8 成果あり
池は底と水面とではっきりと色合いが変化していた。底は濁り、水面は綺麗だった。
池の周囲にはぱらぱらと獣や魔物がいたが、刺激しなければ襲いかかってくる様子はないとビボーンが言うので、進も警戒するだけにとどめた。
「これは飲まない方がいいよな」
「でしょうね。魔法を使っちゃいなさい」
「昨日無茶したのに、休まなくていいのか」
「ここで使うくらいなら大丈夫よ。昨日と同じことをやったら危ないけど」
壺に移した分だけに魔法を使う予定だったが、魔法への適正が上がった成果を見てみようということで池に使わせることにしたのだ。
大丈夫というビボーンの言葉を信じて、進は池に魔法を使う。
魔法は効果を発揮して、池の水を綺麗にする。
「昨日みたいに頭が痛かったりしないでしょ」
「しないな」
ほっとした進は顔を洗ったりと用事をすませていく。
壺に水を確保して、拠点に戻る。
昨日と同じく芋を調理し、皮をむく。見た目は昨日と同じで進は少し躊躇う様子を見せたが、腹は減っているので塩を一振りしてから噛りつく。そばにはいつでも流し込めるように水を入れたペットボトルがあった。
「美味いと感激はしないけど、昨日よりだいぶましになってる!」
えぐみは消えて、塩とよく合う味わいだ。ジャガイモのようなほくほくとした口当たりではなく、里芋のようなややねっとりとした口当たりに近い。長芋ほどに粘り気はなく、ジャガイモと里芋の中間にあるものだろう。こればかりだと飽きるだろうが、味の改善がされているだけだいぶましだと思えた。
朝食分の芋を食べ終えて、ほかになにか食料になりそうなものがあるかビボーンに聞く。
「植物に関してはあれ以外に知らないわ。ほかは魔物を狩るか海まで行って魚や貝を取るくらいじゃない?」
「池の生き物は食べられないんだな」
海までそれなりに遠かったなと思い出しつつ聞く。
「あれは池が正常な状態に戻らないと駄目じゃないかしら? 体に悪いものを溜め込んでそうよ。今食べようと思うなら、一匹一匹に変質の魔法をかけて食べられるようにする必要があるわね。魔法の練習になるからそれもありかもしれないけど」
変質の魔法を使う以外にも、綺麗な水に入れて泥を吐かせたりする必要もありそうだ。
食料について話したあとは、昼食までビボーンが投げる石を避ける訓練をして、昼からは廃墟探索を行う。
探索では公園以外に生えている芋を見つけたり、そこの土壌に魔法をかけたり、石のフライパンをみつけたりとなかなかの成果を上げた。
魔法を習得し数日は同じことの繰り返しになった。
変わったことといえば、夢に関するものだった。夢を見ること自体におかしなことはない。登場人物の一人に問題があった。十代後半から二十歳くらいの黒髪の女が登場するのだ。ほかの登場人物が流れにそって動き話すのに、その黒髪の女だけはなにもせずにじっと立っていた。何度も夢に出てくるとさすがに違和感を感じ、起きても覚えているくらいには印象が残る。彼女がなにがしたいのかさっぱりだ。怪談に出てくるような恨みの表情で少しずつ近づいてくるような恐怖の対象でもなく、一定の距離を保ってじっとしている。
ビボーンもそういった夢を見るのかと進は相談してみたが、そういったことはないらしく、わけがわからないという結論しかでなかった。
異世界に来るというよくわからない状況だからそんな夢を見るのかと進は考え、ひとまず気にしないことにした。
気にすべきことはほかにあった。献立が毎食同じで、食事の楽しみがないのだ。進は芋のレシピはなにがあったかを思い出して、芋からデンプンを取り出し、それと潰した芋と塩を混ぜてフライパンで焼いた芋もちを食べたりと少しでも飽きがこないように頑張っていた。
