89 高校生三人 遠出2
話しているとブロードソードと盾を持った男と斧を持った男と審判が試合場に出てくる。剣士は二十歳ほどで、斧使いは三十歳を過ぎている。情報によると剣士は四回戦い勝ち負けを繰り返していて、斧使いは初参加だ。オッズでは年季の違いから斧使い有利となっている。
「これよりウェンズとサルタの試合を始める」
「がんばれよー」「負けるんじゃないぞ」「頼む勝ってくれ!」
様々な声援が飛ぶなか、選手がある程度距離をとって向かい合う。
審判も下がって、右手をあげた。開始直前ということで声援が静まる。
「開始!」
審判が右手を下げて、声援が再びあちこちから聞こえてくる。
剣士は盾を前に出して待ちの体勢で、斧使いが斧をまっすぐに走り斧を掲げた。
斧使いの移動速度は速く、剣士は回避が間に合わないと判断したのか、盾を斧の軌道上に持っていき、両手で支える体勢をとった。
振り下ろされ勢いののった斧が盾にぶつかり盛大な音を立てる。その衝撃を腕二本では支えきれずよろけた剣士を斧使いが前蹴りでさらに押してバランスを崩させる。
確実に斧が当たると判断し、再度斧を振り上げた斧使いを見て、剣士も牽制になればと腕のみで剣を振る。その剣の軌道を見切った斧使いは少しだけ動きを止めて、近くを通る刃をやり過ごして、斧を振り下ろした。
「あ」
当たると思った琥太郎が思わず声を出したが、斧はピタリと止められて審判が勝ちを宣言した。
歓声と落胆の声が同時に挙がる。斧が当たると思っていたらしい剣士もほっとしたように脱力しその場に座っていた。
剣士は斧使いに手を差し伸べられ、それをとって立ち上がる。
「経験と鍛錬という時間の差が如実に表れた試合だったな」
「斧使いの方は本気に見えなかったけど、この見立てあってる?」
琥太郎が試合を見て思ったことをガゾートたちに聞く。それに頷きが返ってきた。
「まだまだ本気じゃないだろうな。対戦相手との差を考えて、あそこらへんが妥当と考えたのかもしれない」
「大怪我しなくてすんだからよかったのかな」
「盾の整備費用分はマイナスだろうけどな」
強烈な一撃を受けた盾は整備が必須だ。遠目では見えないが、持ち手が少しばかりぐらついている。防具として役立ったのだから剣士も納得しているだろう。
選手たちが試合場から出ていき、再び十五分の時間がとられる。
次の戦いが終わると昼食のため一時間の休憩が取られる。
琥太郎たちもどこで昼食を取ろうかと話していると声をかけられる。
「少しよろしいでしょうか」
「なにか用事だろうか?」
ガゾートが代表として声の主に答える。
声をかけてきたのは四十歳手前の男だ。そばに護衛らしき武装した男女と護衛には見えない十代の少女がいる。
「そちらの少年は勇者様とお見受けしますが間違いないでしょうか」
ガゾートの表情は警戒したものに変化し、すぐ動けるように少しだけ体に力を込めた。
「違いない。だが広く知らしめていることでもない。それを知るお前は何者だ」
「怪しまれるのは無理もございません。私はこの国で商いをしているボルタインと申します。独自の情報源から皆様のことをお聞きして、一つ縁を繋ぎたいと思いまして」
「怪しいところがあれば家一つ潰すくらいの権力を各国から得ているが、それでも近寄るというのかね?」
この発言に嘘はない。
魔王討伐の希望に変な者が近寄ってきた場合のみ、神殿の騎士と兵は他国でも己の判断で裁くことができる許可を得ているのだ。
悪用すれば神殿が潰されるのだが、そんなことをすれば女神ヴィットラの信も裏切るということなのでガゾートたちにそのような考えはない。
各国の貴族たちも勇者を利用しようと考えないのは同じだ。下手を打って家が潰されるなんてことにはなりたくないので支援だけをしている。もっともそれは魔王討伐前の考えであって、討伐後に琥太郎たちがこの世界に残ったらその血を家に入れるため近づいてくるだろう。
