92 高校生三人 遠出5
琥太郎たちが出発して一日経過し、ガゾートは約束の時間に町長の屋敷に向かう。門番に用件を告げると、念入りに身体検査などをされて中に通される。魔物が町の中に入っているということで警戒度が上がったのだ。門番たちは魔物について知らないが、しばらく警戒するようにトッファたちから指示され従っている。
メイドに案内されて応接室に入ると、かすかに甘い匂いが部屋中に漂っていた。部屋隅にゆらゆらと細い煙を上げている香炉があった。
ソファに座って待っていると、トッファがカッセローネを連れて入ってくる。
「初めまして町長を任されているトッファと申します」
「初めまして、神殿の騎士ガゾートと申します」
カッセローネの自己紹介も終えて、向かい合うように座る。
ボルタインが来るまで約一時間、その間に互いの情報をすり合わせていく。
時間が過ぎて、メイドがボルタインの到着を知らせる。
「ここに連れて来てくれ」
「かしこまりました」
メイドが応接室から離れていき、ガゾートとカッセローネは入口の死角になる位置に移動する。
ボルタインが魔物の変装で、香を嗅いで逃げようとしたときすぐに捕まえられるよう入口近くの壁際に立っている。
五分ほどして複数の足音が部屋の外から聞こえてくる。ガゾートたちは息をひそめた。すぐに扉がノックされて、トッファが入室を許可した。
扉が開き、ボルタインが入室してくる。一瞬部屋を満たす香に反応したが、特に反応を見せずに歩を進めた。そのボルタインに苦しんだり、嫌がったりする様子はない。
まだ気づかれていないガゾートたちはボルタインの異変を見逃すことがないよう集中して見ていたが、やはりなんの異常もなかった。
ボルタインとトッファの挨拶が終わり、ガゾートが声をかける。
「ボルタイン殿、しばらくぶりだ」
驚いたように声のした方を見るボルタインに、焦りという表情はない。
「ガゾート殿。ここで会うとは思っていませんでした。あなたここにいるということは、仕入れに関しての話というのは偽りですか」
後半はトッファに向けて言う。
「そうだ。今日はいろいろと確認したいことがあってな。ちなみに部屋を満たす香に関してどう思う?」
「甘い匂いだなとしか」
「不快とか嫌だとか、そういった感じはないのだな?」
「ええ」
頷いたボルタインに偽りの感情を見つけられず、トッファはガゾートたちに頷いた。
本人のようだなと言いながらガゾートたちはソファに近づく。
「どういうことなのか説明がほしいのですが」
「この香は魔物が嫌がる匂いを発するようでな。ボルタイン殿が魔物ではないかという疑いを持っていた我らは反応を探っていたのだ」
「そのような香があったのですね。説明されればどうしてそう考えたのかわかります。以前渡した手紙が本当なのか信じられなかったということでしょう」
「そうなる。手紙の内容は本当なのか、どうしてそれを知ったのか、教えてもらえると助かる」
全員が座り、ボルタインは口を開く。
「手紙は本当です。三ヶ月くらい前になりますか、うちの者がほかの町での用事を終えて戻ってくるとき魔物に襲われました。夜のことだったのでその魔物の全容はわからなかったのですが、見慣れない魔物だったと言っていました。商売でよく通る道なので、まだそこにいるか傭兵に依頼を出すことにしたんです。魔物はみつからなかったんですが、夜中に町の外から町の中へと常人にはない身体能力で飛んで入っていくルドミナル殿を、傭兵の一人が遠目で見たそうなのです。そのときは見間違いだろうと思ったのですが、すぐに変わった死体が見つかったという噂が流れました。首無し死体のことです。その死体の特徴を聞いて、ルドミナル殿と似ているなと思いました。そのときふと人に化ける魔物がいるという噂をいつだか聞いたのを思い出しました。まさかなと思いつつルドミナル殿を傭兵に見張ってもらうことにしました」
ボルタインは一度切って、また続ける。
「傭兵たちが夜中宿に小型の魔物が飛んでくるのを見ました。その魔物は開かれた扉の中に入っていき、少し時間が経過すると何事もなく出ていったようなのです。その後見張りを続けると、ルドミナル殿の部屋であり、彼が窓を開け閉めしているとわかりました。そのとき私の中で、全てが一つに繋がりました。ルドミナル殿は入れ替わっていると。傭兵たちに口止め料を払い、対策を考えることにしたのです。そうして勇者様たちがやってくることを知り、お任せしようと思いました」
