9 夢の女
眠った進は日本で暮らしていたときの夢を見る。特別な夢ではない。会社に行って仕事をしているといった、以前のごく普通な暮らしをなんの疑問になく過ごしていた。
明晰夢ではないので、夢と気づかず流れのままに過ごしていた進は仕事を終わらせて会社を出ると視界の隅に黒髪の女を見つけた。シンプルな白のブラウスに、灰色のギンガムチェックのロングスカートの日本人とは顔立ちの違う女だ。
(あ、これ夢か!)
ある意味見慣れてきた女を見て、ここが夢と気づくと周辺から色がなくなっていく。人や車の行き来もなくなり、自分と女のみが世界にいる状態になる。
やっぱりなにか意味あるのだろうかと進はじっと女を見る。これまで意識して見なかったので、今日はなにかわかるかと観察する。
すると女が驚いたように周囲を見た後、進を見ながら口を動かしていた。
(同じ単語を繰り返しているような? なにか伝えたいのかもしれない、でもさっぱりだ)
そうして進が首を傾げると、女は地面を指差した。
(地面?)
進が確認するように地面を指差すと、女はこくこく頷いた。
地面になにか落ちているか描かれているかと見てみるが、なにもない。思い違いかと視線を上げる。女は変わらず進を見ていた。
その女に進は地面を叩いて首を振り、なにもないと示すと、女は首を横に振って、もう一度地面を指差した。
(地面の表面じゃないということでいいのかねぇ。だったら地下。地下をどう表現したらいいんだ? ジェスチャーするより、声に出して伝えてみるかな)
進は女に向かって「地下」と口を動かす。夢の中だからなのか、思うように声を出せず口を動かすのみになった。
通じないだろうと思っていた進だったが、女はぶんぶんと頷く。
(あ、頷いた。なんて言ったのかわかったのか。俺はわからなったのにすごいな。しかし地下ね。ここらで地下への入口は見えないし、いろいろな夢に出てきて、この夢の地下を示したというのも少しおかしく思える)
となると現状見ている夢の中のことではなく、現実のことなのだろうかと考える。
ほかにヒントでもくれないかと思い女に視線をむけると、女はわちゃわちゃと手を動かしていた。
(踊っているわけじゃないな? なにかを伝えたいんだろうけど)
進はじっと女の動きを見る。よくよく見ると女は凛々しい感じの綺麗な顔立ちをしていた。クールという評価を得ていそうな美人がなにかの罰ゲームかバラエティー番組のようにジェスチャーをしているのはシュールにも思えた。
(たぶんなにか大きなものが地下にあって、それを殴れって言いたいのか。最後に両手を大きく振って喜んでいる。地下にあるなにかを壊せばあの女が喜ぶってことでいいんだろうか)
正解を考えているうちに、夢にいられる時間が終わりに迫っているのか、女の姿が消えていった。
(伝えたいことは伝えたから帰ったかー。しかし見たことない女だったよな。外国人の知り合いなんていないし、あんな美人ならすぐに思い出せるだろうから初めて見る顔だな。もしかするとこの世界に来るときに声をかけてきた女なのか? そうだとすると無視はできないかな。変質の能力とかこの世界に来た理由とかわかるかもしれない)
女の声とはまったく無関係の可能性もありえたが、夢にまで出てくるのだからなにかしらを必死に伝えたいのだろうと思い、放置するのは気が引けた。
あまり放置しすぎると今は大人しいが、本格的に怨霊化することも考えられたのだ。
起きて忘れてなかったらビボーンにこのことを伝えようと決めて、その場に寝転がる。夢の世界で特にやることはなく、そのうち目が覚めるだろうと目を閉じた。
意識が遠のきながら進は、両親を思い浮かべて会話すればよかったと思う。高校時代に死に別れて、顔はまだ覚えているが、声はうろ覚えになりかけていたのだ。
朝が来て目を覚ました進は身支度を整えつつ、ビボーンに夢で見たものを話す。
「夢に出てきた女が地面と地下を指差していたの?」
