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75 寒さ対策

 冬が来た。

 以前ローランドが言ったように、雪がひどく積もるようなことはない。朝に降ったとしてもその日の夕暮れ前にはとけてしまう。

 しかし冷たい風は頻繁に吹いて、廃墟を吹き抜けていく。

 住民たちは仕事や食事以外で出歩くことが減り、廃墟は廃墟らしく静かな雰囲気に包まれることが多い。例外は飼育場の魔物たちだろう。彼らは自前の毛皮があって冬の寒さは平気だ。

 進たちはフィリゲニスとビボーンの魔法があるため、寒さは和らいでいる。出歩くのも苦ではなく、少し冷えるなという程度で廃墟探索やボウリングをやりにくるローランドたちの相手をしている。

 冬が明けるまではこんな感じだろうかと進たちが話していると、夕食の前にハーベリーがやってくる。

 リッカが出した白湯をありがたそうに両手で包むように持つ。ここに来るまでに冷えた手がじんわりと温まっていく。


「急にお邪魔してしまい申し訳ありません」

「別にかまわないわよ。なにか用事だったのでしょう?」


 ビボーンが応え、どのような用件なのか問う。

 ハーベリーはありがたそうに頷いて続ける。


「ここ最近はすっかり寒くなり、以前のように外で人を見かけることが少なくなりました」

「そうね。誰でも今の時期は温かいところを好むでしょうし家の中にいることが多いでしょう。屋内でできる暇つぶしもあることだし」

「私たちも洞窟で過ごしていたときは同じでした。寒く危ない外へとなるべく出ないようにして静かに暮らしていた」


 そういった状況でもラムニーたち見回りは外に出ていた。配属を嫌がられる部分はそういったところにもあったのだ。


「ですが今年の夏からは暮らしが一変してずいぶんと賑やかになりました」

「一緒に廃墟で暮らすことで、明るいナリシュビーたちを見てきたわ」


 最たるものは花畑が満開になったときだろう。それ以外にも宴会などで明るい雰囲気のナリシュビーを進たちは見てきている。

 外に出るのは今も同じだが、以前よりも質の良い武具の支給や十分な食料や進たちから無茶はするなという方針を受けて危険度合が減り、見回りに対する嫌悪感は薄らいでいる。


「はい。それはとても喜ばしいことです。ですが最近そういった様子はずいぶんと減ってきました。去年の冬と同じとまでは言いませんが、似たような様子になっています」

「雰囲気が沈んだものになっていると?」

「はい。なにか問題が起きているわけではありません。ただ皆、家に閉じこもることで洞窟での暮らしを思い出してしまっているのでしょう。せっかく明るい日々を手に入れたというのに、このような日々が続くと不安を抱いて精神的にまいってしまわないか心配なのです。どうしたら不安を晴らせるか私には思いつかず相談に来たのです」


 なるほどなと進たちは頷いた。また以前に戻ったような気がして、ハーベリー自身も気が滅入りかけているのだろう。


「もう少しあとにやろうと思っていた宴会を早めるか」


 進が言い、ビボーンはどうかしらと疑問を口を出す。


「それだと一時的に気が晴れるだけだと思うの。外に出るよう促せるいい案か屋内でも楽しくやれることを求められていると思う」

「そっかー、雪がもっと積もるなら雪遊びをやれるんだろうけど、そこまでは積もってないし、積もることもめったにないらしいしな」

「ススム、なにか冬の遊びは思いつかない? 子供たちだっていつまでも家の中でじっとはしていられないでしょうし、子供たちの遊び声が響くだけでもそれなりに違いは出てくるものだと思うけど」

