7 食のため
「飲める水をイメージしたんだけど、飲めそう?」
寝転がり空を見上げながら進は聞く。
「大丈夫じゃないかしら。触れた感じ上質な水だと思う。生物たちも水の変化に驚きはしても、どんどん死んでいるってことはないし」
「そっか、じゃあ水は確保できて一安心と」
「問題なく飲める水がここにできたことで、魔物やら獣が集まるっていう問題はでてきたけどね」
「あ。そうなったら俺一人だとここに来るのは無理じゃない?」
「でしょうね。だから私と一緒に来ないと駄目よ。あと魔法に関してわかったことを話しておきましょうか」
「お願い」
魔法に関して知識のない自分と違った見方のできるビボーンの説明は貴重なものだろうと、耳を傾ける。
「質の上げ下げができる。物質の変化を引き起こせる。今のところはこの二つ」
「そうだな。これまでやってきたのはその二つ」
「ええ、質を上下させるだけならここの水は綺麗にはならないわね。汚れたまま水の質が上がった。水そのものを変化させたから汚れが消えて綺麗になった。物質の変化がどれくらいまで可能なのか、今後調べたいのはそれね」
「普段飲んでいる水に変えようと思ったんだよな。その過程は特に意識していない」
「そこは魔法の方で勝手に調整したんでしょう。そこを意識してみると、水からお酒やジュースといった感じに大きな変化を起こせるかもしれないわね。それは変質の魔法に熟練したときにやれるようになることかもしれない。今はできることを繰り返して魔法に慣れてくことが大事だと思うわよ」
練習の大事さを説かれて、そうすると返した進は少しでも気分を休めるため目を閉じる。
少しして洗い終わったことに気づいた進が立ち上がろうとするのを、ビボーンは止める。まだふらつくだろうと見抜いていた。
進はそのまま横になって、いつのまにか眠り一時間ほど経過して起こされる。気分はずいぶんとましになっていて、倒れるようなことはない。
「帰りましょと言いたいところだけど、少し残念なお知らせがあるわ」
なんだろうかと進は首を傾げた。周囲に変わった様子はなく、どんな問題が起きたのかわからない。
「池の底の方を見てみればわかるわ」
「底ね」
池に近づき覗き込む。すると上面は透明なのだが、底の方が濁り出していた。
池に住む魔物や生き物が土を巻き上げたのかと、ビボーンに聞く。
「違うわ。どうやら湧き出てくる水が汚染されているみたいでね。浄化しても濁った池に戻るみたい」
「そっか、変質の能力は現状池にある水に対して使ったから、新たに湧き出てくる水に対しては効果がないんだ」
「そうみたい。しばらくは、ここに大きな水瓶なんかを置いてそれに水を移して、その水を綺麗にした方がいいわね」
「しばらくってどういうことなんだ?」
「原因を探ってそれを解決するまでは、水瓶に移そうって考えているわ。毎回池全部を綺麗にするのは疲れるでしょ」
「解決する必要あるのかと思うんだが。準備ができたらここを出て行くだろ」
ずっと滞在するなら大事な水源になるだろうが、いずれ出て行く場所の整備はする必要なくないかと進は思う。
「私の好奇心みたいなものよ。それが解決すれば、どうしてここが荒れた土地になったのかわかるかもしれないからね。それに出て行く準備もそれなりに時間かかるし、その間趣味に費やす時間があってもいいでしょ」
「そんなに時間かかるって予想してるのか」
「あなたは旅慣れてなさそうだし、ある程度鍛えないとここで過ごすだけでも大変よ。移動だけでも体力がもたないはず」
進は指摘されて、納得する。
体力がないわけではないが、整備されていない道を歩くだけでも大変そうなのはわかる。それに加えて魔物や獣がでてくるとなると、遠足のようなハイキング気分ではまずいと想像できた。
「納得したみたいね。まあ強くなるんじゃなくて、体力をつけることが目的だから、わりと気楽でいてもいいけどね」
強くなりたいならきちんとした技術を身に着けることが必要になってくる。しかし現状進は旅に耐えられる体力や身体能力を必要としていて、戦う能力までは求められていない。だからビボーンは気楽でいていいと言ったのだ。
「鍛錬はどんなことをするんだ?」
