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65 交易とうどん

 水人との出会いから少し時間が流れて、季節はすっかり秋になる。

 畑から採れるものが少しずつ増えていき、食卓を賑やかにする。

 収穫した作物は日持ちするものばかりではないので、少しでも長持ちするように今使っている倉庫の隣に地下貯蔵庫を作った。

 ただ穴を掘っただけではなく、貯蔵庫内部に二重の石壁を作り、その壁と壁の間に水を入れて、その水を凍らせたのだ。常温よりも低ければ長持ちするだろうと試しに作ってみて、今のところは上手くいっている。

 食事が豊かになり、一番影響を受けたのはナリシュビーたちだ。

 魚だけではなく肉も食べられるようになり、蜂蜜やミードで栄養補給もできるようになった。おかげで肉付きがよくなってきている。太っているのではなく、これまで痩せ気味だったのだろう。体力が増えて、動きにもキレがでていると、ハーベリーは進たちとの会話で嬉しそうに報告していた。上質化したローヤルゼリー以外でも予定外の強化が嬉しかったのだ。

 そんなある日、漁に行っていたナリシュビーが水人の到着を進たちに知らせる。

 

「報告ありがとう。今から急いで行けば夜には帰ってこられるだろうってことで行こうか。いつもの四人でいいかな?」

「いいんじゃないかしら」


 ビボーンたちの賛成を得て、いつものゴーレム馬車をフィリゲニスに作ってもらう。

 出発準備を整えている間に、進はハーベリーに海岸に行ってくることを告げて、ノームや魔物たちへと連絡を頼む。

 ハーベリーに気を付けてくださいと見送られ、進たちは海岸を目指す。

 それなりの速度で進み、遠目に灯台が見える。その天辺に旗がたなびいていた。青い旗には雪の結晶のような紋章が縫い込まれていた。

 浜には水人の姿はない。沖に船らしきものがあるためそこか海中で待機しているのだろう。到着を知らせようと、灯台の上空に炎の魔法を打ち上げ破裂させる。

 そのまま待機していると船が近づいてきて、海から浜へと水人が上がってきた。

 人数は四人。見知った顔はシェブニスだけで、ほか三人はわからない。

 

