96 寒さの原因
ハーベリーが大浴場に関して自分たちはなにかすることはあるのだろうかと聞く。
「掃除と水を浴槽に入れることはやってもらう。あとは大浴場の点検もか。時間がたてば、どこかがひび割れたりするだろうしな」
「なるほど、使う者が掃除したりするのは当然ですね。ほかに今の時点で決めてあることはありますか」
「入る時間かな。長時間温度維持しているとそれだけ魔力を多く使う。その分、気温制御の方に負担がいくかもしれない。だから風呂に入るのは夕食後二時間の間とか時間制限した方がいい。あとは大浴場を運営していくにあたって、これまでよりも少しだけ多く魔力を提出してほしい」
具体的にはどれくらいかとスカラーが聞く。
「ほんとに少しだけだ。いつもより魔力を注ぐ時間を三秒くらい長くだったか」
確認するように進はビボーンに視線を向ける。
「ええ、それくらいとリッカは言っていたわ。それだけ魔力を得られたら、余裕をもってお湯の温かさを維持できて、大浴場内の温度も外よりは温かくしたり涼しくしたりできると。夏の暑い日も水風呂で涼しむことが可能」
「それは助かるな」
グルーズとブルが頷く。山の魔物たちにとっては現状よりも夏の方が大変だ。その夏の対策が増えるのはありがたかった。
「現状考えているのはこんなところかな」
ゲラーシーがすぐに疑問を発する。
「質問なんだが、大浴場の運営は村長たちがいることを前提にして考えられていると思うんだが、いない場合はどうするとか考えはあるか?」
「俺とフィズとビボーンがいないと沸かすのは現状できなさそうだな。温度維持に関してはリッカは村から動くことは滅多になさそうだし、そこまで気にしないでいいと思う。お湯に関しては、そのうち魔法を習っている住民たちが魔法でお湯を作り出せるようにならないかなと思っている。ビボーン、そこらへんどう思う?」
「沸騰したお湯じゃなくて、お風呂に適したお湯ならそれを集中して学べばできるようになるわね。すでに魔法を習っている住民たちなら一ヶ月もかからずにできるようになる。習いに来ていない住民だとそれに集中して一ヶ月と少しってところかしら」
住民全員が魔法を習うか、掃除とお湯作りの担当をわけて動くか話し合う。
結果、魔法は得意不得意があって、習ってもお湯を作れない者もいるかもしれないということで、担当分けで考えていこうということになった。
一通り話し合って、解散になる。
翌日から作業が開始される。フィリゲニスとビボーンは午前から大浴場予定地へと向かい、土で浴槽と排水場を作っていく。浴槽はその形状で問題なければ、石の廃材を浴槽の形へ成形することになる。
畑の作業を終えて、進たちは大浴場予定地に向かう。
「広めになってるなぁ」
思ったよりも大きな浴槽に進は、そこまで必要なくないかと思う。
しっかりとつめれば一度に八十人くらい入れそうな広さだ。
「もっと小さくてもよかったんじゃ?」
「最初はそうしようと思ったんだけどね。水の減りを考えると大きめにした方がいいってビボーンが」
「水の減り?」
「お湯の追加はされないでしょ? だから体を洗うときに湯舟からお湯を取るとあとに入る人はしっかりとお湯に浸かれなくなるわ」
「あ、そっか」
ホテルや旅館の浴場はかけ流しだったり循環式だったりして、湯量の維持をしているが、ここはそういったことは考えられていない。そこを進は考えていなかったのだ。
「だったら最初から多めにお湯を準備しておけばいいわよねってことで大きくしたの。そのうえで一度に入る人数を制限すれば、浴槽から溢れるお湯の制御もできるでしょ」
「人数制限はどれくらいを考えているんだ?」
「三十分で男女合わせて五十人くらいかしら。そこらへんは実際に稼働しないと詳細はわからないわね」
そらそうだと納得し、皆で家に戻る。
昼にノーム数人も一緒に大浴場予定地に集まって、作業を進めていく。
ノームたちは排水用の穴を開けたり、この規模の大浴場なら支える柱がどこに何本必要といったことを話し合っていた。
そうして四日で廃材再利用の石造りの大浴場が完成する。外観内装に気をつかう必要がなかったので殺風景だが、完成は早かった。地球の銭湯のように細かな仕組みがないことも早かった要因だろう。
完成し、ひとまず三日の稼働で様子をみることになる。
完成から三日経過し、大浴場に大きな問題は出ていない。初めて使う魔物たちは疲労回復やリラックスというより、汚れを落とすのに便利という感じで使っている。暑くなれば、また違った感想が出てくるだろう。
掃除の順番などは住民で決めてもらい、それぞれの集団で交代制にしていくことになる。一番数の多いナリシュビーたちは三日連続という形だ。
進の一日に魔法を使う回数が増えて、余裕がなくなってきたが、それを聞いたハーベリーからまたローヤルゼリーをもらえることになった。準備できるのはまだ一人分にも満たない量だけしかなかったが、上質化して食べれば十分な効果が発揮された。以前よりもローヤルゼリーそのものの質が上がっていたこと、食べられる量が多かったことから効果が出た。これが以前と同じだったらほんの少し上がるか程度だっただろう。
これにより進はほとんど戦闘を経験していないが、身体能力と魔力ともに一流に近いところまで高まっているというのがビボーンの見立てだった。
