る恐る声をかける。
「シル…ヴィー?」
「…ん……ミカエル…殿下?」
目を覚ましたシルヴィーの瞳は、先ほどと変わらず蒼の瞳だった。それでも、妖精の姫が醸し出していた雰囲気とは全く異なっていた。
「シルヴィー!」
ミカエルは思わず腕の中にいたシルヴィーを強く抱き締めた。シルヴィーは突然のことに言葉も出ず、顔を真っ赤にした。
その様子をみた周りの人々は、ほっと安堵の息を漏らした。
ランベールも握りしめていた拳を緩めていた。
「ジルフォードとミカエル殿は私の部屋で待っていてくれ。シルヴィー、お前はまず自分の部屋で休みなさい。後で呼ぶから」
ランベールはそういうと、濡れていたシルヴィーとミカエルに向かって手をかざした。すると、暖かい風が2人を包み、濡れていた身体が乾いた。
2人の様子を確認したランベールは一人城へと戻っていた。
ミカエルは名残惜しそうに、シルヴィーを抱き締めていた手を緩める。
「シルヴィー殿下、戻りましょう」
「ジルフォード殿下、ミカエル殿下、我々がご案内致します」
護衛騎士のロジェがシルヴィーを促し、他の騎士達がジルフォード達の案内を名乗り出た。
「シルヴィー、後で必ず会いましょう」
ミカエルはそう言うと、ジルフォードと共に騎士について城へと戻っていた。
「シルヴィー殿下?」
なかなか動かないシルヴィーを、ロジェが心配そうに覗き込む。しかし、シルヴィーはそのロジェの様子に気づかず、視線が虚ろでぼーっとしていた。
ロジェはその様子を見て、残っていた他の騎士に耳打ちした。
「やはり障害が出始めている可能性がある。陛下に伝えるように頼む」
ロジェのいう障害とは、妖精に魂を食べられてしまったことによる、精神障害のことである。
妖精が気まぐれで、気に入った人間の魂を食べてしまう、ということはごく稀にだが発生している事案ではあった。食べられてしまった人間は、少し呆けてしまったり、視線が虚ろになることがあると報告されている。
しかし、それはほんの少し食べられた場合であり、魂を半分も食べられてしまったシルヴィーにどんな障害が発生するのかは、未知の領域であった。
「シルヴィー殿下、お部屋に戻って休みましょう」
座り込んでいるシルヴィーの視線に合わせるためロジェはかがみ、シルヴィーの目を見つめた。
相手の目を見つめ、自分を意識させる。これは障害が出ている人間に対して行う応対の一つでもあった。
ようやく気がついたのか、シルヴィーはパチパチと瞬きをしてロジェに話し掛けた。
「あれ?私、今…ぼーっとしてた?」
「ミカエル殿下の抱擁の余韻に浸っていたんじゃないんですか?」
からかうようにロジェが言うと、シルヴィーは顔を両手で覆った。
(そうよ、私、ミカエル殿下に抱き締められていたんだわっ)
ロジェの言葉で、再びミカエルの温もりを思い出してしまい、顔は林檎のように真っ赤になった。
その時シルヴィーは、ふと自分のドレスを見つめた。
(気合い入れてめかし込んだけど…誰も褒めてくれなかったなぁ…やっぱりお兄様みたいな群青は、私にはまだ早かったのかなぁ)
シルヴィーは普段は淡い色のドレスをよく身に付けているが、今日はランベールの正装を意識して、同じ群青のドレスを身に纏っていた。
シルヴィーが再び俯いたことで、ロジェは不安になるも、シルヴィーがドレスを見つめているようにも見えた為、声をかけた。
「そのドレス、お似合いですよ」
ロジェの言葉にシルヴィーは動揺し、嬉しさを隠すようにそっぽを向く。
「遅いわよ!」
そう言うとシルヴィーは立ち上がり城に向かって歩きだした。
夕食後、ランベールの私室に案内されたミカエルとジルフォードはそれぞれソファに腰掛け、向き合う形で紅茶を飲んでいた。
「やっぱり、この国では魔法が使えないんだな」
そう話し掛けたのはミカエルだった。
「あぁ、潜った時に試してみたのか?」
「全く効かなくて焦ったよ。兄さんに普通の泳ぎを教わっていて助かった。ありがとう」
