61 交流の可能性
翌朝、二日酔いもなく起きた四人はシェブニスがとってきた魚や貝を朝食にして、小島から飛び立つ。
空から見た大陸の荒れ具合にシェブニスは目を見張る。緑の少なさが想像以上だった。
時間をかけず廃墟そばの池にガージーは着地する。
「にごりかけているな。綺麗にしておこう」
今日最初の仕事だと進は池に魔法を使う。
いっきに綺麗になった池にシェブニスは驚いた。彼ら水人も水を綺麗にする魔法は使えるが、この量を一人でいっきにはやれないのだ。いっきにやろうとしたら魔法を使い慣れた五人くらいの水人を集める必要がある。水人でなければもっと多くの人を集める必要があるだろう。
「水の扱いが得意な水人でもここまではやれませんよ。あなたならばあの一帯の海も綺麗にできるのでは?」
「さすがに広すぎるし、やれても大地から流れ込んでくる汚れた水が綺麗にした海水を汚すだけだ」
やや興奮気味のシェブニスはその返答に落ち着きを取り戻して納得する。
池から廃墟を歩いて、住人の営みを見ていく。
魔物たちが飼育場で働いている様子を見て、本当に一緒の村で暮らしているとわかりシェブニスは改めて驚く。
そのまま畑なども見ていく。
「空から見たらどこまでも荒れた大地が続いているのに、ここだけは植物が生えているのですね」
本当に人がいて、暮らしているのだと感心したように見ていく。
次はどこに案内しようかと思っていると、廃墟探索に出ようとしたビボーンとナリシュビーたちに会う。
「おかえり。そちらは?」
「ただいま。小島で会った水人族のシェブニスだよ。この地方に人が住んでいるのか見にきたんだ」
「あらそうなの。ごゆっくり」
そう言ってビボーンはナリシュビーたちと去っていく。
物腰が柔らかで、敵意など一切ないビボーンをシェブニスは呆気にとられたように見る。
「骨の魔物は何度か見たことがあるし、戦ったこともあるが、あそこまで落ち着いた個体は初めてだ」
「俺が初めて会ったときからああだった」
煉瓦を作っているノームたちの作業を見たあと、まだ手のつけられていない廃墟を見てから家に戻る。
家ではフィリゲニスとラムニーとリッカが掃除をしていた。
ただいま、おかえりと挨拶を交わし、シェブニスの紹介をしてテーブルにつく。
リッカが四人分の水を出して、掃除に戻っていく。
「どうだったここは」
「しっかりと住民が生きていました。今後もよほどのアクシデントがなければこのまま人の営みが広がって、いえ人と魔物の営みが広がっていくのでしょう」
「そうなるといいとは思っている」
進もここから特に動くつもりはない。住み心地が良いとはいえない土地だが、気の知れた者たちと少しずつ暮らしを良くしていく今が楽しくもある。
再び水が汚れ、植物が育たなくなるようなアクシデントが起こればさすがにここを捨てることも考えるが、そんな事態はあまり想像できなかった。
可能性としては、フィリゲニスがまた激怒し憎悪するようなことがあれば、以前の状態へと戻るだろう。
「今後交流を広げるつもりはありますか?」
水人族が交流に名乗りを上げるとはシェブニスの一存では決められない。だが報告したときに王がそう判断するかもしれず、可能性の有無は聞いておくことにした。
「俺の判断だけではどうとも言えないが、反対意見がでることもないと思う。交流をするとしてどういったものになるんだ?」
「ここまで来てどうこうといったことはないでしょう。浜が交流の場所となって、海で採れたものと陸で採れたものを交換といったことが主になるでしょうね」
「そんな感じか。だったらまずは昆布が欲しいかな」
出汁がとれて味の幅が広がる。うどんや鍋が作れるようになると思うと、これから寒い時期に向かうので楽しみが広がるのだ。
「昆布ですか? あちこちに生えていて取るのに困ることはありませんが、それほどほしいものですかね?」
「俺もどうしてほしいのか気になるな」
ローランドもまたなにか新しい料理が食べられるのかと聞く。
「昆布そのものも食べられるけど、いい出汁がでるんですよ。乾燥させたりといった手間が必要だったはずだけど、そこまで難しくもなかったはず。うどんといった麵料理や鍋といったいろいろな具を煮る料理ができますね」
