68 愚痴と収穫
「午前の作業はここまで。汚れを落として昼食だ。昼からは種を植えて今日の作業は終わりだ」
ノームが大きな声で言い、皆畑から出ていく。
「少しばかり疲れましたね。これでも作業が少ないほうですか」
「水菜の畝作りは一度やればしばらくやらなくていい。それとこれでも楽な方だけどな。本当なら土作りからやらないといけない」
どのような作業か説明していく。
「村長のおかげで、最初の作業をとばせるから俺が故郷でやっていた農業よりも楽ができている」
「そのまま畝作りも魔法でできないものか」
「村長はそういった魔法は使えないと聞いている。広大な畑の土作りをやってくれるだけで十分だしな。俺はやろうと思えばできるが、魔力が足りないから全てはやれない。体を動かした方がさっさと終わる」
「楽はできないのですね」
「さっきも言ったが既に楽をしている状態だぞ。土作りからやっていないから実感は湧かないだろうけどな」
昼食を食べたあとに少しの休憩を挟んで、畑に集まる。
種の入った袋をノームが渡し、一つの畝に三列のまき溝を作って種を植えていく。まき溝に土をかぶせて、手で押さえていき作業は終わりになった。
時間は日暮れにはまだ早いといった時間だ。
「おつかれ。こっちはだいたい二十日を少し超えるくらいで収穫だな。収穫まで水やりと間引きといった作業をやることになる。だいたい今日やった作業に追加でちょいちょいといった感じが、あんたらの仕事だな。一日やってみてどうだった」
「正直面倒だと。ですがこれが罰ですからね。あとは森だとそこらに生えているものをわざわざ育てなければならないことで、あそこは恵まれた場所だったのだと再確認しました」
正直な感想にノームは苦笑した。
「面倒でも大変でもやらなきゃ食べるものがないからな。飢餓なんぞ経験したくないし、手は抜けないぞ。しかし森はそこまで豊かなのか羨ましいね」
「大妖樹様のおかげで食べることに困ったことはありませんでした。なのにどうしてあの者たちは反逆など考えたのか。成功しても先はないと少し考えればわかるというのに」
スカラーだけではなく、ほかの成体の魔物たちも同意だと頷いている。
この会話を聞いてイコンとノームは小さくはない不満がスカラーたちに溜まっていそうだと感じた。
道具の片付けも皆でやり、解散になる。
スカラーたちがいなくなり、イコンはノームたちに姿を見せる。
「一日ありがとう。あやつらは今後やっていけそうかの?」
「作業自体は魔物の強さでそこまで苦労しないでしょう。面倒だと言ったのは、まだ収穫していないからかなと思います。自分たちで生み出し、自分たちで生活を支えていると理解すれば、面倒だという思いは少し減ると思われます。明日収穫し、自分たちが作ったものを食べてみて、そこらへんの実感は得られるかもしれません」
明日収穫した芋は、その場で焼いてスカラーたちに食べてもらう予定だ。
「明日の実食で良い方向にいってくれるとよいが。それはそれとして現状への不満は晴らさねばならぬか」
「俺も不満が溜まっているように思われました。ただし大きな不満はなさそうだと見たので、今のうちに発散させるのがいいと思います」
「ススムたちに提案してみるわ」
今後もあの子たちをよろしくと頼んでからイコンは進の魔力を追って移動する。
進はボウリング場にいて、レーンや道具などの点検をしていた。フィリゲニスとビボーンもいて、ひびが入ったピンを処分し、新しいピンを作っている。
「ススム、あの子たちの一日目の作業は終わったわ」
「どんな感じだった?」
イコンは見たもの、感じたことを話していく。
「ノームたちに八つ当たりするほど不満を溜めてないのはよかったな。酒とつまみを差し入れして、愚痴を吐かせたらなんとかなるか? 愚痴を吐いた勢いで暴れたりしないかが心配だな」
「酒盛りはわしが姿を消して見ていよう。暴れ出したら止める」
「それでやってみようか。ビボーン、どう思う?」
いいのではと返事があり、スカラーを呼んで夜中に酒盛りをやれるように手筈を整えることにする。
イコンが飛んでいき、スカラーを連れて戻ってきた。
「あの、呼ばれていると大妖樹様からお聞きしたのですが」
「呼ぶ内容は伝えなかったのか」
「子供もいたからの。あまり聞かせるようなことじゃないと思ったのじゃよ」
子供に聞かせられないことと聞いてスカラーはなにかお叱りでも受けるのかと緊張を顔に出す。
それに気づいたビボーンとイコンが悪いことではないと声をかけた。
進は畑仕事を教えたノームたちから話を聞いたと前置きして話し出す。イコンの存在を出さなかったのは、飲み会でまたイコンが隠れているかもと警戒されないようにするためだ。愚痴を吐き出させるための飲み会なのに、警戒してしまっては飲み会の意味がない。
「ノームたちが言っていた、ここに来ることになった原因への不満が少しばかり溜まっているようだと。それで子供が眠ったあと身内で酒盛りして、愚痴を吐き出したらすっきりするだろうってこっちで話してな。どうだ? 酒はこっちで用意するからやってみないか? 俺たちはそこに近づくことはない。あとは子供が起きだしてこないところまで移動して愚痴を存分に吐き出せばいい」
「溜め込み過ぎるのも体に良くないぞ」
追加するようにイコンが言う。
それにスカラーは曲げた人差し指を顎に当てて、考え込む様子を見せる。
「……お受けします。溜め込んでいるものがあるのは事実。こんなもの吐き出せるなら吐き出したいというのも事実」