ボルタインが近づいてきたのは、貴族ほどに情報が入ってきていないからだろうとガゾートは思う。だからこう言えば引くだろうと考えた。
しかしボルタインの返答は予想を外すものだった。
「ええ、承知していますよ」
「ほう」
「これから食事だと聞きました。よければお勧めの店があるのでいかがでしょう」
ガゾートは少し考える。なにかしらの意図があって近づいてきたのは確実。それが私利私欲によるものか、別の考えがあるのか。それを探るついでに、琥太郎に金持ちといった者たちとの付き合いの経験を積ませてもらおうと誘いを受けることにする。
「コタロウ殿、受けてもよいと思うが、君はどうかな」
「あなたがそう思うのなら、了承していいのではないでしょうか」
琥太郎は頷く。こういった誘いに関する経験がないため、そこらへんの判断はガゾートたちに任せて間違いないだろうと考えるのだ。
一行はボルタインの護衛の先導で、闘技場から五分ほど歩いた店に入り、そこの個室に通される。
「娘が勇者殿に興味があるようなので、隣に座らせていただいてもよろしいでしょうか」
琥太郎はボルタインの娘を見る。恥ずかしいのか顔を伏せて表情は読めない。
これなら当たり障りのない会話で終わるだろうと頷いた。
皆が椅子に座ると、すでに注文されていたのか、すぐに料理が運ばれてくる。
「招待に応じていただきありがとうございます。今後も良き付き合いを期待したいものですな」
「それはそちら次第ですな。あまり私利私欲にはしるようなら、こちらもそれ相応の対応を取らせていただきますぞ」
「はは、手厳しい。今日は軽くですませましょうか」
まずは自己紹介からだろうと名乗っていき、その後食事が始まる。
「御口にあいますか」
「うん、美味い」
ボルタインの娘シャニーが遠慮がちに琥太郎に聞く。それに琥太郎は素直に返す。金持ちが勧めるということで、使われている材料も調理する者の腕も一級品のようで、なんの不満もない。
「鹿肉がここらへんでは名産になります。そちらもお勧めですよ」
「教えてくれてありがとう」
礼を言った琥太郎は、大皿に載った鹿肉のローストを取り、口に運ぶ。鹿肉は初めてだったが、柔らかく、胡椒というシンプルな味付けでも美味いと思えた。
「これも美味いな」
「よかったです」
ほっとしたようにシャニーは表情を緩めた。
このやりとりをボルタインはニコニコとしながら見ていて、口をはさむことなく自身も食事を進めていく。
食事が終わり、ボルタインは琥太郎たちの鍛錬の進み具合を尋ねる。
「なるほど、順調に進んでいるとは朗報ですな。あなた方は我らの希望、このまま順調な成長を期待しています。さてこのままずっと話していたいですが、闘技場の試合がそろそろ再開しますな。おひらきとさせていただきましょう。ここで粘ると今後の付き合いに支障をきたしそうですからな」
食事前に言ったように軽くすませたボルタインを、ガゾートは注意深く見る。
当たり障りのない食事会で、これといった情報を得られなかった。本当に縁を繋ぐことだけが目的だったのだろうかと考えを進める。
そのガゾートにボルタインが近づき、またお会いしましょうと握手してくる。すぐに離れて、琥太郎とも握手して離れる。
ガゾートの手の中には折りたたまれた紙が残っていた。
(一人で、か)
ガゾートと握手したとき、ギリギリ聞こえる程度の小声でボルタインがそう言った。
一人で紙を見てくれということなのだろうと判断し、ポケットにしまう。
ボルタイン一行と店の前でわかれて、琥太郎たちは闘技場に向かう。
観客席に座り、ガゾートはトイレだと断ってその場を離れる。そのまま人目につかないところで紙を開いた。
内容に目を見開く。
「これが本当なのか、そうでないか。コタロウ殿と部屋が同じなのは好都合だが、アワネ殿とサクノ殿が二人のみというのは心配でもある。しかし今更警備をつけるとなると警戒されるな。どうするべきか」