「俺が知っているのは今言ったように雪があればといったものだしな、あとは氷の上をすべるスケートとかだな」

「一日くらいなら雪を広場に積もらせることはできるわよ」


 そう言うのはフィリゲニスだ。毎日はめんどくさいとも付け加えた。遊べる程度に雪を出すのはそれなりに魔力を使いそうだったのだ。


「雪遊びはしたことないだろうし、子供たちを誘えば外に出てきそうだな。でもそれも宴会と同じように一時的だろうが」

「あのよろしいでしょうか」


 リッカが小さく挙手して許可を求める。

 それにビボーンが頷いて、リッカは続ける。


「私が生きた時代には暑さ寒さに対する魔法の薬や道具がありました。それをフィリゲニスさんは作れないのですか?」

「私は魔法を使う方面を鍛えて、生産方面は手を出してないからできないわね。そういったことはビボーンができそうだけど」

「私も専門というわけじゃないから。でも材料と作り方がわかればなんとかできると思う。フィズとリッカはそこらへん知らないのかしら」

「使ったことはあるけど、材料も作り方もさっぱりよ」

「私は材料くらいなら。博士たちが作っていましたから」


 リッカが知っている魔法薬の材料などを話す。

 一つは温熱柱。三本以上を一定範囲に立てることで、その内側の温度が上がるというものだ。金属の柱という時点でここでは無理だが、さらに複雑な機構ということもあってビボーンには手出しできない代物だとわかる。

 もう一つはホカホカドリンクという名の魔法薬だ。これは飲めば数時間体が温まるというもので、猛吹雪の中でも寒さに凍えることなくいられたという代物だ。

 

「ホカホカドリンクなら知っているわね。便利だったし。でも作り方は秘匿されていて、わからないのよね。しかも材料がそろうかわからないし」


 リッカが教えてくれた材料は捨て去りの荒野でなければそろえやすいものだった。


「それそのものを作る必要はなくない? 劣化品でもいいと思うが」


 進が思ったことを口に出す。使いたいのは猛吹雪の中ではなく、通常の寒さに対してだ。それならば劣化品でも十分に効果を発揮できるはずだと言う。

 ビボーンが手をぽんと叩く。


「……劣化品、その発想はちょっとなかったわね。それなら難易度は下がりそう。リッカ、博士がどんな方法で作っていたか正確にはわからないのよね?」

「はい。そういった手伝いは特型伍号の仕事でしたから」

「少しは見たりしたことある?」

「少しだけなら」

「だったらそれをあとで教えてもらえるかしら。少しだけでもどんなことをしていたのかわかれば助かるの」


 リッカが頷いたのを見て、ビボーンは話を進める。


「聞いた材料で絶対に必要と思われるものが三つあるわね。魔力の篭った水と火の属性を持った鉱石と点甲虫てんこうちゅう。水の方は私でもなんとかなる。鉱石の方は専門外だからゲラーシーに聞いてみることにして、点甲虫は珍しくはない虫だから畑にいるかもしれない。ススム、鉱石と虫の方の確認をお願いしてもいいかしら」

「いいけど、点甲虫ってどんな虫なんだ?」


 こっち特有の虫だと進にはわからないのだ。


「私が知っているから一緒に行くわよ」


 私も仲間に聞いてみますとハーベリーが言い、席を立つ。

 進とフィリゲニスとイコンも一緒に家を出る。ラムニーは夕食の手伝いのため残る。

 ノームたちの家に行く途中でハーベリーとわかれて、ノームの家の戸をノックする。出てきたのはマリヤで、ゲラーシーに聞きたいことがあると伝えると中に通してくれる。

 今日はこっちで食事を食べるのか、調理の音が聞こえてくる。


「村長たちがわざわざこっちくるなんてなんの用事だ」

「聞きたいことがあってな」


 まずはハーベリーが家に来たことから話していき、ホカホカドリンクを作るために必要な鉱石について聞きにきたと目的を告げる。


「寒さを和らげる飲み物か。あれば助かるな。ついつい家に閉じこもりがちだが、外で体を動かしたくなるときもある。もちろん仕事のときも助かる」

「それでここらで火の属性を持った鉱石を見たことはあるのか聞きたいんだが」

「ないな。この廃墟周辺だとかすかに水や地の属性を持った石くらいしか見かけない。海が近いからだろう」

「そっか」

 

