77 薬の完成
廃墟に戻ってきて、見回りのナリシュビーに挨拶し、池を綺麗にして、まずは倉庫へと火の属性石以外の物資をしまう。
「おかえり、ススム」
「ただいま」
帰還に気づいたイコンに挨拶し、ビボーンの居場所を聞く。
翼がなく浮かんでいて、気配も人離れしていることからミグネはイコンが魔物だと見抜く。当然のように親しそうに接してくるイコンをミグネはまじまじと見ている。魔物と一緒に暮らしていると聞いてはいたが、こうして目にするとやはり驚くものがあるのだ。
「家にいると思うぞ。ここ最近は出かけることは少なかったようじゃからの」
「ありがと」
「それでそっちの見かけぬノームは誰じゃ?」
「修行に来ることになった子だな。ミグネという名前だ」
「修行?」
「少し前にノームの里が魔物の襲撃を受けてな。戦力強化を図りたいってことでこの子が魔法に関して修行をすることになったんだ」
「そうなのか。面倒を見るのはビボーンかの?」
「うん。ビボーンに頼むつもり」
魔法を教えている姿を何度も見ているので、イコンもそれがいいじゃろうなと納得し頷く。
そして家に戻り、洗濯ものを取り込んでいるリッカに挨拶し、屋内に入ってビボーンに声をかける。
独特な足音を立てて、ビボーンがホールに出てくる。
「おかえり。何事もなかったかしら」
「ただいま。特に問題はなかったよ。火の属性石ももらってきた。そっちの進展はどう」
「こうじゃないかって感じで推測は立てているわ。あとは実践を繰り返して間違いを正していくだけ」
「やることがあるところ悪いんだけど、頼みたいことがあるんだ」
「なにかしら」
進はミグネを呼んで、隣に立たせる。
「この子ミグネっていうんだけど、鍛えてあげてもらえないか」
イコンにした説明よりも詳しく話して、道中で見た戦い方なども話していく。
「向こうの戦力アップのためにねー。まあいいでしょ、毎日一時間くらいなら大丈夫よ。ビボーンよ、よろしくね」
そう言ってビボーンは手を差し出す。ミグネは緊張気味にその手を握る。
「少しずつ慣れていってね」
「は、はい」
挨拶を終えて、夜にまた来るということでミグネはゲラーシーと一緒に家から出ていった。
「さてと火の属性石を見せてもらいましょうか」
ゴーレムによって運ばれてきた火の属性石をビボーンは手に取る。
「魔法で質を上げた方がいいかな」
「今回は劣化品目的だしこのままで大丈夫よ。試作品が失敗ばかりだと質を上げてもらうかもしれないけどね」
確認を終えたビボーンは石を置くと、進たちに手伝いを頼んでくる。
「ビボーンばかりにまかせっきりというのも悪いし手伝えることは手伝う。どういったことをやればいいんだ?」
「この石の白い部分と黄色の部分を削って分けてほしいのよ。きっちりとはやらなくていいわ。ある程度白い部分が減ったらそれでいい。ちなみに魔法でやっちゃだめよ」
「なぜに?」
魔法でやろうと思っていたフィリゲニスが聞く。
「魔力に反応して、属性がぶれることがあるからね。手作業かもしくは間接的に魔法を使う。たとえば風の魔法で削るのは駄目だけど、サイコキネシスでそこらへんの石を動かしてぶつけて削っていくのはあり」
そういうことかと納得しフィリゲニスは頷いた。
それがありならと進はフィリゲニスにグラインダーのように石板を動かしてもらえないかと提案する。
「こうかしら」
グラインダーについて説明を聞いたフィリゲニスは、サイコキネシスで平たい属性石を浮かばせて高速回転させる。
進は試しにとほかの属性石を持って、回転している面に当てる。途端に削れた石の粉が舞った。
「あ!? そういや粉がでるんだったか。たしかカバーをつけたり水をかけて粉塵対策するんだったかな。あとは手袋も必要だっけ?」
どうだったかとよく思い出し、手袋をはめていない場面を記憶の底から掘り出せた。
「どれくらい削れた?」
これくらいだと削れた部分を見せる。本格的なグラインダーでないとはいえ、ある程度削れていて使えるだろうと判断する。