ジルフォードは、そうだろと納得するように頷く。
「あくまで仮定の話だが、この国は妖精によって魔力磁場が干渉されている。それゆえ、魔法が発動出来ないんだろう」
フレイス王国のある大陸には魔力磁場が存在し、土地によって魔力磁場の強さが異なる。大地の魔力を使う場合はこの魔力磁場が重要となってくる。理論上、フレイス王国にも魔力磁場は少なからず存在しているはずだが、魔法が使えないとなると、妖精の存在が影響していると考えるのが妥当であるというのが現在の推測だった。
「でも、個人の魔力にまで影響するとは思わなかったな…」
ジルフォードは考え込むように紅茶の水面を見つめた。
この世界の魔法は、大地の魔力を使うか、己の保有する魔力を使うかの2通りである。後者は個人によって保有する魔力量が異なり、魔力を使う理屈も異なる為、魔力磁場には影響されないはずだった。
「個人の魔力にも妖精が干渉しているのか…はたまた、何か別の理由があるのか…」
「考えても仕方のないことだ。大体のことを妖精の気まぐれとして片付けてしまうこの国ではな」
そう言ってジルフォードの言葉を遮ったのは入口に立っていたランベールだった。
座っていた2人が立ち上がりそうになるのをランベールは制した。
「そのままで」
ランベールはジルフォードの後ろを通りすぎ、窓際の執務机の椅子に座った。
右手に何かを乗せているような仕草をして、ランベールは見えない何かに話し掛けた。
「すまないが、防音を頼む」
ランベールの言葉に呼応するように、室内に柔らかな風が吹き抜けた。
「このようなことまで妖精の力で出来るのですか」
ミカエルが感心するように尋ねると、ランベールは苦笑した。
「魔法には叶わないさ、なんていうと彼らは拗ねてしまうけどね」
やはり拗ねてしまったのだろう、窓が閉まっているのにランベールの髪が風に揺れる。
「ほら。まぁ雑談はこのくらいで。シルヴィーのことなんだが」
ミカエルとジルフォードはランベールに視線を寄せた。
「ミカエル殿、シルヴィーを助けてくれてありがとう」
そういうと、ランベールがミカエルに頭を下げた。虚を衝かれたミカエルは立ち上がる。
「頭を上げてください陛下。私はシルヴィー姫が池に連れ去られるのを防ぐことが出来ませんでした。ですから、陛下にそのようにされる謂れはありません。それに、浮上する途中に私達を押し上げるような水流を感じました。あれは陛下が手助けしてくださったのではありませんか?」
「たしかに、浮上の手助けを妖精に頼んだのは私だ。しかし、私より先に君がシルヴィーを助けてくれていたからだ」
これでは埒が明かないと宥めたのはジルフォードだった。
「お互い様ってことでいいんじゃない?」
ミカエルは納得していない様子だが、ランベールはジルフォードの言葉に頷いた。
「そうだな、考えないといけないことがもっとある」
ミカエルもシルヴィーのことを思うと今はそれどころではないと思考を切り替えた。
「さて、どこから話そうか…ジルフォード、ミカエル殿に例の件は話しているのか?」
「いや、全く。一応対面してからがいいと思って、何も伝えてない」
「兄さん、例の件って?」
ミカエルの疑問に答えたのはランベールだった。
「実は今回の訪問、シルヴィーとミカエル殿の縁談が目的だったんだ」
「…薄々そうではないかと思っていました」
護衛が付いているとはいえ、年頃の男女を2人で過ごさせるなんて、縁談話以外に何があろうかとミカエルは思っていた。
しかし、ミカエルはあくまで第二王子。兄ジルフォードは立太子しているものの独身。現在、他国に留学中の弟がいるものの、兄のスペアとして国内に留まるのは自分であるとミカエルは考えていた。
それゆえに、兄の後継が出来た頃に結婚をするものと思っていた。
だからこそ、今の時期にお見合いというのが、ミカエルにとっては些か納得出来るタイミングではなかった。
「あーなんとなくミカエルが考えてることわかったけど、俺は何度も伝えているよな?」