 残念そうな進に、ゲラーシーはだがと続ける。


「故郷だと見たぞ」

「おー。なにかと交換でもらえたりするかな」

「大丈夫だろう。そこまで使い道があるものでもないしな。隠れ里は地中にあるから一定の温度で保たれている。年中温度は低めだが、火の鉱石を使ってどうこうする必要はない。一枚多く羽織ればしのげる」

「それじゃ久々に行ってみるか」

「一度行っているし、クッションとかもあるから、以前より速く行き来できるわよ」

「そりゃありがたい。交換に持っていくものはなにがいいかな」

「この前たくさん手に入った肉でいいんじゃないか。味も問題ないし、いくらか持っていってもまだ余裕あるだろ」


 ゲラーシーの提案にそうしようと頷く。


「俺も連れて行ってもらっていいか? 故郷が無事復興できているのか気になってな」


 ゲラーシーの頼みに進はいいと思うと言って、フィリゲニスを見る。フィリゲニスも特に反対する様子は見せないため、同行が決まった。

 三日以内に出ることにして、話を終えた三人はノームたちの家を出る。

 そのまま畑に寄る。畑の周辺には見回りをしている小型の魔物がいて、さぼっている様子はなかった。


「二人はそのまま探しているといい。わしはあやつらに点甲虫を見たか聞いてみる」

「会話できんのか」

「明確なものは無理じゃがの」


 イコンは近くにいる魔物に近寄っていって話しかける。

 進はフィリゲニスに点甲虫の特徴を聞いて、芋の葉を見ていく。

 芋の葉には多くはないが、虫がくっついている。それらは点甲虫ではなく別の虫で少しずつ葉を食べていた。


「二人ともここじゃなくて向こうの方に多いらしいぞ」


 同じ畑でも縄張りがあるようで、点甲虫は別のところにいるようだった。

 イコンが先導し、ここらだという場所を探してみるとテントウムシに似た虫がいる。緑の外見に二つの黒い斑点がある小さな虫が点甲虫だ。

 今はまだ集めずともよいので、確認だけして家に帰る。

 家に中にはかすかに照り焼きの匂いが漂っていた。


「確認してきたぞ」

「どうだった?」


 リッカと向かい合うように話していたビボーンがリビングに入ってきた進たちに顔を向ける。

 キッチンから音がしているので、今日はラムニーが夕食を作っているのだろう。


「点甲虫はいた。鉱石はここらにはなくて、ノームたちの隠れ里だと見かけたんだそうだ。だから近いうちに肉を持っていって交換してもらうつもりだ。鉱石はどれくらいの量が必要なんだ」

「推測になるけど、移動に使っている荷車一杯分もあれば冬の間は余裕じゃないかしらね」

「肉はどれくらい持っていこうか。同じ量で交換してくれるといいが」

「向こうにとって火の鉱石が重要なら足りないかもしれないわね」

「あまり使い道はないってゲラーシーは言っていたよ」

「それなら等価でいいと思う。足りないって言ってくるようなら周辺の魔物を何匹か倒せばいいでしょう。魔物を倒して出た肉以外の素材は、なにか別のものをもらうか持って帰ってくればいいわ」


 そうすると進は頷いて、リビングで夕食を待つことにする。

 準備を整えた三日後、進とフィリゲニスとゲラーシーが廃墟を出発する。

 ビボーンは魔法薬作りのプランを練り、ラムニーは家事のスキルアップのため留守番だ。

 ほかに予定が変わる者はスカラーたちだ。進がいないことで畑に栄養が足りなくなるため芋作りはストップすることになる。その間スカラーたちはほかの作物を作るための勉強や薬に必要な点甲虫集めを行うことになっている。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 生活水準が上がっているだけに思い出すとより落ち込むんでしょうねー 以前の生活には戻れない、戻りたくないからこそ不安が増してしまうと
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