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83 島組の移住

 浜の塔に水人族の旗がはためく。

 到着の知らせに気づいたナリシュビーたちが、進にそれを報告する。いつもより人が多いという情報も追加されている。

 進とフィリゲニスとビボーンがその日のうちに浜へと向かう。

 到着した頃には夕暮れで、オレンジ色に空と雲が染まりだしていた。


「こんにちは」


 荷車から降りた進がシアクに声をかける。

 そのシアクの近くに移住者たちがいて、捨て去りの荒野と呼ばれるにふさわしい荒れ具合の大地を不安そうに見ていた。

 荒野から視線を外し、声をかけてきた進を見るとそばにはビボーンもいて、移住者たちは本当に魔物と共存しているのだと理解させられた。

 ちなみにフィリゲニスはゴーレムで荷物の移動をしているのでそばにはいない。


「はい、こんにちは。二十一名の移住者を連れてきました」

「たしかに確認しました。以前言ったように彼らを島へと帰すこともありえます。ご了承ください」


 承知しているとシアクは頷く。

 進は挨拶を促されて、移住者たちの前に立つ。


「こんにちは。俺は進。皆さんがこれから向かう先にあるディスポーザルという名の村の村長だ」


 挨拶をすると誰かが若いと呟いた。それに進は頷く。


「若いながら村長をやらせてもらっている。本当ならこっちのビボーンの方が相応しいと思うんだが、話の流れで俺がやることになった」

「人が集まったのはあなたの行動の結果だからね。私が動いても人が集まらなかったわ。動く気もなかったし、集める気もなかったしね」

「俺も積極的に集めようとはしてなかったんだよなー。まあ、こんな感じでやっていってます。村で過ごして合わないと思ったら言ってくださいな。引き留めたりしませんから」

「もしかして俺たちは歓迎されていない?」


 突き放しているようにも聞こえ、不安そうにラジウスが聞く。

 それに進はぱたぱたと片手振って否定する。


「不安にさせましたかね。追い返そうとはしていない、ただ合う合わないはあるだろうから、島に帰りたいと思っても邪魔はしないというだけ。だから村が気に入らないから戻りたい、でも不快にさせるんじゃないかとか思わず、そのことを俺やビボーンたちに言ってくださいな。ああ、そうだ。この集まりのまとめ役はいる? 連絡事項とかはその人にするようにしたいのだけど」

「俺が一応任されている。名前はラジウスだ」

「ラジウスさんね。話し合いのときとかは呼び出すから来てくれ」

「わかった」

「それにしても獣人か」


 まじまじと眺められて居心地が悪そうにするラジウス。嫌悪感などを向けられていないことはわかるが、珍しそうな視線を向けられる理由もわからない。自分が特に珍しいわけではないとラジウス自身がわかっている。


「なにか獣人に思うところでも?」

「いんや、初めて見たから珍しくてな」


 人に近いタイプの獣人なんだなといった感想を持ってラジウスを見るのやめて、全員の顔を見ていく。

 そうしているうち荷物の移動が終わった。

 

「もう少し用事があるからあんたたちは自由にしててくれ。シアクさん、俺たちは昆布を洗ったあと帰ります」

「私たちは今晩はここで休んでいきます」


 簡単に手早く昆布を洗って甕に戻していく。これから日が暮れるので干しても意味がなく、明日の朝に廃墟で干すことにする。

 日が暮れる前に昆布を洗い終える。

 

