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63 リッカの一日 前

 “特型六号改・個体名「リッカ」”休止状態から覚醒へ移行。

 脳内のメモリーに浮かぶ文章と共に私は目を開く。かすかに体内部品の動く音が聞こえてくる。

 暗い部屋の中に、一筋の光がさしている。朝日が窓の隙間から部屋に入っていた。

 ここは私に与えられた部屋。

 土を固めて作られたベッドから身を起こして、窓を開けるとぽつぽつと雲の浮かぶ晴天が目に入る。そして崩れた建物もだ。一瞬だけ綺麗な街並みが脳裏に浮かんで消えた。

 昔とは全く違う、ここ最近は見慣れた荒廃した風景。

 この風景を見るたびに意識が切り替わる。研究所所属から廃墟所属になったのだと。

 

「今日も一日頑張るであります」


 えいえいおーっと日課になっている宣言のあと、部屋の片隅に置いてある水桶に布を入れて、パジャマを脱いで体をふいていく。

 今の主たちに汚れただらしない姿を見せるわけにはいかないのであります。

 シャツにスカートとエプロンといういつもの衣服を着込み、身支度を整えて、部屋を出る。まずはキッチンの掃除。主たちはまだ寝ているから、できるだけ静かに掃除していく。料理もしたいでありますが、火を扱えないのでできない。火をつける機能くらいならこの身にもある。ですがここでは燃料もそれなりに貴重なもの。フィズ殿かビボーン殿が起きてきて、魔法で火を灯し続けていただけるまで調理はしない。

 キッチン掃除を終えて、リビング、玄関と掃除を続けていくうちに、誰かが起きてきた音が聞こえてくる。

 あの特徴的な足音はビボーン殿であります。玄関まで出てきたビボーン殿は白磁の骨が朝日を受けて輝いていた。


「おはよう」

「おはようございます。今日も白い骨が素敵ですね」

「ありがとう」


 ビボーン殿が嬉しそうな雰囲気をまとう。

 明らかに魔物なのに見た目以外は人そのもので、知性ある魔物の中でもっとも人に近いのではないかと思う。

 数百年前は人間だったと聞いていますが、その人間性を保ち続けることができるのはすごいと思います。


「キッチンに行ってるわね」

「はい。私もすぐに終わらせて行くであります」


 挨拶を終えて、ひらりと手を振ってビボーン殿は屋内に戻っていった。

 私も箒でささっと小石などをゴミ捨て用の穴に入れて、キッチンに向かう。

 キッチンに行く途中で、起きたラムニー殿と廊下で鉢合わせる。

 ラムニー殿は羽がありませんが、蜂の虫人なのだと聞きました。当たり前にあったものをなくしたこと、その後の洞窟に戻れなくなったことを聞いて、辛かったのではと思いましたが、日々楽しそうに過ごす様子を見ていると既に乗り越えたのだなと思います。

 笑顔でおはようございますと挨拶をしてくるラムニー殿に、私もおはようございますと返す。

 二人並んでキッチンへと歩く。料理を教えてほしいと頼まれて以来、機会があれば一緒に作っている。といっても材料が多くはないので、もっぱら材料を切る際に注意することを教えたり、火の通り具合を教えたりだ。

 もっと調味料が増えたら、味付けも教えることができるだろう。

 そのときがくれば、美味しいものをススム殿に食べさせたいというラムニー殿の目的が達成されると思う。

 キッチンに入り、ラムニー殿がビボーン殿に挨拶をしてメニューを聞いてくる。


「今日はなにを作るの?」

「芋餅と生野菜サラダです」

「じゃあ皮むきからね」

「はい」

「私はお湯を沸かしておくわ」


 ビボーン殿にお願いしますと言って、ラムニー殿と一緒に芋とラディッシュと水菜をひんやりとした土箱から出して水を入れた桶で洗う。

 野菜を出した土箱は、私とススム殿とフィズ殿の合作だ。私の関節に使われる摩擦調整ジェルが副次効果として保温性を持つ。そのジェルを箱の内部に塗ることで保温性を高め、そのジェルの質をススム殿が魔法で上げて、フィズ殿が冷凍の魔法を使うことで、十五日間冷凍状態が持続するのだ。

