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修理を開始して十五日過ぎて、終わったと進たちは報告を受ける。
夕食後に綺麗に掃除されたレコーダーがテーブルに置かれた。ぱっと見では使い方はわからない。
「使い方など説明していきます」
「おねがい」
「これは魔力で動くであります。直接魔力を注げばいいというわけではなく、魔力の質を調整できる専用のコードが必要だったのですが、それはないので地下の中枢機械に繋いで魔力を注ぐことになります」
中枢機械の一部として設定することで、住民が注いでいる魔力をこっちにも流すのだ。
「すでに魔力が溜まっている状態なので、いつでも起動できます。起動にはこの部分を五秒押してください」
リッカが上面の隅に触れて五秒たつとピッという小さな音がして、レコーダー全体に数本の光の筋がはしった。
「これで起動しました。あとはここを軽く突くと蓋が開くので人工宝石を入れると記録が再生されます」
リッカが人差し指でトンと軽く叩くと蓋がスライドして、人工宝石を押し込める穴が開いた。
レコーダーの停止についても説明していく。記録を見終わったら、そのまま人工宝石を抜けば自動的に蓋がしまる。次に起動時に押した部分をまた五秒押せばレコーダーが完全に止まる。
記録を見ている途中で止めるときは、側面にある停止ボタンを一度押せばいい。もう一回押せば再開し、そのまま押し続けると記録の再生は終わる。
「簡単な操作はこのような感じであります。ほかにも細々としたものはありますが、基本操作は今の説明で大丈夫でしょう」
「もう見ることはできるのか?」
「はい。見るならここだと狭いので、ホールに移動しましょう」
ちょっと見てみるかということになって、レコーダーと椅子を持ってホールに移動する。外はもう日が暮れて暗く、ホールも明かりをつけていないので暗い。
リッカがレコーダーをそっと地面に置く。
進たちはフィリゲニスの説明に従い、レコーダーから十メートルほど距離をとった。
リッカがレコーダーを操作するとあと十秒で再生開始すると音声が流れる。
そして十秒経過すると、どこかの町を俯瞰する立体映像が出現した。
「おー、すげえな」
思わず進が感想を声に出す。
「どこの町なのかしらね」
ビボーンも初めて見るものに感心しながら疑問を口に出した。
その疑問は音声が流れたことでわかる。
『ミュラアンズ観光動画。皆様のお時間を少しいただき、町の各所をご紹介いたします。実際に移動するときの参考にしてください』
ミュラアンズと聞いて進たちはこの廃墟の名前だと思い出す。同時にフィリゲニスの顔が嫌そうに少し歪んだ。
「懐かしいです。上空から見るとこういった風景でありましたか」
「高所から見たことはなかったんだな」
「なかったですねぇ」
動画は俯瞰画像から切り替わり、今進たちが住んでいる中央施設の全体図が映る。
ここで町長などが働いていたり、町のインフラを制御しているといったことを説明する音声が流れる。
それを見聞きしながら、昔はこういった形だったんだなと感想を言い合う。
中央施設の説明が終わると、また俯瞰画像に切り替わって、次に向かう場所が赤い点で表示されて、中央施設からそこまで光の線で結ばれた。
そこは屋根のある市場で、様々な食料が置かれていた。そこを利用するのは一般人ではなく、食堂や八百屋といった者たちだ。買ったものを荷馬車に載せて自身の店へと移動している様子が映っていた。
「この時代も馬車なんだな。もっと魔法仕掛けの輸送手段かと思った」
拍子抜けした表情で進が言う。
中枢機械やレコーダーといった地球以上のものがあるのだから、車に近いものがあると思ったのだ。
「馬具とか車体に魔法は使われているわよ。大規模な輸送手段だとフライボードというのがあったわね。空中に浮く大きな金属板を何人かの魔法使いが操作して世界中を移動していたわね」
へーと進が感心している横で、ビボーンがなにか思い出した様子だ。
「朽ちた巨大な金属板が見つかったって話を聞いたことあったけど、もしかしてフライボードというものだったのかしら」
「私たちの時代で大きな金属板といったらそれくらいであります」
「そうね」
話しているうちに下水処理場の紹介への解説へと動画は進んでいた。
下水処理場の紹介が終わると、大通りの様子が流れる。
当然ながら今の村とは様子がまったく違う。人の行き来があって活気があり、人々の顔に笑顔がある。
建物や着ている服にも魔法仕掛けで違いはあるのだが、動画越しでは見抜くのは難しいため、フィリゲニスとリッカ以外は今と同じに見えている。
「私の時代よりもあとの記録なのかもね。もう少し人の行き来は多かった気がするし」
「私の記憶ではこのようなものでした。私の時代に作られた動画なのでしょうね。見覚えのある店もありますから」
見たこともない店もあることから自身の生きていた時代に近いが、ぴったりというわけではなさそうだとリッカは思う。
大通りの紹介が終わると、劇場や職人の多い区画や記念で作られた建物といったものが映っていく。
「これをもとに大まかな地図を作りたいな。探索するとき、なにが拾えるか推測できそうだ」
ミュラアンズを去るときに家具や道具は持ち出していて、動画の中にあるものそのままが拾えるわけではないだろう。これまでも使い物にならないものが多かった。それでも拾える物の傾向はある程度絞れると思ったのだ。
「大雑把でいいなら地面に書いて、それを土の板として保管できるようにして、ホールの片隅にでも置いておきましょうか」
ビボーンの提案に進は頷く。今はない町の地図など詳細なものは作らないでいいだろうと思う。
「私が覚えておきますので、皆様は見ているだけでいいですよ」
「よろしくお願い」
