76 隠れ里再び
以前は五日かけた隠れ里までの移動を、三日と半日ですませて三人は隠れ里に入る。
肉は渡すものなので地上に置いたままにせず、サイコキネシスで一緒に運んでいる。
壁にあった大きな穴は塞がっていて、崩れていた建物も撤去されて、建て直されている最中だ。
そういった風景を見てほっとしているゲラーシーに気づいたノームが声をかけてくる。浮いている肉が目立つのでそちらにも視線が時折向いている。
「久しぶりだな!」
「おう。久しぶりだ。元気だったか?」
「おうさ。慌ただしさも収まって復興に尽力しているよ。そっちはどうだ」
「こっちもアクシデントは起こっているが、生活は安定していて食うに困ることもないな」
「そりゃ羨ましい。こっちは復興と同時進行で農業をやっているから収穫量が減っちまってなぁ」
「それならちょうどよかったのかもしれないな。ほしい物があって、交換に使えそうな肉を持ってきたんだ。コンドラートと話したいからどこにいるか教えてほしい。あのまま長になったと思うんだが」
ゲラーシーの予想は当たっていたようでノームは頷いた。
「畑にいるだろうから呼んでくるよ。お前さんたちは避難に使った倉庫で待っててくれ」
「ありがとうな」
食料に少し余裕ができるとわかり、ノームは明るい顔で畑のある方向へ走っていった。
三人はそのまま倉庫に向かう。
倉庫に到着し二十分ほどそこで待つ。道の向こうからコンドラートと呼びに行ったノームが小走りでやってきた。
「おお! ゲラーシー、元気だったか!」
「元気さ。病気一つしていない。そっちも元気だなと言いたいが、少しやつれたか」
「長なんて似合わぬ仕事をやっておるからな。誰かに交代したいものだ」
面倒だという感情が隠れずに表に出ている。
「あのまま続けているのなら、皆もあんたが長をやることに異論はないんだろうさ」
「そうじゃといいが。この慌ただしい時期の長をやりたくないだけとも考えられるのだよ。まあいい、それで今日は取引がしたいとか」
「ああ、火の属性を持った鉱石があるだろ? あれと後ろに浮いている肉を交換してくれ。あの鉱石は炉の勢いを増すくらいしか使ってなかったろ」
「そうじゃな。その提案はこっちにも助かる話なのじゃが。どれくらい準備すればいいのか」
「村長、肉と同じ重さでいいんだよな?」
確認するように聞いてくるゲラーシーに進は頷く。
「そうだね。こっちはそれでいこうと思っている」
コンドラートも肉と鉱石の交換比率などわからないので、それでいこうと受け入れた。
コンドラートは近くにいるノームに声をかけて、鉱石の準備を命じる。頷いたノームは手伝いを呼ぶため走り去っていく。
「最近はどうだ? 襲撃は落ち着いたらしいと聞いたが」
「うむ。穴をふさいだことで新たに魔物が入りこむこともなくなり、隠れ潜んでいた魔物も倒し終えた。だがの一度ここに里があると知られたから、あの蛇がまたこないか不安も感じている。皆もな」
「あー、それに関しては大丈夫だろ」
「どうしてそう思う?」
「おそらくだが倒された。似たような感じに育った個体はそうはおらんだろう」
ゲラーシーの言葉を聞いてコンドラートは呆けた表情を見せる。そして信じられないと首を振った。
「倒された? あれだけ好き勝手暴れて、わしらではどうにもできなかったあの蛇が? それはないだろう」
「本当だ。渡す予定のあの肉が巨大な蛇の魔物のものだぞ」
浮かんでいる肉を見るコンドラートは、輪切りにされたそれが以前見た蛇の胴回りと同じ大きさなことに気付く。
「本当なのか。よくまあ倒せたものだ。かなりの被害がでただろう?」
「建物以外に被害は出たか?」
ゲラーシーは進に聞く。
「出ていない。最初現れたときに小さな怪我をした人がいたくらいだ。運が良かった」
「それは羨ましい。ぜひにあれを撃退した戦力を滞在させていただきたい、と言いたいところだが報酬が渡せないので無理だな」
