95 春近く、冷え込む
夜に雪が降る。
冬になって一番の大雪であり、一番の冷え込みだった。気温制御された外は三センチほど積もっていた。気温制御された場所にもうっすらと雪が積もっている。
積もっていないのは気温を高めにしていたスカラーたちの家くらいだ。
目を覚ました進は抱き着いているフィリゲニスを静かに放す。
「なんか寒いな」
それだけですんでいるのはフィリゲニスが温度維持の魔法を使ってくれているおかげだ。
フィリゲニスを揺らして起こす。
「おはよー」
少しばかり寝ぼけ気味のフィリゲニスに進がおはようと返す。
「今日は少し冷えるし、一枚多めに羽織った方がいいかもしれない」
「そうみたいね」
着替えてくると言ってフィリゲニスは部屋を出ていく。着替えは持ってきていたが、もう一枚羽織るものまでは持ってきていないのだ。
進も手早く着替えて、部屋を出る。少し待てばフィリゲニスもリッカが作ったローブを羽織って部屋から出てくる。
身支度を整えてリビングに入ると、すでに住民がそろっていた。
「おはよー。今日は冷えるな」
「おはようございます。外に雪が積もっているであります」
「そりゃ冷えるわけだ」
雪が積もったと聞いて、進が真っ先に思い浮かべたのは麻痺する交通機関、連鎖的に会社への移動手段をどうしようか悩んだことだ。
「子供の頃は雪が積もったと聞いて心が弾んだものだけど、大きくなったらなんで積もったと恨めしく思ったもんだ」
あー、とイコンをのぞいて納得したような声が揃う。
朝食前に白湯が出されて、進とフィリゲニスはそれを飲む。じんわりと体の中から温まるようでありがたかった。
朝食を終えて、温くなった白湯を飲みつつ畑に行く前に雑談する。少しでも温かいところにいたかった。
「これだけ寒いのは今日だけかな」
「五日くらい続くわよ」
「だいたいそのくらいですね」
毎年経験しているビボーンとラムニーがそれくらいだと頷き合う。
「毎年この時期は寒くなっているわね。そしてここを過ぎると温かくなっていくわ」
「春が近いのか」
「そうね。この寒さを乗り越えたら春はやってくる」
春になればなにがあるわけじゃないけど、楽しみだなと話し今日の仕事のため家を出る。
畑に出るとナリシュビーたちも寒そうにしているが、春がそろそろだという会話も聞こえてくる。
今は辛いが、すぐそこに暖かな季節が来ているとわかっているので、表情は明るい。
こちらの畑仕事をある程度すませて、進たちはスカラーたちの方へ向かう。
ニーブスに挨拶し、スカラーたちの様子を眺める。少し動きづらそうだが、問題なく作業を行っていた。
「スカラーたちは苦戦してそうだと思ったけど、そうでもなかったか」
「ホカホカドリンクを飲んでいるみたいですからね。あれがなければいつもの倍は時間をかけていたかもしれません」
「ドリンクを作っていてよかった」
話しているうちに収穫が終わり、進は土地に魔法を使う。
「じゃあ俺は島組の畑に行くよ」
「はい、あとはお任せください」
ニーブスに別れを告げて、進たちは島組の畑に足を運ぶ。
最後の畑に到着すると、収穫を終えて休憩している様子が見えた。火の魔法を維持して暖をとっている。
ラジウスたちも寒そうにしているが、特別困っている様子もない。
「おはようございます」
「おはよう」
進たちに気づき近づいて挨拶するラジウスに、進も挨拶を返す。
「いやー寒いですね」
「だなぁ。でも春が近いそうだし、少し我慢すればいいのは助かる」
「そうらしいですな」
「前も言ったが、食堂にホカホカドリンクがあるから、寒さが辛いなら飲むといい」
「ええ、そうさせてもらいます」
「家の方は問題ないか?」
「大丈夫ですよ。しっかりと風を防いでくれるおかげで、なんとかなっています」
