78 移住とルールの話し合い
冬でも水人族との取引は止まることなく続いている。
今回も漁に向かったナリシュビーから灯台に合図が出ていたことを教えられて、進たちは翌日の早朝から交易品を荷車に積み込んで海へと向かう。
メンバーはいつもの四人に加えて、ミグネもいる。いつもと違った環境で魔法を使ったり、魔物と戦わせたいとビボーンが連れ出したのだ。
初めての海ということでミグネは好奇心と不安を表情に出したまま移動中にビボーンから魔法の講義を受けている。
海に到着して進たちは荷物を下ろし、フィリゲニスが合図の魔法を空に放つ。それで沖にいるシアクたちは気付いて浜にやってくる。
「ススム、私たちは離れたところで魔法の練習をしてくるわね」
「わかったー」
離れていく二人を見送り、シアクたちの上陸を待つ。
ビボーンたちは二百メートルほど離れて、魔法の練習を始める前にミグネに海とはどういったものか経験させている。指につけた海水をなめてミグネが顔を顰めている。
同じタイミングくらいでシアクたちが交易品を持って浜に上がってきた。
互いに挨拶して、交易品の確認をしつつ話していく。
「いつもと同じく昆布と武具と塩です」
「こっちもいつもと同じく芋と醤油と酒ですね」
塩作りは水人族の主力産業ということで、進たちが作るものよりも良いものだったので交易品に加えたのだ。
廃墟側から出すものは変わっていない。たまに海に来るまでに狩った魔物がいるとそれを凍らせて渡すことがある。
芋以外の作物が余裕が出てきたら、交易品に加える約束もしている。今のところは自分たちで消費するだけしか作れていないので、余裕が出てくるのはまだまだ先だ。
進たちはゴーレムが、水人たちは兵たちがそれぞれ交換したものを運ぶ。
「いやはや最近はめっきり寒くなってきました」
「そうですね。うちにいる虫の魔物なんかはその影響をすごく受けています」
「あなた方は寒さに強そうですね」
着込んでいるというふうに見えない進たちを見てシアクは言う。
「そうでもないですよ。フィズが魔法で寒さを和らげてくれているだけですから。魔法がなければもっと厚着していますね」
「そうでしたか。私たちは寒さに強い種族ですが、それでも水から出るとぶるりと一度震えることもありましてな。事務仕事は水からでないとできないので、寒さを辛く思うこともありますよ」
「厚着だったり、火で温まるといったことのほかに特別な対策はとっているんですか?」
最近ホカホカドリンクという寒さ対策をした廃墟側としては、ほかにも対策があるなら知りたいところだった。
「特にこれといってはないですね。暖炉で部屋を暖めたりといった当たり前のことです」
「うちだとホカホカドリンクという魔法の薬を作ったんですが、そちらにはないんですか?」
「そういったものがあるのは知っていますが、作り方はわからないんですよ。輸入しなければならないほど寒さが辛いわけでもありませんからね」
そこまで行ってシアクはなにかに気づいた顔になる。
「どうしました?」
「いえ、ちょうどいいかもしれないですね。私たちは寒さに強いと言いましたが、そうでもない人たちもいましてね」
「そうでもない人ですか」
「はい。数ヶ月前になりますか、魔王に支配されているビフォーダから逃げようと船が出たのですが、運悪く嵐に遭遇してしまい、私たちの都市のある海域まで流されてきました。その人たちを救助しまして。行く当てのある人は大陸に送ったのですが、ただ逃げることだけを考えて船に乗ったという行く当てのない人は私たちが開拓した島に滞在しています。その島は私たちに使いやすいようになっていまして、他種族には使いづらいわけですね。冬になるとさらに環境的に辛くなったようです」
「なるほどホカホカドリンクを輸入品に加えるということですか」
そう言ったが廃墟側としては難しい相談だ。住民分は確保しているが、それ以上となると生産が追い付かなくなるかもしれず、点甲虫も絶滅しかねない。
申し訳ないが断ろうと口を開こうとした進よりも先に、シアクが続ける。
「それもありといえばありなのですが、頼みたいのは別のことでして」
シアクがなにを頼みたいのか進にはわからず、首を傾げる。
「実は島に滞在している人たちのいくらかをそちらに移住させてもらえないかという話が、上層部で出ていまして。水人族の島で暮らすよりは大陸で暮らす方が過ごしやすいだろうという考えですね」
「移住ですか」
「無理にとは言いません。陛下も押し付ける気はないとはっきり言っておられます」