 研究所には冷凍貯蔵庫があったのが懐かしい。あちらは魔法陣に常に魔力を流すことで、冷凍魔法を一日中発動させていた。

 魔法陣自体は覚えていたのでありますが、常に魔力を流すのが無理ということで提案したとき却下された。

 常に魔力を流す方法とその魔力の準備をどうしていたかは覚えていないので、ビボーン殿が残念そうにしていた。そういった魔法の知識が好きなのだと言っていた。

 少しばかり手つきが危ういラムニー殿に注意しつつ、料理が出来上がっていく。

 ススム殿とフィズ殿をそろそろ起こした方がいいと思っていると、二人の足音が聞こえてきた。

 仲睦まじく腕を組んでキッチンに入ってきた二人から挨拶されて、三人で挨拶を返す。

 フィズ殿は私と近い年代を生きていたと聞いて驚きました。現代では私が一番の古株と思っていましたが、さらに約三百年前の人物がいるというのは予想外でした。Ωの職号については研究所時代でも聞いたことがあります。小さな子供にはΩの魔法使いがさらいに来るぞと叱る際の常套句にもなっていました。

 彼女の力が荒廃の原因ということも驚きであります。一人の怒りと憎悪がここまで大地を荒らすことができる。人間の持つ嫌な方向の可能性を知った気分です。

 二度とそのような感情を抱いてほしくありません。現代に生きる者たちのためにも、彼女自身のためにも。

 ススム殿の事情にも驚かされました。異世界からやってきたという話はまったく聞いたことがありませんでした。バーミング博士たちの話にも一切出てこなかった情報であります。

 自ら望んでこっちに来たのではないと聞いて、帰りたいのではと思いましたが、その気はなさそうです。こちらで伴侶を得たのでその気がなくなったと。故郷に大事な人たちがいないということなのでしょうか。もう一度会いたい人たちがいるなら帰りたがるはずですから。

 こちらで伴侶を得たことはススム殿にとって幸運なことだったのかもしれません。

 出来上がったものをテーブルに並べて飲食が必要な三人が食べ始める。

 ビボーン殿はその様子を眺め、私は使った食器を片付ける。


「ごちそうさま。今日も美味かったよ」


 ススム殿が言い、フィズ殿とラムニー殿も同意する。

 もっと食材があれば、いろいろな料理を作ってさしあげることができるのに。しかし望みはあります。畑で育っている作物を収穫できれば改めて腕をふるうことができるでしょう。

 そのときにはススム殿に聞いた地球のレシピも試せますから楽しみです。


「おそまつさまであります」


 使った食器を回収し、水につけて、指も一本水に入れる。

 家事機能の一つである振動洗浄を開始すると水面が細かく波立つ。食器についた汚れが水にどんどん溶けていく。

 粗方汚れが落ちたところで水を大きな甕に捨てる。汚れた水はススム殿が魔法で綺麗にしてくれるので、底に沈んだゴミに気を付けるとこの水は洗濯や風呂水にも使える。

 再度綺麗な水で食器に残った汚れを洗い、水切り籠に入れていく。

 そうしている間に、ススム殿たちは今日の予定を話していた。午前中は芋畑で作業して、昼からは別れるらしい。ススム殿とラムニー殿は廃墟探索で、フィズ殿とビボーン殿は魔法研究をやると話している。

 私も今日は掃除ではなく、お出かけであります。ナリシュビーの方々に礼法を指導する約束なのです。以前家事を指導したとき、礼法にも触れました。これまで外部との交流がなかったナリシュビーたちは礼法に関して疎いところがあり、本格的に習いたいということだったので指導を約束し、それが今日なのです。

 さて出発というときに、おはようと声がかかる。

 イコン様だ。いつも朝食が終わった頃にやってくる。この方も魔物であり、千年以上生きたすごい存在だそうだ。詳しく言うと分身に本体の意識を宿らせているそうで、そこまでしてこっちにいたがる理由が、ススム殿を気に入ったからと聞いている。

 私などが敵わない強大な魔物でありますが、ススム殿がいるかぎりは警戒する必要はないでしょう。むしろこの村の利益となっているのだから歓迎すべき存在。ならば無礼にならないよう接する必要があります。


「おはようございます、イコン様」


 ススム殿たちの挨拶と一緒に一礼すると、笑みを返してくる。

 この姿だけを見ると、幼げな精霊なのであります。精霊なんて見たことがないので、想像でしかありませんが。

 ススム殿に近づくイコン様をフィズ殿が牽制しています。イコン様に不快そうな様子はなく、苦笑するのみで余裕を感じさせています。たまに見せるこういったところが年月の積み重ねを感じさせるであります。

 賑やかに家から出て行く皆様を見送って、私もナリシュビーたちのところへ向かう。

 急ぐほどではないので荒れた道をのんびりと歩く。景色はまるで違うけど、今歩いている道は過去歩いたことがある道だ。

 住んでいたのは少し離れたところだったけど、買い物や頼まれごとで栄えていたこの都市には来たことがある。博士たちが好きだったお菓子を売っていた店も二百メートルくらい先を歩いたところにあった。