「寒くても換気はきちんとするようにな。ずっと窓などを閉じていると空気が淀んで体に悪い」
「はい、注意します」
少し話して土地に魔法をかける。
それを見てラジウスたちは植え付け作業を始めていく。
もう一時間くらいで昼食なので、村の外を見回りをしてから帰ろうと進たちは気温制御されたところの境目を歩いていく。
そのまま池まで歩く。うっすらと氷が張っているかもと思ったが、そういったことはなかった。ここに来たついでに魔法を使って綺麗にして、水も回収していく。
昼食後、温かい部屋でのんびりしつつ、大浴場でも作れないかと進が言う。
「どうしたのいきなり」
「いや数日とはいえ、寒い日が続くようだし、温まれる時間があれば村人も助かるかなって」
今のところ村人たちの家には風呂はない。
ハーベリーの家にあるくらいだろう。そこでも入ることができるのは、ハーベリーや子供の世話をするため清潔にする必要のある者といった限られた者だ。
ほかの者たちは髪は水洗い、体はふいてすませている。
「建物はまあなんとかなると思うけど、お湯の準備は大変じゃないかしら。私とススムとビボーンくらいじゃない? 大量のお湯を準備できるの。温度維持も大変だろうし」
「それなんだけど、リッカに聞きたい」
「なんでありますか」
「気温制御の範囲を湯舟に設定して、その範囲を高温にしてお湯にするってできそう?」
「やったことないのでわかりません」
「実験は可能かな」
「やってみましょう」
成功すればノームに声をかけて大浴場をさくっと作ろうということになる。
水の入った桶を持って全員で中枢機械のところに行く。
桶を床に置いて、リッカがその桶に入っている水に高温設定を行う。
「あ、沸かすのは難しそうです」
どうしてだろうかとビボーンが聞く。
「温度設定が四十度までなのです。水のある範囲に設定しても温くしかならないと思われます」
「駄目だったかー」
それにフィリゲニスがいけるかもと呟いた。
「どうするんだ?」
「沸かすのは無理だから、最初だけ私たちでお湯にする。あとは四十度の設定をすれば、維持の方はなにもしなくていいんじゃないかしら。少しぐらい冷めても文句なんてでないでしょ」
「それならば可能だと思います」
リッカも同意する。
「じゃあちょっとやってみようか」
進が桶の水を魔法で温める。リッカが中枢機械を操作して、桶のある位置の気温を四十度に設定する。
そのまま三十分ほどそこで雑談してお湯の変化を待つ。ずっと湯気が上がっていて、冷めていっていないことは目視でもわかる。
「少し温くなったかしら」
ビボーンが指先をお湯につけて確認する。ラムニーもお湯に指をつける。
「いつものお風呂より少しだけ温いですね。でもこれくらいならいいんじゃないでしょうか」
「大丈夫っぽいし。あとはハーベリーたちに聞いてこようかね」
「その前に掃除とかはどうする? 垢とか体毛とか溜まるでしょうし」
「藁でたわしを、布生地でごみとりネットを作って、それで住民たちに掃除してもらえばいいと思う。さすがに掃除までやる気はないな。排水は……銭湯のすぐそばに穴を掘って浴槽からそこに流し込む。それを俺が魔法で綺麗にして、住民が浴槽に水を入れるってな感じでどうよ」
まずはそれでやってみようということになる。
まとめ役たちに集まるように知らせるのは進とラムニーとイコンが、銭湯の浴槽作りと場所決めはフィリゲニスとビボーンが担当する。浴槽はそれぞれが住む場所から近くなるようなところに作る予定だ。この前作った廃墟地図が早速役立った。
進はグルーズたちとスカラーたちとラジウスたちのところへ、ラムニーはハーベリーたちとゲラーシーたちのところへ向かう。
「グルーズ、今いいか」
「なにか急用か?」
