87 島組の移住5
「こんにちは。なにか話したいことがあるんだそうで」
進がラジウスに椅子を勧めながら用件を聞く。
「こんにちは。まずは急な訪問をお詫びします。本日は聞きたいことがいくつかありまして」
「答えられることなら答えますよ」
「昨日ほかの者たちと話して、服とか靴が必要になったらどうすればいいのだろうかという疑問がでまして。村長にその旨を伝えればいいのでしょうか」
「服を作ることができるなら布を渡して裁縫道具を貸し出している。作れないなら受け取った布を虫人たちのところに持っていくといい。なにかしらの報酬を渡せば作ってくれるだろう」
「なるほど。しかし報酬ですか。渡せる物がない場合はどうすれば」
「その場合は労働を対価にすればいいわ」
対価なしに服をもらっていた進たちには答えられないだろうと、ビボーンが答える。欲しい物を頼むときは労働を対価にしているという話をナリシュビーやノームから聞いているのだ。
「わかりました。皆に伝えておきます。次は家の差が気になるという話がでまして。わざともともと住んでいた人と我らの家に差をつけたのだろうかと思ったのですが」
差と言われて進は不思議そうな顔になった。それを見て、意図したものではないのだとラジウスもわかった。
「差なんてつけてないが」
「それを気にしていた者が言うには、そちらは立派な家でこちらは味気ない家だというものでしたね」
「味気ないと言われてもな。建てたばかりの頃の家はどこも似たような外見だったし、俺がここに来たときよりましだぞ」
「ましなのですか?」
「人が住んでいない場所を見ればわかるように、どこもかしこも壊れているだろ。その状態が全体に及んでいた。まともな建物なんてどこにもなかったぞ」
「ここもですか?」
ラジウスもこの村が元廃墟だとはわかっていた。それでもこの家はまだ人が住めるまともな状態だと思っていたのだ。
「ええ、そうよ。ここもあちこちが壊れて、歩くだけで崩れるようなところばかりだったわ」
「最初はまだましな地下で過ごしたわね、あれからまだ一年もたってないのよね」
懐かしいとフィリゲニスが言い、進とビボーンが頷く。
「自分たちでこつこつ修理して、ノームたちが本格的に修理してくれて今がある。最初と比べたら雨風が入ってこないそっちの家はましだと思えるんだけどな」
「そうだったのですね」
「虫人やノームの家もそれぞれが自分たちで作ったり、廃墟を修理して手を加えていったものだ。差と言うなら彼らの方がひどかったよ。味気ないなら自分で手を加えていくしかないな」
「このこともきちんと伝えておきます。最後に酒の配布に関してなんですが。虫人が酒を飲んでいるところを見たようで、これも差をつけているのかという意見がでました」
「たしかに虫人たちには定期的に酒を配ってはいる。だが理由があるんだ」
「それはお聞きしていい理由で?」
「彼らにとってはあの酒は嗜好品じゃなくて、栄養補給に必要なものだからだよ。あの酒には蜂蜜が使われている。花がまだまだ豊富に咲かず、蜂蜜がたくさん作れない彼らは必要分の蜂蜜を食べることができておらず、必要な栄養がとれていない。その足りていない分をたまに補充するため渡している」
「蜂蜜がたくさんとれないのに、蜂蜜を使った酒は造れるというのはおかしくありませんか?」
「その酒は俺が魔法で作っているからな」
「元手がないなら、我らにも配れませんか?」
「水と魔力という元手があるのだけど」
フィリゲニスが呆れたように言う。
魔法で作るということで、材料が必要なく簡単に作れると思い込んだラジウスは指摘されて気付く。
「フィズが言ったように、魔力を使う。水は豊富にあっても、魔力は無限じゃない。毎日畑に魔法を使っているし、池にも頻繁に使っている。ほかにも魔法を使う機会はあるんだ。ただ飲みたいというだけの相手に、ほらよと簡単に渡せるものじゃない」