 綺麗な街並みで、人も多く賑やかだった。海が近いため、大陸のあちこちや隣の大陸から入ってきた品なども並び、それらを求めて遠くの町や村から人が集まる都市だった。

 ビボーン殿たちの話によると、いつごろからか大陸を隔てる風と海の壁ができたらしい。でも私やフィズ殿が生きていたあの時代にはなかったものだ。人の手でできるようなものではないとビボーン殿は言い、女神ヴィットラがやったのだろうと推測していたであります。

 もしその推測が当たっているならどうしてそのようなことをしたのでしょう。そうしなければならなかった事情がある。今と昔の違い……それは魔王と呼ばれる存在がいること。それに関したなにかのせいで空と海に壁が必要になったのかもしれない。いくど倒されてもまた現れる魔王。それは何者なのでしょうね。

 かつての街並みを懐かしんだり魔王について考えていると目的地の近くまでやってきた。


「おはようございます」


 働きだしているナリシュビーたちに挨拶すると、挨拶が返ってくる。

 ナリシュビーたちの家は見た目つぎはぎといったものだ。これは自分たちで修理したものを、ノームたちに教わった技術を生かして、さらに修理し直したという感じになっているかららしい。今後も教わった技術を実践して修理を続けていき、このつぎはぎを無くすのが目標だと聞いている。

 家の造りは二階と地下があり、一階は作業室や側仕えの部屋。二階は女王たちの部屋と応接室。地下は赤子たちの育成の場となっている。地下はなかったそうだけど、フィズ殿とビボーン殿に頼んで、掘ってもらったそうだ。

 外観から目を離して、ナリシュビーの女王が住む大きめな家に入る。

 ススム殿たちがトップなのに女王と呼ぶのはおかしいのではと思いますが、ナリシュビーのトップなのは間違いないし、呼びなれていて呼ばれなれているだろうからそのままでいいとススム殿たちが言ったそうで、今でも女王と呼ばれているそうです。そのうちに自然と名前の方で呼ばれるようになると思います。もしくはまとめ役から引退すれば本名で呼ばれるようになるのでしょう。

 名前はきちんとあり、ハーベリーというのだそうです。

 作業室に入ると、指導を受ける三人のナリシュビーがすでに待っていた。今日は三人とも女だ。

 挨拶をすると、挨拶が返ってくる。


「早速礼法を指導していくであります。まずは見た目から始めましょう。乱れた髪、だらしのない服装をしていては対応する相手に不快感を与えます。髪には櫛を通し、汚れた服を着ないということはもちろんですが、しわがあったりよれていたりしたら、できるだけ直しましょう。それだけでも印象は変わるものです」


 私も洗濯するときはしわやよれがでないように気を付けています。私は自身の機能でそこらに対応できますが、ナリシュビーたちには無理です。

 金属が手に入り、加工もできるようになったらアイロンが欲しいところですね。もしくはしわ伸ばしなどができる魔法開発をしてみるというのもありですか。


「まずは互いに服装を確認する習慣をつけましょう。ではおかしなところがないか、三人で確認してみてください」


 はい、という返事のあとに三人は互いの服を見ていく。

 チェックのあとに、しわを直すコツやよれににくくなる洗濯の方法を教えて、次に挨拶の際の挙動などを教えていく。

 頭を下げる角度や速度など指導して、一応形になる。


「それなりの形となりました。そしてここまで教えておいてなにを言っているのかということを言うであります。私の知識はとても古いものです。ですので現代では変わっている部分があると思ってください。大きく変わるようなことはないと思いますが、細かな部分では変化があることでしょう。接した相手が微妙な反応を見せたら、どこかおかしかったか聞いてみて、その都度直すようにするとよいと思います」


 三人から頷きが返ってくる。

 こうは言いましたが、直す部分は多くはないと思うであります。廃墟で過ごした短期間で、住人の様子を見てきました。いきなり相手を貶すような態度をとるのが褒められることではないとわかっています。私の知る常識に非常に近く、そのことから私の知る礼法が無礼に当たることはないと判断を下しました。

 あの助言はある程度の柔軟性を持ってほしくての言葉になります。礼を取ることに固執しすぎては、かえって無礼となることもあるのですから。

 午前の指導を終えて、一度家に帰る。

感想と誤字指摘ありがとうございます

書きだめが減ってきたので、更新を一日おきにします

ある程度たまったら、また毎日に戻します

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― 新着の感想 ―
[一言] 最初の方は進の方にも神殿に向かう意思や目的があったけど、最近は村での生活にかかりきりになっちゃってますね。
[一言] 近い年代っていっても三百年ってのがまた随分と古い存在ですよねえリッカも
[良い点] 「今日も白い骨が素敵ですね」普通の人間だってこんな賛辞なかなか言わない ホント人間ぽいドールですな
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