穿土蛇を撃退できる戦力などかなりの報酬を払う必要があるとわかり、余裕のないここでは雇うのは無理だとわかる。
「報酬という面でも無理だが、払えたとしても無理だな。倒したのがそこのフィリゲニスだ。村長から離れたがらない」
「倉庫に集まっていた魔物を倒したことから強いとわかっていたが、そこまで強かったのだな。指導を受ければうちの者たちも強くなれるのだろうか」
「私の強さは才能によるもの。指導なんて柄じゃないし、私から学んだところで得るものなんてないわ」
そう言ってフィリゲニスは拒絶する。
ラムニーに魔法を教えることはあるが、日常生活に役立つものを教えるくらいで、本格的な指導はしてない。
本人が言うようにフィリゲニスの強さは才能によったものなので、同じく才が高い者ならば話を聞くなりすると参考になるかもしれないが、平凡な才の者には役立つことはないだろう。平凡的な才の者が時間をかけて学んだり、躓いたりする部分をあっさりと駆け抜けるので話が合わないのだ。
「そういった指導はビボーン向きだろう。住民たちに魔法を教えていて評判も悪くない」
「あの骨の彼か。派遣してもらえると助かるのだが」
「駄目です。彼は重要な人材なので、抜けられると困る」
いろいろと世話になっているビボーンが抜けられると困るというのは本心で、進はすぐに断った。
ビボーンのことを話したゲラーシーもだろうなと頷いている。派遣は故郷の助けになることなのだが、廃墟に必要な人物だとわかっているので無理とわかるし、魔物に襲われてそんなに時間の経過していないここでのビボーンの扱いが少し心配ということもある。
「見込みのある奴に、報酬と滞在分の物資を持たせて廃墟に寄越すくらいがいいんじゃないか? やるとしたらだがな」
ゲラーシーの代案にコンドラートは一考の余地ありと判断する。
「やるとしてもビボーンが付きっきりというのは無理だけどな。ビボーンにもやりたいことはあるだろうし、教育だけに時間をとれない」
「いつもやっているやつにプラスしてある程度の時間を取ってもらうってのは駄目か?」
「頼めば一日一時間くらいは時間を取ってくれると思うわよ。人間ほど寝なくて大丈夫だから寝る時間を一時間削るとかね」
進たちの会話をもとにコンドラートが考え出して、少しして鉱石を出すためのノームたちがやってくる。
コンドラートは魔法修行について考えるのを止めて、やってきたノームたちに火の鉱石を運び出す指示を出す。
その間に肉を倉庫の中に移動させる。
いくつもの籠に入った黄色の鉱石が倉庫の前に並ぶ。黄色に染まった鉱石ではなく、白っぽい石に黄色が混じっているという見た目だ。
目分量だがだいたい肉と同じ重さだろうとゲラーシーは判断する。
このあとどうするのかとコンドラートが三人に聞く。
「もう帰るだけだが、一日くらいは滞在してもいいだろうか」
ゲラーシーは進に許可をもらいたそうに聞く。
顔見知りの様子が知りたいだろうからと進は許可を出す。ゲラーシーは長の家に泊まることになり、それを聞いて進はフィリゲニスと一緒に外に出て行った。
フィリゲニスは二人きりだと嬉しそうな表情を隠しきれていなかった。
翌日、返す籠を持って二人は里に入る。
見かけたノームに長の家を聞き、そちらへ向かう。
玄関をノックすると奥さんらしき女が出てくる。中にいる長たちに進たちの来訪を知らせると、中に入ってもらうようにと返事があった。奥さんに招き入れられて、二人はリビングまで案内される。
「おはよう」
「おう、おはよう」
椅子に座った二人にゲラーシーは外はどうだったかと聞く。
「魔物なんかがいたら教えてもらいたいが」
「俺は気付かなかったな。フィズはどうだった?」
「離れたところにいたわね。でも様子見ってだけで近づいてくることはなかった。ここらを縄張りにしていて、見慣れない存在がいるから見に来たって感じかしら。以前もああいった視線はあったわね」
「大きな異常はなかったってことか」