「私になにも言わなかったのはなぜだ」
トッファが聞く。町に魔物が侵入し潜んでいるという異常事態に報告なしというのはおかしいだろうと問う。
「町に一体で入るような魔物です。かなりの強さを持っている可能性もあり得ると思ったのです。報告すれば町の兵や傭兵で対処しようとすると考え、それでは被害が広がるのみと実力者を呼び寄せてから動こうと情報を伏せていました」
「じゃあ初めて会ったとき俺だけに手紙を渡したのは? コタロウ殿も一緒にいたし話せばよかったと思うが」
「宿の従業員がそばにいました。あの場で話せば従業員からルドミナル殿に動きが悟られると考え、縁を繋ぐためと見せかけて、宿で油断しないように手紙を渡したのです」
ボルタインの言い分をガゾートたちは納得した様子を見せた。
「事情はわかった。だがそれでも町に知らせてほしかった。私も考えなしに動くつもりはない。上司である領主に相談してから兵を動かすぞ」
「それについては申し訳ありません。五年前にいた町長が考えたらずなところがあったので、それを引きずっていました」
トッファは前任の評判を思い出し、無理ないかもなと思う。
「これからはこっちと動きを合わせてくれるな?」
「もちろんでございます」
「よろしい、ではそちらがこれまでやってきたことを改めて聞かせてくれ」
ボルタインがやってきたことは、情報収集と強い傭兵を探し雇うことだ。
傭兵はこちらに来ていて、闘技場に参加したり狩場に出るなどで腕を鈍らせないようにしていた。
琥太郎たちが闘技場に見物に行ったとき、試合に出てきた斧使いもボルタインに雇われた一人だ。
「ボルタイン殿から見て、あの宿でルドミナル殿以外に怪しい者はいるか?」
ガゾートの質問に、ボルタインは首を横に振った。
「ルドミナル殿以外に怪しいと思える者はいません。ですが従業員に人質を取られて従わされている者はいるかもしれないと思っています」
「ありえるかもな。力押しではなく、人に化けるという絡め手でくる相手だ。そういった手段を取ったとしても不思議ではないな。時間はかかるが、従業員の調査をやって家族の姿が見えなくなったといったことがないか調べていくか?」
慎重なガゾートの提案に、トッファたちは頷き、兵などを使って人海戦術で調査を行うことになる。
「ほかには……ああ、どうしてこの町に潜伏したのかわかっていたりするか?」
三ケ月前に潜伏していたというなら、勇者来訪とは無関係だ。鍛錬でここに来るのが決定し町に連絡したのはそれ以後であり、その魔物も勇者がここにやってくるのを知るはずがない。
「目的はさっぱりです。勘でいいなら、なにかを探していたのもしれないとは思います」
「どうしてそう思ったんだ?」
「成り代わった相手がルドミナル殿だったからでしょうか。町を占領したいなら町長に成り代わるでしょうし、町を荒らしたいなら目立たない位置の誰かに。でも選んだ相手が人の出入りが多い宿のオーナー。宿に入ってくる客からの情報が目的だったのかなと」
ボルタインは再度勘でしかありませんがと言う。
なるほどなとガゾートたちは頷き、ちょっとしたことを話して解散になった。
ガゾートは香の残り香でルドミナルを刺激しないよう、匂いを散らしてから宿に帰る。
従業員の調査は人が多く動かせたこともあって、慎重にやっても七日で終える。その結果、家族の姿が見えなくなったといったことや本人の様子が変わったという話はでなかった。
宿ではルドミナルだけが魔物の被害にあったと、ガゾートたちは判断する。
それでルドミナルをどうするかだが、念を入れてそのまま捕らえるのではなく、呼び出して正体を看破し討伐という流れになった。
呼び出す理由は『勇者たちが宿泊して半月以上経過した。なにかしらの異常や過ごしにくさなど訴えていないか』という現状の報告をしてもらおうということになった。
勇者たちの滞在地を決めるときにも呼び出してよろしく言っておいたので、こういったことを聞くのはさほど不自然ではないだろう。
呼び出す日は近いうちにまた琥太郎たちが岩山に向かうので、その日にしようということになる。場所は戦闘になることを想定して町長の家の大部屋。そこに魔物避けの香をいくつか使っておく。
確実に倒せるように準備を整えていき、琥太郎たちが岩山に向かう討伐決行日が来る。
今回もガゾートが残り、ボルタインが雇った傭兵と一緒に大部屋で待ち受ける。
ルドミナルの到着が庭にいる使用人から合図で知らされる。