「明日は二日酔いでも文句は言わん。たっぷり飲んで、たっぷりと溜まったものを吐き出すといいさ」
「明日も畑仕事があるので二日酔いは避けたいのですが」
「それについては俺たちから指導役のノームに知らせておく」
夕食後少し時間を置いて酒とつまみを届けることにして、それに頷いたスカラーは帰っていった。
進は作業を一度止めて家に帰る。リッカに事情を話して肴となる料理を頼んで、ノームたちに明日スカラーたちが二日酔いになっても叱らないでほしいと頼んだ。
そして今日の作業を終えて家に帰り、夕食を食べ終えて雑談をして、頃合いだと家に置いてある大きめの壺二つに日本酒とミードを入れる。それをフィリゲニスが作ったゴーレムに運んでもらいスカラーたちの家に向かう。
声をかけると、スカラーたちがでてくる。
「こんばんは。約束の酒だ。つまめるものも一緒に持ってきた、あとは君らで自由にやるといい」
「ありがとうございます」
酒と料理を受け取ったスカラーたちは家の中に入っていく。
進たちはさっさと離れて、大人たちは子供たちを寝かしつける。その後気配を探って周辺に誰もいないことを確認し、子供たちを起こさないように家から離れる。
それぞれのコップに酒を注いで、静かに飲み始めた。最初は酒の味や短冊切りされた芋の醤油焼きに舌鼓を打つ。
一人が思わずといった感じで口を開く。
「酒も料理も美味いが、森で美味いものを食っていたかったな。なんでここで食っているんだろう」
「そんなの決まっているだろ」
零れた不満をきっかけに、次々と溜め込んでいたものが表に出てくる。それに従い飲酒速度も上がっていく。
狙い通りの展開に、姿を隠していたイコンもうんうんと頷く。
酒で理性が削れ、誰も止めることはなく不満を吐き出していった。
不満の対象はやらかした身内と身内だからと責めてきた者たちだ。
次々と出てくる罵倒の中に、森から出すと決定したイコンへの恨みと不満はでなかった。少しはイコンへも不満はあるのだろう。しかしこれまで庇護してもらってきた敬意と畏怖があって、酔っていても責めることはできなかったのだ。
ある意味盛り上がる酒盛りは三時間ほど続いて、酒が空になったところで終わりになった。
スカラーたちは意識も朦朧としてその場に横になっていく。
このままだと体を冷やすということで、イコンが魔法で周辺の空気を温めて、朝まで魔物が近寄ってこないように見張っていた。
そうして朝になって、スカラーたちは起きだした。
「痛たっ」
誰もが少しだけ頭がいたそうに手で顔を押さえる。案の定二日酔いになったようだが、ひどい症状の者はいないようだった。
痛みに顔を顰めているが、イコンから見て、皆どことなくすっきりしているようにも見えた。
「おはよう」
「あ、大妖樹様。おはようございます」
「ずいぶんとすっきりしたようだの。これまでよりは良い顔になっておるぞ」
「そうでしょうか」
スカラーたちは顔を見合わせる。おそらくだが、顔の強張りがとれたような気もする。
不満全てが酒盛りでなくなったわけではないとスカラーたちは自覚がある。それでもだいぶ心が軽くなっていた。
「子供たちが待っておる。家に帰るとよい」
「はい、そうします」
空の壺と皿を持ってスカラーたちは少しだけふらつきながら家に帰る。
起きだしていた子供たちの世話を慌ててやりながら、今日もここで頑張ろうと自然と考え出す。
前向きに考えられたのは、重いものが心からなくなったおかげか。
朝食後、スカラーたちは畑に向かう。そしてノームの指示のもと収穫し、昨日自分たちが植えた芋が見事に実っていることを知る。
「本当に実るのですね」
「ようやく信じたか。さてと取ったものを焼いていくぞ。初めて作ったものを食べてみるといい。実感が湧くだろう。これを自分の手で生み出したのだと」
芋を焼く間に、補佐していたナリシュビーが飛んでいく。
「どこに行ったのですか?」
「村長を呼びに行ったんだ。土地を回復してもらうためにな。この芋は一日で実るが、大地の栄養を吸いつくす。だから今のままここに芋を植えてもほとんど育たない」
芋を焼くため、蔓を切り取る作業を皆で行い、芋と蔓を分ける。
そうしているうちに進がやってきて、畑に魔法を使う。
「それじゃ芋が焼けるまでに、苗を植えていくぞ。昨日と同じようにやるんだ。並んだ並んだ」
鍬と苗が渡されて、スカラーたちは昨日の作業を思い出して苗を植えていく。二日酔いの影響で作業速度は遅いものの、事前に知らされていたのでノームたちが叱るようはなことはなかった。
さっさと終わらせたノームたちが芋の焼け具合を見ていく。ちょうどよいだろうという頃合いで、スカラーたちを呼んだ。
手を洗わせて灰を落とした芋を渡していく。
「皮ははいで、塩を振りかけて食べるといい」
スカラーたちは言われるままに皮をはいで、塩を少しふりかけてかぶりつく。
芋料理は昨日も食べて美味かった。しかし今日の芋は手の込んでいないシンプルな食べ方で、それゆえに芋自身の味がダイレクトに伝わる。
それは一日でできたとは思えないほどに美味いと思えるものだった。
達成感が味を上乗せしているのか、本当に芋自身が美味いのか、スカラーたちにはわからなかった。ただわかるのは良いものを作ったのだということ。
芋を食べ終わり、作業に戻るスカラーたち。
ノームは、スカラーたちの表情に真剣なものが宿ったような気がした。これなら今後も問題なくいくかもしれないと安堵を抱くことができた。
感想と誤字指摘ありがとうございます