97 力技の解決
「この寒さって捨て去りの荒野だけなんでしょうか? ほかの国でも同じようになってます?」
大陸全土が寒さに覆われているなら、人間にも凍死者が出ていそうだなと思いつつ進が聞く。
「捨て去りの荒野を中心にだな。隣接する国も多少は影響を受けているが」
「ここに手を出しづらい魔王が魔法で冷たい空気をとどまらせているとかありえますかね?」
「それはないだろう。一時的に天候を操ることは可能かもしれないが、そういった動きをすれば魔力の反応でわかる」
「じゃあやっぱり自然現象なんですね。魔法で上空の空気をかき乱してやれば、とどまっている寒さが四方八方に散っていかないですかね」
駄目だろうなと思いつつ力技を提案する。
「それをやるには威力がなぁ」
「むしろ威力が上がればいけるのでありますか?」
やや驚きといった声音でリッカが聞く。
「俺とフィリゲニスの魔法の威力が上がった状態で、二人がかりでなら一時的にどうにかできるかもなと思うが」
「ああ、じゃあやれますね。俺が二人の魔法の威力を底上げすればいい」
「そういったこともやれるのか?」
進の魔法に関して、詳細は聞いていなかったローランドとガージーは驚きの顔を見せた。
土や水を良質なものへ、海水を醤油へ、水を酒へといったものを見てきたので変換系統の魔法の使い手と思っていたのだ。
「こういった解決策が転がっているとはなぁ」
「もっと交流を深めて詳しく話を聞いておくべきだったでしょうか」
早速やろうということになり、進とフィリゲニスと山の主従が外に出る。
地上からやるよりもある程度雲に近い方がいいだろうということで、ガージーの背に乗って空に移動する。
周囲を舞う雪と冷たい風はガージーの魔法によって遮られ、寒さは和らいでいた。
「風よ風よ、鋭くあれ、刈り尽くせ、まとわりついて、獲物を逃がすな、なにもかも切り裂いてしまえ」
「吹く風よ、我が命に従え、強く激しく、何者にもとらえきれず、吹き抜けていけ、どこまでもどこまでも」
魔法発動の準備を始めた二人に進が話しかける。
「同時に強化は無理だから、三秒くらいずらして発動して」
こくりと二人が頷く。
一分ほど静かに発動準備で待機して、フィリゲニスが進の肩に手を置く。
「強く、さらに強く、限界を超えて。オーバーマジック」
進の補助が入ってすぐにフィリゲニスは魔法を発動させる。
「ボレアスストロウム」
強化された風の刃がどこまでも続く雲の中へと飛び込んでいく。
その余波で吹き荒れる風にガージーは上手くのって、少しの揺れだけで済ませる。
すぐにローランドの手が進の肩に置かれた。
「強く、さらに強く、限界を超えて。オーバーマジック」
「ノトステンペスタ」
烈風が風の刃を追って吹き、雲を散らしていく。
いっきに空にあった雲が四方八方へと押し流されていき、空には太陽が輝く。
かなり広範囲の雲が散らされて流されて、捨て去りの荒野上空はわずかに雲が残る晴天となった。
「日差しが温かい」
眩しそうに太陽を見てフィリゲニスは笑みをこぼす。まともに太陽の光を浴びたのは久々で、日差しというのはこんなにも心地よいものだったのだなと思えた。
進たちもほっとして晴天を見ていたが、風が動いた。
そこらにあるが、うっすらとしか残っていなかった雲がなにかに引きずられるように一ヶ所に集まっている。
その風はここら周辺のみだけではないようで、遠くから雲がゆっくりと運ばれてくるのもわかる。このままでは遠くからの雲が集まって、また捨て去りの荒野を覆うだろう。
「……一時間ももちそうにないな。もしかしなくてもあの風の流れが原因だよな」
「だろうなぁ。ガージー、あの中心に向かってくれ。危なそうなら離脱するように」
了解ですと返事があり、ガージーが高速で飛ぶ。
そこは風がかなり強いが、魔力などない場所だ。誰かがわざとここに風を集めているわけではないと確定したということでもある。
誰かの仕業であってくれた方が解決は簡単だっただろう。
「空を流れるあちこちからの風が、ここにぶつかり逃げ場のない風がここで渦巻いているということかな?」
進は気流がうまいことバランスをとってしまった状態なのだろうと考える。
