74 後処理
大物の魔物襲来に犬の魔物たちは慌てふためき、熊の魔物たちは驚き固まっている。グローラットたちの鳴き声も周囲に響く。
「避難だ、避難!」
進は飼育場の魔物たちに廃墟方面へと逃げろと大きく声をかけていく。
飼育場の魔物たちが逃げていくのを見て、進はイコンにこの場からあれを吹き飛ばせるような魔法はいけるかと聞く。
「あの巨体じゃからのう。吹き飛ばすのは無理じゃな。逆にここに固定するなら大丈夫そうじゃ」
「固定してどうする?」
「逃がさぬようにして、加勢に来たナリシュビーたちに一撃離脱を繰り返してもらう。もしくはフィリゲニスたちが戻ってくるまで時間稼ぎ」
「それでいこう」
すぐに頷く。進自身に良い考えはないので、実行してもらうことにした。
「ではやろう。土よ砂よ、掴み、捕らえて、留めておくれ。アースレストレイント」
イコンが魔法を使うと、穿土蛇の根本へと土が押し寄せる。
「捕まえたぞ!」
「俺も続く! さらなる縛り、戒め、強く持続せよ。バインドエフェクト!」
拘束が強くなり、穿土蛇が暴れても根本周辺の土はびくともしなくなる。
これで逃げられることはなくなったが、それを行った者がいると穿土蛇も気付いて、進たちへと顔を向ける。そしてがぱりと口を開けた。
「避けるぞ!」
嫌な予感がしたイコンに押され、進も慌ててその場から転がるように離れる。
つい先ほどまでいたところに体液まみれの土砂の塊が飛んできた。かなりの勢いで、命中した地面が削られていた。
進に命中すれば痛いというだけではすまなかっただろう。
進がぞっとしているところに、また穿土蛇が顔を向ける。
「動き続けんと命中するぞい!」
「っ!?」
急いで進は動き出し、隠れられるようなところを探す。
「そこの家の壁であれって防げるかな!?」
「どうだろうな」
もとより崩れかけの壁が吐き出される土砂に耐えてくれるか、イコンもわからなかった。
「距離を取る方がよいじゃろうて。お主も逃げよ。お主の魔法は距離をとっても大丈夫じゃろ?」
「大丈夫だけど、イコンは?」
「わしの魔法は離れてしまうと制御がきかなくなるからこっちで待機じゃ。地中に潜ってしまえば問題ないから危険はない」
そういうことならと頷こうとしたとき、ナリシュビーが飛んでくるのが見えた。
「ナリシュビーたちに吐き出される土砂のこと教えないと知らないのはまずいんじゃないか」
「わしは離れられんから、ススムがどうにかして知らせることになるぞ」
少しだけ迷った様子を見せた進はすぐにやるべきことを口に出す。
「……一直線に向こうに行くから土砂を吐き出しそうな挙動を見せてたら知らせてくれ」
イコンの知らせで左右どちらかに避けるつもりだ。
その頼みにイコンはわかったと頷く。それを見て進はナリシュビーのいる方向に手を振りながら走り出す。
自身に背を向けて走っている進を隙だらけと見た穿土蛇がすぐに口を開く。
「くるぞ!」
即座に察したイコンが知らせ、ススムは右へと大きくコースを変える。
穿土蛇もそれに反応して顔を動かすが一拍遅れて土砂を吐き出すことになる。飛んでいった土砂は進のそばに命中し、地面に跳ね返った飛沫が少し進の服にかかる。
ひやりとしつつ進はそのままナリシュビーへと走る。
応援に来たナリシュビーたちは進に気づき、二人が降りて来て、進を掴んで空に戻る。
「現状を教える。見たように口から土砂を吐き出す。その勢いは強いから注意すること。あと広範囲に吐き出す可能性もあるから、避けるときは大きく避けた方がいいかもしれない」
見てはいないが散弾銃のように広範囲の攻撃がある可能性も示唆する。
「今あれはイコンと俺で土を使って捕まえている状態だ。あそこから動けない。君たちには一撃離脱といった戦い方をしてもらいたい」
「あの拘束はいつまで続くのですか?」
「正確なところは聞いていないが、イコンが言うにはフィズたちが戻ってくるまではもつかもしれない。だから君たちには無理して倒すのではなく、弱らせるといった方向でいってほしい」
「わかりました。物陰に下ろしますね」
「ありがとう」
安全と思われるところに進を下ろしたナリシュビーたちは空に戻り、穿土蛇を中心に散らばる。
背後に回った一人が高速で接近し、槍で攻撃し離れる。切り裂くつもりだったが、表皮が硬くできなかった。
硬いことを皆に伝えて、すでにできている傷を狙って攻撃する方針へと変えた。
穿土蛇もやられっぱなしではなく、顔を振って接近するナリシュビーたちを追い払ったり、威力抑えめで範囲を広げた土砂吐き出しを行ったりしていく。
だがそれらはナリシュビーたちには当たらなかった。事前に注意されていたことと、無理するなということで回避を優先していたからだ。