いろいろと安全対策をして、取ってきた金槌である程度割ってから、グラインダーで削っていく。
夕食までその作業で時間を費やし、ある程度の量の属性石が準備できた。
これを砕いて、粘土と混ぜて一枚の板にする。この板に魔力を込めて、仕上げまで進めた液体を板に置いて半日放置すれば完成だ。
スカラーたちがしっかりと集めてくれた点甲虫は、ビボーンが下処理している。死んだ点甲虫を炒って、粉々にしたものを魔力を含んだ水につけて成分の抽出を終えている。
あとは火の属性石が練り込まれた粘土板の上に置いて完成を待ち、それを試飲して調整していくだけだ。
調整は、使う点甲虫の量やその抽出時間、火の属性石を粘土に練り込む量、粘土板の上に液体を置く時間といったところだ。
ビボーンは最初に使った量やかけた時間を基準として石版に刻み込んでいた。
完成は一晩明けてからということで、進たちの手伝いはそこで終わる。
夕食後、ミグネがやってくる。
「今日は特別なことはやらないし、ここでいいわね」
リビングでビボーンたちは向かい合うように椅子に座る。
「よろしくお願いします」
「よろしくね。今日はあなたがどういった魔法を得意としているか、どういった魔法を使えるか、実際にどのように使ってきたか、将来的にどうなりたいかを聞くことにするわ」
「どうなりたいかですか?」
「難しく考えなくていいわよ。ノームなら土の魔法が得意なんでしょうし、それを伸ばしたいとか。火も使えるらしいし、そっちも土と同じくらいに伸ばしたいとか。そういったことをあらかじめ決めてあった方が、教えやすいからね」
「なるほど。まずは得意なものから」
二人の会話が始まり、それを聞きつつ進たちはもらった物資の振り分けなどを考えて行く。
だいたい一時間が経過し、ビボーンとミグネの話はまとまる。
「ありがとうございました。今後もよろしくお願いします」
「ええ。わからないところがあればいつでも聞いてちょうだい」
「ではおやすみなさい」
ビボーンと進たちに挨拶してミグネは帰っていった。
ミグネの最初にあったぎこちなさはいくらか減っていた。それはビボーンが真面目に考え答えていたからだろう。この性格ならば信じていいのかもしれないと思えたのだ。
ビボーンは薬の様子を見てから、リビングに戻ってきて旅の様子を聞いてくる。それに答えていくうちに就寝の時間がやってくるのだった。
翌朝、出来上がったホカホカドリンク試作版が朝食後のテーブルに上がる。コップに入れられた見た目は水そのものだ。
仕上げとして魔力をほんの少し注ぎ、魔法薬を刺激する。
「私には無理だから誰か試飲してちょうだいな」
「失敗してると動けなくなったりする?」
進が注意点を聞くとビボーンは首を横に振った。
「使った材料はどれもが毒を持ったものじゃないし、魔力的にも不調を起こすものじゃない。不味いって感想がでるくらいじゃないかしら。副作用がでるのはもっと多くの材料を使って、複雑な工程の薬よ」
「研究所でもホカホカドリンクで問題は起きませんでしたけど、未完成段階の薬は体の一部が変色したり、声が一段高くなったり、髪が逆立ったりしていたであります」
「あーあったあった。失敗で一番印象に残っているのは、粉薬の失敗品が事故でばらまかれることになって、その区画の人たち全員が三時間くらいしゃっくりしていたことかしら。そこかしこからヒックヒックと聞こえてきてシュールだったわぁ」
魔法薬を作るところでは珍しくない話なようで、ビボーンとリッカは懐かしそうに頷く。
「これはそんなことないんだろう? だったら俺がいくわ」
進はコップを取り、ごくりと飲み干す。少しだけ顔を顰める。
「たしかに苦いな。これ点甲虫の味なのかな」
「でしょうねぇ。効果はわりとすぐ出るはずだけど」
「んー? 特に変化はないと思う。まだ試行段階だし、効果の出る時間が遅れたり、徐々に効果が出たりするかもしれないし、今日は寒さ対策の魔法なしで畑に行くとするよ」