いくつかある広い畑に毎日魔法をかけて回っている。それだけでもかなり魔力を使っているとラジウスも理解できる。そこに自分たちの我儘も叶えろというのはさすがに無茶だと頷けた。
ラジウスは頭を下げて詫びる。
「無理を言いました。思ったよりも余裕のある村だったので、知らず知らずのうちに要求も大きくなっていたようです」
「余裕が出てきたのは秋頃だよ。一番最初は不味い芋しかなかったからな」
「あの芋は美味い部類だと思うのですが、不味かったのですか」
味を思い出した進は顔を顰めて深々と頷く。
「土地の栄養に味が左右される芋でな。魔法がかけられていない荒れた土地で育った芋は味もそれに準じたものだった」
「私もそれは食べたことないわね」
「一つ食べて味が我慢ならなかったから、美味い芋を食べるため衝動的に残り少なかった魔力を土地に注ぎ込んでぶっ倒れたよ」
あったわねとビボーンが頷く。
「そういった行動を起こすくらいには不味かったし、二度と食べたくないな」
食べてみたいなら魔法を使っていない土地に苗を一つ植えてみればいいと進が言う。お勧めしないがとも付け加えられた。
「聞けば聞くほど最初はひどかったのですなぁ」
「そりゃ捨て去りの荒野の廃墟だもの。ひどくて当然よ。まともな環境なら各国がとっくの昔に開発していて、綺麗な町があちこちにあるわよ」
言われてみればそうだなと、ラジウスは心底納得した。
「そんな環境から、村と呼べるまで立て直すのは苦労したのでしょうね」
「村を作るつもりなんてなかったよ。最初の目標はここから移動するため、ある程度の生活環境を整え、移動準備をするというものだった。それがこうして腰を落ち着けることになっているんだから不思議なもんだ」
「その口ぶりだと、村長はここになんらかの目的があって来たというわけではないようですね」
「俺がここに来たのは事故みたいなもんだろう。ちょっとした食料と水と酒を持っていたくらいで、武具なし、戦闘経験なし、同行者もなし。ビボーンに出会わなければ自分の魔法に関しても知らないまま、そこらへんで魔物に襲われて食われていたな」
こうして生きているのは運が良いと進は改めて思う。
「私たちも難破して運が悪かったですが、村長もたいがいですな。裸一貫というスタートでここまでやれたのですから敬意を持ちますよ」
ラジウスたちは無くしたものは多かったが、ある程度の荷物を回収できて、水人族の力添えもあってなんとか生活ができていた。
自分たち以上に困難な状況から村として体裁を整えるまでにいたった進に敬意を持つというのは嘘ではなかった。
「協力者がいたからだ。いろいろと協力してもらって今がある」
「それでもですよ」
答えながらこのような人物にルアを任せたいと考える。嫁入りさせればルアの今後は安泰と思えるのだ。しかしそれを進が受け入れるかわからない。すでに結婚しているのはこれまでの会話でわかっている。
だったら行儀見習いや使用人といった形で、ここで働かせてもらえるように言ってみようと考えを変えた。働いているうちに身内として受け入れられ、ルアの今後を世話してもらえるかもと思ったのだ。
こう思うのは確実にルアよりも先に寿命が尽きるからだ。ラジウスが死ねば同郷の者も身内もいなくなる。一人になって苦労しないかと心配なのだ。
「質問に答えていただきありがとうございました。そろそろお暇したいと思います。その前に最後に質問をよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「ここは広いですから家事など人手が足りないのではと思われます。手伝いを募集していませんか。募集しているなら孫のルアをここで働かせたいと思っているのですよ」
「んー、リッカ。手伝いって必要か?」
リッカに顔を向けて聞く。
