73 穿土蛇
二時間ほどブロックに魔法をかけ続け、そこで進はリタイアだ。ここまでやったと地面に印を刻んでフィリゲニスのところに向かう。
「魔力が空に近くなったから、俺の作業はおしまい」
「わかったわ。ここまでブロックを作って思ったんだけど」
「なに?」
「明日もブロックを作らない? 今日だけだと壁の長さが足りないって思えてね」
今日作った壁はだいたい百五十メートルに満たないくらいだ。
これくらいだとちょっと迂回すればすぐに飼育場に入れるだろうとフィリゲニスは言う。
「いいとは思うけど、ビボーンにも相談してみよう。聞いてくるよ」
「お願いね」
かなり先の方で地面に魔法をかけているビボーンのところに向かう。
こうしてかなりの長さに魔法をかけているビボーンは最初から二日三日という時間をかけるつもりだったのだろうかと進は思う。
「ビボーン」
「あら、ススム。どうかした?」
「フィリゲニスから相談されたことあるんだ。今日作った壁だけだと長さが足りないかもしれないから、明日もまた作らないかって」
その提案に関して考え込み、ビボーンは一度頷いた。
「そうね……うん、ありだと思う。だとすると明日出る予定の討伐組は小物を狙うように言っておいた方がいいわね」
「そうだな。ところでビボーンは最初から長くすることを考えていたと思っていたけど違うのか? ここまで地面を柔らかくしているしその予定だと思っていたよ」
「私がここまで柔らかくしたのは、魔物たちが柔らかい地面に足を取られるといいなって思ったからよ」
「そういった理由だったのか」
進は許可が出たことをフィリゲニスに伝えに戻り、もうここでやれることはないので廃墟に戻って倉庫の整理でもしようかと思ったが、フィリゲニスに止められこのまま相手していてほしいと頼まれる。
作業終わりの夕方までもう二時間ほどなので、それもいいかと頷いてその場に残り、作業するフィリゲニスと話して過ごす。
明日のために疲れを残さないようビボーンも作業を早めに終わらせて合流する。
この防壁を廃墟を囲むように作っていこうかなどと話したりして、今日の作業を終える。
廃墟に戻り、見回りの報告を聞くついでに明日の予定を伝えるためナリシュビーたちの家に寄る。
ナリシュビーの家は改修が進んでいるようで、布で塞がれたところがほとんどなくなっていた。
顔パスで女王の家に入ることができ、ハーベリーとロンテがいる部屋に案内される。
「わかりました。明日はナリシュビーだけですね」
急な変更だが、ハーベリーは不満などなく頷いた。食料を作る場所の守りが良くなるなら文句などなかったのだ。
「大物を狙うとか無理はしないでいいから、倒せるものがいたら倒しておいて」
「はい、伝えておきます」
「見回りの方から報告は入っている?」
ハーベリーは首を横に振る。まだ帰ってきていないのだ。
「じゃあ明日の朝にまた聞きにくるよ」
「そのときまでに情報をまとめておきます」
頼んだと言って、ナリシュビーの家から出る。
翌日、進は畑に行く前にハーベリーに会いに行く。約束通りハーベリーは情報をまとめていた。
「おはよう」
「おはようございます。情報をまとめておきました」
「早速頼む」
ハーベリーは頷き、説明を始める。
それによるといくらか魔物の数が増えていたのは確かだった。だが危険すぎる魔物は見かけなかったようで、弱い魔物が襲いやすい獲物を求めて集まってきているのではないかと見回りたちは推測していた。
ほかにはゲラーシーが見つかったときと同じような穴が二ヵ所で見つかっている。
「集まりかけている強くない魔物は強く脅せば近寄らなくなるかな」
「かもしれません」
「十分に狩って肉を確保したら、フィズに派手にやってもらうか。問題は穴の方だな。穿土蛇だったか、そいつもこっちに来ている可能性があるかもしれないな。最近できたかどうかという話は聞けた?」