「俺ら空を飛ぶ者は上空に一定の流れがあることは知っている。それがこういったことになっているのは初めてみるんだが」
「ここをどうにかしても同じことになるよな。だとしたら流れ込む風の大元をどこか一ヶ所でも止められたらバランスが崩れる、のか?」
自信なさげに進が言う。誰だって気流をどうにかしろと言われても自信を持ってどうにかできるとは言えないだろう。偏西風や低気圧高気圧を個人の力でどうにかしろと言われれば、間髪入れず無理と答える。
フィリゲニスも空に関しては専門外でなにも言えずにいる。
「風の大元……それはおそらく大陸の周辺を回る風の壁だろう。あれを止めろってことか。さすがに無理だと思うんだが」
「風の壁を止めるんじゃなくて、風の壁から流れてくる風を散らしたら、ぶつかりあう風のバランスが崩れてあそこに留まらないようになるんじゃないかなと思うんだけど。散らす時間が一瞬だと意味はなさそうで、しばらく散らし続けないと駄目かな」
「……ほかに案はないしそれをやってみるか。まずは風を見極めないとだな」
ローランドは西から流れてくる風の流れを魔法と自身の感覚で探る。捨て去りの荒野の立地上、風の壁の影響は西からのものが一番大きいのだ。
「おそらくはこれか? ガージー、指示通りに移動しろ」
「承知」
風の集まりから離れて西へと飛ぶ。
先ほどまでいた場所では左から右へと吹く風にそって雲も動き渦巻いていたが、離れると前方から後方へと雲が流れていくといった感じに変化した。はるか後方では雲を吸い込む中心が白い球体のように見えている。このまま放置すればあの球体を中心として雲が広がっていくのだろう。さしずめあれは嵐の卵か。
「使う魔法は広範囲に西へと吹く風を発生させるものでいいのよね?」
フィリゲニスの確認にローランドは頷いた。
「ダメージなんて考えず、とにかくある程度の時間広く強い風を吹かせる。これで駄目なら打つ手はないな。自然と温かくなるのを待つしかない」
「今回も強化は必要かな」
「頼む」
今回二人が使う魔法に溜めは必要ないということで、進はすぐに強化魔法を使う。
そしてフィリゲニスとローランドは、先ほどの魔法より一節短い詠唱の魔法を使う。
発動した魔法によって風が生じ、西へと吹いていく。
ガージーは西から吹く風を使って体勢を整えていたが、今は東から吹く風を使い体勢を整える。
「ススム、雲の塊がどうなっているのか確認して頂戴」
「あいよ」
魔法に集中する二人は気をそらせないため、進が東へと顔を向ける。
西から東へと向かう雲は大きく減っている。しかし雲の塊に今のところ異常は見られない。最初に見たときよりも少し大きくなっているというのが変化だが、進たちが求めている変化はそれではない。
「やり始めたばかりだからか変化はなし」
「すぐにはどうにもならんか。このまま魔法を維持する」
五分ほどはなにもなかった。さらに時間が流れて十分経過して、進は首を傾げる。
「巨大化が止まった?」
「効果がでたってことでいいんだよな」
「わかりません。あれ以上大きくならないってだけかもしれないし」
さらに時間が流れて、魔法を使い始めて三十分が経過し、明確な変化が現れた。
「少しずつ球体の形が崩れ出した!」
「やっと朗報が聞けたわね。といってもここで止めるとまたもとに戻りそうだし、まだまだ魔法は維持しないと」
球体の崩壊は少しずつで、崩れた雲は東からの風に流されて西へと向かう。
その雲はフィリゲニスたちが起こしている風に乗って、風の壁から来る風にぶつかっていく。
そのぶつかる風は上昇気流となって、送り込まれる雲もどんどん上空へと運ばれる。積乱雲のような雲ができていって、陽光を遮って周囲はどんどん暗くなる。雷鳴も聞こえ、やがて雨も降り出した。
「こうなると球体の確認もできないんだが。魔法の維持はどうする?」
「念のためもうしばらくやっておこうと思うけど。そっちはどうしたい」
フィリゲニスがローランドに尋ねる。
「念を入れるというのは賛成だ」
魔法維持を続けるということになり、彼らはその後雨に降られつつ十二時間ほど魔法を使い続けた。