畳まれた紙にはこう書かれていた。
『お泊りの宿は魔王軍の手に落ちている。警戒されたし』
これが本当ならばすぐにでも出たいが、逆にボルタインたちが魔王軍関係者でしっかりとした宿から出そうとしているとも思える。
どうするか考えて、まずは情報収集だなと結論付ける。バーンズに頼んで、ボルタイン関連の情報を探ってもらい、自分は宿の情報を探ることにした。
(最悪どちらも魔王軍関連の可能性も考えておくか。食事になにか仕込まれることもありえるか? 毒消しが手放せないな)
そんなことを考えながらガゾートは闘技場に戻る。
試合は事故など起きずに消化されていき、目的の試合を見た一行は闘技場を出る。
どこかに寄り道するかという会話をして、少しだけ遠回りして町の様子を見てから宿に帰った。
宿に入ったガゾートは不自然にならない程度に内装などを見ていく。なにも怪しいものは見つからなかった。目に見えてわかるのなら、午前中に気付けるはずだった。
部屋で試合の感想や参考になる動きについて話してていると、扉がノックされる。バセローが扉を開けると、淡音たちがいた。
「おかえり」
「ただいま。ちょっと知らせておきたいことがあるんだけど、今大丈夫?」
「うん」
琥太郎が頷くと、淡音たちは部屋に入ってきて、昼にあったことを話す。
淡音たちによると、向こうにもボルタインの息子が現れて食事に誘ったとのことだった。淡音たちはそれを受けることなく断ると、また別の機会にと言ってあっさり引いた。
「そっちも誘いがあったのか。こっちもボルタインっていう商人が食事に誘ってきて、受けたんだよ。勇者だってこと向こうは知っていた?」
「うん、知っていた。兄さんたちは誘いを受けて、どんなことを話したの?」
「鍛錬がどれくらい進んでいるのかとか実戦経験はあるのかとかだったな。今日のところはひとまず挨拶って感じだった」
「私たちのときもあっさりと引いたし、似たような感じだったのかな」
「かもな」
「アワネ殿、サクノ殿。彼らはどこから情報を得たと話しましたか?」
ガゾートの問いかけに淡音たちは首を横に振った。
昼の状況をもう少し詳しく聞いているうちに日が落ちかけて、バーンズが帰ってきた。
周辺の魔物の状況や町であったハプニングなどをバーンズから聞き、そろそろ夕食の時間になる。
「皆様、本日の夕食はここと食堂のどちらで召し上がりますか?」
会話が途切れたタイミングでミーリャが聞く。
どうしようかと琥太郎たち三人が聞く前に、ガゾートが部屋と答える。それに承知しましたと返答したバゼロ―とミーリャが料理を取りに部屋から出ていった。
「勝手に決めてすまない」
「いえ、別にかまわないんですけど、なにか理由でもあるんですか?」
淡音が聞き、気楽に食事してほしかったと返す。
「こういった高級宿だとある程度マナーを求められるだろうからな」
「マナーについて学び実践する良い機会だと思うのですが」
そう言うのはコロドムだ。
「そうかもしれないが、明日から鍛錬だから精神的な疲労は避けたくてな。初めての場所だから万全の状態で挑みたい」
「そうでしたか」
納得したようにコロドムは頷いた。琥太郎たちに求められるのは魔王を倒せる強さだ。マナーといったものよりそちらが優先されるため、ガゾートの主張に納得する。
「バーンズ殿、あとで時間をもらえるだろうか。町のことについてもう少し聞きたいんだ」
「わかった」
「夜風に当たりながら聞かせてくれ」
宿を出てから話を聞こうというガゾートに不思議そうにしながらバーンズは頷いた。
夕食が届いて、毒見としてバセローとミーリャが先に食べてから、食事が始まる。
ガゾートは毒見といった経験はないが、不自然な味というものはなかった気がした。無味無臭の毒はあると知っているので、食事のあとなにも異常が感じられず、内心ほっとする。
感想と誤字指摘ありがとうございます