「何をですか」
ミカエルは不服そうにジルフォードを見る。
「弟たちには俺の結婚の時期を考慮してもらわなくて大丈夫。好きな相手が出来て、お相手に認めてもらえたら結婚しろって言ってるだろ?」
「王太子だけ独身になってどうするですか!後継はどうするつもりですか?」
「お前は議会のジジイ共みたいなことを言うな。まだ焦る年齢じゃないさぁ」
ジルフォードは18歳の時に立太子しており現在23歳。王太子として5年を過ごしているが未だに婚約者すらいない。
「それに、年齢のことなんてここで言わない方がいいぞぉ」
ジルフォードは親指をランベールに向けた。ランベールは国王に即位して2年が経つが未だに独身であった。ちなみに現在27歳である。
「兄弟喧嘩に巻き込むなジルフォード。私はシルヴィーが幸せになるのを確認せねば安心出来ないだけだ」
「いや、シルヴィー姫はまだ15歳だろ」
「15歳!?」
「なんだ、ミカエル、お前知らなかったのか」
たしかに、ミカエルはシルヴィーのことを若そうに見えるけど、童顔なのかなぁくらいにしか思っていなかった。ミカエルが現在21歳ということもあり、3歳くらい年下かななど考えていた。
「別に6歳差なんて珍しくもないだろ」
「王族の結婚なんてそんなものだろ」
ランベールとジルフォードは顔を見合わせ、言葉を重ねる。
(未婚の2人に言われてもな…)
一般的な貴族は成人する20代前半くらいまでに婚約者を作り、1~2年後に結婚する。
しかし、王族ともなれば話は変わってくる。10代前半のうちから婚約者を作り、成人と同時に結婚するのがセオリーである。特に相手の女性の成人を待たずに婚礼だけする場合もある。
それらを踏まえるとジルフォードはまだしも、ランベールが遅れているのは明らかであった。
「とりあえず、先ほどの様子からすると、ミカエルはシルヴィー姫との縁談に前向きと思っていいかい?」
ジルフォードはミカエルに確認するように問いかけた。
「もちろん。私はシルヴィー姫しか考えられない」
それを聞いたランベールがミカエルに礼をした。
「ミカエル殿、そのお気持ちは大変有難い。しかし、正直状況が悪くなった。私がこれから話すことを聞いて、それでもシルヴィーと添い遂げる覚悟があるなら、この縁談を進めよう。まぁシルヴィーはそもそもこれが縁談の顔合わせとは思ってないし、気づいてもいないだろうけどね」
それからランベールはシルヴィーの状況を話し始めた。
全ての妖精を見ることができ、また妖精の声を聞くことが出来たシルヴィーの加護は強いと言える。
シルヴィーの願いが叶うことが少なかった原因は、シルヴィーの妖精の加護が強すぎることであった。
どんなにささやかな願いでも、シルヴィーの場合、高位の妖精でなければ叶えることが出来なかったからである。それはシルヴィーが高位の妖精のお気に入りであったからだ。
しかし、肝心の高位の妖精は滅多に現れない。
その為、シルヴィーが高位の妖精のお気に入りであるにも関わらず、願いが叶うことは滅多になかったのである。
シルヴィーはこの事実を知らない。
あくまで自分の加護が強くみえるだけで、実際の加護は弱いと思い込んでいる。
ランベールが事実を知らせなかったのは、シルヴィーを高位の妖精と関わらせない為であった。
ここフレイス王国は妖精の恩恵によって豊かであることもあり、妖精の声を聞けることはとても大切なことであった。妖精の要望に答えることで、その見返りとして妖精への頼み事などをしてるからである。その考えはシルヴィーも持っており、妖精の言葉を折に触れてはランベールに伝えていた。
しかし、それはあくまで人間側の考えであって、妖精も全く同じように考えているわけでなかった。
その証拠として、今回のように人の道理や倫理を簡単に破ってくる。
一部の高位の妖精は加護の強い人間の魂、たとえ
お気に入りの人間であっても、その魂を好んで食べることがあると記録されていた。魂を食べる理由は妖精によって異なるようで、決まりなどはなかった。