ハーベリーは首を横に振る。
「古くはないようですが、最近のものかはわからないようです」
「そっか。戦闘担当たちには無理しないようにと伝えるようにしていたはずだよな」
「はい。自分たちで倒せる魔物を倒すようにと」
「それならいいんだ。もう出発したのか?」
「見回りと一緒に少し前に出ました。なにか連絡事項でもありましたか?」
「いや確認しただけだ。俺も畑に向かうとするよ」
ナリシュビーの家を出た進は、昨日と同じように午前中は畑仕事をして、昼前に防壁へ行って、魔法を使っていく。
防壁周辺では魔物の姿は見かけない。次々と現れる巨大ブロックを警戒して様子見でもしているのだろうとはビボーンの言だ。
昼食後も魔法をかけていると、たまに狩った獲物を運んでいるナリシュビーたちの姿が見えた。運ぶ魔物のサイズは小さいものは兎サイズ、大きなものは鹿くらいだ。
無事戦闘担当のナリシュビーでも倒せているようで安心しながら進は魔法を使っていく。
そうして夕方になり、フィリゲニスの作ったブロックはだいたい三百メートルほどに広がって並んでいた。
「これだけ横に広げておけば、ひとまずまっすぐには来ないでしょう」
「もちろん迂回すれば簡単に侵入できるけど。どんと並ぶ壁には警戒心を抱くでしょうから近づく魔物も一時的に減るんじゃないかしらね」
フィリゲニスの発言をビボーンが補足する。
「あとは集まっている魔物を派手に倒して、さらに警戒心を持たせて対処は終わりだな。二人とも頑張ってくれ」
頷く二人と一緒に廃墟へと戻る。
翌朝、討伐に出て行く二人を見送り、進とラムニーとイコンは畑仕事に向かう。畑仕事のあとはブロックに魔法をかけに行く予定だ。
家を出たフィリゲニスたちはナリシュビーの戦闘担当たちと合流するため花畑に向かう。
花が咲き誇っていたそこは、寂しい風景になっていて、畑を管理するナリシュビーたちが土の手入れをしている。
その光景を見て、違う季節にも咲く花を仕入れられるよう提案してみようかしらとビボーンは思う。
畑の近くに武装したナリシュビーが七人と見回りのナリシュビーが五人いる。
戦闘担当たちは水人族からもらったものを身に着けていて、見回りたちは特型壱号の人工皮革を使った防具を身に着けている。リッカが横を紐で縛るベストとして加工してくれたのだ。それに進が品質を上げる魔法を使っているため、簡素ながらそこらの革鎧よりも丈夫になっている。
「おはよう」
ビボーンが声をかけて、おはようございますと挨拶が返ってくる。
「全員そろっているかしら」
「はい。いつでも出発できます」
「その前に昨日の活動報告を聞きたい。魔物をよく見かけた場所はあった? ここに隠れ潜んでそうだってところとか」
「そういったところは特には」
「まばらに見かけたといった感じでした」
そうなのねとビボーンは頷く。
「今日は私とフィズが魔力を感知しながら探すつもりだから、指示に従って飛んでちょうだいな」
「了解です」
「なにか指示があればその都度伝えるわね。出発しましょう」
戦闘担当たちが飛びあがり、見回りたちがフィリゲニスとビボーンの手を取って飛びあがる。
フィリゲニスは自身に軽量化の魔法を使っているため、運ばれる際にも大きく負担をかけないようになっている。
空を行く一行はひとまずまっすぐ南東を目指す。
作った壁から二百メートルといったところで下ろしてもらい、周辺の魔力を探っていく。
反応のある方向に飛んで、そこにいた魔物を倒すと、またそこから次の反応を探るといったことを繰り返していく。見つかるのは戦闘担当のナリシュビーでどうにかなるものばかりなので、戦闘経験を積んでもらうことにして、フィリゲニスたちはレーダー役に徹していた。