ほかには今後行うという魔物退治についても話し合い、一つ作戦というかやってみたいことができた。それが上手くいけばかなり楽ができる。
いよいよ魔物を求めて廃墟を出る。
進が魔物を見かけたのは三ヶ所。池と廃墟とこちらに来た初日の丘のようなところだ。池を荒すのは今後困りそうなのでそちらには行かず、廃墟にいる魔物は見かけると逃げる。ということで丘の近くを目的にビボーンと歩く。
そう時間をかけずにビボーンが指差す。
「あっちにいるわね」
ビボーンが指差す方向に動いているなにかがいた。百メートル以上離れたところにいて進は言われないと気づけなかった。
「よく気づいたな」
感心した声音で言う進に、ビボーンはなんでもないことのように返す。
「見晴らしがいいし、魔力の動きに集中していたらなにかがいるってくらいはわかるわよ」
「そうなのか」
進は魔法を使えるようになっているが、自身の魔力くらいしかわからない。近くにいるビボーンの魔力も感じ取れない。これが修練の差なんだろうなと思いながら魔物へと向かう。
ある程度近づくと向こうも気づいたようで近づいてくる。コモドドラゴンに似た感じではあるが、サイズは一回り小さい。
「私も魔法の準備をしているから、ススムも準備しておきなさい」
「りょーかいっと」
魔物は進を餌とみなしているようで、涎を垂らし真っすぐ駆け寄ってくる。
「か弱く、未熟な、幼き体へ。マッスルダウン」
互いの距離が五メートルをきる前に魔物の筋肉を生まれたばかりの頃のものへと変化させる。
筋肉の質を落とせば弱体化し、戦いが容易になるのではと話し合い、試すことになった。
その結果が今目の前で現れている。魔物の移動速度が明らかに落ちた。
「効果あったみたいね。これなら油断しなければススム一人で倒せると思うわよ」
「外皮に剣が通るか?」
「背を踏みつければ動けなくなるでしょうし、あとはもう何度か突けば通るでしょうね」
「なるほど、やってみる」
筋肉が衰えた状態でも逃げようとしないトカゲの魔物の側面に移動する進。
トカゲの魔物も進を真正面に見ようとしているが、動きが鈍重ですぐに進に背を踏まれて、足をばたつかせている。
進は折れた剣を両手で逆手で持ち、魔物の背へと突き刺す。最初は外皮を浅く傷つけるだけだったが、二度三度と刺していると貫くことができた。
背中からの痛みに魔物は悲鳴をあげて暴れるが、進が傷口を広げるように刺した剣を動かし続けたことで動きを止めた。
「死んだか」
一応ビボーンにも確認してもらおうと視線を向けると頷きが返ってくる。
剣を抜いて、踏みつけていた足も外す。
「弱体化させれば俺でもこいつは倒せるんだな。どれくらいの強さなんだ? そこまで強くはない魔物だとはわかるけど」
「魔物の中だと弱い方でしょうね。十段階で魔物の強さをわけるとして、これは二くらいね。弱体化させた状態なら一」
万全の状態ならばビボーンは一段階上の評価を出していただろう。しかし餌が満足に食べられないここらだと大抵の魔物はランクが下がるのだ。かといって弱い魔物ばかりではなく、捕食者として上位に立つものもいるので進が一人で動き回るのはやはり危険だ。
「さてともう少し魔物を倒していきましょ」
頷いた進は魔物の尾を持って背負う。
「持って帰るの?」
「トカゲって食べられたはずだし、これも大丈夫かなって」
トカゲ肉など進は食べたことないが、食べられるものがとても限られている現状、食べられそうなものを放置する気はなかった。
「毒を持っている種じゃないはずだし、食用にできるかもね」
二人は次の魔物や獣を探して移動していき、蟻の魔物とサソリの魔物を倒して拠点に戻る。