「いよいよだだ。相手の強さがわからないから、油断しないようにな」
「「「おう」」」
町の警備兵と傭兵が頷く。彼らにもルドミナルが来るまでに事情が知らされていた。
こういう戦いは勇者たちがやるものではないかという意見も出たが、まだまだ成長途中でこの場にいる者たちの方が強いと断言されたことで戸惑いの雰囲気が流れた。
それで魔王討伐を成し遂げられるのかといった不安そうな意見がでたが、大丈夫だとガゾートが断言した。
事実、成長速度は常人のそれを超える。戦闘訓練のみに集中しているとはいえ、半年ほどで実戦経験のない者が岩山レベルの魔物と戦えるようにはならないのだ。
琥太郎たちの成長速度を説明されて、傭兵たちも自身のこれまでと照らし合わせて納得する。そのまま成長していくなら自分たちはそう遠くないうちに追い越されるだろうという推測もできた。
今は無理でも、近いうちに強い魔物と戦えるようになるのなら、今日の戦いは自分たちに任せてもらおうと気合を入れて、ルドミナルを待ち受ける。
そして扉が開く。
「っ!?」
大部屋からあふれ出した香に、ルドミナルは足を止めて顔を顰めた。
その背をメイドが思いっきり押して、扉が閉められる。メイドたちは指示されたとおり急いで扉の前にソファなどを置いて封鎖していく。
「さあ、魔物よ。その正体を明かしてもらおう!」
抜き放った剣を突きつけガゾートが言う。
ルドミナルは不快そうに顔を歪めたまま舌打ちする。
「ばれたか。まあいい。いい加減移動しようと思っていたところだ。お前たちを蹴散らし、町から出させてもらおう!」
ルドミナルの肌が薄い紫にさっと変化し、肉体も膨れ上がっていき服が破れる。
すぐに虎よりも大きな、ライオンのごときたてがみを持つ獣が現れる。
ボルタインの部下が見た魔物と特徴が一致していた。
すぐに魔物へと雷や氷の魔法が飛ぶ。
それを受けながら魔物は前に出る。
「ガアアアアアアッ!」
その雄叫びは部屋の外、屋敷の外まで聞こえ、歩いていた住民たちはなにごとかと足を止める。
間近でそれを聞いたガゾートたちは耳が痛そうに顔を顰める。されど耳を気にする暇はなかった。魔物が迫っていたからだ。
ガゾートたちと魔物がぶつかり戦闘が始まる。
戦闘は長続きしなかった。ガゾートたちが蹴散らされたのではない。詰んでいたのは魔物の方だった。
魔物は町周辺の魔物よりは強かったが圧倒するほどでもなく、しっかりと準備を整えられたことで逃げるしか手がなかった。
見せかけの巨体からくる威圧と咆哮で隙を作って逃げるつもりだったが、それができずにまともに戦うことになって倒された。
死んだ魔物は獣から粘液へと姿を変える。
「意外に弱かったな」
「これなら勇者たちでも倒せただろう」
兵と傭兵たちが言う。
大怪我した者もおらず、拍子抜けといった感じで皆武器を下ろす。
「能力が厄介なだけで、この魔物は強くはない。それが知れただけでも朗報だ。ほかの町にも情報を流しておこう。首無し死体が出たら、成り代わりを疑えと」
ガゾートも剣を鞘に納める。
強さを警戒しすぎたため、目的を知ろうとせず倒すことだけに集中したのは反省点だなと考える。
ルドミナルの執務室になにかヒントでも残っていればと思いつつ、後処理を始める。
結論から言うと執務室にヒントなどなかった。執務室にあるのは宿の収支書類といったそこにあって当たり前のものばかりだった。ルドミナルに化けた魔物は口頭で小型の魔物に情報を伝えていたのでヒントなど残さなかったのだ。
ガゾートたちは疑問を残しながら、鍛錬に戻ることになる。
あの魔物がこの町でなにをしていたのか、それはボルタインの勘が当たっていた。人を探していたのだ。
探し人は大神殿と同じ。進だ。
勇者の一人を神殿から離れさせることに成功したのは魔王軍もわかっていた。人間よりも先に進を見つけ始末しようと思って、人に化けられる魔物をあちこちに向かわせていたのだ。捨て去りの荒野にも向かわせたが、山や森をなんとか越えても水と食料の少なさで行き倒れて情報を持ち帰ることができないでいた。
一人はぐれた進が変質の能力を持っているとわかれば魔王軍も捜索にもっと本腰をいれていただろう。空を飛べる魔物も動員され、上空から捨て去りの荒野を見て回り、綺麗な池を発見できたかもしれない。
実際は人の中に紛れ込んでいると考えて、町や村を探してまわり、魔王軍も発見できないでいるのだが。
魔王軍による進捜索は人間たちと同じように空振りが続くことになる。
感想ありがとうございます