今回の妖精の姫は、その高位の妖精に該当していた。
「つまり、シルヴィー姫は元々、高位の妖精に魂を狙われる可能性があったから、私と婚姻させて国外へ逃がすつもりだったと」
ミカエルがランベールに再確認をする。
「その通りだ。ただ、単純に国外に逃がすのはリスクが高いんだ」
「?」
「高位の妖精は気に入っていた人間がいなくなると、妖精の気まぐれが過激になり、国が荒れることが時折ある」
ランベールは机をトントンと指で叩きながら話を続けた。
「シルヴィーの様に高位妖精しか対応出来ないほどの加護持ちは、高位妖精のお気に入りだ。1日でも国外に出してみろ、おそらく国土の半分の穀物が枯れる」
「…それだと国外に出れなくないか?」
ジルフォードもここまでは聞いていなかったらしく、聞き返した。
「そこで妖精の王の力が必要になるんだ。妖精の王により、直接加護を外してもらうんだ。そうすることで、高位の妖精から認識されなくなり、無事に国外に出れるというわけだ」
「加護を外してもらえるなら、国外に行かなくてもいいんじゃないのか?」
ジルフォードの疑問にミカエルも同調した。その疑問に、あっさりとランベールは答える。
「加護外しは国外に出ることが条件なんだ。それが妖精の王との取り決めだ」
「そういうことか」
「しかし、先程妖精の姫が妖精の王の目覚めだとか言っていたのは…?」
ランベールは椅子の背もたれにぐっと寄りかかる。
「そこが目下の問題なんだ。当初の予定としては、縁談の話を進めて、シルヴィーの成人と同時に加護外しをして、ヴェルハイムに嫁がせるつもりだった。で、肝心の妖精の王なんだが、現在休眠中だ」
「休眠、ですか?」
ミカエルは首を傾げた。
「まぁ妖精の王も、力を使いすぎたりすると休みが必要になるんだな。そして今が丁度休眠中で、次の目覚めがシルヴィーの成人の直前ってわけだったんだ」
「なるほど、妖精の王が休眠から目覚め、丁度シルヴィー姫も成人を迎える。だから3年後はタイミングとしては、ばっちり合うはずだったわけね…トラブルが無ければ」
ジルフォードは指を3本立て確認する。
「おそらく今回、それも踏まえての妖精の姫の暴挙だ」
「どういうことですか?」
「妖精の姫っていうくらいだ、妖精の王の娘でな。人間の魂を食べたのは今回が初めてじゃない」
「え?前科あり?」
ジルフォードとミカエルは驚嘆のあまり顔を見合わせた。
「200年前は魂を食べきられてしまい、一人亡くなってる。魂がなくなった人間の身体は死ぬ。あくまでも、人間の身体は人間の魂に合わせてあるわけで、妖精の魂では人間の身体は動かないらしい」
「え、でも…妖精の姫はシルヴィー姫の魂を全部食べるって宣言してなかった?」
「そこが気になるところなんだ。おそらく、三年もかけるところに何か意味があるんだろうな…こればかりは妖精でなければわからぬ領域…お手上げだ」
ランベールは両手を軽く上げて降参のジェスチャーをして。
それを見てミカエルが悔しそうに言う。
「…妖精の王頼みということですか?」
「そういうことだ。妖精の王が目覚めれば、おそらく妖精の姫の魂は、シルヴィーの中から引っ張り出される。彼は自分の娘の行動には厳しいからな」
「ランベール、きみ、妖精の王と親しいのかい?」
妖精の王と親しい間柄であると思わせる言葉に、ジルフォードは驚きのあまり目を見開いた。
「…まぁ人間の王として、妖精の王と話を交わす程度には交流がある」
なんだか含みのある言い方をしたランベールであったが、ジルフォードもそれ以上は問い質さなかった。
「妖精の姫の魂が出ていったとして、シルヴィーの食べられた魂が元に戻ることはあるんですか?」
食べられた、ということは恐らく失ってしまったのだろうとミカエルは推察していた。
ランベールは口惜しそうに言った。
