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80 元遭難者たちの出立

 ラジウスはビフォーダの南西にある村に住んでいた。そこで妻と息子夫婦とルアという孫と五人家族で暮らしていたのだ。

 故郷はなんの変哲もない村だったが、穏やかな暮らしを住民たちは気に入っていた。

 魔王が現れて、平和だった国は荒れだし、その余波が村にまで到達した。大量の魔物が暴れ、それに巻き込まれて息子夫婦が死んでしまい、ラジウスたちは国を出る決意をした。

 陸路よりも海路の方が安全だったので船に乗り、それが運悪く嵐に遭遇し、そのときに妻とも死に別れてしまった。

 水上で寒さに震え、孫と一緒に悲しみに暮れるなか水人族に助けられたことは幸運で、こうして生きていけることも幸運だ。遭難で財産を失ってしまったラジウスたちは他国に行ってもどうしようもなく、さらに親類もいないため行くあてがなく、ここで飢えずに暮らせるだけでもありがたかった。

 水人族の島なためいろいろと勝手が違い、暮らしづらさはあるものの、世話になっているのだから贅沢はいえない。

 初老といえる年齢になってずいぶんたち、疲労も抜けにくいため、働くのも苦労がある。それをルアは心配し、移住の話が来たとき大陸ならば現状より過ごしやすいだろうと名乗り出たのだ。

 捨て去りの荒野に村ができているという話は、ラジウスたちは信じられなかった。どういうところかは昔話で聞いたことがある。いくつもの国が開拓に乗り出して失敗し、その後魔物たちに占領された大地。そのようなところに村などできようがないと思った。自分たち遭難者が負担になっているから、そこに捨てようとしているという意見も出た。

 そんなラジウスたちに、シアクは強制ではないと言い、選択肢を差し出してきた。このまま島にいてもいいし、向こうに行ってもいいと。

 遭難者が負担になっているなら、兵で囲み捕まえ連れて行くこともできる。それをしないということで信じる気持ちが湧いた。そうして島に馴染めず行くという者も現れだした。


「お爺ちゃん、おまたせ」


 これまでのことをラジウスが思い返していると、二人分の料理を持ったルアが声をかけてきた。仕事は終わりなのだろうつけていたエプロンを外している。

 ルアは隣に座ると料理を自分とラジウスの前に置く。具沢山魚介類のスープだ。


「今日も美味しそうだね」

「ああ、そうだな」


 故郷にいた頃はこうして魚介類を食べることは少なかったと思いつつラジウスはスプーンでスープをすくう。温かいスープは胃の中から体を温めてくれる。移住先もこのように暖かな思いをさせてくれるところだとよいなと思いつつ、食べ進める。

 食事を終えて、ラジウスとルアは店を出る。

 向かう先は浜の片隅の陸地に建てられたテントだ。島には宿泊施設はあるが、それはお金を払える者が使っている。そもそも宿泊施設そのものが島にそこまで多くはないため、ラジウスたち財産のない者はテント暮らしをするしかない。

 水人族たちが与えたテントは作りがしっかりしたもので、雨風を通さない。その点は助かっているが快適かと言われると頷けない。

 いつまでもこんな生活を続けては祖父が弱ってしまうとルアが考え、移住を決めたのも無理はないのだろう。


「ルア、シアク様から明日の仕事終わりに浜で、移住に関して話があるそうだ。人数は二十人までで、迷っている者は島に残すということらしい。それを皆に伝えるのを手伝ってくれないか」

「うん。私は離れたテントに知らせに行くから、お爺ちゃんは近くのテントからお願いね」

「ありがとう」


 自身も働いて疲れているだろうに、それでも祖父を気遣うルアにラジウスは頭をなでてやる。それくらいしか労わることのできない自身が少し恨めしくもあった。

 ルアは嬉しげに受け入れて、連絡のため離れていった。

 翌日もラジウスは掃除の仕事に出て、夕方に浜へと向かう。ルアも仕事場に早上がりを伝えていて、集まってくる者の中にいた。

 集まった人数は二十四人。聞こえてくる話だと、現状でも迷っているという者が三人ほどいた。

 そこにシアクがやってくる。ラジウスたちに挨拶されて、朗らかに返していく。


「さて全員集まっているかな」

「これ以上集まってくる様子はないので、これで全員かと」


 ラジウスの返答にシアクは頷き、人数を確認していく。


「二十四人か少し多いな。伝えてあると思うが現時点でも迷っている者がいるなら、辞退してもらいたい。向こうは二十人ほどが受け入れ可能だと言っていたのでな」


 どうだとシアクが全員を見渡すと、迷っていた感じの三人がそれならばと帰っていった。

 二十人前後と進に伝えていたので一人多いくらいならば許容範囲だろうと思い、話を続けることにする。


「では移住に関して話していこうか。場所は捨て去りの荒野にある廃墟。住民は人と魔物。税金などはないが個人で稼ぐということも無理だ。全員で作り、全員にわけるという方針だ。水と食べ物に困っている様子はなく、肉と魚と野菜を食べているらしい。ここまでは以前に話したな」


 ラジウスたちは頷く。


「では以前疑問としてあがった家や仕事といったものについて話していこう。家は土で作られたものを皆に渡すそうだ。土といってもいい加減なものではなく、魔法を使いきちんと作られていた。目の前で小型版とはいえ作ってみせてくれたよ。正直今のテント暮らしよりはましじゃないかと思う」