「うちは食べ物とかまだ偏り気味だし、魔物とも共存しているところだ。移住者たちには居心地が悪いんじゃないかと思うんですけど」
「ええ、それは聞いています。島の人たちにはそれを伝えて、それでも移住を希望する人がいればこちらに連れてくるという形にしたいですね」
これは自分一人で答えていいことではないなと進は考えて保留することにした。
「今すぐ返事は無理ですね。帰って相談するべきことだと思います」
「そうですか。当然ですね。こういった頼みがあると伝えられただけでもよかったです」
この頼みで水人族に対する心象が悪くなった様子はなく、シアクはほっとした様子だ。
「相談はすぐに結論が出ると思いますか? それならここで待つのもありと思うのですが」
「どうでしょうね」
最終的には進たちが結論を出すこととはいえ、住民たちの意見もまとめる時間はほしい。明日返事というわけにはいかないだろう。
それを伝えると半月後ならばどうでしょうとシアクは聞く。
そのくらい時間があけば受け入れるにしろ拒絶するにしろ、結論は出ていると進は頷いた。
「移住するかもしれない人に伝えるときに加えてほしい条件があります」
「それは?」
「魔物を従属させているのではなく、一緒に住んでいるということをもう一度伝えること。特別扱いしないということ。この二つですね」
「わかりました。ちなみに移住者はどういった仕事をやったりするのでしょうか」
「畑仕事が第一候補で、大工や料理人に少々。漁と畜産は今のところは人手が足りていますからなしで。医者とかの特殊技能持ちはそのままやってもらうかもしれませんが、道具と施設がないので技能を生かせるかどうか」
なるほどと頷いたシアクは廃墟でやれる仕事についてもしっかりと伝えておくと言う。
話は終わり、シアクたちが休めるように海水を貯めて浄化する。
交代で休み出すシアクたちから少し離れたところで、進たちは昆布の下処理を進めていく。フィリゲニスが手順を覚えたことで、ゴーレムの動作に反映されて、いくつものゴーレムが下処理を進めるのであっという間に昆布が並べられていく。
離れたところで講義をやっていたビボーンたちは魔物との戦闘は行えなかったが、砂地での訓練は思う存分にやることができてミグネは魔法戦闘の経験を積んでいた。
シアクたちが取ってきた魚介類で昼食をとり、そのときにミグネは水人族と話して交流の幅を広げていた。
昼をある程度過ぎて昆布を回収した進たちは廃墟へと帰っていく。
シアクたちも日が暮れる前に休憩を終えて帰っていった。
日が暮れてから廃墟に戻って進たちは交易品を倉庫にしまい、遅い夕食のため家に戻る。ミグネも食堂へと向かっていった。
料理を食べつつリッカとイコンに移住者に関して話していく。
「新しい住人か。わしもここに送り込んだ一人じゃからあまりどうとは言えぬが、魔物と暮らすのは無理という者は歓迎できぬな」
「そうでありますな。暴れたりしない方々ですから十分共存は可能。そこに不和を持ち込むような真似はあまり歓迎できません」
「そこらへんはシアクさんにも伝えてある。移住者にしっかり伝えると言っていたよ」
「それならよいが。何人くらい来るのだろうか」
「島に滞在しているのが五十人くらいだそうで、そのうち島に永住を決めていそうなのが十五人くらい。残り三十五人も全員がこっちに来るかどうかわからないって言っていた」
「種族はどんな感じなのかの」
「精霊人族はいなくて、人族と獣人族と虫人族。割合は人族が多めとか言ってたな。獣人はここにはいないし、廃墟の環境が合うかわからんね」
「獣人も大丈夫だと思うわよ。いろいろな環境で過ごしていたしね」
ビボーンが昔付き合いのあった獣人のことを思い出し言う。
獣人は人族より若干暑さに弱いという種族だが、夏に動けなくなるというほどでもないので様々な環境で過ごせる。
「それらを受け入れるとしたらまた準備がいろいろと必要よね。これまでどおり家は当たり前として、防寒具も。ホカホカドリンクがあるとはいえ一日中効果が続くわけじゃないし」
「防寒具はナリシュビーに頼むことになるな。リッカも作れるだろうけど、ほかに仕事もあるし」
「そうでありますな。たまに手伝うくらいなら問題ありませんが、服作りに専従というのは難しいです」
「まだ受け入れると決まったわけじゃないし、準備は決まってからでいいしょう。まとめ役を呼んで話し合わないとね」
ビボーンの言葉に頷いて、進は夜の散歩ついでにハーベリーといったまとめ役たちのところに会議を開くことを伝えに行く。