「ええ、おねがいね」
ビボーンは基準からいくつか条件を変えて薬を作ってみるということで家に残る。
進たちはリッカたちに見送られて畑に向かう。
家から畑までは寒さが和らぐことはなかったが、動き出すと体が温かくなるのを進は感じる。これが動いたからなのか薬のおかげなのかはわからなかった。しかし少しだけ汗がにじんだため、効果はあったのかもしれないと思えた。
こっちの畑の作業を一通り終えて、スカラーたちの畑に向かう。
スカラーたちはマントなどを羽織っているが寒そうにしていた。
「おはよう。すぐに魔法を使う」
「お願いします」
さくっと魔法を土に使うと、スカラーたちがすぐに植えつけ作業を行いだす。手慣れた様子が見えているのだが、寒さのせいで動きが鈍っているのでさほど速くはない。
「薬の方はどうなっています?」
スカラーたちを見たあと二―ブルは進に聞く。
「一応完成して、朝に俺が飲んでみた。今のところ劇的な効果は出てないな。これからいろいろと調整していく必要があると思う」
「そうですか。完成が待ち遠しいです」
「ノームも寒さに弱かったか?」
「いや俺たちは特別弱いってことはないです。彼らに飲ませてあげたいなと。目に見えて動きが鈍っていますから」
進は納得した表情になる。
「完成したら彼らにもきちんと回すよ」
「ありがとうございます」
家に戻った進はビボーンに、薬の感想を伝える。
「少し効果があったかもしれない、か。まあ材料を削った劣化品だし効果があっただけでも儲けものなのかもね。ここから試行錯誤で質を上げて行かないとね。どうにもならなかったらあなたに質を上げる魔法を使ってもらうわ」
わかったと返して、そろそろ昼食のためリビングに向かう。
昼食後、薬の効果をまた確かめるため外に出て、廃墟の中を歩き回って留守中になにかあったか確認していく。
そうして夕暮れの少し前に進は急に冷えた感じがした。
「気温下がったか?」
「薬の効果が切れたんじゃないかしらね」
フィリゲニスが言い、そうかもなと進は納得する。風が強くなったわけでもないし、日は傾きかけているとはいえまだ空にある状態だ。薬の効果が切れたという理由の方が納得できた。
「とりあえず温かくするわよ」
魔法をかけてもらい、進はほっとした表情になる。冷えている手はラムニーが両手で握って温めてくれている。
そのまま二人と手を繋いで家に帰る。
「薬の効果が切れたから帰ってきたよ」
「持続時間は特に問題ないみたいね。だいだい九時間くらいかしら」
次の日も試作品を進が飲む。しかし一人だけで飲んでいくと調査に時間がかかるということで、種族差による効能を調べる意味でもナリシュビーとノームとスカラーたちに飲んでもらうことになる。
七日かけて、それぞれから得られた情報をまとめていき、一般的なものとスカラーたち向けの二通りのホカホカドリンクが完成する。一般向けはスカラーたちには効果が弱かったのだ。
一般向けは八時間効果が続き、少し寒いといったものになった。スカラーたち向けは七時間持続の涼しいといった程度にまで寒さが和らぐものだ。
スカラーたちは一日寒さが和らぐよりは、畑仕事の時間にしっかりとした効果が出ることを望んだのだ。
ちなみにスカラーたちの薬を進が質を上げると、吹雪の中でもある程度平気で活動できるのではとビボーンは推測している。
夕食後に、各まとめ役が食堂に集められて、完成を報告されることになる。
「知っている人がほとんどでしょうけど、ホカホカドリンクの完成を報告するわね。ナリシュビーの薬師と協力して量産できるようにしてあるから三日後から渡せるようになる。グルーズたちには必要ないものでしょうけど、猛吹雪だとあなたたちも辛いでしょう? そんなときに使えるものがあるとだけ覚えておくといいわ」
なるほどとグルーズとブルが頷いた。
「冬の間、私たち全員が飲める分はあるのですか?」
「点甲虫が足りてないけど、今のうちに集めておけば十分持つと思うわ」
「集めておきます」
