62 水人の話し合い
一時間もせずに戻ってきたシェブニスは団長とまずは島にある王の執務室に向かう。この時間帯ならば謁見の時間が終わっているはずだと、そこに向かったのだ。
二人は執務室近辺を警護する兵と話して王がここにいることを確認し、その兵に来訪を知らせてもらう。
面会の許可をもらってきた兵と一緒に執務室に向かい、二人は扉を開けた。
執務室は大きい。それは王が巨体であることがあるからだ。
現在の王も巨体な方であり、補佐官が書類を読み上げ、それに判断を下すという方針で仕事をしている。
床に片膝をついて頭を下げる二人を、甲羅を背負った三メートル超えの老人が見下ろす。
「騎士団団長ルヌス。その部下シェブニス。急な面会をお詫び申し上げます」
「顔を上げ楽にするといい。お主が急ぎというのは珍しいのう。どのような用件だ」
「こっちのシェブニスですが、例の海域調査から帰ってきました。彼が陛下に知らせた方が良いと思われる情報を持ち帰りました」
「ご苦労。なにがあったか話しておくれ」
「はっ」
敬礼したシェブニスは小島と廃墟で見聞きしたことを話していく。
「あそこらへんの大地で生きている人間がいたのだな」
驚き感心したように王が言う。
「陛下、もらったものを毒見できる者を呼びましょうか?」
王のそばにいた補佐官が声をかけると、王は頷く。
補佐官は執務室から出て行く。
「ローランド殿の知人が作った村か。どういう経緯であそこで作るにいたったか興味あるが、話さなかったということはあまり事情を語りたくなかったのかのう」
「なんらかの事情がなければ、あそこに村を作ろうとは思わないでしょうな。海の汚れに関わりのあることでしょうか」
別の補佐官が抱いた疑問を口に出す。
「さてどうであろうな。シェブニスよ、お主から見てその人族はどういった男だった」
「顔立ちはのっぺりとしたもので、体つきはたくましいといえるものではなかったです。戦う者といった雰囲気はありませんでした。魔法を得意としていると思われます。大きな池を一人であっというまに綺麗にしてしまいました。村長という村のトップの立ち位置であり、皆からもそういった扱いをされていました。少なくとも嫌われているようには感じませんでした」
「大烏公殿の知人ということで村長になったのか?」
補佐官の疑問にシェブニスはわからないと首を振る。
「私が感じたのは魔法以外は特別ななにかを持っているようには思えなかったということでしょうか。他人に嫌われるような性格でもないと思います。接した時間がそう長くはないので、これくらいしかお伝えすることはできません」
「かまわんよ。次は村を見て回った感想を教えてくれ」
「村と周辺の大地を比較すると植物の差がよくわかりました。村の外にはほぼ緑がなく、枯れた植物と土と砂と岩ばかり。村の中には野菜畑と花畑がしっかりと管理され育っていました。村の外には魔物の姿もほぼ見えませんでした。飼育場にはネズミの魔物が食肉用としてたくさんいましたね。あそこで生きていくだけの環境が整っていました。ほかに特徴といえば、複数の種族が集まっていることでしょう。人族、蜂の虫人、ノーム、知恵のある魔物たち。それらが集まって生活していました。今後しばらくはそのまま協力していくのだろうと思えました。大烏公は村に作られた遊技場で遊んだりと、気楽に過ごせる場として利用しているようです」
「なるほどのう。その村を見て、お主が特に印象に残ったものはあるかの?」
シェブニスは村で見たものを思い返して、少し間を置いて口を開く。
「……やはり人と魔物が一緒に暮らしているということでしょう。労働力としてなら私たちも魔物を使いますが、隣人として同じ場に存在することを許容しているのは驚きです」
「厳しい環境だから手を取り合うにいたったか。それとも別の理由があるのか。そこらへんは聞いてみないことにはわからぬな」
件の村が現状にいたったわけを王が考えていると、執務室を出た補佐官が毒見役を連れて戻ってきた。
補佐官が毒見を開始してもいいか許可をもらい、酒と調味料の毒見を始める。芋は生で食べるわけにもいかず、のちほどとなった。