「こんにちは、ススム殿」

「こんにちは、シェブニス殿」


 挨拶を交わし、互いの自己紹介をしていく。

 文官だと紹介された男の名前はシアク。青っぽい髪で、腕にヒレを持つ、鮫の水人だ。四十歳ほどで落ち着いた雰囲気をまとっている。

 残り二人は護衛であり、シェブニスと同じく甲殻類の素材を使った防具に、骨の槍を持っている。一人は魚の水人で、もう一人は蛸の水人で腕が六本ある。

 事前に魔物と共に生きていると聞いていたので、ビボーンを見てもシアクたちは大きな反応を見せなかった。


「まずはこちらをどうぞ。我が王からの親書でございます」

「ありがとうございます」


 進が受け取り、開けようか迷い、ビボーンに渡す。


「俺だと解釈を間違うかもしれないから、先に読んでくれ」

「わかったわ」


 渡された耐水封筒を開けて、中身を広げて読んでいく。

 内容は挨拶から始まり、醤油などの感想が続いて、ちょっとした交流から始めないかということで締めくくられていた。

 内容にこちらを貶めようといった意地悪な表現は皆無で、そのまま読んでも大丈夫なものだった。

 その旨を伝えて、進は親書を読んでいく。読み終わったものをフィリゲニスたちに渡して、シアクを見る。


「丁寧な手紙ありがとうございましたとお伝えください。こちらも親書で返せればいいのですが、あいにくと水に強い封筒はなくて」

「承知いたしました」


 予想できていたことなのでシアクは頷く。


「親書に書いてあったと思うのですが、交易をやりたいというのがこちらの考えです。そちらはいかがお考えでしょうか」

「特に問題はないと思う。ビボーンたちはどう思う?」

「そうね、いいんじゃないかしら。なにかしらの問題が起きたらそのときまた対応を考えるってことで」


 フィリゲニスが言い、ビボーンとラムニーも同意する。


「ということなので、大丈夫です」

「シェブニスから昆布と武具が欲しいと聞いていましたので、今回はそれを持ってきました。こちらはサンプルとしていただいた芋と酒と醤油をお願いしたい」


 芋も調理し、味に問題ないことがわかっていた。品質が思った以上に高く、驚いたくらいだ。


「わかりました。ですが持ってきていないので、明日でよろしいですか?」

「はい。お待ちしています」

「待つのは海ですよね? 汚染されていると聞いていますが、体調は大丈夫なんですか」

「正直少々辛いものがありますね。早く綺麗になってほしいものです」

「よろしければ休憩所を作りましょうか」

「休憩所というと?」


 どのようなものなのか想像つかずにシアクは聞き返した。


「浜に大きな穴を掘って、そこに海水を引き入れて、その海水を綺麗な水に変えれば安心して休めるのではと思ったのですが。淡水は大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫ですし、ありがたい話ではあるのですが」


 そこまでやってもらうのも気が引けるとシアクは考えた。

 進はありがたい話と聞いて、やることにしてフィリゲニスに声をかける。


「フィズ、穴掘りをお願い」

「りょーかい」


 魔法で浜の砂を移動させていく。どんどん砂が周囲へと押し寄せるように移動していって、小学校などのプールと同じくらいの広さの穴ができた。

 そこと海を水路で繋げ、海水が穴を満たしていく。なみなみと海水が穴に注がれた時点で、フィリゲニスは水路を壊し、それ以上の注水を止めた。

 砂で濁った海水を、進が池と同じく綺麗に変える。


「これで大丈夫と思います。確認をお願いします」


 頷いたシアクは濁った水に手を入れる。先ほどまで入っていた海水とはまるで違うことが理解できる。


「ありがとうございます。これなら落ち着いて過ごせます」


 船で待機し今も周囲を警戒している者たちも十分に休めるだろうと、シアクは頭を下げた。

 話し合いもやることも終えて、進たちは廃墟へと帰る。

 翌朝、持ち出しても問題ない量の芋を土の箱に詰めて、ナリシュビーたちが水を保管していた甕に水を入れて酒に変化させる。醤油は海水を変化させた方が味が濃くなるため甕の中は空だ。

