99 水人の訪問 前
春がきて、村や荒野に暖かな風が吹き抜ける。
村の気温制御は解除されて、次の出番は夏だ。
作物の育ちは順調で、グローラットも順調に育つ。
完全に冬の影響から抜けたと見てよいだろう。
そういった春の日差しを受けながら進たちは水人たちの到着の知らせを受けて、海にやってきた。
「こんにちは。シェブニスは久しぶり」
進はシアクとその隣に立つシェブニスに挨拶する。
ビボーンたちはいつものように持ってきたものを下ろし、受け取るものを荷車に載せている。
「はい、こんにちは」
「久しぶりです」
「護衛の仕事でこっちに来たのか?」
「それもあるが、ちょっとばかり頼みもあって来たのです。また誰かを引き受けてほしいということではなく、村の様子をまた見せてもらいたいと思ったのですよ」
「別に見られて困るものなんてないからいいけど、理由はなにかあるのか」
「二つほどあります」
二つもと首を傾げた進は理由を考えて、これといった目立つ理由をすぐには思いつかなかった。
「教えてもらえるかい」
「ええ。一つは島に残った遭難者たちが移住した者がどうしているのか知りたがったからですね。心配する思いもあるのでしょうけど、島よりも暮らしやすいのならこっちに移り住みたいと思っているのかもしれません」
今のところ誰一人島に帰ってくることなく、またそうしたいという連絡が届くこともない。そのため快適とまでいかずとも、島よりも良い暮らしができているのではと残った者たちは考えたのだ。
「向こうがそう思っても、こっちは受け入れる気がないんだが」
「承知しています。様子を伝えるときにそれに関しても遭難者たちに伝えます」
「それならいいが。それでもう一つは?」
「少し前になりますか。陛下がここらの空で強い力が発せられたのを感じ取りまして。その影響が村に出ているのか、それについてなにか情報があるか聞いてきてくれと」
「あー、あれか」
心当たりがあるという反応にシェブニスとシアクは期待の感情を込めて進を見る。
「まずそれをやったのは俺とフィズとローランド様ということ。メインはフィズたちだけど」
「なにをしたんですか?」
「天候を無理矢理変えたんだ」
シアクたちはなにを言っているのかと疑わしそうな顔となる。
それに無理もないと進も思いつつ、話を続ける。
「そっちだとどうなのかわからないけど、こっちだと冬が開ける直前に厳しい寒さが数日続くんだ。でも今回はそれがいつも以上に続いた。それ自体は自然現象だったらしい。ただしいつもの二倍以上の日数続いたことで、山では備えが足りなくて凍死する魔物とかがでてきた。さらに凍死する魔物が増えると、今後の食料事情に関わってくるということで天候の一時的な変更をしようということになったんだ」
「できるものなのですか?」
「普通は無理だろう。でもできる人がそろっていた」
一時的に晴れにして、その後の風の流れを止めたことも話す。
「最後まで聞いても信じられないのですが」
「その場にいないと無理だろうなぁ。嘘はついてないから、それを王に伝えてくださいな」
「そうします」
これ以上の情報は聞き出せないと判断しシアクは頷く。
そのままいつもの荷物の確認などを行っていく。
進たちも昆布の天日干しを行い、いつもと変わらぬ作業を進めていく。そして乾いた昆布を回収し、帰還準備を整える。
「世話になります」
「あいよ」
シェブニスを行き帰り運ぶ分の物資はもらっているので、進たちに損はない。
シアクたちに別れを告げて、村へと帰る。
日が落ちて暗い村に戻り、荷物を置く前に家に寄って、リッカにシェブニスの部屋を準備してもらおうと頼みかけて止まる。
「もしかして部屋よりも水の中の方がいいのか? 裏庭に池があるんだけど、どうする?」
「地上で眠れないこともないですが、リラックスできるのは水の中です。使用できるのなら池の方が」
「広くはないけど、それでも大丈夫だろうか」