「家具なんかはどうなるんでしょう」

「机や椅子、ベッドといったものも土で作られていたな。ベッドはそのまま寝るのではなく、枯草を置いて、その上にシーツを敷くといった形になるそうだ」


 なるほどとラジウスたちは頷いていく。全部土製というのは想像しづらくもあったが、広さはテントよりも確保できそうだと思う。


「仕事は主に畑仕事だな。なにか技術を持っていればそれに関した職に就くかもしれんが、その技術を生かせる設備がなければ畑仕事だと思う」

「俺は村で自警団に所属していたんですが、向こうでも戦力として扱われるのでしょうか」

「向こうもそれなりの戦力は持っているだろうし、すごく強いといったことがなければ畑仕事に回されるのではないかな。自分は強いと考え希望するなら戦力として回されるかもしれないが」


 自警団に所属していた男は強いと言い切れる自信はなく、大人しく畑仕事に回ろうと思う。

 遭難者の中には傭兵としてやっていた者もいる。彼は警備に回るのもいいなと考えている。


「自分は狩人だったのですが」

「獣や魔物がそう多くはないようだから君は畑仕事だろう」

「多くないのですか? 捨て去りの荒野は魔物が支配していると聞いたのですけど」

「正しくは魔物が支配しているところもあると聞いている。廃墟周辺にも魔物はいるが、そこまで多くはないらしい。だから肉の確保も大変だったそうだ」

「今は肉を食べられていると言っていましたよね? 牧畜をやっているということでしょうか。牧畜なら手伝っていたのでやれると思います」

「魔物がグローラットというネズミの魔物を増やしているそうだ。牧畜をやりたいなら、そこに混ざる形になると思う」


 魔物がやっていると聞いて今の質問者は顔を引きつらせた。

 さすがに魔物だらけの場所に飛び込む勇気はなく、畑仕事をやろうと決めた。


「ほかに質問はあるかな」

「むこうの住民の構成ってどういった感じでしょうか」

「人族ごく少数、虫人多数、ノーム少数、熊の魔物ごく少数より上、犬の魔物少数、虫の魔物少数といったところだな」

「精霊人族は大丈夫ですかね」

「操られていないかという話なら、問題ないだろう。そういった話は一切出ていない。そもそもあの土地でどういった活動をするんだという話だしな。操った精霊人族を送り込むのも一苦労だろう」

「あー、なるほど」


 シアクがほかに質問はあるかと聞き、特にないということで話を続ける。


「ここまで話してあれだが、向こうから出された条件が人数制限のほかにもう一つあってな。それは受け入れたあと一ヶ月ほど様子を見るというものだ」

「様子見をということは合わないと判断されるとどうなるのでしょう。まさか移住先から放り出されるということは」


 荒野を放浪することになりかねないという発言が出たことで、ラジウスたちは動揺する。

 彼らに落ちつくようにとシアクは両手の手のひらを向けて動かした。


「それはない。合わないと判断したらここに戻ってくることになっている」

「ああ、そうなのですか。安心しました」

「ただし向こうで大きな問題を起こせば、即座に追い出されることになるだろうが」

「それはまあ当然でしょうね。故郷の村でも問題を起こした者をそのままにすることはありませんでしたから」


 シアクの補足に当然だろうなと頷く者が多い。

 頷かなかった者の一人が疑問の声をあげる。


「ですが魔物との過ごし方などわかりません。こちらに悪気がなくとも、向こうを刺激してしまい問題に発展することはありえるのではないでしょうか。その逆もです」

「様子見の一ヶ月間は君たちと魔物たちに距離を置くようにすると言っていたよ。いきなり完璧に付き合いをこなせというのは無茶だろうと向こうの村長もわかっている。そういう対応をとるから、自分から突っかかっていけば村から追い出されることになるということを覚えておいてほしい」


 わかりましたといった返事がいくつもあがる。


「伝えることはこれくらいだな。出発は五日後を予定している。働いているところにその旨をきちんと伝えるようにな」

「「「はい」」」


 解散になり、ラジウスたちはこれから先のことを話しつつテントに戻っていく。

 シアクも今日の仕事は終わりとなって海の中にある家へと帰っていく。

 翌日、身支度を整えたルアは職場の食堂に向かう。


「おはようございます」

「おはよう」


 店長の女がルアに挨拶を返す。


「店長、出発が五日後に決まりました。これまでありがとうございました」

「そうかい。性格はいいし働き者だから助かっていたんだけどねぇ」


 心底退職を残念がる店長にルアは再度礼を言う。職場が見つからず困っていたところを雇ってくれた店長には本当に感謝していた。


「私一人だったらここで働かせてもらっていましたが、お爺ちゃんはここでの生活がきつそうなので」


 何度もラジウスと顔を合わせている店長はだろうねと頷く。


「若くはないし環境の違いはきついだろうね。向こうに行っても頑張るんだよ」

「はい。といっても向こうの生活が厳しければこっちに戻ってくるかもしれないんですけどね」

「そうなの?」

「一ヶ月間は様子を見るということらしいので、その間にお爺ちゃんの様子を見て決めたいと思っています」

「戻ってきたらまたうちにきな。まあ、あっちこっち行くよりは向こうで落ち着ける方がいいんだろうけどね」


 そうですねと答えて、エプロンを身に着けて料理の下準備を手伝う。

 そして出発の日、ラジウスたちは少ない荷物を持って船に乗って南を目指すことになる。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] テント暮らしをこれからもずっと続けるかって言われたらいちかばちかで魔物と一緒でも陸地で暮らす方を取るでしょうねえ 今でこそ土の家ですけど時が経てば木で家を建てたりも可能性としてありますし
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