 それらを荷車に積んで、昨日と同じメンバーで出発する。今日は甕が倒れないようにほどほどの速度で進んでいった。

 昼食には早い時間に到着し、のんびりと浜の水溜まりに入っていたシアクたちに挨拶する。浜には船を引いていたトドの魔物もいて、日光浴を楽しんでいるように見える。


「おまたせしました」

「いえいえ、穏やかな時間をすごさせていただきました」

「こちら芋と酒になります。醤油は今から準備しますのでお待ちください」


 進はフィリゲニスに頼んで、サイコキネシスで海水を甕に入れてもらう。

 醤油に変化させて味見して問題ないと判断する。


「こちら取引用の三品となります。確認してください。あと酒と醤油を入れている甕は次の機会に持ってきてもらえると助かります。甕もたくさんあるわけじゃないんで」


 頼みに頷いたシアクたちが協力して三品を調べていく。芋は手に取って、酒と醤油は少しだけ味を見る。

 それで問題なしと判断したシアクは持ってきたものを進たちに渡す。それらは灯台そばに置かれていて、シェブニスたちが運んでくる。

 甲殻類の鎧が五つ、骨の槍が五本。昆布は樽に三つだ。

 進は昆布を手に取る。専門家でもないので、鮮度や品質はさっぱりだ。


「洗って、天日干しだったかな。見栄えをよくするための作業もあったはずだけど、売り物にするわけでもないし必要ないな」


 触ってみてわかったが、泥が付着しているのでそれを落とす必要がある。洗浄後は砂地ではなく、砂利の上で干していたなと思い出し、周囲を見たがそういったところはない。

 それを見たフィリゲニスにどうしたのかと聞かれて理由を話す。


「砂地に干さない理由は、砂がつかないようにってことだと思う。それ以外に理由はある?」

「たぶんないかな」

「だったら魔法で砂を一時的に固めて付着を防ぐわ。それで問題ないんじゃないかしら」

「それでやってみよう」


 失敗してもまたやってみればいいと進は気楽に考える。

 進たちは昆布の入った樽をシアクたちが休むために掘った穴のそばに持っていって、中身をぶちまけて、樽を洗ったあとに昆布も洗いながら樽に戻していく。

 その間にシアクたちも船に芋などを積んでいく。

 中身をこぼしたり、甕を落としたりしないよう慎重に運んでいたが、昆布の洗浄作業よりも早く終わる。


「では私たちはこれでお暇させていただきます」


 シアクが近づいてきて進たちに声をかける。

 作業を止めた進たちは立ち上がると、別れの挨拶を口にして、去っていくシアクたちを見送る。

 ある程度船が遠くなると、進たちは洗浄作業に戻り、全部洗うとフィリゲニスが砂地を固める。

 四人が昆布を並べていく途中で、漁を終えたナリシュビーたちが手伝おうかと声をかけてくる。


「大丈夫。かわりにもらった武具を持って帰ってくれないか? んで、見回りに渡してほしい」

「見回りに渡すのですか?」

「いまのところ君ら漁組と見回り組が一番危険だろう? それで漁組は鎧を着ていると動きが制限されて、海中からの攻撃を避けにくくなるだろうから、見回り組に渡すって感じだ」


 理解したとナリシュビーたちは頷いて魚と一緒に武具を持って帰っていく。

 ビボーンに頼んで緩く風を吹いてもらい、昆布を乾かしていく。

 待ち時間で昼食の時間になり、ここで食べることにして魚をとって、焼いて食べる。ついでに塩を作っていくことにした。

 昆布が乾いたか確認して、からからになったと判断し、樽に入れていく。砂は少しついていたが、軽く払えば簡単に落ちていった。使うときにもう一度払えば、砂は完全に落ちるだろう。


「さて帰ろうか。夕食は早速昆布を使ってうどんにしよう。手打ちうどんは初めてだから失敗するかもしれんが」

「初めてなら仕方ないけど、できれば美味しくできるといいわね」

「楽しみですね」

「成功したら一度は皆に食べてもらいたいわね」


 そういったことを話しつつ、荷車に樽や醤油用の海水を載せて、廃墟に帰る。

 日暮れ直後に到着し、昆布を倉庫にしまって、空の甕に海水を移して醤油に変化させてから家に帰る。


「ただいま。夕食の準備もう始めてる?」

「おかえりなさいであります。始めていますよ」

「やっぱりこの時間なら始めてるかー。だったらうどんは明日だな」

「うどんとは麺料理でしたね。作るつもりだったのですか?」

「そうだけど、もう夕食を作っているなら仕方ないさ」


 昆布をリッカに渡して、保管してもらう。

 できあがったリッカの料理を食べて、夕食後に今日あったことを話していく。

 翌日は芋畑の世話をしたあと、廃墟探索と瓦礫撤去をして夕方頃に家に帰る。


「それじゃうどん作りを始めようか」


 キッチンにいるのはラムニーとリッカだ。フィリゲニスとビボーンはガイスター用の駒作りをリビングでやっていた。


「まずは昆布からやろう。水に少しつけてから、そのあとゆっくり煮て出汁をとっていく。たしか水の重さ百とすると昆布は一だったはず。重さは量れる?」

「大丈夫であります。そういった機能はあります。では三人分の水を鍋に入れます」


 水を入れた鍋に、必要分の昆布を切って入れる。

 

「じゃあ次は麺を作っていこう。こっちも曖昧なんだよな。小麦粉とそれの重さの半分以上の水と小さじ半分の塩を用意だったかな。一人分の小麦粉の量は忘れたから、今回はいい加減にいこう。次はそれを基準に増減すればいいし」

「わかりました」


 陶磁器製のボールに、小麦粉を入れて、少しずつ水を入れて混ぜていく。ある程度塊ができたら、手でこねていく。まとまったところで、テーブルに打ち粉をしてこねていった。

 こねるのはラムニーがやるというので、その間に昆布をいれた水を沸かす。


「どれくらいこねたらいいんでしょうか」

「表面が滑らかになったら止めるんだったかな」


 ラムニーがこね終わった小麦粉の塊をボールに入れてよく絞った布をかぶせる。

 塊を休ませている間に、つゆを作っていく。醤油とみりんの代わりに酒と蜂蜜を混ぜたものと塩を混ぜて、そこで一度作業を止める。昆布から出汁がでるまで休憩だ。

 出来上がったガイスターの駒を使って遊んでいる二人を観戦して時間を潰し、調理に戻る。

 