「ええ」
シェブニスの案内をリッカに頼み、進たちは倉庫に向かう。
翌朝、シェブニスはラジウスたちの仕事が落ち着くまで村の中の見物をする。
以前村に来たときからそう時間はたっていないので、変わっているものもないだろうと思っていたが、覚えのない建物やあったと思った廃屋がなくなっていたりして、時間の経過を感じることができた。
昼まで村全体を歩いて、昼を食堂で食べる。使用許可は進たちからもらっていた。日頃村人たちがなにを食べているのかという確認にもなってありがたかった。
そうして昼を過ぎて、島組のまとめ役であるラジウスに会いに行く。
「こんにちは」
「はーい」
玄関の戸をノックして声をかけると、すぐにルアが戸を開ける。
玄関前に立っているシェブニスを見て、ルアは首を傾げた。
「水人さん? この村に水人さんっていましたっけ?」
「あなたたちが滞在していた島から来た者だ。ここでの暮らしぶりがどういったものか聞きたくて、村長たちに連れて来てもらった。まとめ役のラジウスはご在宅かな」
「あ、はい。お爺ちゃん、お客さんだよ」
祖父に知らせたあと、ルアはシェブニスを中に通す。
「お水しかありませんが」
「ありがとう」
出された水を一口飲んで、シェブニスはラジウスと話し出す。
聞くことはこっちに移り住んで、今日まで過ごした感想だ。村の秘密といったことは話さなくていいと最初に言っておいた。
秘密と言われてラジウスがすぐに思いついたのは気温の制御くらいだ。それを抜きにして、今日までのことを話していく。
「なるほど、無茶な作業を強いられているわけでもなく、休養もしっかりとれるようになっていると」
「はい。飢えることはありませんし、風呂も作ってもらえたり、宴会のときには酒もでます。不満なんて抱いたら罰が当たります」
もっと酒を飲みたいと言う者や食事の種類にあれこれ言う者もいるが、島組だけがそうなのではなく皆同じなので同意する者はほぼいない。
「魔物が近くにいる生活はどうだ?」
「最初は不安を抱いたまま生活していましたね。ですが襲われてたりすることなく、互いに近づきすぎないように距離に注意する以外は苦労なんてありません。食堂や風呂を使うときはなんかは近くにいることもありますが、突っかかっていくようなことをしなければそのまま静かに過ごせます」
「ほかに魔物について気づいたことはあったりするのか?」
「そうですね……宴会のときに見世物をやったり音楽に合いの手を入れたりと、人と同じ部分もあるのだなと驚くこともありました」
「そんなことをやっているのか」
宴会に参加して楽しんでいる魔物の姿を想像し、意外といった感想しかシェブニスは抱けなかった。
「お嬢さんからも話を聞けるだろうか」
静かにしていたルアに声をかける。
「ええと、お爺ちゃんと同じ感じです。この村はいいところだと思います。たしかに魔物という故郷だと人の敵でしかなかった存在が近くにいますが、それでも過ごしやすいと私は思います」
「どういったところが過ごしやすいか話せるかな」
「村長たちが住民のことを考えてくれるからでしょうか。この冬も寒ければ無償で温まる薬を出していただけましたし、お風呂なんかもありがたかったです。村の外にいる魔物への対処も早くにやっていましね。贅沢はできませんが、それで苦労しているわけではありません。先日結婚した人たちがいるんですが、その報告をしたとき祝いの品としてお酒をもらったという話も聞きました。暮らし始めて半年も経過していないので今後なにかしらの不都合は出てくるかもしれませんが、今のところは不満はありません」
シェブニスはなるほどと頷いて、礼を言い立ち上がる。
「ほかの移住者たちにも話を聞いてよろしいかな」
「問題ないと思いますよ」
「あ、ちょっといいでしょうか」
「なにか?」
「できたらでいいのですけど、島でお世話になっていた食堂の店長さんに元気にやっていると伝えてもらえませんか」