そう言うゲラーシーをフィリゲニスは肯定した。
「こっちはいつでも出発できるが、ゲラーシーはどうだ」
「俺もいつでも出られるぞ。挨拶は昨日のうちにやったからな」
「修行に出すという話はまとまったのか?」
「冬の間に一人出してみることにしたとさ。渡す報酬は食料は無理だから、属性のついた鉱石や少量の武器やフライパンとかの調理器具にしようかと話したんだが」
「食料を持っていくのはさすがにね。でも属性の石か、使い道あるかな。フィズは思いつく?」
「今回必要とする薬みたいになにかしらに使われていたし、ビボーンとリッカ次第かしらね。いつかなにかの役に立つと思うからもらっておいてもいいと思う」
そうするかということになり、コンドラートは午後までに手配するといって家を出る。
進たちは外で荷物を運ぶための荷車作りのため里を出て、ゲラーシーは手配の手伝いをすることにしてコンドラートを追う。
ゴーレムと荷車を作ってのんびりしていると、荷物を持ったノームたちが地上に出てくる。
「どの荷車に入れるか指示をくれ」
ゲラーシーが言い、進はフィリゲニスに頼んで自分たちが乗る荷車を移動してもらう。
「残ったやつに入れてくれ」
許可を出すと、ノームたちは荷車に乗せやすいように魔法で足場を作り、次々と荷物を入れていく。
報酬と一人が一冬越す分の食料代わりということで、多くの鉱石や調理器具が積み込まれた。最後に剣と斧と槍が何本か置かれて終わる。
属性の石は火以外に、地と風と水という四元素があるようで、火属性の黄色以外にブラウンの石と緑の石と藍色の石がある。
「これらも里では使い道がなかったのか?」
「そうだな。地属性は俺たちも土改良に使っていたが、ほかのものは使い道が正直なくてなぁ。風属性は扱いがさっぱりで、水属性は水の浄化にどうにかだな」
水の浄化は、属性の石を加工するのではなく水源に沈めることで少し浄化できるというもので、使いこなせていないと断言してもいい状況だ。
ノームにとって得意な土の魔法以外に関わるものなので、扱いが拙くとも無理もないのだろう。
荷車四台分の物資を載せて、ノームたちは帰っていく。
残ったのはコンドラートと十代半ばの若い女のノームだ。腰上までの髪を二つの三つ編みにしている。
「この子を修行に出す。よろしく頼む。自己紹介しなさい」
「は、はい。ミグネと申します。よろしくお願いします」
一礼したミグネの肩にゲラーシーが手を置く。
「この子はうちで寝泊まりしてもらうことになっている。それでかまわないか?」
「いいぞ。同族の家の方がリラックスできるだろうしな」
魔物たちと共同生活しているところなのだからしばらくは緊張するかもしれない。寝泊まりするところくらいは気が抜けるようにと気遣うのは大事だろう。
「それじゃ出発するかな。ミグネは忘れ物とかは?」
「ありません。いつでも出発できます」
靴を脱いでもらって人を乗せる方の荷車に乗ってもらう。
コンドラートは再度よろしく頼むと頭を下げて、里へと帰っていった。彼が裂け目の横穴に消えたのを見届けて、進たちも出発する。
帰り着くまでに魔物との戦闘が二回ほどあり、そのうち一回はさほど強くない魔物との遭遇だったので、ミグネの魔法の使い方を見ることになった。この情報をビボーンに渡せば、育成方針の助けになるだろうと判断したのだ。
ミグネの主力は土の魔法だが、火の魔法も補助として使っている。火を飛ばして魔物の逃げる方向を誘導し、逃げた先に土の魔法を発動させている。
それを見たフィリゲニスの感想は、魔力を無駄にしている、制御が甘い、魔法使用のタイミングが悪い、といったふうに良いものではなかった。しかし将来性も感じるという評価もでたので、悪い感触ではないのだろう。
そもそもとしてフィリゲニスを基準とした評価だとしたら、誰だって評価は悪いものになりがちだろう。
そんなことがありつつ、四人は廃墟へと戻ってくる。
感想ありがとうございます