69 高校生三人 弓の指導者
初めての遠征から帰ってきた琥太郎たちは神殿の訓練場で自身の上がった身体能力を確認していく。
そこまで急激に上がったわけではないので自覚は薄かったが、これまで持てなかった重さのものをかろうじて持てたり、少しだけ長くランニングできたりと実感を得ることができた。
技量に関しては祝福のおかげで自覚できる程度に上昇していた。
琥太郎と淡音はもともと技術があったので少し上がったかなと思った程度だったが、桜乃はゼロからの出発で以前との違いがはっきりとわかった。
技量が上がる際についた癖などの修正は、ガゾートといった以前からの指導者に加えて、カーマンとシャニアの協力も得て行われた。
それにより琥太郎と桜乃の伸びが良く、淡音も伸びたが二人ほどではないという結果が出て、淡音本人からも頼まれたように弓の指導者も必要だという結論が出た。
もちろん神殿にも弓を使える者はいるが、士頂衆に届くような者はおらず、指導者の差が如実に出た形となった。
「ほらもう一回いくわよ!」
「おう」
琥太郎とカーマンが向かい合う。琥太郎は魔物討伐でも使った攻撃用のガントレットを持ち、カーマンは自身が使う槍と同じ長さの棒を持っている。
その棒にカーマンは魔力を込める。
「私の棒を見て、拳に同じくらいの魔力を集めて」
「……」
琥太郎はじっと棒を見てから自身の中にある魔力を集めると意識して拳に移動させていく。
カーマンやガゾートからすればまだまだ遅いが、それは何度も練習することで早くなるとわかっているので今は指摘しない。
琥太郎は利き手にこれくらいだろうという魔力が集めて、構える。
「それじゃ私の突きを迎撃しなさい」
言葉と同時に、手加減された突きを放つ。それに対して琥太郎も拳を突き出した。
カーマンの狙いはわかりやすく、鍛錬と魔物討伐で勘を取り戻した琥太郎は、棒の切っ先に拳を当てる。
磁石の同極を近づけたように、拳と棒は弾かれた。
「魔力の見極めは上手くなってきたじゃない。今みたいに同量の魔力がぶつかれば相殺される。足りなければそのまま押し切られて、多いと押し切る。簡単な話よね」
「魔力が同量でも、拳や武器の勢いが強ければ押し切れるのか?」
「そうね。それも可能ではあるけど、無理に押し切る意味はない。そこで力を使うより、避けるなり弾くなりして、防御が崩れた相手に叩き込む方がいい。この鍛錬はどちらかというと攻撃じゃなくて防御に使うことになるわ。強くなれば魔力を込めた攻撃は当たり前になる。避けきれなかったときに、しっかりと魔力を込めて防ぐのよ」
「相手の込めた魔力に届かずとも、少量でも魔力を込めて防ぐことは有効だよな? それだけ相手の魔力を削ることになるし」
「ダメージを小さくしようとする考えは有りよ。勝てずともそうやって生き残った人はいる。わかっているかもしれないけど、事前に魔法使いに防御魔法を使ってもらえば、込める魔力が少なくてもダメージは小さくできる」
仲間に魔法使いがいるのだから協力しなさいと言うカーマンに、琥太郎は頷いて続ける。
「もう一つ思いついた。多くの魔力を込めて防御して、相手の連撃を防ぐのはいけるのか?」
「できるわよ。重装の戦士はそうやって防ぐことがメインね。あなたは軽装だから、それはあまり向いていないわ。相手の手数が多く、避けきれないというときにのみ使いなさい」
「一度経験したいんで、試してもいいか?」
カーマンが頷き、琥太郎は全身は無理だったため、両腕に魔力を集めて胸の前で交差させて防御態勢をとる。
それを見てカーマンも棒に魔力を込めて、速さ重視の軽い連撃を放つ。
「ふっ」
カーマンが短く息を吐いて踏み込み、ゲームに出てくるような連撃を魔力が込められた腕へと当てていく。
