84 島組の移住2
探索を終えた建物はどうしているんだとラジウスが聞く。
「建物として使えそうならそのままに。壊れそうなら壊してしまって廃材はまとめて一ヶ所に置いて更地にって感じだ」
「廃材に使い道なんてあるのですか?」
「ここはとにかく物が足りない。どんなものでも意外と使い道が出てきたりするからとってあるんだ。あんたらの家だって廃材を材料にしているところがあるんだぞ」
「そんなに足りてないのですか?」
「少し思い返してみればわかると思うが、あんたらの家は土と石だけだっただろ? 金属とか木材はみかけてないはずだ」
ルアが言われてみればと呟く。そして周囲を改めて見渡す。
「木は見かけましたけど多くはなかったですね」
「俺がここに来たときは枯れ木が数本とか、そんな状態だった。今生えている木はよそから持ってきたものばかりだ。それらが根付いて成長しているはイコンのおかげだな」
「イコンとは誰でしょうか」
この子だと横に浮かんでいるイコンを進は指差した。
当たり前のように空中に浮かんでいるため、ルアたちから見ても魔物だとはわかるが、子供の姿ということでそこまで強そうな魔物には見えなかった。だから今朝食堂で見たグルーズたちほど緊張せずにすんでいた。
「この子のおかげで木が根付いたのですか」
「ああ。植物に関してはさすが大妖樹といったところだ。木だけじゃなく作物もイコンのおかげで成長が順調だ」
褒められて嬉しそうなイコンに注目が集まる、といったことはない。
大妖樹という単語が出てきて、そっちに気を取られたのだ。
「大妖樹って有名な魔物のことですよね? 大きな森にいると聞いたことがありますけど」
ルアの声色には疑いの感情がこもっていた。
「本体から枝をもらい、ここにその枝が根付いて、分身としてこっちに来ている」
「冗談ですよね?」
そうであってほしいという願望を込めてルアが言うものの、進は冗談なんかじゃないがと軽く返す。
「なんでそんな大物がここにいるんですか!?」
「それはわしがススムを気に入ったからじゃよ。いつでも近くにいたいと思うほどにな。それにここにはお主たちが大烏公と呼ぶ魔物もよく来る」
大妖樹と大烏公という大陸に名を馳せる魔物がいると聞き、ルアたちは後悔を抱く。
「ここって私たちが考える以上に危険な場所なのでは?」
震えた声で尋ねる。魔物が占領している村で、人間は奴隷のように扱われるのだと脳裏に描いてしまっている。命令に背けば死もあり得るのだろうと想像が発展していた。
「わしらが危険だという認識が人間の間で持たれているのは理解しておるが、別にここで暴虐なふるまいなんぞしておらぬからな?」
「で、でも多くの人間があなたたちに殺されたと聞いています」
「それはわしらの縄張りに入ってくるからじゃろ。お主らも自分の家に強盗が入ってくれば抵抗の一つもするだろうに。わしらの家にお主ら人間が足を踏み入れ、荒らしているのを我慢しろというのは無茶な話じゃぞ」
納得いってなさそうなルアたちにイコンは続ける。
「思い出してほしいのじゃが、わしらが人間の縄張りに攻め込んだという話を聞いたことはあるか?」
「……ないです」
ルアだけでなく、ほかの移住者たちもそういった話は聞いたことがないようで反論の声が挙がることはない。
噂などで聞くのは、昔からいるとても怖い魔物だということや人を殺している魔物だということで、村が壊滅させられたという話は聞いたことがない。
「そうだろうさ。わしらはお主らの縄張りに興味はないからな。自分たちの縄張りがあればそれでよい。わしと大烏公の縄張りにちょっかいかけてくるのはいつもお主ら人間じゃよ。そしてお主らがここで暴れるようなことをしないのなら、わしらも襲うような真似はせんよ」
「イコンの言っていることは本当だぞ。魔物が暴れているような村だったら、ここはもっと荒んだ雰囲気に包まれている。昨日から今朝にかけて、そういった雰囲気は感じ取れたか?」
進から指摘されて、自分たちが怖がっていたばかりで、虫人やノームや魔物たちの間に剣吞な雰囲気はなかったと気付かされた。
「普通に過ごす分には今のところ問題なくやれているってことよ」
だからあなたたちが和を乱す要因にならないでねとビボーンに言われて、ルアたちは勢いよく頷いた。
「脅しているわけじゃなくて、本当に今のところは順調にいっているからこのままでいてほしいの。わかってちょうだいな」
「しつこいようですけど村の中にいる魔物たちに危険はないんですよね?」
ルアの再確認にビボーンは気を悪くした雰囲気など欠片も見せず頷いた。
「でもちょっと訂正。住民のいるところに危険はないけど、探索とかで生活圏から離れて廃墟を歩いていると進がすでに話したように魔物が襲いかかってくるからね」
「あと一つ追加。私たちも感情があるんだからけなされたりすれば怒るわ。あなたたちと同じようにね。怖がるなとは言わないけど、無意味につっかかっていくとさすがに反撃を受けるわよ。最初は少し離れたところから私たちの生活ぶりを観察するくらいでちょうどいいと思うわ」
わかったとルアたちは頷く。
そういったことを話しているうちに、進たちの家に到着する。
「ここが俺たちの家だ。なにか用事があれば入口から声をかけてくれればいい。そしてこの台座に関しても説明が必要だ」
気温を調整している装置へ魔力を送るためのものと説明をして、次の目的地である倉庫に行ったあと、畑に向かう。
到着してルアたちはそこに生える植物を驚きの視線で見る。ここに来るまで少なかった緑が大量にあるのだから驚くのも当然だった。
「あれが昨日君らが食べた芋だ。この村の主食だな。今のところここともう一つの畑で作っている。もう一つ畑を準備してそこを君らに管理してもらおうと思っているよ」