昼に少し早いところまで繰り返していき、魔物を一度廃墟に持って帰ることにした。
魔物は冷やされ軽量化して、ナリシュビーたちが手足を持って運んでいる。
壁まで戻って来たとき、フィリゲニスたちは作業している進を見かけて、そこで下ろしてもらう。
「あ、おかえり」
「「ただいま」」
昼なので一緒に戻ろうと声をかけられて、進は地面に印を付けて二人と一緒に歩き出す。
「討伐の調子はどう?」
「順調だと思うわよ。見つけるのは一匹ずつだから大猟とはいかないけど」
進の腕を取りながらフィリゲニスが答える。
「穿土蛇っぽいものに関してはなにかしらの痕跡とかあった?」
「午前中はなかったわね。午後は穴に行ってみるつもりよ」
「ここから離れてくれているのが一番なんだけどねぇ」
そう言うビボーンに進も同意する。
昼食が終わり、再び花畑から一行は予定通り魔物が開けた穴を目指して飛ぶ。
一つ目に到着し、そこに降りる。
穴はゲラーシーの時と同じように斜めのものが二つある。
周辺をざっと見ても鱗の一枚も落ちてはいない。
「穴の大きさは前に見たものと同じくらいかしら」
「そうね。たしかこのくらいだったはず。前と同じ個体の可能性がでてきたわね。見回りをしているあなたたちは大型の蛇を夏の終わりから最近までに見かけた?」
フィリゲニスに聞かれ、見回りたちは顔を見合わせて確かめ合う。誰も見たことがなかったようで首を横に振った。
「一度離れて、また戻ってきたってところかしら」
「いると仮定して警戒しておきましょう」
フィリゲニスは保険として一つしかけを施すことに決める。
以前のものと同個体らしいということ以外、これといった情報は手に入らず、もう一ヶ所の穴に向かう。そこでも目新しい情報はなかったので、討伐を続行していく。
初日をそれなりの成果で終えて、次の日も似たようなものだった。
三日目になり、今日討伐数が少なければ周辺から魔物を減らすことに成功したとして討伐終了にしようということになった。
昨日でブロックの質上げ作業を終わらせていた進は、午後からなにをしようかと思いつつ畑仕事をやっていく。
見回りの魔物たちに配布する芋を指定の箱に入れて、スカラーたちの方の畑にも魔法をかけ終えると、ラムニーとイコンと一緒に池へと向かう。
その途中でイコンが止まる。
「ススムッ、来るぞ!」
急に飼育場の方を見たイコンが真剣な声音で告げる。
「来るってなにが」
「おそらく穿土蛇というやつだ。地中をそれなりの魔力の何かが移動しておる」
「方向は!?」
「飼育場方面だ。奴もグローラットを狙っているのかもな」
どうしようか進は考えて、自身は飼育場へとイコンと知らせに行くことにして、ラムニーには戦闘担当のナリシュビーを呼んできてもらうことにした。
「すぐに知らせますっ」
頼みに頷いてラムニーは走っていく。
進も走って飼育場に向かう。
「こっちのイコンは攻撃できるんだっけ!?」
「育成特化じゃからあまり得意ではないがの。それとあまり多く魔法を使えぬ」
「攻撃を強化するから使うときはタイミングを教えてほしい」
「うむ」
走って、瓦礫の向こうに飼育場が見えてきたとき。土が舞い散っていくところが見える。
間に合わなかったかと思いつつ、進は足を止めずに飼育場へと駆け込む。
そこには蛇というよりミミズに近いものがいた。太さ二メートルほど、全体の長さは不明だ。二十メートルほどが地中から出ていて、残りはまだ土の中だ。外見はモンゴリアンデスワームに太い毛をまばらに生やしたという感じだった。
なぜか体のあちこちから血と体液を流して、暴れ回っている。その衝撃で家が半壊してしまっていた。食欲よりも痛みの方が勝っているらしい。
感想と誤字指摘ありがとうございます