琥太郎の腕に込められた魔力がガリガリと削られていき、ほぼなくなったところでカーマンは意表を突くように遅めの一撃を琥太郎の顔へと放つ。
琥太郎は体をそらして避ける。
「油断はしていないようで結構」
こういった不意打ちは指導を受け始めて何度もあった。最初は不意打ちされると驚き固まりまともにでこを打たれて、かなりの痛みがあって抗議した。
それに対して「戦闘は上品なものじゃない。この先不意打ちしてくる相手はいくらでも出てくるから、今のうちから慣れておけ」と返され、ガゾートも同意したため警戒するようになったのだ。
カーマンは日常生活でも不意打ちをしたかったようだが、まだ戦闘慣れしていない琥太郎たちにそれはストレスを与えるだけとガゾートに止められたことで、指導中にのみ行われている。
「もう一回魔力見極めをしていくわよ」
返事をした琥太郎が腕に魔力を込めていく。
そこから離れたところで桜乃がシャニアから指導を受けている。
二人は壁に置かれた的から二十メートル近く離れている。
これまでは単発の魔法の距離を確かめる訓練をしていて、壁にかけられた木製の丸い的に傷がついていた。
「今のサクノが安定して当てられる位置はここくらいということね。まだまだ伸ばしていくわよ」
「どれくらいが目標なのでしょうか」
「ひとまず今の二倍が目標ね。それくらいあれば足止めの魔法とかも有効的に使えるでしょう」
接近する魔物の進路上にあらかじめ足止めの魔法を使っていても避けれるが、的確に足元に発動させられれば避けきれるものではない。
そう簡単に発動タイミングを合わせられるわけではないが、桜乃は厳しい戦いに臨むので目標も高めに設定していた。
「シャニア先生はどれくらいの距離を当てられるんですか?」
「的の大きさにもよるんだけど、今使っている大きさで動かない的なら三百メートルくらいかしら」
「すごい」
その素直な褒め言葉に、シャニアは首を横に振る。
「動かない的ならそこまで難しくないのよ。私じゃなくてもしっかりと鍛錬している人なら同じくらいはできるわ。上空を飛んでいる鳥の魔物なんかを狙うと途端に難易度が上がるわ。そういった魔物退治は弓使いに任せるのが一番ね」
一発の威力と命中力を鍛えるのが弓使いだ。その分野では魔法使いは敵わないことが多い。
魔物との距離を接近、近距離、中距離、遠距離、超遠距離の五つにわけるとすると、普通の弓使いは中距離から超遠距離が得意距離になる。普通の魔法使いは近距離から遠距離が得意距離だ。そして遠距離といっても中距離よりの遠距離なので、弓使いとは得意距離がズレる。
「距離の訓練はひとまずここまで、次は命中力の訓練よ。あなたにとってはこっちの方が大事ね」
「兄さんが接近戦をするからですね」
以前教えられたことを覚えていて確認すると、シャニアが頷く。
「そうね。間違って当てたりしたら大変だから」
接近戦をしている間は攻撃魔法の使用を控えるという方針にすればと桜乃は以前聞いた。
そのときの返答は「余裕があるときはそれでいいけど、全力を投入しなければならない戦いのときは攻撃魔法も使う必要がある」というものだった。
ダメージ目的ではなく、目潰しや意識をそらすという牽制で接近戦をする琥太郎の補佐が必要になるのだ。
その牽制を琥太郎に当ててしまえば、チャンスを作るどころかピンチに陥らせてしまう。
琥太郎がカーマンのように魔力をしっかりと感じ取れるなら、桜乃が魔法準備をしていると察することができるが、まだまだ琥太郎は未熟でそこらへんの感覚は目の前の相手以外に感じ取れるものではない。だから桜乃側が注意しなければならないのだ。
「まずは単発の魔法を三つの的の真ん中に当てていきましょう」
準備運動だとシャニアが促す。
「魔力よ、飛べ。エナジーボール」
桜乃は魔法続けて三回使い、小さな魔力の玉を並ぶ三つの的の真ん中に当てた。