「まずはここらの魔物の攻撃を回避できるようになってもらう。そのあと私と一緒に廃墟の外に出て、私が弱らせた魔物を倒してもらう。弱らせても死にものぐるいで攻撃してくることがあるから、回避が大事なのね。身体能力や体力だけを付けるときは、こんな感じのやり方よ。強くなりたいなら咄嗟の判断とか鍛える必要があるから、こういった経験を積まないやり方は駄目なんだけどね」
水を持って帰ろうと声をかけられて進は立ち上がる。
壺に入った水が零れないように慎重に移動し、二人が出会った拠点にする建物まで戻る。
そこで進の腹が鳴る。
「食べ物を取りに行きましょうか」
「また廃墟の外に?」
「いえ、大昔に植えられたものが自生しているのを近くで見かけたことがあるわ」
味は期待しないでねと言ってからビボーンがこっちよと先導する。
もとは公園だったらしい広場に、ぽつぽつと緑の葉が点在する。
「ここにこうして生えているだけでもすごいことなのよ。それが精一杯で増えていくことはできないんだけど」
言いながら慎重に茎を引き抜くとタロイモのような芋が土の中から出てきた。
「味は悪いけど、毒はないから安全に食べられるわ」
調理法は焼き芋のように、燃やしてできた灰に芋を突っ込む。
早速近くから燃やせるものを探して、灰を作り、芋を入れる。
できあがるまでに、近辺の探索をして使えるものを探していく。
火が完全に消えて、ある程度温度が下がったであろう芋を掘り起こす。
拠点に戻る前に、茎の部分を芋が埋まっていたところに埋める。挿し穂で増える種かどうかわからないが、増えてくれればラッキーと考えたのだ。
拠点に戻って芋を洗い、皮をはがして進は芋にかじりつく。
「っ!?」
口の中に広がるえぐみと若干のすっぱさに吐き出しかけたが、なんとか飲み込む。ややねっとりとした感触で、舌にからみついて、いつまでも口内に味が残る不快感。それをペットボトルのお茶で胃へと流し込む。
「ほんとに不味いな!」
「だからまずいって言ったでしょ。どうも土の状況に味が左右されるされるらしくてね」
「だったら土の状態を変質させれば味はましになるよな! すぐにやろう!」
「えらくやる気ね」
「改善できる食事を改善せずそのまま放置するなんて日本人じゃない!」
「ニホンジン? でも今日はもう魔法は使えないんじゃない?」
「ご飯は終わったし、あとは寝るだけ! なら気絶してもかまわない」
進は残る芋をいっきに食べて、お茶で流し込む。あまりの不味さに、塩で味付けすればましになったかもしれないと思いつきもしなかった。
「さあっまたあそこに行くぞ!」
「すごい気合ねぇ」
食事を必要としないビボーンはそこまで気合が入る理由がわからないと首を振りながらも一緒に拠点を出る。
ある程度水を撒いた方がいいだろうと、駆けだしそうな進を止めて、一緒に壺を持って芋が自生しているところに向かう。
もってきた水を芋が生えている一帯に撒いて、ビボーンがゴーサインを出す。彼もこの枯れた土地がどのように変化するのか興味があるのだ。
進は地面に手を置いてイメージする。脳内に思い浮かべるのは祖父母の畑。日本の畑の土がここの芋に合うのか、今の進にはわからない。しかし今の雑草も生えにくい土よりはましだろう。
「肥えよ、満ちよ、豊穣の地へ。ファトライズチェンジ!」
思いつくままに詠唱した進が力いっぱい注いだ魔力が地面に広がっていき、湿った黄土色だった土が黒く湿り気のある土に変わっていく。
がっつりと魔力を放出した進に、頭痛と倦怠感と眩暈がいっきに襲いかかってくる。
「こ、これで美味い芋が」
そう言って進はばたりと地面に倒れた。その顔色は血の気が引いて白く、どう見ても正常な状態には見えなかった。
「食欲で限界を大きく超えた魔力を使うなんてね。限界を超えるなんて普通は命の危機が迫ったときにやることなのに、ニホンジンというのはどれだけ食事に強い思いを抱いているのよ」
そこまでやるかと呆れと感心が混ざった声音で、ビボーンは倒れている進を見る。
体調が崩れるような、死の領域に足を踏み込みかねない限界を超えた魔力使用は、魔法への適正を引き上げる。強さを求める人が死なない対策や後遺症対策をきちんととってやることなのだ。
進自身にここまでやるつもりはなかった。今後の主食がこの不味い芋かもしれないと思うと、我慢ならず勢い任せでただ食事をより良いものにしたいと考え、全力を込めたのだ。食への執念もあるが、魔法について無知だったからできたことだろう。