「どうでありますか?」


 昆布出汁を先に混ぜた液体に入れて、進が味を確認する。


「あー、こんな感じだったな。素人が初めて作ったんだからこれで十分じゃないかな。ラムニーも味見してみるといい」


 差し出された小皿をラムニーも口に運ぶ。醤油の薄い味と昆布の風味が口の中に広がっていく。


「このような味なんですね。美味しいと思います。これなら皆も問題なく食べられると思います」

「私にも少しください。ひとまずこの味をコアに登録しておきます」


 ラムニーから渡された小皿を、リッカも口に持っていきひとなめする。味を感じるというわけではないが、使われた材料やそれが合わさった結果がコアに登録された。

 できあがったつゆを火からおろして、麺をゆでる用のお湯を火にかける。

 次に休ませた塊を三つにわけてそのうちの一つを打ち粉をしたテーブルに置く。

 麺棒はないので、椅子の残骸からよさげな棒を拾ってきている。

 まずは進が手本として、以前テレビなどで見た伸ばし方を行っていく。ある程度伸ばされて薄くなったものを畳んで、ナイフで細めに切っていき、うどん麺を完成させた。


「こんな感じだったはずだ」

「次は私がやってみます」


 リッカがうどんの塊をテーブルに置いて、進を真似して麺棒で伸ばしていく。切り分けられた麺は進と違い、どれも正確な太さだった。作業を終えるとラムニーに麺棒を渡す。ラムニーも二人の作業を思い出しながら、麺を伸ばして切り分けていった。

 

「あとは麺をゆでて、ゆであがったものを水で洗ってぬめりをとって、もう一度軽く茹でて、つゆをかけて終わり。小口切りにしたねぎをのせたり、卵を入れたり、下処理した山菜をのせたり、てんぷらっていう料理をのせたり、甘辛く煮た薄切り肉を入れたりといったバリエーションもあるな」


 今日のところはなにも入れたりせずに素うどんだ。

 麺をゆでている間に、てんぷらについて説明したりして、うどんが完成した。

 深皿に一人分には多めなうどんがこんもりと載っている。今回使った小麦粉の量だと麺は四人分くらいできるようだった。


「ちょっと麺の量が多かったな。次はもう少し小麦粉は少なめでよさそうだ」


 リッカに分量を覚えてもらい、夕食を待っていたフィリゲニスを呼ぶ。


「できあがったのね。匂いが漂ってきて空腹が刺激されていたわ」

「私も味が気になるから、スープだけ少しちょうだいな」


 ビボーンも席について、つゆが少し入った小皿を受け取る。

 食事が始まり、進は石の箸を使い、フィリゲニスたちはフォークで食べる。

 久々のうどんは手間をかけたからか、進には美味しく感じられた。小麦がうどんに合っているか心配だったが、そこまで問題のあるできにはならずほっとしている。

 フィリゲニスたちも不味いと食べることを止めることはなかった。


「美味しいけどこれだけだと味が単調よね」


 ある程度食べ進めてフィリゲニスが不満点を口に出す。 


「具が入ることが多いしな。もしくは細かく砕いた唐辛子をかけたりして味に変化を持たせる」

「いつか具が入った方も食べてみたいわね。量は少し減らして」

「今回はどれだけ小麦粉を使っていいかわからなかったから麺が多めになったけど、本来はもう少し少ないよ」


 ごちそうさんと全部食べ切って箸を置く。


「どんぶりをノームたちに作ってもらおうかな。うどんはパスタみたいに皿で食べるんじゃなくて、どんぶりだし」

「ノームたちも断ることはないでしょう」


 リッカにうどんにどれだけ種類があるか聞かれて、進はざるうどんや鍋焼きうどんについて話す。

 蕎麦の実があれば麺を打って、つゆの流用もできるといったことを話しつつ、本格的な日本料理の再現をして堪能した時間が過ぎていった。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] あの不味かった芋が交易の品にまで成長したんですねえ 進にしか作れない醤油なんかと違って後々まで交易の品に出来そうですしもっといい芋になってほしいですね
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