「特に必要とはしていないであります。手が足りないときは皆さんが手伝ってくれるので」
「だそうだ」
そうですかとラジウスはあてが外れたことにがっかりとした様子を見せた。
「孫を使って暮らしを有利にしようとしたのかしら」
「ビボーン、どういうこと?」
「村人が領主に娘を妾として渡すかわりに、村長として任じてもらったり金銭をもらうということがあるのよ。それと同じようなことをしたかったのかしらってね」
「違う!」
孫を利用しようとしたと思われたラジウスはすぐに否定して、手伝いを募集していないか聞いた理由を話す。
「寿命の違いか、それなら納得できるわね。でも島から一緒に来た人たちに頼むわけにはいかないのかしら。同年代もいたと思うし、結婚っていう方針でよかったんじゃないの?」
「同年代はもう相手がいるのですよ。少し年上の者たちは結婚していますし、一人結婚していない者は同性です。三十歳近く離れた異性で独身はいるのですが、さすがにそこに嫁がせるのはどうかと思うのです」
「あー、うん、そうね」
十歳差くらいならまだ平気かもしれないが、親子ほど年の離れた相手はさすがにルアもきついだろうと進たちは納得する。
「いつかは死に別れるといってもまだ五十歳半ばくらいだろ。相手を見つけるくらいまでは生きると思うんだけど。それともなにかしらの病気にでもかかっているのか」
「あちこちガタが来ていますが、健康ですよ。ルアが結婚するくらいまでは生きたいですが、人生なにがあるかわかりません。心配事はさっさと潰しておきたかったのです」
魔王が出現し、難破という憂き目にあったことから、今後ずっと平穏を享受できるとは信じ切れないのだ。
「そうか……あんたになにかあって、一人ですごく落ち込んでいるようなら、住み込みの手伝いとして引き取るくらいはするさ。一人でいるよりは誰かに囲まれていた方が、気が楽になるだろう。それ以上は期待されてもどうにもできないけどな」
「ありがとうございます」
ラジウスは進たちに頭を下げる。
期待通りの結果とまではいかなかったが、一人で寂しがることはなくなりそうで安心する。
あとは自分ができるだけ長生きするだけだと今後の目標を定める。
本当に用事は終わったので、帰ろうと思うラジウスに進が声をかけた。
「こっちからも用件というか伝えることがある。皆に今回の話と一緒に伝えてくれ」
「はい、なんでしょうか」
「あなたたちの暮らしが落ち着いた頃に、歓迎の宴を開くってこと。そのときは酒もたくさんではないけど出るよってこともな」
「わかりました。きっと喜ぶでしょう」
用件を終えて、ラジウスは村長の家から出る。
帰り道、ゆっくりと歩きながら自身の死後についてルアに伝えようかと考えて首を振る。
両親祖母と続けて死に別れて、祖父ともそういったときがくると話せば、さすがに怒るか泣くかしそうだと思ったのだ。怒るならまだいいが、泣かれるのは辛いものがある。
もう少し暮らしが落ち着いてからでも遅くはないだろうと先延ばしにすることにした。
ただいまと言って家に入ると、すぐにおかえりと返ってくる。
まだまだ違和感のある家だが、そのうち慣れてくるだろう。そのときには村での暮らしも慣れているだろうかと思う。
ルアがここで今度こそ穏やかで幸せでいてほしいと望む。
「中に入らないの?」
玄関からじっと自身を見てくるラジウスに不思議そうに聞く。
「ああ、入るよ。村長が俺たちの歓迎の宴を開いてくれると言っていた。楽しみにしておくといい」
「ここの宴ってどんなことをするんだろう」
ラジウスはさてなと首を傾げつつリビングに移動し、椅子に座る。
夕食の知らせが鳴るまで、二人はリビングでのんびりと話す。
そして食堂に皆で行くときに、夕食後話し合いの場を設けたいと伝える。
昨日と同じ面子がそろい、彼らに村長との会話内容を伝えて、ラジウスの一日は終わる。
感想と誤字指摘ありがとうございます