66 虫の魔物たち到着
夏が完全に遠のいて、あと二ヶ月くらいで冬が到来するだろうとビボーンやハーベリーが予測を立てる。いつも通りの冬で特に荒れる気配はないとのことだった。
気候が日本に近いのか、空を見ると巻雲が広がり、空が高く感じられる。
冬前には森から虫の魔物がやってくるという話なので、進はイコンにそろそろ連れてくる時期だろうかと聞く。
今は二人だけの時間で、裏庭の木の根元に進だけが座っている。イコンは正面の低い位置に浮いていた。
「うむ、近々といった感じだの。簡単なものとはいえ家もできているし連れて来ても問題ないと思うが」
「食料も一緒にというのは忘れてないよな」
「忘れてなんぞおらんよ。約束を破るつもりはない」
それなら問題なしと進は頷く。
虫の魔物たちは当初の予定通り、畑仕事の方に回す。そして畑の方はイコンのおかげで管理がわりと楽になっているので、ノームたちの指導もある程度簡略化されている。
おかげで初年度は小さな畑で慣れていくつもりだったが、広くしても問題ないということで畑は人手が足りる範囲で少しずつ広がっていた。
「そろそろ来るなら畑をまた広げようか」
「明日の仕事はそれかの」
「だな。フィズとかナリシュビーの力を借りて、畑に使えそうな場所の瓦礫を撤去だな」
「なにを植えるのか決めておるのか?」
「取引もしている芋と収穫の早いものを予定している。短期間で自分たちの仕事の成果がわかって、畑仕事がどういったものか理解しやすいかなって」
「いいと思う。しかし畑仕事が短期間で終わるものと勘違いしてしまわないかの」
「さすがに一日かそこらで収穫できる芋が普通とは思わないんじゃ?」
「ま、それもそうか」
翌日の昼食後に進は畑拡張のため、フィリゲニスたちと畑に来ていた。
畑作業をしているノームやナリシュビーたちに、そろそろ虫の魔物が来るので拡張をすると話して、少し離れたところの瓦礫撤去を始める。
フィリゲニスとビボーンが大きな瓦礫をゴーレム化して移動させ、進たちは小さな瓦礫を取っ手付きの土の箱に入れて、溜まるとよそに移動させていく。
主に魔法のおかげで作業は順調に進んでいく。今後の畑拡張を考えて、土地だけは確保しておこうと予定よりも広く瓦礫を除去していく。
この作業には三日ほどかけて、廃墟にぽっかりと空白の土地が生まれた。
進がその土地の三分の一に魔法をかけて、肥えた土地に変化させる。このまま畝立てしてしまうかと進がノームに聞くと、それは虫の魔物たちに教えながらやるということで、進たちがやれることは一つを残して終わった。
残った一つは、畑を拡張しているので水やり用の池の大きさが物足りなくなったということで、大きくしてほしいというものだった。
虫の魔物たちが使う畑の水もそこからとるつもりだったので池の巨大化は同意できることだった。
フィリゲニスがノームたちに規模の確認をとり、魔法でちょちょいっと池の土を移動させて拡張作業はあっさりと終わる。
「これでいつ来ても大丈夫かな」
「三日後くらいに烏の坊やが森に来る予定じゃから、来たらすぐに動けるのう」
「歓迎会の準備を通達しとこうかね」
ハーベリーたちを集めて行われた話し合いでは、当日のスケジュールは収穫祭と似た感じでよいだろうということになった。
またローランドたちが参加していくかもしれないので、新メニューの肉うどんを出すことにする。ローランドたちもうどんはすでに試食しているが、肉うどんはまだ出していないので楽しんでもらえるだろう。
そのためにも虫の魔物を連れてきたときに、取引の品を小麦粉多めにしてもらうように頼むことした。
そうして三日後に、ローランドたちがやってきた。
見回りのナリシュビーから到着を知らされて、進たちはいつも彼らが着地する池に向かう。ナリシュビーに声をかけて荷物運びのため一緒にきてもらっていた。
進たちが到着し、イコンもいることに気づくと虫の魔物たちはイコンに集まる。数は三十体だ。
虫の魔物たちは虫人と違って、人型ではあるが、人に近い顔の者はほぼいない。虫の顔で特撮や漫画にでてくる怪人のような見た目だ。容姿の種類は三つ。蝶と蟻と甲虫だ。蟻の子供は親を小さくした姿だが、蝶と甲虫の子供は幼虫だ。
イコンはよく来たなと声をかけて、森とはいろいろと違うが慣れるようにと続けた。それに魔物たちは頷く。
それを聞きつつ、進はローランドに近づく。
「虫の魔物と森からの食料の配達完了だ」
「ありがとうございます」
「あいつらの歓迎の宴はやるのか?」
「その予定です。やる時期は山の魔物のようにこっちの生活に慣れた頃ですね」
「また参加してもかまわんか?」
「ええ、大丈夫ですよ。そのときにうどんの新レシピを出すつもりなので、取引の品は小麦粉の割合を多くしてもらえると助かります」
「わかった。ガージー、次はそんな感じにしていてくれ」
そばにいたガージーが了解ですと一礼する。
「この前お土産にもらったガイスターが好評だった。こっちで勝手に増産させてもらうがいいか? その分取引に色を付けるつもりだが」