ほんの少しずつ穿土蛇にダメージが積み重ねられていく。だが大きな体に見合った体力なのか、動きが鈍ることはない。
それでもこの光景をほかのナリシュビーが見れば感激したかもしれない。この巨体を倒すことはできずとも、一方的にやられてはいないのだ。以前の自分たちと比べたら格段の進歩だった。
「大きな魔法がいくわ。今戦っている人たちは引きなさい!」
ビボーンの大きな声が聞こえてくる。
その方向を見ると、ナリシュビーに運ばれるビボーンがいた。
囲んでいたナリシュビーはいっきに距離を開けて、イコンも地中に潜る。進も念のため隠れている物陰からさらに下がっていく。
そうしていると朱色の光の柱が穿土蛇がいる辺りに地面から発生して、五秒後に細くなっていき消えた。
光に包まれる形になった穿土蛇は黒く焦げた状態で倒れ、弱々しく身を起こした。
「あれで倒れないなんて呆れた頑丈さね」
「ほぼ死にかけだけどね。とどめはどうする?」
「ビボーンに任せるわ」
フィリゲニスとビボーンのそんな会話があり、そのあとに空から三メートルを超す光の槍が穿土蛇へと落ちてきた。光の槍は穿土蛇の胴に穴を開けて、それがとどめとなった。
穿土蛇は地面に力無く横たわり、今度はピクリともしない。
物陰からそれを見ていた進が飼育場へと戻る。イコンも終わったと判断し地中から出てくる。
時間を稼いでいたナリシュビーたちも戦闘が終わりほっとしたように地上に降りてくる。
ナリシュビーに降ろされたビボーンに進が近づく。
「ススムもいたの?」
「いたんだよ。イコンからあれが飼育場に接近していると教えてもらって、様子を見るため来ていたんだ」
「あまり危ないところに近づいては駄目よ? こっちは昼食のため帰ってきたら、あれが来ていて驚いたわ」
「俺もだし、みんなも同じ気持ちだろうね。被害がここだけで済んでよかったよ」
「ただいま」
そう言ってハグしてくるフィリゲニスに、進もおかえりとハグを返す。
「あれに備えていたんだけど、あまり意味なかったかしらね」
進から離れてフィリゲニスは穿土蛇を見ながら言う。
「備えていたって、なにをしたんだ」
「地中に攻撃魔法を仕込んでいたのよ。ダメージを与えるってよりは衝撃で驚かせて追い払うためだったんだけどね」
「あー、それで姿を見せたとき体中に怪我していたのか。でもいつのまにそんなことを」
「暇があるときにちょちょいとね」
常に行動しているわけではないので、離れて作業していたときならば知らなくて当然だなと進は納得した。
「後片付けしないとなー。誰かノームたちに午後から崩れた家の修復をしてほしいと伝えてきてくれ」
頼むとナリシュビーの一人が飛んでいく。
「俺たちも午後から修復の手伝いかな。とりあえず昼を食べに戻るついでに倒したことを知らせようか」
「そうね」
空腹を満たして午後から頑張ろうと廃墟に戻っていく。
進たちは家に帰る前に、穿土蛇討伐を知らせるためこの時間に皆が集まる食堂に顔を出す。
そこにいる皆、不安そうな顔だったが無事に戦いが終わったとわかってほっとした雰囲気が食堂を包む。
「飼育場の後片付けをしたいから手が空いている人は午後から飼育場に集合だ」
了解と返事があちこちから上がり、進たちは食堂から出る。
「穿土蛇はどうしようか? 放置はできないし、放っておくと腐って大変なことになるし」
「焼けた部分はそのまま焼却して灰にでもするわ。無事な下半身は……ススムの魔法で食べられる肉に変えてしばらく肉料理でいいんじゃないかしら。グローラットの餌に使うのもありでしょうね」
狩ってきたものは予定通り完全に凍らせて冬に回す。
「牛と豚と鶏の肉祭りになりそうだな。まあ腹いっぱい食べられるのは皆喜ぶだろう」
牛肉はステーキ、鶏肉は鍋、豚肉は角煮などと考えつつ家に戻る。
昼食を食べた進たちは飼育場に向かうと、人が集まるのをまって、壊れた家の瓦礫撤去と穿土蛇の処理の二手にわける。
指示を受けた人々が早速動き出す。
ビボーンとラムニーが瓦礫撤去に行き、進とフィリゲニスとイコンは穿土蛇の処理に行く。
「まずは焼けた部分を切り離して、魔法で離れたところに移動させるわ。地面の中のものはススムたちでひっぱり出して」
「りょーかい」
フィリゲニスが言ったとおりに焼けた部分を切り離し、サイコキネシスで運んでいった。
「残った部分は俺たちで引っ張り出すぞー」
進はグルーズといった力自慢に声をかけて、一緒に切り口の端を持つ。
「せーの!」
掛け声を合図に皆が力いっぱい引っ張る。するとズズッと数センチだけだが引っ張り出すことができた。
この調子で少しずつやっていくぞと何度も掛け声をかけていく。せーのっと合図を出すたびに地中の胴体が地上に出てくる。
