88 高校生三人 遠出1
鍛錬と実戦を続けている高校生たちは、冬が本格化する前に神殿を出ていた。
雪が降るなか、長距離高速移動の特注馬車に乗って向かう先は北東にある国サーザーだ。
同行しているのは神殿の騎士や兵。コロドムとバーンズであり、カーマンとシャニアの姿はない。
二人は魔王によって誘導された魔物の群れの討伐に呼ばれて、そちらに向かったのだ。
「こっちは神殿のあったナソード国よりも温かいですね」
冬の間使う宿に到着し、馬車から降りた桜乃が言う。
「サーザー国のこの地方はマグマ溜まりが多めでしてな。地面が温められ、冬でもそこまで寒くならないのです。温泉も豊富で、冬をここで過ごす人が集まる町ですな」
「夏はよそよりも暑そう」
同じ馬車に乗っていたコロドムが降りながら答える。
高校生たちは雪で身動きが取りづらくなるナソードから出て、こっちで鍛錬を行うためにやってきたのだ。
ここのほかにも避寒地はいくつかあるが、琥太郎たちの実力にあった魔物のいるところということで、ここが選ばれた。
「今日は移動の疲れをとって明日から早速鍛錬開始ですぞ」
別の馬車に乗っていたガゾートが近づいてきて予定を話す。
「最初の目的地は湿地でしたね。そこに慣れたら、荒れた丘陵でしたか」
淡音の確認にガゾートは頷いた。
どちらも駆け出しでは危ない場所であり、そういったところに行っても問題ないと琥太郎たちの成長をガゾートたちは認めていた。カーマンたちからも問題ないだろうと同意が出ている。
「そういった確認は部屋で。まずは中に入りましょう」
コロドムに誘われて、一行は宿に入る。
高校生たちがここを修行地とすることはサーザーに伝えられており、国から町長へ連絡が行き、町一番の宿に予約の連絡がきていた。
コロドムが名前を告げると、すぐに従業員が部屋に案内してくれる。
琥太郎たちとコロドムとバーンズは賓客用の部屋に案内されて、ガゾートたちは大部屋に案内される。大部屋もしっかりと手入れが行き届いていて、過ごしにくいということはなさそうだった。
賓客用の部屋は二部屋で、男と女で別れて使うことになる。
「申し訳ありません、コタロウ様。私たちが一緒では落ち着かないのではありませんか」
「いえ、そんなことは。むしろこういった良い部屋に一人で放り込まれる方が落ち着かないので」
わかるとガゾートが頷く。
「わかりますか」
「ああ。師匠と一緒にいた頃は、たまにこういった宿に泊まることになってな。普段は野宿することも珍しくはなく、むしろそちらに慣れていた。宿は過ごしやすくはあったが、快適すぎて逆に落ち着かず、師匠に笑われたものだ」
「士頂衆なんて有名どころなら、貴族とかに招かれることがあってなれていそうですね」
「そうだな。年に一度は必ず王城に招かれていたし、貴族からの招待もあった」
魔王に操られたタイミングは、そういった招待を受けたときだろうなと声に出さず思う。
琥太郎たちが話しつつバッグから着替えなどを取り出していると、扉がノックされる。
コロドムが扉を開けるとそこには五十歳ほどのスーツ姿の男がいた。彼の背後に二十代の男女がいる。
二人は少し話して、男はその場にとどまり、コロドムは隣室の淡音たちを呼びに向かう。
すぐに戻ってきたコロドムたちが部屋に入り、男たちもコロドムに招かれ部屋に入る。
彼らは琥太郎たちの前に立ち、綺麗に一礼して口を開く。
「お初にお目にかかります。この宿のオーナーで、ルドミナルと申します。当方の宿に宿泊していただき、まことにありがとうございます。勇者様方をお招きでき大変誇らしく思います。従業員一同心からのおもてなしをさせていただきます。なにかあればすぐにお声をおかけください」
じっとルドミナルに視線を向けられた琥太郎たちは返事を求められていると思い、少し慌てつつ口を開く。
「立派な宿に泊まることができて感激しています。いまだなにかを成し遂げていない身でこのような贅沢をすることは恐縮なのですが、しばらくお世話になります」