「そう。夢の中で地面を見てもなにもなかったんだよ。地下は見れなかったし。なにかを壊せって伝えたかったんだと思う。それで現実の方の地下になにかあるんじゃないかって思ったんだ。ここらの地下で怪しいところを見かけたことはある?」
ビボーンは考え込む様子を見せる。
「実は一ヶ所心当たりがあるわ。最近魔力に乱れが生じているところがあるのよ」
「どこなんだ」
「拠点のすぐ近く。危険な感じはしないから様子見をしていたんだけど、ちょっと行ってみようかしらね」
朝食を終えて、二人で魔力の乱れが生じているところを目指す。
そこは拠点から出ずに行けるところで、地上にも上がらなくていいところだった。
今寝泊まりしている地下の一室から、ビボーンの先導で進む。魔法の明かりを灯して、以前の地下探索で見た一室に入る。ビボーンによると倉庫だったそうだが、今は棚の残骸くらいしかない。
ビボーンが床を指差す。
「この方向に魔力の乱れを感じるのよ。隠し通路の入口でもあると思うわ」
「入口かぁ」
進はビボーンが指差すところに行き、周辺の床を叩いてみる。空洞があるなら音の響きに違いがあるはずだと確認していく。
「たぶん空洞があると思うけど。ビボーンは違いはわかった?」
「ええ、音の違いがあったわ。なにか開くしかけがあると思うんだけど、そういったものは見えないわよね」
レバーやスイッチといったわかりやすいものは周囲にはない。
壁や床の一部を押し込むようになっているかもしれないと二人で、部屋の中をくまなく探っていくが、そういったしかけもない。
「見つからないとなると魔法で開けるんでしょうね。一階二階を探してもメモなんかが残っている可能性は低いでしょうから、壊してしまいましょうか。ススム、私が指定する床を劣化させてちょうだいな」
「あいよー」
「少し魔法の効きがわるいかもしれないけど、失敗じゃないから気にしないでいいわよ」
「なんで魔法の効きが悪いんだ?」
「魔法による保護がされていたからね。もっとも今は効力をほとんどなくしているわ。廃墟にある家具なんかも同じように魔法で保護されていたのよ。だから形を保っているのが残っているの」
魔法による保護がなければ、探索しても使い物になるものはみつからなかっただろう。拠点にしているここの崩壊ももっとひどかったはずだ。
そうなんだなと昔の人がやってくれたことに感謝しつつ、進は床に魔法を使う。
「ススム、離れて。爆ぜよ、砕け、崩壊せよ。エナジークラッシュ」
進が離れてビボーンは攻撃魔法を使う。
うっすらと光るサッカーボールほどの魔力の塊が劣化させた床に命中し、破裂する。その衝撃で床は下にある空洞へと音を立てて落ちていった。
空いた穴には階段が見えて、それを降りると隠し通路がある。
さすがにそこまで地上の明かりが届くはずもなく暗い。魔法の明かりを近くに浮かばせたビボーンが先に入り、進も続く。
ビボーンが警戒している様子を見せるため、進も自然と警戒する。隠された通路なので、不審者が入ったとき用の罠があるかもとビボーンは警戒したのだ。
幸い罠はなく隠し通路を少し進むと、さらに地下へと降りる階段がある。五十段ほどの階段を降りてコンビニほどの広さの部屋に到着した。
空気が悪く、あまり長居したくないそこには新品に見える黒の棺があった。縦二メートルを超える大きなものだ。
棺は部屋の中央に置かれていて、床には魔法陣らしきものが描かれている。部屋の四隅には棺を見張るように騎士の石像が置かれていた。
「ぱっと見、棺を封印している感じだけど」
それで合っているのだろうかと進はビボーンを見る。
「調べてみないことには詳細はわからないわ。まあ私もあの棺が封印用のものとは思うけどね。でも騎士の像が封印に関連していないような気がするのねぇ」
時間がかかるから進は外に出ていなさいとビボーンが指示を出す。自分は空気が悪くとも平気だが、進にとっては害しかないだろうと。
進は頷いて、部屋から出る。
外の空気を吸おうと、そのまま拠点から出る。
「芋を採取して、拠点の探索をしている間に調査が終わるといいな」
