81 村の名と地下の発掘品
寒さは今がピークなのか、ごくまれに急激に下がることがある程度で、現状の対策で問題なかった。雪もこれまでのようにうっすらと積もる程度だ。
廃墟の住民たちは寒いなーという感想で済むが、少し困るという感想を持つ者がいる。ローランドだ。雪が降るとボウリング場が使えないため、気晴らしできる機会が減るのだ。
今回もそんな雪が降ったあとの日で、ボウリング場が乾いておらず使用不可になっていた。
ガージーは交易品をもらって部下と帰り、ローランドは少し遊んでいくと残っている。
「そろそろ水人族から移住者がくるのか」
ガイスターの駒を一つ動かしローランドが聞く。相手は進だ。
それに進も駒を動かし答える。終盤で進が押されている状況だ。
「はい。そう遠からずくると思います」
「受け入れ準備などは?」
「家は作りましたし、食べ物もなんとかなりそうです。防寒具は毛布くらいですけど、ガージーさんに今回の交易で頼みました。あとは彼らがここでの暮らしをどう思うかですね」
「以前のここらを知っている俺としてはずいぶんと過ごしやすくなっているとわかるんだが、まともなところから来たらどう思うかわからんな」
「全員、ここでの生活に嫌気がさして帰るかもしれませんね。それならそれで食料に余裕ができて助かるんですけど」
今のところ住民を積極的に増やそうとはしていないので移住者が帰っても問題はないのだ。
建てた家が無駄になるが、人口が増えていけば空いているそこに入る者も出てくるだろう。
「わざと帰そうと厳しくはしませんけどね。当たり前のように対応して、それで残るか帰るか判断してくれってなもんです」
「向こうの判断次第か。とどまったらいい加減ここも名前くらい決めてもいいかもしれんな。集落というには規模が大きくなってきている。きちんと村と呼べるくらいには発展しているんだ」
「村ですかー、半年くらい前はビボーンと二人だったんですけどね。よくここまで人が集まったもんです」
「俺もここに村ができるとは思ってもいなかった」
ゲームを終わらせて、ローランドはそのまま話を続ける。
「名前を付けるとしたらどういったものをつける?」
「と言われましても、急に思いつきませんよ。ヒントにするなら捨て去りの荒野……ディスポーザルってのは安直かな」
「聞き慣れない名前だが」
「故郷方面の言葉なんですけどね。処分とかといった意味があったはず。この地方はいらないものを捨てたと聞いたことがありますし、似合っているかなと」
処分処理という意味のほかには、思い通りにする権利といった意味があり、王や貴族のいないここでの暮らしぶりに見合った名前かもしれない。
「ひとまずそれでいいんじゃないか? 反対がなかったり、いい名前が出てこなかったらそのまま定着していくだろ」
「かもしれませんね」
「ガージーに仮称として知らせておくぞ」
進は頷いて、もう一戦と誘われてゲームを始める。それが終わるとローランドは帰っていった。
夕食の時間になって皆が集まったときに、話題の一つとして進はここの名前について話す。
「ディスポーザルね。別にいいんじゃないかしら。以前の町の名前で呼びたくないし」
「私も特に反対はしないわ。廃墟という名で呼びなれていたし、それとたいしてかわらないでしょ」
「名前と言われても思いつきませんから、それでいいと思いますよ」
「ここの名前を考えるのはお主たちの役割と思う。お主らが反対しないのであればそれでよいのではないかな」
「私が知っている以前の町とまるで違いますし、新たな名をつけてもいいと思います」
それぞれが思ったことを話し、名前はひとまずディスポーザルということになった。
「ちなみにここがまだにぎわっていた頃はどういった名前だったんだ?」
名前を知るのはフィリゲニスとリッカのみで、フィリゲニスは口にしたくないということなので、リッカが口に出す。
「ミュラアンズという名前であります。町がまだ村だった頃、その村を作り上げた代表者の名前だと聞いています。初代がミーフ・ミュラアンズで、町になるまでその子孫が代表だったそうです」
豆知識に進とラムニーが感心していると、同じタイミングでフィリゲニスとビボーンとイコンが床に視線を向けた。
「フィズたちどうしたんだ」
「かすかに魔力の反応があったのよ。誰かが魔法を使ったのではなく、魔法の道具が発動したような感じ」
ビボーンに補足するようにフィリゲニスが続ける。
「発動しようとしてできないでいるというのを繰り返して……あ、止まった。魔力切れかしら」
「この建物になにかあるんかな」
「夕食後に少し調べてみましょうか。動作不良で爆発とか嫌だしね」
ビボーンが言い、皆頷いた。
跡片付けを終えて、全員で魔力の反応があったところへ向かう。
地下に降りて、ぼろい廊下を歩き、魔力反応があったところを調べてみたものの、それらしき道具はない。
「見つけていない隠し部屋とかありそうね。フィズ、透視をお願いできる?」
「少し待ってちょうだい」
魔法を使ったフィリゲニスが周囲を見渡す。
閉ざされた部屋が三つほどみつかった。
一つは牢屋だった。町にとって都合が悪く、されど殺すこともできない人物を監禁しておく場所だったのだろう。骨などはないので、町から人が去っていくときに忘れ去られた囚人はいなかったようだ。
二つ目は倉庫だ。中身は空で、朽ちた棚やぼろい絨毯があるだけだ。
三つ目が目的の部屋だった。一般家庭で使われていたような魔法の道具のようなものではなく、用途のわからない大きな代物が静かにそこにある。
「あったわ。ついてきて」
部屋に繋がる通路へと向かいながら、見つけたほかの隠し部屋についても話していく。