「問題ないですよ」
オセロも同じようなことになっていて、取引に反映されているので進は素直に頷くことができた。
イコンに声をかけられそちらを見る。
「ススム、わしはこの者たちを住居に案内してくる。あと案内前にこやつらのまとめ役を紹介しよう」
緑の甲殻を持つ、甲虫タイプの魔物がイコンの隣に立つ。
「ようこそ、できかけの村へ。俺とこの三人がここのトップだ」
よろしくと言って進たちは名乗っていく。
「これからお世話になります。私はスカラー。よろしくお願いします」
見た目で性別はわからないが、声で女だとわかった。
「慣れない土地で足手まといかもしれませんが、がんばっていきますのでどうか」
「うん、見た通りの荒れた場所だ。皆で協力していい場所にしていきたいと思っているよ。君たちも無理をしない範囲で協力してほしい。イコン、俺たちは食料を倉庫に運ぶ。なにかあれば倉庫に来てくれ」
「うむ」
頷いたイコンは虫の魔物たちに声をかけて移動を始める。
イコンに従い動いていく魔物の様子を見て、しばらくはグルーズたちのように帰属意識は森のままだろうと進たちは思う。
ローランドに向き直り話を続ける。
「そういえば山の魔物を追加で移住させるって話はどうなりました?」
「選定は進んでるが、そっちの食料事情がしっかり安定するまでは待とうと考えている」
「住人が増えたし、これから冬に入るし、安定はもっと先でしょうね。それでも少しなら受け入れは、大丈夫か? ビボーン、どう思う」
聞かれたビボーンは腕を組んで少し考える様子を見せた。
「そうね……グルーズたちに話を聞いて、人手が足りないと思っているなら少しの受け入れはありじゃないかしら」
「ナリシュビーの誰かに聞いてきてもらおう。俺たちが行くより早いだろうし」
近くにいた者に声をかけて頼むと、頷いて飼育場へと飛んでいった。
ゴーレムも使って、皆で森から運ばれて来た食料を運ぶ。イコンが選んだ食料は大豆とカボチャとキノコで、ひとまず一ヶ月分を準備した。減ってきたらまたローランドたちの協力で運ばれてくることになっている。
倉庫にもらったものを入れつつ、進は食べ方を考える。
「カボチャも大豆も煮て食べるかな。きっと美味しいだろう。キノコは柄をとって、そのまま焼いて醤油を垂らせばいける。うん、食べるのが楽しみだ」
カボチャはサラダにするのもありと思ったのだが、マヨネーズがないため煮物か薄切りして焼くしかないと思う。
そんなことを考えていると、グルーズたちのところに行っていたナリシュビーが帰ってきた。
人手はほしいということで、受け入れることにした。
そのことをボウリングをしているローランドたちに知らせてもらいたかったが、さすがに大物との会話は無理ということで進が行くことにする。
この場はビボーンとラムニーに任せて、フィリゲニスと一緒にボウリング場に向かう。
ボウリング場ではローランドの部下たちが遊んでいて、ローランドとガージーはそれを眺めながらのんびりしていた。
「グルーズたちからの返事を聞いてきましたよ」
「どうだって?」
「必要ということで、受け入れ大丈夫です。何人くらい増える予定でしょうか」
「三人くらいになるだろうさ。熊型を二体、犬型を一体。明日明後日に連れてくる予定だ」
「そのことを伝えておきます」
しばし雑談したのち、部下たちの試合が終わったのを見て、ローランドたちは帰っていく。
進とフィリゲニスは飼育場に向かい、グルーズに声をかけて住人増加決定といつくるのかを伝えた。
その後は虫の魔物たちの様子を見るため、作った家に向かう。
そこにはイコンも魔物たちの姿もなかった。荷物が置かれているのが見えるのでここに来たのは間違いない。となると廃墟の案内をしているのだろうと進たちは考えた。
留守ならば仕方ないと倉庫に戻ると、こちらも作業を終えて解散していたため、家に戻ることにした。
夕食頃にイコンは家に戻ってきて、キッチンにいる進のところに向かう。リッカが豆とカボチャの煮物を作っているので、その匂いが漂っている。
「おかえり。廃墟の案内をしてきたの?」
進は薄切りして焼いたカボチャをかじりながら出迎えた。もらったカボチャの質を確かめるため試食していたのだ。十分に甘く食べ応えがある。種をとっておいて、時期がくれば植えようかと話し合っていた。
「ただいま。うむ、ささっとすませてきた」
「彼らはやっていけそう? 周囲に植物があふれたところから、こんな荒地にきて体調を崩したりしそうな気配はなかった?」
「そこまで貧弱ではないから大丈夫よ。むしろ周囲の視線から解放されてほっとした様子を見せておった」
「そりゃよかった、のかな」
「あやつらにとっては悪くない土地じゃろうて。明日は午前中に住居を整え、午後からノームたちに畑に関しての講義をしてもらい、明後日から畑に出るというスケジュールだが、問題ないかの?」
進はいいのではないかと言い、ビボーンたちに視線を向ける。皆も特に異論はなかったらしく頷いた。
感想と誤字指摘ありがとうございます