79 元遭難者たち
漁に出たナリシュビーの知らせで進たちは海に向かう。
今回はいつもより早い交易なので、持っていく芋の量は少なくなっている。
水人族側も昆布を収集する時間が減っているので、いつもより少ないのはお互い様だった。
フィリゲニスとラムニーに昆布の処理を頼み、進はビボーンと移住者についてシアクと話すことになる。
「それでどういったことになったのか聞かせていただきたいのですが」
「こちらとしては条件付きで承諾ということです」
「条件とは?」
「以前も話したように魔物もいるところですから、馴染めるかどうかすぐにわかることではないので、一ヶ月ほど一緒に暮らし、それで無理そうなら島に帰すという結論になりました」
なるほどとシアクは頷く。
「魔物と暮らすと事前に知らせていても、やはり実際に体験してみると問題点も出てくるでしょうね」
「まあ最初は互いに距離を置いてもらうつもりなのですが。それでも無理という人はいるかもしれません。そこでギブアップするようなら本格的な交流は無理でしょうし、無理矢理交流を続けてはもめごとになる可能性が高い」
「うんうん、わかります。納得できる条件です」
「ほかには人数制限をしたいといったところですね。三十五人来ると食べ物が足りなくなるかもしれないのですよ」
「何人くらいまで受け入れ可能でしょうか」
「二十人が最大といった感じです」
「ふむ、何人か移住しないと言っていまして、今も迷っている人を除外すれば二十人くらいになると思います」
「ではその方向でお願いします。こちらからこんなところですが、そちらからはなにか伝えることはありますか」
そうですねとシアクは少し考えて首を縦に振る。
「移住者からは食べ物や家や家具や衣服はどうなっているのかと疑問の声が上がっています。食べ物は今聞いたとおりでしょう。家などはどうなります?」
「立派なものは無理と言っておきます。雨風をしのげる簡単なものを建てて、そこで寝泊まりしてもらいますね。正直快適に過ごせるとは思いません」
「どのような感じか実例をあげてもらえると助かるのですが」
言葉で説明しようとした進だが、ビボーンが実際にやってみせた方が早いだろうと砂を使って家を建てていく。実際にここに住むわけではないので、少し大きめの模型サイズの屋根なしの家が建てられた。
「木材はないので、基本的にこうして土や砂を使って建てられることになりますわ。これに屋根がついています」
「土で家具も作れるというのは便利ですな」
「ベッドは枯草を敷いて、その上にシーツという形になりますね。渡せる量の綿がまだありませんから」
グローラットの寝藁に使っているものを流用しようという考えだった。土の上にシーツを敷いて寝るよりは断然ましだろう。
元からいた住民と差をつけるといった考えではなく、本当に綿が足りないのだ。もとからいた住民に行き渡らせたあと、移住者にという形になるだろう。
予想される生活スケジュールを説明されて、シアクはなるほどと頷いていく。
「楽な生活ではありませんね。ですが飢えることも渇くこともない」
「ええ、それは保証できます」
「楽じゃないのは今も一緒ですし、問題はなさそうですね」
「以前も聞きましたが、島暮らしも彼らにとっては過ごしやすいものではないんですか?」
進の言葉にシアクは頷いた。
「水人族の島ですし、私たちが使いやすいようになっています。他種族が一時的に寝泊まりするくらいなら大丈夫ですが、長期滞在は想定していません。ですので不便なところはどうしてもあります」
「不便なところから不便なところへ、ストレスが溜まりそうですね」
「そうでもないと思いますよ。うちの不便さには自由に出歩けないというものもあります。島は重要な書類といった水に浸せない物を保管する場でもありますから、移動制限がかかっています。そのせいで窮屈さもあるんですよ。でもここなら格段に広さが違います」
「廃墟内なら確かに自由に出歩けますね。魔物が潜んでいるところもあるから、危険ももちろんありますが」
いまだ廃墟全部の確認は終えていないので、行っていない場所は魔物が潜んでいる。
探索終了はまだまだ先のことだろう。
「危ないところは事前に話してもらえれば島にいる人たちも行くことはないでしょう。遭難という命の危機にあって、さらに命を捨てるようなことはしたくないでしょうし」
「でしょうねぇ」
移住者に関連した話がもう少し続く。
食料に不安があるということなので、水人族から冬の間は交易の際に魚の提供をする方向で王に進言するということになる。
ほかには移住者の内訳を聞いた。家族だったり一人身だったりで、準備する家の大きさを変える必要があったのだ。
そういったことをちょこちょこと話して大方まとまる。
「ではまた半月後に。そのときに移住者を連れてきます。おそらく二十人前後になるでしょう」
「そのくらいを目安に家を作っておきます」
話し合いを終えて、進たちは昆布の作業を手伝いに行き、シアクは綺麗にしてもらった水に浸かって疲れを癒す。