「よし、終わり。フィズ、荷車をお願い」

「ええ」


 進とビボーンで甕の移動を行い、フィリゲニスが移住者たちの荷車を作っていく。

 その出来上がった荷車の近くにラジウスたちを呼ぶ。


「三台あるこれに乗ってくれ。乗り心地は悪いが、そこは我慢してほしい。すぐに出発だ」


 そう言うと進はシアクに挨拶に向かう。

 正常化した水溜まりで休んでいたシアクに別れを告げて、フィリゲニスたちが乗っている荷車に移動する。

 進が荷車に上がると、フィリゲニスは馬車を動かした。

 すぐに日が暮れて、周囲が暗くなっていく荒野を縦列のゴーレム馬車が移動していく。その馬車の頭上にいくつもの明かりが浮かぶ。

 目立つ一団だが、フィリゲニスとビボーンが先手を打って魔物を威嚇するため、馬車まで近づいてくる魔物はいなかった。

 時間にしておおよそ午後九時前といった頃に、一行は廃墟へと戻ってきた。

 あるところを境に寒さが和らぐ。それに気づいた移住者もいて首を傾げていた。

 馬車は廃墟の西側で止まる。ここに移住者たちの家がある。


「はい、到着。降りてくれ」


 移住者たちが疲れた様子で馬車から降りていく。サスペンションなどない馬車なので当然だろう。これだけでここに来たことを後悔し始めた移住者もいる。

 進はフィリゲニスに頼んで、明かりを家の上空に移動してもらう。


「疲れているところ悪いが、そこにある家を見てくれ。あれらがあんたらに準備した家だ。一人から二人暮らし用と家族用の二種類を作ってあるんで、そちらで話し合って誰がどこに入居するか考えてほしい」


 ラジウスたちは家を見る。同じ形で大きさが違う家が並んでいた。土砂で作られている家と聞いていたが、想像よりはまともな家でほっとした雰囲気が漂った。


「扉は基本的に引き戸だ。蝶番を作れる技術がないんでな」


 ついでに戸車を作る技術もないので、扉は下部のレールにいくつも丸い玉を置いて、その上で扉を滑らせる形にしてある。


「これから晩飯を取りに行ってくる。ラジウスに食堂を案内するついでについてきてほしいって言いたいところだが、疲れがひどいな」


 年のせいもあってか、あの馬車での移動は堪えたようだった。

 心配そうにラジウスを支えていたルアが、代わりに私が行きますと名乗りでる。


「君は?」

「ラジウスの孫です」

「そっか。じゃあついてきて」

「少しだけ待ってください」


 ルアはラジウスのことをほかの人に頼むと、すぐに戻ってくる。

 進たちはルアと一緒に食堂に向かう。移動中ルアはあちこちを眺めていた。

 食堂には芋の煮物が入れられた三つの大皿が置かれていた。帰ってくるのは夜になるとわかっていて食堂は使えないため、簡単な食事を頼んでいたのだ。


「これはどんな料理なんですか?」

「芋を醤油という調味料で煮ただけだな。芋の質がいいし、まずくはないよ。冷めているのは我慢してほしい」


 おかしな匂いはしないため食べられないということはなさそうだとルアは思う。

 飲み水の入った壺と人数分のフォークも持って移住者たちの家に向かう。

 その途中で、ルアは気温に関して聞く。


「村に入るとき寒さがいっきに緩んだ気がするんですけど」

「大昔にこの廃墟で使われていた大規模な魔法の道具が見つかって、それのおかげである程度寒さがましになっている」

「そうだったんですね。島で過ごすよりも寒くないしありがたいです。私はまだ平気だったんですが、お爺ちゃんは辛そうだったので」

「寒さが辛いなら、ホカホカドリンクって体を温める薬も毎朝食堂で配られる。必要なら持っていくといい」

「ありがとうございます」


 話しているうちに家に到着する。

 帰ってきたことにイコンが気付くかと進は思っていたが、眠っているのか姿を見せることはなかった。

 使う家を決めたのか、移住者たちの気配はそちらから感じる。

 ラジウスはルアを待っていたようで、少人数用の家の前に立っている。

 食事を持ってきたと大きな声で知らせると、ぞろぞろと家から出てくる。

 壺とフォークを渡し、大皿も渡す。コップは各家に置いてあるので、それを使ってもらう。


「食べながら聞いてくれ。今日はこれで解散だ。村の案内や仕事なんかについての話は明日の朝食後にする。朝食後家の前に集合だ。食堂の場所はルアから聞いてくれ」


 ばらばらに返事があり、進たちは食事が終わるのを待つ。

 食べなれない味に首を傾げる者はいたが、食べられないと言い出す者はいなかった。

 皿とフォークを回収した進たちも家に帰る。

 ラムニーとリッカが三人の帰りを待っていて、おかえりと言いながら芋と肉片の入ったスープを温め直してだしてくる。

 それを進とフィリゲニスが飲んでいるうちに、ビボーンが移住者について話していく。


「凶悪そうな人はいなかったわね。傭兵か自警団かやっていたんでしょう、鍛えられていて荒事に慣れた様子の人はいたわ。武具はなかったから、難破したときになくしたのかもしれないわね。あとは全員が私を見て警戒した様子を見せた」