蟻は弱体化をさせてなんとかなったが、サソリの方は尾の毒針が危ないということでビボーンが倒した。弱体化させても偶然毒針がかすりでもしたら毒消しの薬のない現状なにもできず苦しむことになるのだ。下手すると死ぬので、戦闘面では未熟な進では相手できないとビボーンは判断した。
「あのサソリ以外にもあなたが向いていない相手を二種類思いついたわ」
「ほうほう。というか真っ向勝負するならどれも向いてない気がするけどな」
まあそうだけどとビボーンは苦笑する。
「あなたの弱体化が効かない相手と効きづらい相手が向いてないわね」
弱体化させないと勝てないのだから当然じゃないかと進は思う。
「詳しく言うと、私のような筋肉がない相手は、あなたの弱体化は意味ないわよね」
納得したという表情になる進。
「あ、そういうことか。たしかに筋肉の質を落とすことを意識した魔法だから意味ないな」
「そういった相手と戦うなら、別の弱体化を準備するか、戦いそのものを避けなさい」
「わかった。それで効きづらい方は?」
「実力差がある相手ね。私もそうだけど、魔力の扱いに熟練していたり、単純に強さに差がありすぎると効果が発揮されないことがあるのよ」
「魔力の扱いに関しては、大抵の人が当てはまる気がするけどな。俺は少し前に魔法を使い始めたばかりだし」
「その程度の差ならば能力者ということと限界突破したことでゴリ押しできるのよ。だから油断している天才程度なら効果を通せる」
「逆に言うと油断していない天才には無理か」
「現状はね。今後の練習次第では天才でも大丈夫になる。スペック差はどうにもならないことがあるけど」
「どれくらいの差があると効きづらくなるんだ?」
ビボーンは考え込む仕草を見せて、一分ほどで会話を再開する。
「確実に効かないという相手は、東にいる二体の主でしょうね」
「主なんているのか」
「北東の国境を遮る山脈と南東の国境を遮る森にいるわ。山には大烏、森には樹精。どちらも大きく変化した環境に適応したことで生まれた変異種ね。世界最高峰の強さを持っていると思うわ」
「そんなところを通らないと神殿に行けなかったりする?」
「山と森の間を慎重に進むことになるでしょうね。大暴れせずにこそこそと進めばなんとか通れるでしょ、たぶんね」
たぶんと付け加えられたことが進の不安を煽る。このことで急いで神殿に向かうのではなく、ある程度時間をかけて向かった方がいいなと改めて思う。
だったら海からならどうだと思い、進は聞いてみる。
「小舟を用意できないでしょ」
「仮にできたとしたら行けそうか?」
「沿岸を進むならありかもね。その場合は北か南の隣国に上陸してそこから徒歩とか馬車とかかしらね。海にも魔物は出るから、その襲撃に耐えきれる船を準備する必要があるけどね」
船作りの知識などない進は海から行くことをさっさと諦める。もとより絶対そちらから行きたいとまでは思っていなかったのだ。
話しながら拠点に帰り、進は持ち帰ったトカゲの魔物をさばく。魚をさばいた経験はあるものの、トカゲをさばいた経験はない。皮を力尽くではいで、現われた肉を削いでフライパンで焼くくらいしかできなかった。内臓に関しては手が出せないので、わりと可食部分を残すというもったいないことになった。
残った部分は捨てるしかないかと進が思っていると、その考えを察したらしいビボーンが魔物をおびき寄せる餌に使えるだろうととっておくように言ったので、部屋の片隅に置かれる。腐りはするだろうが、虫が少ないのでたかられることはないだろう。
ちなみに肉の味は悪くはなかった。むしろ初日に食べた芋に比べるとかなり上等な部類だった。少しだけ食べて気分が悪くならないことを確認してから、魔法で質を上げて食べると味はさらによくなり数日ぶりの芋以外の味に満足し、進は横になる。
明日の予定を思い浮かべながら、そのままうとうととして眠りについた。