まずは調味料からということで、小皿に醤油が出される。
「黒い、いや黒っぽい茶色なのか。ねばついているわけではなく、匂いも特に問題なさそうです。見た目魚醤かと思いましたが、違うように思われます。味の確認をしてみます」
感じられたことを報告し、ほんの少しだけ舐める。
「しょっぱい。ですがそれだけではなく、深みも感じさせます。魚醤よりも受けがいいかもしれません。現状毒のようなものを感じることはありません。少しお時間をいただきます」
毒見役は遅効性の毒が入っていることも考慮し、しばし時間を置くことを願いでる。
「わかった。少しでも異常を感じたらすぐに言うのだぞ」
「はい。承知しております」
「では話して時間を潰すことにしよう。この調味料だが、不味いものであったか?」
「いえ、単品だと判断しにくいですが、不味くはありませんでした。魚醬とはまた違った感じですね」
毒見役が答え、朝食のときに焼き魚などにかけて食べたシェブニスも頷く。
「どういった使い方をするのか聞いているかの?」
「私が使ったときは焼き魚や焼いた貝にかけました。塩やハーブで食べるのとはまた別の味わいがありました。ほかには煮魚や野菜の煮物、肉料理にも使えると聞いています」
「いろいろと用途があるのだな。ローランド殿も使っていたのか?」
「はい。特に躊躇いなどなく当たり前のように使っていました」
「ということは食べ慣れているということか。彼らが当たり前のように食べているなら、問題などないかもしれぬな」
醤油に関して聞いたあとは、村の様子を再度聞かれてシェブニスは答えていく。
そうしているうちに毒見役もその役割を終える。
「毒はないと判断いたします」
「うむ。では次は酒だが、大丈夫か? 酒が苦手ならば別の者を呼ぶぞ」
「大丈夫です。ざるというわけではありませんが、弱いわけでもありません」
酒も小皿に注いで、醤油と同じ手順で確かめていく。
酒を口に含んだ毒見役は軽く表情を変えた。
その変化を近くにいたルヌスは見逃さず、どうしたのか聞く。
「いえ、良い酒だったので思わず反応を」
良いものだったかと王が聞くと、毒見役は頷いた。
「はい。私が飲んできた中では一番のものでした」
「それはそれは。わしも飲んでみたいものじゃ」
毒見が終わるまでお待ちくださいと、補佐官がすぐに警告してくる。
「わかっておるさ。シェブニス、酒に関してなにかしらの情報はあるか」
「そうですね、大烏公がお気に入りと言っていたこと。この酒のほかにもう一種類あったことでしょうか」
「ローランド殿がそう言ったか。期待できそうだ。もう一種類はどのようなものであった? そちらは交易のサンプルとして渡されなかったのか?」
「ミードという蜂蜜の酒だそうです。そちらは外に出せるだけの量はないということでした。飲ませてもらいましたが、私はミードの方が好みでした」
お土産にもらったものは帰ってくるまでに飲み干していたので、サンプルとして出すこともできない。
「そちらも飲んでみたいが、無理そうじゃのう」
酒に関した話はそこで区切りとなり、話題が尽きたという感じだったので、シェブニスは話題提供もかねて王に聞く。
「交易品の安全確認をやっていますが、あの村と交易なされるのでしょうか?」
「すぐに決められるようなことではないが、様子見として細々とやってみるのもありかもしれぬな。一国と村ではやりとりできる物資の量に差がある。本格的にやられても向こうも困るじゃろ。大量に輸出できる余裕があるように見えたか?」
シェブニスは首を横に振る。
「いえ、輸出に回す余裕はないように思われます。あそこで生活できるだけすごいことだとは思いますが、さすがにそれ以上の余裕は今のところないと思われます」
「今後はどうだ?」
「労働力次第かと。畑はどこまでも広げられそうですが、その畑を管理する人数が足りていないように思われます。作り手も守り手もです」
シェブニスは土を進の魔法で変化させていることを教えてもらっていない。だから畑は地道な土の改良で作り上げたと考えていた。改良が成功している現状、畑をどこまでも広げられると思っているのだ。