ほどほどの衝撃に的が大きく揺れる。
これはもう何度もやっていて落ち着いていれば、この距離で外すことはなかった。
「次は迫るゴーレムの片足を潰す」
シャニアは的の近くに土のゴーレムを生み出す。ある程度もろく作っていて、一歩前に出るたびにぽろぽろと少しの土が落ちていく。
桜乃はゴーレムの動きをしっかりと見て、エナジーボールを使う。
これも何度もやっていて慣れてはいた。
「まだ遅い。相手の動きはもっと早く見極めなさい」
「はいっ」
「またゴーレムいくわよ」
三度繰り返し、次は硬めの土人形を使った別の訓練に移る。
「同時命中訓練開始。今日は五つの弾で」
「魔力の礫、散らばり、獲物を撃て。エナジーペレット」
五つの魔力弾が桜乃の持つ杖の先に生まれて、土人形へと飛んでいく。
なにも考えずに使えば、そのまま魔力弾が目標へと狙いをつけずに飛んでいく魔法だ。
しかしその一つ一つを操ることもでき、命中訓練に使っているのだ。
放たれた五つの魔力弾は三つが頭と右肩と左上腕に当たり、残る二つは左右の足を狙ったようだが外れた。
「上半身に当てることに意識が行き過ぎているわね。これまで三つでやっていたから仕方ないでしょう。ここから修正していくわよ」
「はい」
同時命中訓練が再開される。
桜乃たちからまた離れてところでは、淡音が弓の指導を受けていた。
やっていることはクレー射撃だ。投げられるのは硬い木板で、それに当てて割るという訓練をやっている。
使う矢は木製で、それをただ当てるだけではなかなか割れず、魔力を込めた矢を当てる必要がある。
神殿にいる指導者のもと、魔力を使った攻撃は行えるようになっており、今は動く相手に当てることを重視している。
淡音は長く弓道をやっていたので、止まった的に当てる訓練を行う必要はなく、最初から魔力を使った攻撃と動く的への攻撃といった訓練を行っていた。
神殿にいる指導者もそこらは教えることができてこれまで問題はなかったが、カーマンたちほどの細やかさはなく、淡音の成長率は二人ほどの伸びを見せなかった。指導者が手を抜いていたわけではないし、普通に考えると淡音の成長も高い方なのだ。
しかし今後もカーマンたちの指導が続くと、その差は開いていくことが予想されており、追加の指導者をコロドムたちは探していた。
二十日ほど経過し、神殿に一人の精霊人族が訪ねてくる。
この二十日で魔物討伐にもう一度出て、琥太郎たちは経験を積んだ。
魔物と戦うということに関してだけ見れば、琥太郎たちは駆け出しの域を超えている。
その遠出でわかったことがある。三人の魔物に与えるダメージには差はなかった。しかし判断力と対応力には差が出ていた。そこらへんに関して質の高い指導を受けた琥太郎と桜乃は拙いながらも戦闘に反映させていたが、淡音は対応のまずさ判断の遅さなどが何度か見られた。
訪問してきた精霊人族は、そういった問題を解消するためコロドムたちが呼んだ指導役だ。
今日の鍛錬を終えて、カーマンとシャニアも交えて琥太郎たちの部屋近くにあるロビーでのんびりと過ごしていると、コロドムがシルフの男を連れてやってきた。
男は三十歳ほどの長身で、背中までの緑の髪を紐で縛っている。背には使い込まれた木製の弓がある。革鎧なども使い込まれたものであり、弓の使い手として長くやってきたのだろうと思える。
「少し時間をよろしいですかな」
「ええ、どうぞ」
自身に関係することだろうと淡音が返す。
琥太郎たちも同じことを考えたのか、会話に割り込むことはせず静かにしていようと考えた。
「こちらの男性を紹介したく思い連れてきました。名前をバーンズ殿と申します」
「紹介に預かったバーンズだ。弓の指導者として求められ、それに応えて神殿にやってきた、どうかよろしく頼む」