「初対面なら仕方のない反応なのでしょうね。一緒に過ごすうちに良い人だとわかるかと」


 ラムニーは言いながら人じゃなくて魔物と言った方がよかったかなと思う。しかし中身は十分以上に人として優れていると思っているので、特に言い直す必要もないかと考えた。

 進たちも特に指摘はしなかった。


「彼らが問題を起こさず穏便に生活してくれるとよいのだけどね」

「家を準備して、食べ物も種類は少ないけれど飢えることはなく、寒さ対策もしている。これだけやって暴れられたらたまったものではないであります」

「そうね。でもなにかしらの不満は出てくるかもしれないし、どんなことを言い出しそうかしら?」

「やはり魔物と一緒は怖い、でしょうか」


 ラムニーがすぐに思いついたのはそれだ。普通の感覚ならば暴れないと教えられていても、すぐに納得はできないだろう。


「それは慣れてもらうしかないわねぇ」

「ほかは食べ物の種類がどうとかだと思いますけど、皆が同じですからね。文句が出てもどうしようもないです」

「食事に関しては差のつけようがないしね。ほかにはなにがあるかしら」


 そうですねとラムニーが考えむ。


「ごちそーさん。そのときにならないとわからないんじゃないかね」


 スープを飲み終わり、進が会話に加わる。


「俺たちが思ってもいないことに不満を感じるかもしれないし」


 進も現状に満足しているとは言えない。地球での暮らしと比べたら不便に思うことはある。そういった感じで故郷との暮らしと比べて不満を抱くことはあるだろう。

 大事になる前に、できるだけ兆候を見つけられるようにしておこうということで話がまとまる。

 翌朝の朝食後、進とビボーンとイコンがラジウスたちのところへ向かう。

 フィリゲニスとラムニーとリッカには昆布の天日干しを頼んでおいたので同行していない。

 家の前に出て進たちを待っていたラジウスたちにひどく疲れた様子はない。一晩休んで疲れはほぼとれたようだった。

 彼らに挨拶して、早速話し出す。


「今日やることは村の案内と仕事についての話し合いだ。今から畑の一つに案内するからついてきてくれ」


 歩き出して進の後ろにラジウスたちがついてくる。昨夜は暗く見えづらかった村の全容を見て、彼らは驚きの表情を隠さない。

 進たちのすぐ後ろを歩いていたラジウスが声をかけてくる。


「少し遠くを見たら壊れた建物ばかりなのですな」

「そりゃあね。俺たちがここに来てまだ一年もたっていない。そんな短期間でここを整備なんてできやしない。頻繁に探索しているが、まだまだ見ていないところは多い」

「割り振られる仕事は基本的に畑仕事と聞いているが、探索を仕事にしてもいいのだろうか」


 鍛えられた体の男が聞いてくる。


「ありっちゃありだが、この村には武具専門の鍛冶屋はないし、武具も限られている。その武具は村外の見回り組と警備組に優先的に配られているから、探索するとしたら心許ない武具でやることになる。そんな状態で危険な仕事をしたいのか? あとどこに行ってなにがあったかの報告と運搬も仕事になるぞ。ただあちこちに足を運べばいいってもんじゃない」

「魔物と共存していると聞いたんだが、危険なのか?」

「共存はしているけど、全ての魔物と仲良くやっているわけじゃない。敵対して襲いかかってくる魔物はいる」

「探索中にそういった魔物に襲われて怪我した場合の治療は?」

「妻が治療用の魔法を使えるが、治療だけに専念してもらうと困る。いろいろと魔法が使えるから仕事がほかにもあるんだ。虫人に医者相当の人がいるけど、他種族の治療を完全にこなせるかどうかわからない」

「村長からすれば、探索はお勧めしないものなんだな」

「畑仕事をやっている方が安全だと思うぞ。魔物との戦闘以外にも、探索している建物が崩れたりするし」


 進が探索をやるときは、フィリゲニスかビボーンという魔法に秀でた者が一緒なので倒壊しても身を守ることができる。ナリシュビーたちは室内でも浮かび、建物に振動を与えないように探索できる。しかし今探索を希望した者は人族で、とっさの対応が難しそうだった。だから進としては畑仕事を勧めたい。


「見るからに古いしな。調べているうちに壊れるのは十分にありうるか」

「解体を専門にしていた人と一緒なら大丈夫かもしれないけどな」


 いるだろうかと進は振り返って声をかける。しかし名乗り出る者はいなかった。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] リッカの眠っていた場所や先日の魔法装置みたいに探索で見つかる物もまだまだありそうな気もしますが相応に危険も付き纏いますからねー 移住お試し期間中にあんまり無茶をしないでほしいですね
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