実際広げるだけなら可能ではあるが、シェブニスが言うように農作業をする者も、畑を魔物や獣から守る者も足りていないためやれない。
「人手のう。彼らを村に移動させるのもありかもしれぬな」
「彼らというと……ああ」
ルヌスが誰なのか気づいたように頷いた。
「難破船に乗っていた彼らですな?」
「そうじゃ。船を使い魔王軍から逃げて、嵐に遭遇したところを助けたあやつらだ。貴族と名乗ったものは早々にカッチャヤ国に送ったが、行く当てのない者は島にいる。そういった者は島で働いてもらってはいるが、島は水人に使いやすいようになっておるからのう。あやつらには過ごしにくいだろうと思うておった。かといって他国に行くにも伝手も財産もない彼らにとっては苦しい生活が予想できて難しい選択じゃろう。しかしその村ならば伝手も財産も関係なく、最初からやっていける村で過ごす方が良いかもしれぬ」
王の考えに、補佐官が疑問の声を上げた。
「向こうは押し付けられたと考えないでしょうか。人手が足りないとシェブニスは言いましたが、人を受け入れる余裕が食料面と精神面から見て、ないかもしれませぬ」
余所者を受け入れないという村があるのは水人族にもある話で、王は頷いた。
「魔物を住人としていることから、それを受け入れられない移住者は迷惑になるだろう。わしも押し付けるつもりはない。向こうに確認が取れて、こっちにいる者たちにも確認し、両者が良しとすればの話だ」
「まずは少しの交易から始めて、向こうのトップと話し合い約束をとりつけ、その場を設ける。いろいろと上手くいけば本格的にという流れでしょうか」
補佐官の確認に王は頷いた。
「というわけで交易のための使者を送りたい。派遣する文官の選定と交易品の手配を頼む」
「はっ」
補佐官がすぐに書類を作っていく。
「ルヌスには護衛の選出を頼む」
「はっ」
「護衛の人数はどれくらい必要と思う?」
「小規模の交易ということですし、小隊は必要ないかと。多めに見ても十人くらいの分隊を想定しています」
文官は一人、荷運びの御者が二人から四人。それらと荷物を守る護衛の必要数を考えると十人は必要ないだろうとルヌスは考えた。
「護衛が少なくないか」
そう聞くのは補佐官だ。いつも見る書類にはそれ以上の護衛が交易隊に同行していると載っているのだ。
「捨て去りの荒野に接した海は汚れのせいで魔物や賊が少ないので、戦力はあまり必要ないのです。むしろ必要とされるのはあの海域に長期滞在しないための移動速度です。高速船を準備してください」
ルヌスの言う高速船とは、速度の出る魔物に荷船を引かせたものだ。
「報告書にも書かれていたが、向こうはまだきついか」
王の確認にシェブニスは頷いて、鍛えていない者が滞在できるおおよその日数を伝える。
「駐在員の派遣は無理そうじゃな。交流が本格化しておらぬから気が早い話ではあるが」
「駐在員を派遣する意味はあるのでしょうか?」
「今後どのような発展をしていくか興味があってのう。今はただの農村に近いなにかではあるが、思いもしない方向に進む可能性もある。人と魔物が一緒に暮らしている時点で村としては最初の一歩目からあらぬ方向に向いておるしな。それに捨て去りの荒野には王侯貴族といった存在はおらぬ。どういった方向に発展していこうが、彼らは邪魔をされることがない」
もちろん順当に農村として発展していく可能性もあるが、見たことないものを見たいという王の願望もあった。
そろそろ酒の毒性は確認できただろうと王は毒見役に声をかける。
「これといって異常は感じられません」
「そうか、だったら少し味見してみようか。お主たちもどうじゃ」
「実は気になっていました。一口許されるのならいただきます」
ルヌスが言い、補佐官たちも頷いた。
酒瓶からコップに酒が移されて、一口分を注がれ飲んでいく。
王は口に含み、舌に感じる味わいに表情を綻ばせて飲み下す。
「いい酒じゃな」
そうですなと皆が頷く。
この酒が不自由なく飲めるよう、穏やかな付き合いができることを王は望んだ。
感想ありがとうございます。