先に音を上げたのは進だ。腹も減ったし、喉も渇いたし、眠いという主張を受けて、その場から離れる。
積乱雲ができているところから離れても、既に時間は深夜であり周囲は真っ暗だった。
球体ができていたところまで戻ると、きれいさっぱり雲の塊は消えていた。
「また球体が形成されなければ成功だな。そうなってほしいが、さてどうなるか」
「どうなるんでしょうね」
予想できないとフィリゲニスも首を傾げた。
ガージーは池まで進たちを送ると、そのままローランドを乗せて山へと帰っていく。
雨がここらでも降ったようで、雪の大部分がとけている。このまま冷えると凍ってしまい、歩くのも一苦労かもしれない。
「フィズ、疲れてない?」
「ん、疲れてはいるけどまだ大丈夫。以前はもっと長い時間魔法の維持をしていたこともあるしね」
「すげえな。俺には無理だよ」
「私もそう何度もやりたくないけどね」
ぐっと背伸びをして、進と腕を組む。
二人は夜中の村を歩いて家に戻ると、明かりがついていた。
リビングにはビボーンがいた。
「おかえり」
ただいまと返し、二人は椅子に座る。
「ラムニーとリッカとイコンは先に眠らせたわ。待っていると言ってたけど、いつ帰ってくるかわからなかったしね」
「それでいいと思うわ。どれだけ時間かかるかわからなかったからね」
「どれくらいやれば大丈夫って指針もなかったからなぁ。空で派手に魔法を使ってたわけだけど、地上には影響なかった?」
「雲がいっきになくなって皆が驚いていたわね。そのあとは雨が降ったくらいかしら」
「だいたい空で起きていたことと同じか」
「寒さはどうにかなりそう?」
明日以降様子を見ないとわからないと返すと、ビボーンは納得したように頷いた。
「じゃあ俺は寝るよ」
「私も」
「私はこのまま起きているわ。リッカにいつもより遅く起こすように言っておいた方がいい?」
二時間くらい遅くと返して、進たちは部屋に戻る。
朝からの天候は薄雲が広がるといった感じで、雪は降らずに気温もほんの少しだけ上がる。
そして曇りの日々が十日ほど続きながら、気温は徐々に上がっていくという感じだった。
雪も雨も降らなかったので、春に向けてようやく進み出したと判断することになった。
吹く風の冷たさが緩み、進は魔法をかけた池から視線を空へと向ける。
村の周りには雪がすっかりなくなって空のどこにも渦巻く雲の塊もない。
遠くに見える山はまだ白いが、あれも徐々にとけていくのだろう。
「あ」
ふと思いついて小さく声を漏らす。
一緒にいたフィリゲニスがどうしたのと聞く。ラムニーとイコンも気になったようで視線が進に向けられる。
「いやね、雲の塊をなくすために風の壁からの風を止めたよな」
「そうね。今の空を見たら無事その成果が出たとわかるけど」
「あのとき止めるんじゃなくて、西からの風が勢いよくなるように魔法で生じさせた風を動かしてたら、もっと楽にあそこらへんの風のバランスが崩れていたんじゃないかって」
「……そうなっていたかもしれないけど、バランスを崩すほどの勢いが足りずに雲の塊がすごく大きくなっていた可能性もあるわ。だから止める方で良かったんじゃないかしら?」
「そっかー。勢いを増すことになっていたら、今頃はまだ雪景色だったのかな」
「かもしれないわね」
進はもう一度周辺の景色を見渡す。
緑なんぞ豊富とはいえない景色で、春と言われてもピンとこないだろう。だがよくよく見れば地面から芽吹く草はある。
「ここは春が来たけど、空であれこれした影響がよそで出ていたら大変だな」
「ないと思いたいけど、もしそうなっていてもどうしようもないわね」
「気にせんことだ。フィリゲニスの言うようにどうしようもないからのう」
そうすると頷き、進は天候を気にするのを止める。
進が気にした天候への影響だが、幸い海上で雨が多くなったこと以外に影響は出なかった。
水人たちは雨が多いなと思ったが、そういったことはたまにあるので気にせずに終わる。
だが大きな魔力が動いたことに気づいた者は少ないながらもいて、なんなのだろうと疑問を持つことになる。
感想と誤字指摘ありがとうございます