グローラットたちの寝床掃除の手を止めて、進を見上げる。
「いんや、話し合いをしたいから、今夜ブルと食堂に来てほしい」
「わかった。なにを話すんだ?」
「寒い日が続くようだし、住民用の大きな浴場を造ろうかなと思ってさ。それに関して話す。そういや魔物は風呂って必要としている?」
「俺たちは水を浴びてすませる。だがローランド様たちは風呂を使っているはずだ」
「じゃあグルーズたちはあまり必要としない?」
「あまり興味があるものじゃないが、あるなら使うと思うぞ」
「そっか。まあ、そういうことだからまたあとで」
おう、という返事を聞いて進は飼育場からラジウスたちの家に向かう。
家の近くまで行くと、ルアが洗濯物を干していた。水仕事をしていたためか手が赤い。
「あ、村長さん。こんにちは」
「はい、こんにちは。ラジウスはいるかい」
「お爺ちゃんは家の中で掃除していますよ。中へどうぞ」
「邪魔させてもらう」
換気のためか開けられていた玄関から屋内に入る。
「お爺ちゃん、村長さんが来たよ」
「おや? なにか用事ですか?」
「話し合いをするから、夕食後食堂に残っててくれ」
「わかりました。なにを話すんでしょう」
「大浴場を造ろうかと思ってな。それの話し合いだ」
ラジウスとルアが嬉しそうな表情を浮かべる。
「お風呂ができるんですか!」
やったやったとはしゃぐルアをラジウスが苦笑を浮かべて宥める。
「落ち着きなさい。風呂ができるのはありがたいですが、薪はありませんし、温泉が湧いたわけでもありません。そこらへんどうするんでしょう」
「お湯は俺がどうにでもできる。こんなふうにな」
近くに置かれてたバケツの中身をお湯に変える。雑巾の汚れで濁っていた水が、綺麗になって湯気を上げ始めたのを見た二人が小さく驚きの声を上げた。
「温度維持の方も当てはある。掃除とかは住民任せだけどな。詳しいことは話し合いのときに」
「その内容を皆に伝えればいいんですね」
「そういうこと。用件はこれだけだ。じゃあまたあとでな」
ラジウスとルアに玄関先まで見送られて、進はスカラーたちのところに向かう。
スカラーたちもグルーズたちと同じで、あれば使うという感じで特別期待しているわけではなさそうだった。
連絡を終えて家に帰ると、フィリゲニスたちは帰ってきていた。
そして夕食後に進たちは食堂に向かう。まとめ役たちが急いで食べないで済むようにきちんと時間を調整している。
食器などを片付けている音を聞きながら話し合いが始まる。
「今日の議題は大浴場についてだ。場所に関しては決めてある。それぞれの住居から近いところに作る予定だ。今は瓦礫を撤去されて更地の状態だそうだ」
フィリゲニスたちに顔を向けると、頷きが返ってくる。
「それでまずは大浴場を造るのに反対という者はいるか?」
進が皆を見渡すと反対意見を出す者はいなかった。
「身近な者に聞かなくても大丈夫か?」
「話し合いの誘いを受けたあとに、身近な者に話を聞きました。期待といった反応でした」
ハーベリーが言い、ゲラーシーたちも頷く。それぞれ近くにいた者にどういったことを話し合うか伝えていた。そのとき絶対嫌だと主張する者はいなかったのだ。
「だったら作るのは決定でいいな」
「大浴場の構造はどういったものになるんだろうか」
ゲラーシーが聞く。
進たちは特別な仕組みなど考えていない。男女に分けて、二つの湯を遮る壁の下部、水に浸かった部分を柵状にしてお湯の共有をしようと考えていた。
それを説明し、お湯を沸かす部分と温度維持はどうにかなることも説明した。
建物の強度確保のため、ノームたちに一緒に作業してもらいたいことも伝えられた。
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