まだ一人で行動すると危ないことを自覚している進は慎重に動き出す。
芋がある元公園は、魔法をかけたこの数日でずいぶんと緑が増えた。基本石と土の色のみの廃墟で、ここの緑は心癒される場所だ。
「このまま食料的にもどんどん増えて行ってくれよ」
土の質を上げる魔法を使い、掘り起こした芋を持って拠点に帰る。
芋を寝泊まりしている部屋に置いて、建物の二階部分を探索する。探索していないところを足場が崩れないように慎重に進む。
そして見つけた壊れかけたタンスなどを探っていく。手鏡や銅貨や銀っぽい指輪といったここを出て行く際に忘れていったらしいものが見つかった。
鏡はあれば嬉しく。銅貨と指輪は現状は無駄だと思ったが、ポケットにしまう。
少ない収穫を得て、拠点の部屋に戻る。ビボーンはまだ地下らしく、戻ってきていなかった。
やることがなく、筋トレでもやって今後に備えようと腕立てを始める。
休憩を入れつつ筋トレをやり、腹が減りそろそろ昼にしようとライターで火をつけていつものように芋を焼く。
昼を食べて、暇だなと思っているとビボーンのカチャカチャという足音が聞こえてきた。
「おまたせ。ある程度わかったわ」
「棺の中身はなんだったんだ」
「それは開けてみないとわからないわね。棺は封印のために存在していたのだけど、四隅の騎士像と床の魔法陣は力を吸い取るためのものだった」
「棺の中のものから力を吸い取っていたということでいいんだよな?」
「そうなるわね」
「封印されたものを衰弱か弱体化させたかったんだろうか」
「そうじゃなくて、棺の力をよそに運び出すような感じだったのよ。力の利用のために作られた魔法装置じゃないかと思う」
「棺の中のなにかは特別な力を持っていて、それを抽出するためにあの棺と装置が準備されていたってことなんだろうか。あの女はそれを壊せと伝えてきたわけで。壊して大丈夫なものだった? というか魔法装置はまだ生きているんだろうか」
「生きてたわね。かなり昔のものだけど、魔法で念入りに保護されていたことと誰にも触れられなかったことで長い年月を乗り越えたみたい」
「それを壊して大丈夫なんだろうか」
「大丈夫よ」
思いのほかあっさりとした返答に進は「ええー」と疑問を声に出す。
「装置自体は生きているし、力が送られる先もばらばらじゃなく一定で、受け取る装置もまた生きてるらしい。でもその装置があっても国は滅びたわ。この装置に意味はなくなっているから壊しても大丈夫」
「吸い取られた力は無駄に垂れ流されてるのか」
「そうみたい」
「じゃあ本当に装置を壊しても問題はないんだな」
ないということで二人で地下に向かう。
「壊すといってもどうすりゃいいんだろう。像を倒して、棺を壊せばそれでいい?」
「それでいいんじゃないかしら。工具でもあれば、壊さず残すってこともできるだろうけど、そんなものはどこにもないしね」
「ビボーンはそういったことができる技術者をやっていたのか?」
「専門にはしていなかったわよ。でも魔法を使うことをメインにした職業で、ある程度はできるってだけ。魔法の道具や装置を作るような本職には敵わないわ」
ビボーンの説明で進は、自動車やバイクを作るのは無理だけど、少しは自分で修理できる人といったイメージになる。
専門家には及ばないという意味では間違っていない。だがビボーンはアマチュアから一歩踏み出したところにいる。専用の道具がない現状、その技術を生かせないので意味はないのだが。
地下は多少は換気ができたのか、最初に入ったときよりは空気の悪さは感じない。それでも長居する場所ではないため、さっさと棺を壊すことにする。
「蓋を開けて、なにが入っているのか見ても?」
「いいわよ」
どうせ壊して中身はわかるのだからとビボーンに許可をもらい、進は蓋に手をかける。
ぴったりとくっついた蓋を持ち上げようとしてできず、ならばと横から押してずらそうとするもできなかった。
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