淡音は立ち上がり一礼し、名乗り返す。
「私が指導を受ける見通寺淡音と申します。淡音とお呼びください。ご指導よろしくお願いします」
「バーンズ殿は弓の指導もできますが、野山の移動もかなり慣れたものです。そこらへんの指導もお願いしていますので、コタロウ様とサクノ様も指導を受けることがあるでしょう」
コロドムからの追加情報に、琥太郎たちも立ち上がって一礼し名乗る。
挨拶が終わり、バーンズとコロドムも余っている席に座る。
「バーンズさんは指導役として求められたということで、かなりの腕前なのだと思います。よろしければ経歴など教えていただけませんか」
淡音の質問に琥太郎たちも関心を見せて、バーンズに視線が集まる。
「かまわない。俺は士頂衆の一人コテルガの弟子だ」
「コテルガは魔王に操られて前線でずいぶんと暴れていると聞くわね」
カーマンが思わず口に出し、シャニアも頷く。悪目立ちしているコテルガのことは同じ士頂衆のカーマンたちのもとにも情報が届きやすいのだ。
それに頷いたバーンズの表情に影が落ちる。
「師匠にとっても現状は不本意だと思う。止める手助けになればと思って、指導役に応じたのだ。本当は俺が行きたいが、俺も精霊人族だ。魔王に操られてしまう」
「あなたは運良く魔王の支配から逃れられたのね」
こうして神殿に来ているということは、操られていないと判断されたからだろう。でなければ魔王討伐の要である勇者たちの近くに連れてこられないはずだ。
「師匠から修行も兼ねて他国にいる友人への手紙などの配達を頼まれてな。それで母国ビフォーダから離れていた。魔王が出現し、戻るに戻れない状況で大陸南を中心に活動していた」
「それは大変でしたね」
「こうしてなにかできる縁が巡ってきたのだから、運が向いてきたと思う」
バーンズが大陸の南でどういった活動をしていたか聞き、それである程度時間が流れ今日は解散になる。
翌日、淡音は朝からバーンズと訓練所にいた。
「まずは君の技量を見たい。魔力を少量でいいから込めて、止まっている的と動いている的に射撃してほしい」
「わかりました」
手に馴染み出した弓を持って、訓練用の矢を番える。
バーンズがいいと言うまで射る。動く的へも同じようにやっていく。
バーンズはなにも見逃すことがないように集中して淡音の動きを見ていく。神殿の指導役から淡音については事前に聞いていた。だが実際に見たらまた新たな発見があると知っているので、指導の前に確認をしている。
「ありがとう。次は動きながら止まっている的と動いている的を狙ってくれ」
命じられたことをすませて、淡音はバーンズを見る。
「止まって撃つのは問題ない。このまま鍛錬していけばいい。動く方は慣れていないな」
「はい。昔から弓は使っていましたが、止まって射るばかりでしたから。戦闘や狩りではなく、誰かと競い合うことや精神鍛錬としてやっていました」
バーンズは納得したように頷いた。
「今日は動きながら撃つコツを教えて実践していこう。先ほどの射撃を見て、致命的に向いていないとは思えなかった。鍛錬すれば問題なくできるようになる」
「がんばります」
必要な技術だとわかるので、しっかり教えを吸収しようと淡音は頷く。
「射手の魔力運用も教えたあと、我らの流派や師匠の癖についても教えよう。流派を使わずとも知っていれば師匠の攻撃に対応できるだろう」
バーンズは自身が教えるべきは後半だと考えていた。淡音たちが魔王を目指せば、必ずコテルガとぶつかる。そのときに少しでも優位に立てるよう自身が知っていることは全て教えるつもりだった。
この日から淡音の指導も質が上がり、技量が伸びていく。
淡音だけではなく琥太郎と桜乃も熱心に指導を受けて、しっかりと実力をつけていくのだった。
感想と誤字指摘ありがとうございます