「正直、無理だと私は考えている。失った魂が元に戻るなど聞いたことがない…だからこそ、ミカエル殿、貴方に確認をしたい」
改まったランベールに、ミカエルは姿勢を正した。
「魂が半分になってしまったシルヴィーは性格も少しづつ変わって行くだろう。魂が食べられてしまった者は精神障害が現れやすく、呆けたり、虚ろな眼差しになることがあるとされている。実際、シルヴィーにも既に症状が出ていると報告が上がった。特に妖精の姫の魂と共存しているうちは、正直どれだけシルヴィーの人格が表に出てこられるかわからない………それでも、シルヴィーと結婚したいと思うか?」
「もちろんです。どんなシルヴィー姫になろうとも、シルヴィー姫であることには変わりません。私は彼女と添い遂げたいです」
ミカエルの真摯な言葉に、ランベールは目を閉じた。
「………ありがとう」
そういうと、ランベールは窓の外を夜空を見上げた。
「あの子はまだ15歳の少女なんだ…」
ランベールの消えそうな小さな呟きは、たしかにミカエルとジルフォードの耳に届いていた。
それからしばらくして、シルヴィーを交えてこれからについて話し合われた。
妖精の姫の人格はやはりシルヴィーの人格と共存しているようで、シルヴィーも己の現状を理解していた。
妖精の王が目覚めるまで妖精の姫に魂を食い尽くされないように、シルヴィーも抵抗すると強い意思を示した。ランベール達も、どのようにしたら魂を食べられないかや、妖精の姫をシルヴィーの中から出す何か手立てがないかなどを調べることで話がついた。
何より、この時のミカエルの言葉がシルヴィーを支えることになる。
「シルヴィー、愛しています。貴方が私の前から消えた時、生きた心地がしなかった。出逢ったばかりですが、貴方とこれを共に歩んでいきたい。私と結婚してくださいませんか?」
突然、シルヴィーの手を取り片膝をついてプロポーズしてきたミカエルに、シルヴィーは息をのんだ。口付けられた手の甲は熱を持ち、夢を見ているのかと思ったほどだった。
シルヴィーはミカエルのプロポーズ最初は断りを入れた。
妖精の姫に魂を食べられてしまった為に、今まで通りに生活出来るかわからないことや、人格がいつ交代するかわからない不安などを理由に上げた。
そしてミカエルを好んでいる妖精の姫が、ミカエルと共にいることを何より喜び、魂を食べる速度を早めるのではとも考えた。
何より、自分の身体を妖精の姫が勝手に使って、ミカエルにすり寄ることを、シルヴィーは認めたくなかったのだ。
シルヴィーは、こんな自分はミカエルの伴侶に相応しくないと伝えた。
「ねぇシルヴィー、妖精の姫のことはどうだっていいんです。シルヴィーは私のこと、どう思いますか?」
ミカエルの言葉にシルヴィーは声を上げず、瞳からポロポロと涙を溢した。
シルヴィーはとっくにミカエルのことを好きになっていた。最初は綺麗過ぎる人だなと思っていたが、話していくうちにミカエルの優しさに触れ、心引かれていった。
隣国の王の妹だから優しくされているだけに違いない、それでもいい。ミカエルともっと話していたい、色んな物を一緒に見てみたいと思うほど、シルヴィーはあの短い時間でミカエルに心奪われていた。
ミカエルはシルヴィーの涙を手で拭いながら、シルヴィーの言葉を待っていた。
シルヴィーは、この気持ちを言葉にしてもいいものか悩んで、どうしても言葉に出来ず、代わりに涙がどんどん溢れてくる。
見かねたランベールが、ぽんっとシルヴィーの頭を撫でた。
「シルヴィー、何も難しく考えなくていいよ」
ランベールの言葉にシルヴィーは後押しされた。
「…好き…です。……ミカエル殿下……ううん、ミカエル様のことが…好きです。好きなんです。もっと一緒にいたい……妖精の姫になんか渡したくない」
シルヴィーの言葉に、ミカエルは胸が熱くなり、シルヴィーを強く抱き締めた。
「シルヴィー、私も貴方のことが好きですよ。これからも一緒に過ごしましょう」
こうして無事に想いを確め通じあった2人は婚約者となった。