「まだ来たばかりですが、細かく手入れされているのがよくわかりました。このような宿ならなんの不安もなく泊まることができると思います」
「わ、私も立派な宿だと思います。逆になにかご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」
琥太郎の挨拶に淡音と桜乃が続く。
それにルドミナルは感動を思わせる笑みを浮かべる。
「丁寧なお言葉ありがとうございます。お三方の期待に恥じぬよう努めさせていただきます。後ろの二人を専属使用人としてつけさせていただきます。なにか用事や聞きたいことなどあれば遠慮なく二人へどうぞ」
ルドミナルの紹介に、二人は「バセローです」「ミーリャです」と短く自己紹介する。
「事前に求められていた情報はこちらになります。どうぞ」
ルドミナルが差し出した書類の束をコロドムが受け取った。
「宿の詳細に関しては、バセローたちにお聞きください。手短な挨拶になりますが私はこれで失礼させていただきます」
再び一礼したルドミナルが部屋を出て行き、残ったバセローたちが宿について説明を始める。
食事を食堂でとるかここでとるか、食事の種類。風呂やトイレといった施設の場所について。町案内や馬車の手配や服の貸し出しやマッサージなどの各種サービスについて話し終えるとバセローたちは部屋の隅に移動する。
「宿に入る前にも言いましたが、今日は自由に過ごされてかまいません。なにかやりたいことなどありますか?」
コロドムが琥太郎たちに聞く。琥太郎たちは特にこれといった予定を立てていない。三人で話し、散歩でもして町中を見物しようかなと決まる。
「バセロー、ミーリャ。この町で楽しかったり見ごたえのあるところってある?」
さん付けや丁寧な話し方はしなくてよいと事前に言われていたので、それにそった形で琥太郎は聞く。
「サロンや劇場や見世物小屋といったものがございます。ほかには評判のいい喫茶店や菓子店といったものも」
「荒っぽいものが大丈夫でしたら闘技場で闘士の試合もやっています」
「闘士か、ちょっと気になるな。見て戦い方の参考になるだろうか」
気にした素振りを見せる琥太郎に、バーンズが助言する。
「出てくる闘士の戦い方は様々で、強さもまた同じ。今日の参加者によってはなんの参考にならないこともあるだろう」
「ガゾートさんはどう思います?」
「一度くらいなら見る価値はあるのではないかと思う。ただし見ることができるのは対人戦の技術のみだ。そこからどのように生かすかはコタロウ殿次第だな」
「まあ、まったくの無駄にはならないと信じよう。俺は闘技場に行くけど、二人はどうする?」
淡音が少し考える様子を見せて、小さく首を振った。
「私たちが行ってもそこまで意味はないと思うし、観光させてもらおうかしら。ミーリャ、案内を頼める?」
「承知いたしました」
「アワネ殿たちには護衛として兵をつけるが、よろしいな?」
ガゾートの確認に、淡音たちは頷いた。
余計なトラブルに巻き込まれては面倒だったのだ。
「同性の護衛の方が気楽だろう。部下たちに話してくるから出発は待っててくれ」
ガゾートが出ていき、バーンズもここらの情報を自身の足と耳で集めてみると言って出ていった。
残った琥太郎たちは財布を持って、ガゾートが戻ってくるのを待ってから部屋を出る。
玄関まで来ると荷物を持ち上げようとして少しふらついたルドミナルと合う。
「おでかけですか?」
「ええ、町を見て回ろうと。ルドミナルさんは大丈夫ですか? 少しふらついてましたが」
琥太郎の心配そうな問いかけに、ルドミナルは笑みを浮かべて大丈夫だと返す。
「昔足を怪我しましてね。そのとき後遺症のせいか、たまに力が入らなくなるのですよ」
「そうだったんですね」
「お見苦しいところをお見せしました。皆様、いってらっしゃいませ」