話し合いは翌日の夕食後に行われることになる。
そして食堂に集まって話し合いが始まる。
「昨日知らせたように新しい住人を受け入れるかどうかの話し合いを始める。人種と人数は昨夜伝えた通りだ」
「受け入れるかどうかの前に、俺たち魔物が排除されないかが心配なのだが」
グルーズたち的に一番重要な点を最初に聞く。
「魔物がいると伝えてあるから、嫌な人は最初からこないと思うぞ。従えているんじゃなく一緒に暮らしていると念押ししたから勘違いもないと思う」
「それでもちょっかいかけてこない?」
ブルが心配そうな表情を変えずに言う。小柄で強いとはいえない魔物だから争いになると負ける。そこが心配なのだろう。
「一方的に難癖つけるようなら罰するつもりだ。ブルたちから難癖付けにいっても同じだな。最初は互いに距離を置いて過ごすといいんじゃないか」
「争いになったとき同族だからと庇ったりされる心配はあるだろうか」
「判断はどっちが悪いかで決めて処罰するぞ。肩入れはしない。平等にやんないとめんどくさいことになるのがわかりきっているしな」
「ちなみに処罰はどういったものを考えておるのかの」
イコンの質問に進は今思いついたことを口に出す。具体的には考えていなかった。
「どこかに牢屋みたいなものを作って、水と食べ物なしで一日監禁。反省の色がなければもう一日。ひどければ廃墟から追放って感じか。もしくは殴る蹴るの方がいいかな」
「なんだかんだこれまでの住民は行儀がよかったし、罰則を考えてなかったわね。住民が増えたらトラブルも出てきそうだし、そこらへんは一度きちんと考えた方がいいかもしれないわね」
「なにか起こる前からガチガチに決めるのもあれだし、あとで大まかに決めておこうか」
まずは受け入れをどうするかの話を先にすませることにする。
「処罰などしっかりするなら俺は反対しないが」
「こちらもおなじく」
「私もですね」
魔物側のまとめ役三人が賛成の意見を出す。
ビボーンから肉の供給量は増えた人数に追いつけるのかという質問が出て、グルーズとブルは冬の間は厳しいかもしれないと返す。
「受け入れるのなら人数制限した方がいいか。住民が飢えないことの方が優先だ」
「それでいいと思うぞ」
受け入れ人数についてもあとで話すことにする。
「魔物たちは条件付きで賛成ということで、ナリシュビーとノームはどう考える?」
「俺たちも受け入れてもらった側だから、ほかを受け入れるなとはいえない。だからなんともいえないんだが、今のところここは平和に過ぎていっている。それが乱されるようなことは避けたいなというのが本音だ」
「そうですね。私たちも昨日仲間内で話して反対意見は出ませんでしたが、心配する意見は出ましたね。順調だから現状を維持していきたいと」
出た意見に進たちはなるほどと頷く。
ビボーンが思いついたことがあるようで発言する。
「だったらこうしましょう。十日はちょっと短いかしらね。一ヶ月くらい様子見して合わないと思ったら島へと帰すという条件を付ける。それくらい一緒の場所で過ごせば、相手の性格などもある程度わかってくるでしょう」
「相手が受け入れるかな」
進が言うが、ビボーンは大丈夫でしょうと続ける。
「こちらの迷惑になるかもしれないのだから、それくらいの譲歩はしてくれると思うわよ」
「じゃあそれを向こうに伝えるってことでいいかな」
進が全員に確認すると頷きが返ってくる。
「次に移ろう。話し合いの最中ででてきた罰則について。おおまかでいいから詰めていこうか」
どんなことをやってはいけないのか、それをしたらどれくらいの罰が相応しいかと話し合っていく。
これまで当たり前のように守ってきた盗みや殺しをしないといったことを改めて明確化していき、畑や飼育場でやっていはいけないことなども話していく。
今日だけで終わるようなものではなく、大枠だけでも三日かけて決まる。
この罰則が制定されて住民たちに伝えられたとき、彼らからは特に反発はなかった。新しくなにかをしてはいけないという決まりは作らず、これまで守ってきたものをそのまま守っていけばよかったからだ。それにこの罰則は「子供たちは危険な場所に近づかない」というふうに住民を守るためにも存在している。自分たちを束縛するだけのものではなく、なにをやってはいけないのか明確化されたものであると理解し受け入れたのだ。
罰則が作られて、それが実行されるようなことはなく水人族が返事を聞きに来る日になった。
感想と誤字指摘ありがとうございます