リッカが覚えておくと言うので、進は頼んで動画を眺める。
眺めつつ町の区分けを参考にできるとも思う。あれだけ文明が進んでいるなら、騒音などにも注意しているだろう。そう考えて、音は魔法でどうにかしていたかもと思いつき、あとで中枢機械にそんな機能があったのか聞くことにした。
動画は町の見どころを粗方紹介し終えたようで、町の風景から町の外の風景へと変わっていた。
緑豊かとまでは言わないが、草花や木々が当たり前のようにある。
その風景の視点が上がっていき、はるか向こうに海が見える。小さく港のような場所も見えた。方向的に進たちが行ったことのある海岸で間違いないだろう。今は港の跡などないことから、長い時間の流れで残骸すらも波にさらわれてしまったのかもしれない。
そういった風景が徐々に暗転していき『これにて動画は終わります。気になったところを皆様自身の足で歩いてみてください』とアナウンスが流れて動画は終わった。
リッカがレコーダーに近づき、停止操作を行う。
「あれがフィズやリッカが生きていた時代か」
「そうなるわね。私は思い入れなんてないけど」
「私はまた見ることができてよかったであります。またいつか見てもいいですか?」
いいぞと進たちは頷く。フィリゲニスも自身が見ようと思わないだけで、リッカが見る分にはなにも言う気はない。
「残り五つはなにが入っているかな。全部見ると時間が足りないだろうし、少しずつ確認してこう」
「そうしましょう」
次の人工宝石を入れようというところで、玄関から声をかけられる。
「こんばんは」
ミグネが魔法の講義を受けに来たのだ。
ビボーンがいらっしゃいと言いつつ、手招きする。
「皆さん、明かりもつけないでなにをしているんですか?」
「古代の魔法道具を少し前に見つけてね。その修理が終わったから皆で見ていたのよ」
「どういった道具なのでしょう」
「今から発動するからミグネも一緒に見るといいわ」
ラムニーが椅子を取りにいき、すぐに戻ってくる。
礼を言ってミグネは椅子に座る。
リッカがレコーダーを起動させると、前置きなくどこかの風景が出現する。八人の武装した者たちが整備されていない平原を移動している。似たような武具と服装なので、騎士か兵なのだろう。
最初は遠くからの撮影だったが、徐々にズームアップしていく。撮影者は数十メートル離れたところにいるようだった。
「うわ!? なんですかこれ?」
驚いたミグネにレコーダーについて説明される。
昔はそんなものがあったんですねと驚きの表情のまま動画を見る。
武装した者たちが足を止める。動画は彼らの視線の先を映すように動いていく。そこには巨大な蛇がいた。進には東洋の龍に近い魔物に見えた。龍との違いは手足がなく、空を飛んでいないことくらいか。
「戦闘記録のようですね。見たことのない魔物であります」
「私は戦ったことがあるわ。あれはムルワームね。ワーム種としては下の方」
「強さはどれくらいなのかしら」
「あれで小さな村なら壊滅させられるくらいの力は持っているわ。最上位のミラワームだと都市が壊滅するくらいの力を持っている。倒すの苦労したわ」
「倒したのか」
「ええ」
あっさりと頷くフィリゲニスも一人で倒したわけではなかった。
さすがにフィリゲニス一人だと被害を抑えることまではできなかったので、国も協力した出来事だったのだ。
話しているうちに動画では戦闘が始まる。魔法仕掛けらしい武具に魔力を注いで、真正面と左右という三後方からムルワームに突撃していく。
それに対するムルワームは雄叫びを上げる。すると突風がムルワームを中心に吹いて、突撃している人間たちの動きが鈍る。ムルワームは真正面の人間に突撃し、ぶっ飛ばした。
三メートル以上飛んだ人間たちはすぐに起き上がる。
「あんなに飛んだのにダメージないのか、すごいな」
「武具が上質なんでしょ。それにダメージ皆無ってわけでもないわ。足を見たらわずかに震えているのがわかる」
フィリゲニスの指摘に従い、進は起き上がった人間の足に注目するとたしかに震えていた。
それでもその人間は武器を構えてムルワームに突撃していく。
戦いはムルワームが優勢だったが、人間たちの粘り強い攻めとたまに離れたところから飛んでくる攻撃魔法のおかげで、人間たちの勝利で終わる。
ムルワームとの戦闘が終わると、次は湿地帯らしきところが映る。
内容がわかったので、これくらいでいいだろうとリッカがレコーダーを止めた。
「次に行きますね」
残り四つも少しずつ見ていく。
内容は一つが演劇、演奏と工事記録が一つずつ。なにも記録されていないものが一つだった。
「皆に見せることができそうなのは演劇と演奏くらいかねぇ。学者なら町の紹介は大昔の文化がわかって嬉しい悲鳴を上げそうだ」
「まあ宴会のときの余興が増えたってところかしらね」
「そうですね。皆驚くでしょう」
「わしや烏の坊やの倉庫に人工宝石がいくつか転がっておらんか調べてみようかの」
進たちが感想を言うなか、フィリゲニスは思いついた疑問をリッカに聞く。
「なにも映っていない人工宝石があったけど、それに記録ってできるのかしら」
「可能であります。なにか記録します?」
「そのつもりはないけど、できるのかなって思っただけ。いつかなにかの役に立つといいわね」
フィリゲニスだけではなく、進たちも特に記録しておきたいことはないので、しばらく出番はないだろう。
試写会にそれなりに時間を取られたので、ミグネは講義を受けずに帰っていった。
進たちも寝ることにして、レコーダーや椅子を片付ける。
レコーダーはもうしばらくリッカの部屋に置いて、今回の起動で不調が発生していないか確認したあと、地下の中枢機械のそばに置くことにする。おそらく次の宴会までここから動くことはないのだろう。
感想と誤字指摘ありがとうございます