一礼したルドミナルに見送られて一行は宿を出る。
闘技場に行く途中に淡音たちと別れて、琥太郎はガゾートとバセローと兵二人というメンバーで闘技場に向かう。
琥太郎はコロッセオのようなものを想像していたが、あそこまで立派なものではなかった。試合場は地面で、浅い溝を掘って範囲を決めてある。広さは琥太郎にとってなじみのある空手の試合場より広い。土を盛って作った観客席は試合場の東西南の三方向にあり、残る北には選手たちの控室などのテントがあった。
見物は無料だが、出てくる選手などの名前や流派や出てくる順番や勝率といった情報は有料だ。賭け事も行われており、賭け札らしき木の板を握って戦っている選手に声援を送っている人が何人もいる。
空いている場所に座り、バセローが琥太郎に声をかける。
「情報を買ってきます。賭けるのでしたら、ついでにそっち方面の情報も買ってきますが、いかがいたしましょう」
バセローがそう言い、俺はいいと琥太郎が断る。ガゾートたちも仕事中なので賭け事には加わらないことにして、情報料のみバセローに渡す。
一礼したバセローがその場を離れていく。
今の試合は棒術使いとショートソードの剣士が戦っている。そろそろ決着といった状況で、周囲の応援にも熱が入っている。
試合場にいる二人は体のあちこちに切り傷があり血が流れ、打撃の跡が残る。このまま戦い続ければ血液不足で死ぬ可能性もありそうだった。だから決着が近いと観客は考え、声援に力が入るのだろう。
「血が流れるまでやるんだな。こういうところってどこまでやって大丈夫なんです?」
テレビで見る格闘技の試合よりも過激的なものに、琥太郎は淡音と桜乃を連れてこないで正解だと思う。
魔物との戦いで血が出る戦いに慣れてきてはいるものの、好んで見たいというわけでもないとわかっているのだ。
「わざと殺すのは駄目だ。事故なら許されるが、事故に見せかけていないか詳しく調査される。あとは闘技場によって違うな。先に有効打を当てた方が勝ちとしているところもあれば、重傷一歩手前までやるといったところもある。ここは見た感じ致命傷までは駄目というところだろう」
話していると棒術使いが相手の足を払って、転んだ隙をついて喉に棒の先を当てる。それでショートソードの剣士は剣から手を放して降参と示す。
審判が勝ち名乗りを上げて、選手たちは控室に帰っていった。
「治療はしてくれて、ファイトマネーもでる?」
「医者と薬草がきちんと準備されているはずだぞ。そこらへんがきちんとされていないと選手としても参加したくないだろうしな。ファイトマネーは勝っても負けてもでると聞いた。勝った方がもらえる額が大きいともな」
表に出ない賭け試合には大金が手に入るが、条件は生死のみというものもある。
ガゾートはそういったものも知っているが、琥太郎に聞かせるものでもないと話さずにいる。
試合場では次の試合は十五分後と書かれた板を審判が掲げていた。その間に次の試合に賭けようという者たちが移動をしていた。
そういった者たちの間を縫ってバセローが戻ってくる。
「これからの試合に出てくる選手たちについて書かれた紙です」
こういった情報は紙で買うと高くつく。普通は口頭ですませたり、木の板に簡単に書かれたものを購入するのだ。
渡された紙を琥太郎はざっと見て、ガゾートたちに渡す。
琥太郎と同じく格闘を主体にした選手も三人ほどでいて、彼らに注目しようと決める。
「バセロー。試合全部見るとどれくらいかかりそうかわかる?」
「だいたい夕方くらいには終わると聞いています」
「それくらいか。全部は見ないでいいかな。ガゾートさんは全部見たいですか?」
「俺は護衛として来ているから、コタロウ殿の予定に合わせる。見たい試合が終わったのなら引き上げるということでいいのではないかな」
そうしようということで、周辺に昼食を取れるところがあったかとバセローに尋ねたりして試合までの時間を潰す。
感想と誤字指摘ありがとうございます