「これで魔法への適正が増すんだから複雑だわ。まあ、悪いことではないし良しとしておきましょうか。あとはこの土地だけど、池みたいに周囲から悪い影響を受けたりするのかしら? ここの様子も要注意ね」
ビボーンはそこらの石を使って、地面を掘る。浅い部分のみが変化したのかと思ったが、二十センチほど掘っても黒い土が続いた。
「ちょこちょこと魔法を使ったあとに池の水を綺麗にして、ここもそれなりの広さを肥えた土に変えた。もとから魔力に関しては良いものをもっていたのね。加えて魔法への適正も偶然とはいえ上がった。特上の能力者になりそうね。後遺症対策をきちんととったらだけど」
今日は徹夜で魔力への干渉を行うことになりそうだと思いながら、進を抱き上げる。
拠点に連れ帰り、地面に敷いた毛布に寝かせるとビボーンは進の腹に手を置く。乱れた魔力の流れに干渉し、スムーズな流れへと変えていく。
普通は魔力の流れに干渉する道具をいくつか寝床の周囲に置いて、魔力の流れを普段どおりのものへと誘導するのだ。人力でやるには難易度が高く、集中が持たないことがある。この干渉に失敗すると魔法の行使が困難になることもあって、道具頼りになるのだ。
ビボーンは一晩中集中を途切れさせず、やり遂げた。終えても疲れた様子を見せなかった。
朝が来て、進は快適とはいえない朝を迎えた。まだ寝足りないような怠い感じがあったのだ。
「あー……なんでこんな疲れてるんだっけ」
「おはよう」
少しぼーっとしつつ周囲を見て、近くにいたビボーンに声をかけられビクッとする。
ビボーンを見て昨日のことが思い出され、魔法の使い過ぎて気を失ったと思い出した。
「倒れた俺を運んでくれたんだな。ありがとう」
「どういたしまして。ところで頭が痛かったりするかしら」
「いや、そういったものはないが」
「よかった、成功したのね」
「成功って。なにかしたのか?」
「あなたが無茶をしたから、そのフォローをしたのよ」
限界を超えて魔力を使ったことで後遺症が残る可能性があったことをビボーンは話す。
「魔法を使いすぎても後遺症は残らないって昨日話しただろ」
「少し使いすぎても大丈夫って言ったのよ。昨日みたいに限度を超えたら普通に命が危ないわ」
勘違いしていたのだと進はひやりと背筋が冷える。
「今こうしてなんともないということは無事ってことでいいんだよな?」
「ええ、少し怠いくらいなんでしょ? だったらなにも問題ないわ」
よかったと進は心底安堵し溜息を吐く。
その進にビボーンは魔法へと適正が上がったことを説明していく。
「昨日よりも多く魔法を使えるようになっているし、魔法の熟練速度も増しているわ」
「魔法を使いこなせるようになるには、こういった荒行みたいのが普通なのか?」
「普通じゃないわよ。今回のは、力を求める人がしっかりと準備をしてやるものよ。普通の修行というのは、安全な範囲内で魔法を複数回使っていき、少しずつ魔法を使う感覚を養っていき、魔法への理解度を深めていくの」
「段階をいくつか飛ばした修行をやった感じか」
「そうね。正直そこまでやるとは思ってなかったわ。ある程度で止めるって思ったんだけど、食欲がすごいのねぇ」
「今後あれが主食になりそうだと思ったら、ずっとあれを食べるのを我慢できなくて」
食べ物の話をしたからか、食欲が刺激されてぐーっと腹がなる。
芋をまた取りに行こうということになり、二人で建物を出る。
元公園に行くと、少しだけではあるが明らかに緑の割合が増えていた。
芋の葉も昨日はしなびた感じだったのが、今日はしゃきっとしていた。
かわりに芋周辺の土の色合いが黒から砂色へと変わりかけている。
「これは芋がすごい勢いで土の栄養を吸い取ったということなのかしらね」
「地球だとここまでの勢いで土の栄養を吸いつくすなんてことなかったな。さすが異世界」
この速度なら明後日にはまたもとの砂色の土に戻りそうだと進は予想する。
「いやこっちの世界でもこういったことはないわよ。たぶんだけど長年やせた土地で育ったから、少しでも栄養を蓄えられるように性質が変化したんじゃないかしらね」
「生き残るための努力というやつだな。味がましになっているといいんだけど」
近くの芋を掘り起こすと、大きさ自体はかわっていなかった。
朝と昼用の芋を持って、置きっぱなしにしてた壺を持って池に向かう。水がなく、芋を洗えないのだ。飲み水もなく、顔も洗えないので、池に行くことにした。