昆布を回収して廃墟に戻った翌日の夕食後に進はまとめ役を集めて、話し合いの結果を伝える。
事前に決めてあったことから変更はなかったので、まとめ役たちから反感などは湧かなかった。
そして翌日から家作りや家具作りが始まる。いつもより多めに芋なども植えるようにして、食料も蓄えるようにしておく。
人の増加に対して準備をしていくうちに半月という時間は過ぎていった。
◇
王都に帰ってきたシアクは交易品の確認や保管を部下に任せて、王に会いに行く。
廃墟に関しての報告を持ってきたことを兵に告げて知らせてもらい、王の執務室に案内される。
顔を伏せ膝を着いたシアクに、王は顔を上げるように言って順調にいっていることを労わる。
「いつもより急な仕事をよくこなしてくれた」
「はっ」
「こたびは移住に関しての返事を聞くはずだったが、どうであった」
「条件付きで受け入れるとのことです
条件とはと促され、シアクは答えていく。
「食料の問題か。さすがにそこは無視できぬな。向こうの条件も理解できる。二十人前後で移住させよう」
王の決定にシアクたちもその方向で考えることにした。
「冬の間の魚の提供もかまわぬ。交易の際に大型の魚類を持っていくように」
「承知いたしました」
「交易に関してはこれくらいにして、むこうの様子はどうであった?」
「海に関しては大きく変わった様子はなく。気のせいかもしれませんが、魚の姿が若干増えた気もしました」
「正常化へと進みだしてそう時間は経過しておらぬからのう。海の状況が悪化してなければよい」
「悪化はしていません」
シアクの断言に王は機嫌良く頷く。
「陸地の方はどうだ」
「今のところ異常はないと聞いています。寒いため狩りで獲物が取れる機会は減っているそうですが、魔物が接近することも減っていて安全度は上がっていると」
「なるほどのう。ほかになにか聞けたことはあるか」
シアクは会話を思い出すため考え込む。
ホカホカドリンクについては前回話し、廃墟の様子も前回から変わりないと聞いていて改めて報告することはない。
「ああ、そうだ。昆布を使った調味料と似たようなものがないか聞いてみたところ、鰹節というものがあると言っていました」
「ほう」
「詳しいことは知らないということでしたが、切って、よく煮て、骨を抜いて、燻製にするという行程で硬いカツオの塊ができるのだとか。それを薄く削ってお湯で煮ると調味料の一種として使えると言っていました」
「その身を食すのではなく、調味料として使うのか。貝や海老などはよいスープが取れるが、魚からも同じことができるとはの」
「今回聞いた話で目新しいことはそれくらいでしょうか」
「うむ。ご苦労であった。ゆっくりと旅の疲れを癒すとよい」
「ありがとうございます。移住者たちに予定を伝えたあと、休ませていただきます」
シアクは一礼し、王の執務室から出ていく。
その足で浜に近い広場に向かう。移住者たちの誰かが大抵そこにいるのだ。
「お、いたいた。ラジウス、ちょっといいか」
「これはシアク様。こんにちは。なにかご用事で?」
箒を使い、広場掃除をやっていた五十歳半ばほどの男が声をかけられシアクへと顔を向け挨拶をする。猫の獣人で髪は白だが、耳と尾は白と黒のまだらだ。島に残った遭難者の中で一番年上でまとめ役に任じられていた。
遭難した者たちはこういった掃除や店の手伝いをして、生活の糧を得ていた。もともとの職業を生かして、ここでも同じ職に就いている者もいるが少ない。
「移住に関しての話があるから、明日の仕事が終わった頃に浜に集まってくれ」
「わかりました。皆に伝えておきます」
「うむ。それで移住に関して人数はどうなっているかな。以前から考えを変えた者などはいるだろうか」
ラジウスは少し考えて首を振った。
「そうですね……これといった変化はないかと。どちらにしようか迷っている者もそのまま決めかねているようです」
「だったらそういった者は連れて行かないようにすると伝えてほしい」
「どうしてでしょうか?
「詳しいことは明日話すが、向こうから人数制限されてな。受け入れは約二十人までになったんだ」
「そうでしたか。はっきりと行くと明言しているのは二十人弱といったところですから、それを伝えてたらどちらか決めるでしょう」
「頼んだ」
用件を伝えたシアクは海の中にある自宅に帰っていき、ラジウスは掃除に戻る。
夕方になり掃除を終わらせたラジウスは浜の店へと向かう。そこで孫娘のルアが働いているのだ。
ついでにそこで夕食を取って、ルアの仕事が終わるのを待つつもりだ。
店内に入るとすぐにルアが気付いて、笑顔で近づいてくる。耳と尾が金茶色で、髪も同じ色のツインテールだ。三ヶ月前に十四歳になったばかりだ。
「お爺ちゃんいらっしゃい」
「うん、今日も待たせてもらうよ」
店のカウンターの隅に移動して、注文をする。
注文を待つ間、外から聞こえてくる波の音を聞きつつ、あちこちと移動し働いているルアの姿を眺める。ああして元気でいてくれることがとても嬉しい。
ラジウスにとって残された家族であり、ルアにとってもそれは同じだ。
感想と誤字指摘ありがとうございます