「俺たちも作るのは芋ですかな」
ラジウスが聞く。
「最初は芋を作ってもらって、ある程度農作業になれたらほかの野菜もだな」
「慣れるのはずっとここに住むとして来年くらいでしょうかね」
「いや一月もせずになれるだろうさ。ここの作物はイコンのおかげで収穫が早まっている。その中でもこの芋は特殊で、収穫が一日という早さだ」
「いやさすがに一日は冗談でしょう」
これまでの緊張などを紛らわせるための冗談かとラジウスは思う。
「普通はそういった反応じゃろうな。わしもよそから来た魔物も、ありえんと思ったくらいだ」
魔物があり得ないと思うような芋とはなんだろうかとラジウスたちは内心首を捻る。
「育てていけば本当だとわかるさ。あれのおかげで飢えることもないしな。じゃあ少しここで休憩だ。俺はここでやることがある」
「なにをするのか聞いてもよろしいですか」
「土に魔法をかけるんだ。あの芋は成長が早いが、その分土の栄養を吸いつくす。その失った栄養を俺が魔法で補充すると思ってくれ」
「そんな魔法があるんですなぁ。どこの農家もほしがるものでしょうに、広まっていないのは不思議だ」
「ススムだけが使える特殊なものよ。そういった方向に特化しててほかの魔法が使えない。そんな特化した魔法使いがいることは聞いたことがあるでしょう?」
ビボーンに言われて、聞いたことのある者は頷いた。それを見て、知らなかった者も本当なんだなと感心した表情を浮かべた。
芋の収穫が行われ、乾いた土のみになった畑を見て、農業経験のある者たちはこの土であの量の芋が取れることを不思議がっている。そんなときに進が魔法を使う。荒れた土がいっきに変わっていく様は、まさに魔法であった。
「良い土ですね。故郷の畑よりも良いものかもしれません。本当にその魔法を欲しがる農家は多いでしょうな」
「魔法に秀でた妻も使えないそうだから、教えたところで意味がないよ。次はもう一つの畑だ。そこでは魔物たちが農作業しているからあまり騒がないように」
「魔物が農作業を?」
信じられないといった表情を浮かべた者が多数だ。
「知恵のある魔物ならば農業や牧畜をやっていることはあるぞ」
「俺たちが普段目にする魔物は本能のままに暴れるやつらだったので、いまいちイメージがわきません」
「見てみればわかるさ。ああついでにそこの甲虫の魔物もうちの住民だぞ。畑の見回りに雇っているからちょっかいかけるなよ」
畑のそばにいた甲虫の魔物をラジウスたちはまじまじと見ている。
甲虫の魔物は近くにいるラジウスたちに襲いかかることなく、畑の中や周囲を動き回っている。
襲いかかってこずに、畑を荒らしている様子もないことから、ラジウスたちは見回りは本当なのだと信じるしかなかった。
「こっちの魔物はあなたたちの言うことを理解できるのでしょうか」
「できないと思うぞ。畑仕事をしている魔物たちがこっちの用件をあいつらに伝えたからな」
「魔物同士なら意思疎通可能なのか」
「さすがに魔物ってだけで意思疎通は無理じゃからの。畑にいる者たちは虫の魔物だから、この甲虫たちと会話できた」
「なるほど」
ここでの用事は終わったのでいつまでも立ち話していても仕方ないと進が先導し、スカラーたちの畑に向かう。
到着して畑のそばで蔓と芋を切り離しているスカラーたちを見て、ラジウスたちは本当に魔物が農作業していると驚きの視線を向けている。
ここの畑にも魔法をかけて、スカラーたちに見られながら次に移動する。
「ここはボウリング場という娯楽施設だ」
「娯楽ってことは遊ぶところなのですか?」
ラジウスの質問に進は頷いて、どういったものか説明していく。
一回くらい試しにやって、どんなものか経験してくれと進が指示を出す。ローテーションで遊ぶ者、ピンの配置、スコア記録に振り分けて、休憩がてらここに少し留まる。
ラジウスはあまり体を使う遊びはと遠慮し、遊ぶ様子を眺める進の隣に来る。
「こういった大規模な娯楽施設が村にあるのは珍しいのでは?」
「どうなんだろう。ビボーンならそこらへんわかるんじゃない? ビボーンはもともと人間で、いろいろなことを知っているんだ」
「私が知っている村も大昔のことだけどね。人間の頃にいくつか立ち寄った村だと、住民のために遊び場が準備されていることなんてなかったわ」
「でしょうな。うちの村にもありませんでした」
移住者たちがルールをあまり理解しないなりに遊んでいる様子を見て、ラジウスは住民を使い潰そうという考えの村ではないのだろうかと思う。
「こうした施設があるということは、遊んだり気晴らしする時間は取れるのでしょうか」
「遊び惚けることはできないが、少しくらいなら取れているはずだ。食堂にはボードゲームも置かれていて、それを楽しんでいる者もいるし、会話を楽しんでいる者もいる。楽器を触る者もいる。そういったことができる程度には時間はあると思う」
「ボウリングというもののほかにもあるのですな。それらを使うのになにか対価は必要なのでしょうか」
「いや、そんなものはいらないぞ。皆で楽しんでもらいたくて置いたものだからな。壊したり、独り占めしたりしないでくれるとありがたい。あと本来は子供たちのために作ったから、子供から横取りするような真似もな」
「皆に伝えておきましょう」
一時間ほどボウリング場に滞在し、ルアの笑顔を見ることができたラジウスは、少しだけここに来たことを喜ぶ。自身の世話で苦労をかけている孫が楽しんでいる様子が嬉しかった。
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