「牢屋と倉庫か。牢屋は放置でいいかな。倉庫の方は長期間保存したいものを置けるかもしれないし、発掘したいな」
もともとは宝物庫として使われていそうな倉庫だが、そこに入れる重要な品物などないため、食糧庫として使いたいと進は考えた。
それでいいんじゃないかとフィリゲニスたちは賛成する。
隠し部屋へと繋がる通路の壁まで来て、その壁をフィリゲニスは壊す。
壁の向こうは、暗く静かな通路が続いている。
換気を行ったあと、通路を進んで、部屋に入る。
部屋の大きさはファミレスのホールくらいか、その部屋の半分以上を機械のようなものが占めていた。大きすぎてここを去るときに持ち出せなかったのだろうなと似たようなことを進たちは思う。
「これはなんだろうね」
進が首を傾げる。明かりに照らされた外見からは役割がさっぱりだった。
それに答えるのはリッカだ。
「おそらくですが町のインフラを管理していた中枢機械なのではないでしょうか。持ち出すにはかなりの労力が必要でありますし、また使うことを考えて置いていかれたのかと。そしてもう一つ推測が。休止していたこれの発動キーが初代の名前だった可能性があります。私が口にしたことで起動しようとしましたが、魔力が足りずできなかった。という推測ができるでありますな」
「地上で名前を言っただけなのに、よくここまで届いたもんだ」
「それだけ高性能だったのでしょうなぁ」
ちょいちょいとラムニーが進の服を引っ張る。
「インフラってなに?」
使われた単語の意味がわからずラムニーが首を傾げる。イコンもわからなかったようで不思議そうな顔だ。二人が育った環境では使う必要のない単語だった。
「道路、水路、街灯といった快適な暮らしに必要な設備をさす言葉でであります。この機械は魔力の流れを管理して、各家庭に魔力を届けたり、街灯をつけたり消したりといったふうに魔力を必要とする場所に魔力を送り、異常があれば知らせる。そういった働きをしていたのだと思われます」
「発動したということは壊れてはいない?」
進の質問にリッカは首を傾げる。
「調べてみないことには。私はこういった機械修理の知識はそれほどありませんから、手を出せない可能性の方が高いですね」
「このまま放置すれば危ないかどうかくらいはわからないか」
進はどこかに非常電源のようなものがあって、そこから魔力が注がれて暴走することを心配したのだ。
「それならなんとかわかるかもしれません」
「だったら調査をお願いしたい」
「承りました。ではフィズ殿にお願いがあります」
「なにかしら」
「これに魔力を注ぎたいのでご協力を」
「どうすればいいの」
リッカが言うには、こういった機械は異常事態に備えて通常起動とは別の起動法が準備されている。それは大抵人間が魔力を専用注入口から注ぐようになっているので、そこから注いでほしいということだった。
注入口は今から探すということでリッカが機械の周囲を歩き出す。二分もせずにリッカが声をかけてくる。
「見つかりました。フィズ殿こちらへ」
進たちもついていくとリッカが注入口を指差していた。
進は車などにガソリンを注ぐ注入口を想像していたが、そこは少し窪んでいるだけで穴は開いていなかった。
「ここに指を置いて、少しずつ注いでください。いっきにいくと壊れてしまう可能性があります」
「はいはいっと」
言われた通りにフィリゲニスは魔力を少しずつ注ぐ。
すると機械がかすかに振動し、ピピピという電子音のようなものが先ほどまでいたところから聞こえてくる。
「ストップであります。調べるだけならもう十分です。ありがとうございました」
フィリゲニスはすぐに指を放す。
音がしたところに行こうとリッカが声をかけて、また皆で移動する。
音の発生源には空間に投影されたウィンドウが出現していた。
フィリゲニスとリッカにとっては見慣れたもので、進は実在するSF定番のものを見て喜び、ビボーンたちはなんだあれと不思議がる。
リッカが空間ウィンドウに触れて、手慣れた様子で操作していく。
「あれはこの機械を調べられるものなのかしら」
ビボーンに聞かれ進は頷いた。
「俺が知っているものと同じならそうなんだと思うよ」
「私が生きていた頃はああいったものはどこにもなかったわね。どうして技術差が出ているのかしら」
「あるところにはあるのではないかの。ただそれを作る技術が失われたことで広まることがなかった。争いやアクシデントで知識や技術が失われることは珍しくはないからのう。もしくは自身を傷つけ得る技術の危険性を感じ取った魔王が、王にとりついたとき知識と技術を廃棄したか」
「可能性としては魔王が廃棄したと言われた方がしっくりくるわね」
もったいないとビボーンは溜息を吐く。
「ああいった技術が残っていれば今頃世界はどこまで発展していたのかしらね」
「便利にはなっていただろうけど、案外人間が暴走して世界中が捨て去りの荒野のようになっていたりするかもしれないな」
「そう?」
「誰かが強力な魔法の武器を作って、それを脅威に思ったほかの誰かが似たようなものを作ってとどんどん広がっていって、ある日ふとしたことで使われて被害が出たら、あとはもう報復の連続」
進が語る予想図にラムニー以外が納得した表情を見せた。
「なんでそんな予想があっさり出てくるのかしら」
「そんな感じの本を読んだことがある」
本やゲームでポストアポカリプスを題材にするのは定番の一つだろう。進も何度か目にしたことがあった。
核兵器や謎のウィルスのかわりに、こちら独自の代物が世界を荒廃させても不思議ではないなと進は想像したのだ。
本の内容を聞かれて、こちらの世界にあわせて答えているうちに、リッカが調査を終わらせる。
感想と誤字指摘ありがとうございます