「それくらいだったらかまわない。どの食堂か教えてもらえるか」
場所を聞いてラジウスたちの家から出たシェブニスは、近隣を歩いて移住してきた感想を聞いていく。
彼らが言うことはラジウスが感じたものと変わらなかった。中には少し不満を抱いているといった者もいたが、それで島に帰ると言い出さないことから、ここでの暮らしが嫌だとまでは思っていないのだろう。
「移住者に関しては、これといって問題ないという報告で終わりそうだな」
これからどうするかと思いつつ、散歩をしていく。
子供たちが笑い声をあげながら駆けていく。
少し歩くとまた別の子供たちの声が聞こえてきた。そちらを見ると、魔物の子供たちが遊ぶ様子が見えた。
「魔物の子供たち……ああして見ると外見以外は人と変わらないな」
できるなら魔物から話も聞きたいものだと思いつつ、進たちの家へと向かう。
家の前でどこかにでかけようとする進とフィリゲニスとイコンを見かける。
「どこかにお出かけですか?」
「ちょっと鍛錬をしようと」
「なにか鍛えなければならない事情でもあるのでしょうか。ここらに強い魔物が出現するとか」
「以前はあったけど、最近はそういったことはないよ。いざってときに逃げるくらいはできるようになりたいからね」
「そうでしたか」
「そっちは用事は終わったのか」
「はい。移住者たちにいろいろと聞いてきました。特に問題などないという報告をする予定です」
「そりゃよかった。ひどい扱いをしているつもりはないが、知らず知らずにうちにやっている可能性もあったからね」
「島にいるときより過ごしやすそうでしたね」
水人用に整えられた島より、こちらの方が陸の人間には良い環境だろうなとシェブニスも思う。
「頼みがあるのですがいいでしょうか。魔物の住民とも話してみたいので紹介していただければと思うのですが。無理なら諦めます」
「本人たちに聞いてみたいことにはわからないな。イコン、大丈夫と思う?」
「そうさな……罵倒とか怒りを煽るといった態度でなければ、大丈夫と思うぞ」
「さすがにそんな態度で話すつもりはありません」
「であれば、わしが森から来た魔物たちを紹介してやろう。ススムたちは鍛錬を行うといい」
「頼んだ」
進とフィリゲニスは子供たちが近づかないような開けた場所へと向かう。
「わしらも行こうか。ついてくるといい」
すいーっと空中を移動し始めたイコンに、シェブニスはついていく。そのシェブニスの表情は緊張がわずかに表れていた。
シュブニスにとっては魔物は倒すものという意識がある。この村では倒す対象ではない魔物もいると聞いているが、イコンから殺気や闘志などが感じられずとも、やはりこれまでの経験から身構えてしまうのだ。
「君は、いやあなたはどういった魔物なのだろうか」
なんとなく見た目通りではないと思い、接し方を改める。
あっさりと大妖樹の分身だと告げられて、シェブニスは目を見開く。海に暮らす種族だが、大妖樹の名は水人族にも届いていた。
「大烏公だけではなく、大妖樹までもこの村に?」
「ああ、そうだ。ススムやこの村が気に入ってな」
「陸の人間の村というものを見たことがないが、ここはそういった村とは絶対違っている村ですよね」
「そうじゃな。税を徴収していないこと、作物のできる速度、魔物がいること。深く考えずに思いつくことをあげていくだけでも違いがでてくる。こういった村が他国にあるなら、その方が驚きじゃよ」
「そうですね。あなたにとってここは過ごしやすいところですか?」
「もともと捨て去りの荒野に住んでおるのじゃぞ。森がなくとも過ごしにくいとは思わんよ。まあわしはそうであっても、これから会いに行く魔物はそうではないがの」
スカラーたちの住居に到着し、少し待つように言ってイコンは家の中に入っていく。
そして五分もせずにイコンはスカラーを連れて戻ってきた。
感想と誤字指摘ありがとうございます