三メートルも出てくると持ちやすくなり、引っ張り出せる速度は上がる。
二十分ほどで、焦げた部分を灰にしてきたフィリゲニスもサイコキネシスで参加して、四十メートルほどの胴が地中から出てきた。
「いくつかに切ってもらって運ぶか。フィズ、まだ魔法は使える?」
「大丈夫。いくつに切り分けたらいいかしら」
まずは変化させたいので、三つに切り分けてもらう。そのあとに運びやすいサイズにという進の注文を受けて、厚さ二十センチほどの輪切りにしてもらった。
かなりの数の輪切りを、ビボーンに作ってもらった臨時の簡易倉庫に入れる。そしてフィリゲニスが魔法で倉庫全体を凍り付かせた。
進たちが作業を終わらせるまでに、瓦礫の撤去と無事な家具や雑貨の運び出しは終わり、修復が始まっていた。ひとまず土を使っての応急措置で進めている。おかげで寝泊まりは問題なくできそうだ。
壊れた壺といったものはノームたちが住民に確認し、予備があるものはブルたちが取りに行っている。
穿土蛇が掘った穴はイコンが魔法で埋めて、ここから魔物が入ってこれないようにしている。
夕方頃には外見は元通りといった感じまで進めることができた。本格的な修理は明日以降だ。
「はーい、お疲れさん。グルーズたちはしばらく不便だろうが、修理が終わるまで我慢してくれ」
グルーズたちは頷く。あれが暴れてこの程度ですんだのだから多少の不便さは我慢できるのだ。
「今日のところはこれで解散だ、肉は十分手に入ったから、狩りと討伐は今日で終わりでいいと思うが、ビボーンどう思う」
「それでいいと思うわよ」
「ということなんで明日からは飼育場の修復に動いてほしい。それが終わったらいつも通りに戻るといった予定だ」
解散し、翌日に畑仕事を終えて午後から魔法をぶっ放すためブロックの壁へと進とフィリゲニスが向かう。
近くを通った飼育場では、グルーズたちがいつもどおりにグローラットの世話をしていて、家の修理をノームとナリシュビーがやっていた。
ブルの姿が見えて、飼育場の様子を聞くため声をかける。
「ああ、ブル。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「なに?」
「昨日の騒ぎでグローラットたちに何かしらの異常が出ていたりするか気になったんだ」
ブルはふるふると首を振った。
「昨日は怯えていた。今は問題はなさそう」
「それならいいんだ。少ししたら大きな魔法が使われる。それに慌てないよう皆に言っておいてくれ」
「わかった」
ブルは人の多いところに駆けて行き、注意を促している。
それを見て進たちはブロックへと向かう。
ブロックの一つへ上がるためフィリゲニスは土で階段を作る。
「派手に行くんだったわね」
視線の先に広がる荒野を見ながら聞く。
「その方がいいらしいね」
「それじゃ注文通りにいきましょうか。発動タイミングで肩に触れて合図を出すから強化をお願いね」
「了解。どういった魔法?」
「魔力の波が地面を扇状に広がっていく感じよ。弱いバーションを使ってみせましょう。その方が口で説明するより早いわ。力の波、地を伝い、走れ。エナジーウェイブ」
魔法を使うと、五メートルほど先までの地面の表面が扇状に荒れる。
「これの威力が上がって、すごい広範囲にまで影響が及ぶ魔法よ」
「なんとなくイメージできた」
「強き力よ、地を這え、ほとばしり、獲物を追い、駆け抜け、触れたものを砕きつくせ」
クラゼットが襲撃したときと同等の魔法なのだろう。最後の名前を言わずに準備時間を必要としている。
少しだけ時間が流れてフィリゲニスの手が動いて、進はいつでも魔法を使えるように構える。そして肩に手が置かれた。
「ガイアレイジ」
フィリゲニスが魔法を使うと同時に、進も質を上げる魔法を使用する。
その瞬間、轟音が響き、地面がひっくり返っていくと表現するしかない光景が南部へと広がっていった。
これまでの草木も生えない荒れた光景とはまた違った光景が生まれる。歩くことができないデコボコの地面が確実に百メートル以上続いていた。
「うわぁ。これ強化しなくてよかったんじゃ」
「私もそう思うわ。でもこれで目的は果たせたはずよ」
「さすがにここに近づこうとは思わないだろうな。移動も難しいし」
ブロックの意味はなくなったかもなと思いつつ、進はこの後どうしようか考える。本当はブロックの壁を広げようと思っていた。しかしその必要はなさそうに思える。
「帰ろうか」
「ええ」
壁を広げることは止めて、廃墟探索でもしようと予定を変える。
後日廃墟にやってきたローランドが、南の風景を見てなにがあったのかと真剣な表情で尋ねることになる。
理由を話すと、小物を追い払うのにやりすぎだろうと呆れられることになった。
感想と誤字指摘ありがとうございます