高まった身体能力がもったいないので、進はフィリゲニスにゴーレムを使って少しばかり戦闘訓練をつけてもらうことを提案する。万が一の事態で、逃げることができるようになるのはフィリゲニスとしても歓迎できることで、たまに訓練を行うことを了承した。
大浴場作成の発端となった寒さだが、そろそろ寒さが緩んでくる頃だなと誰もが思っていた。しかし現実には寒さは続いていた。気温制御されていない外は三十センチを超える積雪になっている。
さすがにその状態で池へと水を取りにいくのは辛いので、フィリゲニスが池までの道を魔法で溶かし、凍りかけていた池を進が魔法で水に戻している。
いつもは村から離れる見回りも、村から離れず周囲を警戒するだけにとどめている。
芋の収穫量が減り、グローラットも少し元気をなくした感じで、それらに異常があればすぐに対応できるようにいつもより注意して作業がおこわなれている。
そういった対応をしつつ今年の寒さは一段と長引くなと思っていたのだが、さすがに寒さが十日以上続いておかしいと、もともとこの土地で生きていた者たちは思う。
「ビボーン、ラムニー、イコン。こんなに春前の寒さが長引いたことはある?」
進の疑問に三人は首を横に振った。どんなに長引いても八日が最高だったとイコンが言う。
「今年がたまたま長いだけという可能性は?」
「どうなのだろうな。今の荒れ模様だともっと長引きそうじゃ。たまたまとしても寒さが緩み始めないとおかしい」
「じゃあ次はフィズとリッカに聞きたい。昔のこの地方のこの時期の気候はどんな感じだった」
石碑を壊したことで環境を正常に戻したため、その影響で昔の気候に戻ったのだろうかと思ったのだ。
二人は顔を見合わせる。
「私が生きていた時代は春前に急に冷えるなんてことはなかったわよ。じょじょに温かくなっていくといった流れだったわ」
「私の記憶でもそうでありますな」
「石碑を壊したから昔の気候に戻ったんだと思ったら、そもそも違ったのか」
「今の気候は大陸を覆う風の影響で昔と違っているのだと思われます。だからススム殿の考えはあっているかもしれません。フィズ殿の影響がなければ、本来現状のような寒さが続く気候だったのかもしれません」
リッカの説明に進たちはありえると思う。
「もとに戻っただけだとすると、対処しようがなくて困るな。イコン、この寒さがどれくらい続きそうか予想できる?」
長年の経験で天候予測可能だろうかと聞いてみる。
「勘でしかないが五日以上は続くじゃろ。それから先はわからぬ。寒さが緩むだろうと楽観視はできんのう」
「まだ続くなら気温をもう少しだけ上げた方がいいかな。リッカ、気温を上げるような魔力の余裕はある?」
「ほんの少し上げる程度でしたら。具体的には二度くらいであります」
それでもやらないよりはましだろうということで、上げてもらうことにする。
中枢機械を操作してこようとリッカが腰を上げたタイミングで、玄関から声が聞こえてきた。
そのままリッカが玄関に向かい、ローランドとガージーを連れて戻ってきた。
雪にまみれた体をローランドたちは魔法で乾かしたが、少しだけ髪などが湿っていた。
「こんにちは、ローランド様。こんな天候でも遊びにきたんですか」
「遊びじゃなくて相談だな。この寒さが続くのはおかしいと思って、こっちになにか情報かないかってな」
「あー、俺たちもそれについて話していたんですけど、これといったものは」
正常な気候に戻ったのではという予測を話すと、困ったという顔を見せた。
「それが当たっているとすると来年以降もこんな感じなのか」
「困りましたね」
「山ではなにか不都合が出ていますか?」
「道が通れなくなったり、小規模の雪崩が起きたり、凍死する魔物も出てきている」
ローランドといった魔法を使える魔物は寒さを遮ったり、暖をとったりでどうにかなっているが、そうでない魔物はいつもより長い寒さに対応しきれないでいるのだ。
凍死している魔物もいつもは巣に餌を溜め込んだりして寒さ対策はしているのだが、いつもの倍以上の期間寒さが続くと準備していた物資なども尽きるのだ。
「このまま凍死する魔物が増えると、春からの食料事情に影響が出てきそうでな。それを思うと頭が痛い」
餌となる魔物がいっきに減っていくということであり、残った魔物を狩ると餌となる魔物が増えていかない。そうなると餌を求めて争い事が起きるかもしれず、ここ数年で一番治安が荒れる年になりそうだった。
魔物が増加傾向にあり困っていたが、こういった減り方も困る。
「ここから芋を購入してしのごうかって話をガージーともしていたんだ。増産はできそうか?」
「芋作り一本でいけば可能だろうけど、それをやると俺たちの食料事情が苦しくなるんで」
「まあ、そうだな」
ローランドもこれまで友好的にやってきたこの村を苦しませるような要求はするつもりはない。
「ビボーン、どれくらいなら山に芋を回せると思う?」
「そうねぇ……いつもより二割増しが限界じゃないかしら。たったそれだけだと山には到底足りないでしょうけど」
ビボーンの言うように割増し程度では足りず、必要となるのは倍増しだろう。そんな生産力は今のディスポーザルにはない。
「もしものときはそれでもいいから頼む」
進はビボーンたちに確認し、了承する。
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