自分たちにはありがたい薬なのでスカラーはやる気に満ちた様子を見せる。
「取り続けたら点甲虫が減ったり、どこかに逃げるようにならないか? そのためにも点甲虫が好む環境を作った方がいいかもしれない」
進が疑問を発し、解決案かもしれないことも付け加える。
「私はそこらへんはわからないわね。イコンとスカラーはなにかわかる?」
「全滅させる勢いで捕まえていくと、さすがに逃げるかもしれんのう。だから集めるときは全部ではなく、ある程度にとどめておいたほうがいいかもしれぬ」
「わかりました。ただ逃げるといっても、ここら以外に生きていける環境がないので逃げない可能性もあるかと」
スカラーの言葉に、全員が納得したという雰囲気になる。
廃墟以外に豊富な植物はない。山や森にまで行けば大丈夫なのだろうが、かなり遠くなので行くまでに力尽きる可能性も高いため、廃墟から動けないという話は頷けるものがあった。
「一応取りすぎないよう注意しておきます」
「それがいい」
出来上がったら夕食後の食堂に運び込むので、各集団で持っていくようにと告げて、話し合いは終わる。
そして三日後の夜。予定通りにできた薬が食堂に運び込まれて、各自持ち帰っていく。
翌朝から住民たちは寒さを気にせず外に出るようになり、夏と秋のようにそこらで住民の姿が見られるようになった。
身内だけで閉じがちだった交流も、再び他種族と接することで広がっていった。
以前のようにハーベリーが夕食後にやってくる。相談を持ち込んだときは暗かった表情も、今では穏やかなものだ。
その表情を見ただけで、ナリシュビーの問題が無事解決したのだとわかる。
「今回は私たちの我儘を聞いていただき、ありがとうございます。おかげで不安な雰囲気ははすっかり晴れました」
「そりゃよかった。あの薬は全員に利益があることだったから、提案は俺たちにとってもありがたいことだったよ」
ただ寒さをしのげるようになったというだけではなく、頼りにしても大丈夫だろうという住民たちからの信頼感を得た。トップにいるのだから、そういった信を得て損はないだろう。
その信はグルーズたちからも得ており、この集団の一員としてまた一歩近づいてくれたのだと思えた。
「どんなものでも解決できるわけじゃないけど、またなにか困ったら相談に来てよ」
「困りごとがないのが一番なのですけどね」
「そうだな。でも変に溜め込まれるのも困りものだしね」
少しぐらいはと我慢して、おかしな感じで爆発されるときっと戸惑うことになると進は思う。
「現状住民の数は多くなくて、陳情は素早く対応できる状態。だから小さな問題ならばさっさと解決できるうちにしておきたい。でも俺たちに頼りきりになるのも困りものだけどな。自分たちで解決できるものは解決してもらいたいという気持ちもある」
「そうですね。あれもこれもと問題を持ち込んでしまうと、対応しきれなくなるのは私もわかります。私自身にその経験はありませんが、以前の女王たちにはそういった事態に直面して倒れた方もいたそうですから」
「倒れるほどに頑張りたくはないなぁ」
だろうなとハーベリーは頷く。
「村長たちも相談したいことがあれば、私たちに相談してください。大人数で考えればいろいろと案が出て、その中から解決のヒントが生まれるかもしれませんからね。まあイコン様がそばにいるから長年の経験でどうにかなるかもしれませんが」
「いやいや他者からの意見を聞くのは大事なことじゃよ。わしにはない発想というのはいくらでも出てくるからのう。わしも長く生きているが、それゆえにこれが正しいという思い込みがきっとある。そしてそれはある場面では正しくとも、別の場面ではそぐわないこともあるだろうさ。だからススム、ハーベリーが言うように困ったことがあれば誰にでも相談してみるとよい」
「これまでもビボーンたちに相談していたよ。でも誰かに頼るということを忘れないようにするさ」
先達からの助言として進はしっかりと覚えておくことにした。
感想ありがとうございます