「そうなのですね。そちらから出せるとしたらなにがありますか?」
「……芋かな」
外に出せるほどたくさん採れるものといえば、芋が一番に思い浮かんだ。ほかのものはまだまだ住民が消費するだけで精一杯だ。
「酒や醤油は出さないのか?」
「ああ、それも出せますね。交易っていうと個人がやるものじゃなくて、組織と組織のものって意識があって、俺個人が出せるものは除外していましたね」
「酒はあそこで飲んだ二種類ですか」
「渡せるのは大量に作ってあった日本酒だな。ミードの方はたくさん作るのは今は無理だ」
それは残念だとシェブニスは肩を落とす。
「食べ物ではなく、ほかのものでやりとりできるものはありますか」
「んー……特に思いつかないんだが、そっちはなにがほしいんだ?」
「一番欲しいのは錆びない金属で作られた武具でしょうか」
水人族は金属加工が苦手で、そこらへんの特殊金属は陸からの輸入で賄っているのだ。
特殊金属武具は上位の騎士や強者に与えられ、ほかはシェブニスのように魔物の鱗や甲殻類の防具に骨や石器を使っている。
「こっちにはそんなのはないな。金属すらろくに扱ってない」
「そうですか。だったら食器とか壺とかですね。高級品ではなく、日常で使えるものがほしい」
「それなら少しは出せるか?」
今ノームたちがどんどん作っているのだ。
そういった皿が使われるようになり、これまで使っていたフィリゲニスの魔法製の土皿はもとの土に戻っている。
「なるほどなるほど。そちらが欲しいものは昆布でしたね。それ以外には?」
「魚といった食べ物、ほかにはシェブニスが身に着けていたような武具をいくらかかな」
食糧は当然ほしい。武具も現状ナリシュビーたちが使っているものよりも質が良いので、手に入れられるなら手に入れたい。
互いに欲しいもの渡せるものを話して、交易に関してはここまでにする。これ以上は本格的に交流することが決定してからの方がいいだろうと判断したのだ。
次に話すのはシェブニスが国に帰り、交流が決定されたとして、廃墟との接触はどうするのかというものだ。
最初に会った小島でというのは無理で、浜のどこかで待たれても進たちが気づけるかどうか怪しい。またローランドに送ってもらうというのも無理だ。
「ここまで徒歩は厳しいですね。やはり浜でどうにかしたいのですが」
「交流するなら浜だろうな。うちの虫人が定期的に海に魚を取りに行っているから、そのときに合わせてそちらの到着を知らせればいいだろうけど、浜のどこで知らせを出すのか。目立たないところだと見逃すだろうし」
浜と一口で言っても広い。ナリシュビーたちが水人族に気づかない可能性は普通にあった。
「人の国では海岸に灯台が立っているだろう。あれみたいに目印を作っておけばいい。頂上に火をつけるか、旗でも立てておけば、そこにいて待っているとわかるだろうし」
ガージーの提案で、それを作れそうなフィリゲニスに可能かどうか聞くことにする。
席を外した進がフィリゲニスを連れてくる。説明はここに来るまでにしていた。
「塔を作れって話よね? できるわ。どこに作ればいいの?」
いつものように砂や土を操って円柱を作り、頂上までハシゴをかければそれでよいと考え了承する。
作ったそれを進が魔法で強化すれば早々崩れることもないだろう。
「西の海岸であればどこでも。目立つように作っていただきたい」
「わかった。近いうちに作っておく」
話し合いが終わり、交易品のサンプルとして進は芋と皿をいくつか、日本酒と醤油の入った瓶を一つずつ、布に包んで渡す。
それを持ったシェブニスはガージーの背に乗って海のある西へと飛び去って行った。
「さてどうなるかしらね」
「どうなるかなー。一応水人族との交流が始まるかもってビボーンたちに伝えないとな」
今日の夕食後に各々の代表が集まれるよう連絡しておこうと話しつつ、進たちは家へと帰っていった。
◇
ローランドたちに海まで送ってもらったシェブニスは、こちらの滞在中に使っている海中の隠れ家に戻って荷物をまとめる。
ここに置いていっても問題ないものを置いて、もらったサンプルを持って北へと泳ぐ。
魔法も使った移動はかなりの速度であり、カジキといった高速で泳ぐ魚にはさすがに敵わないが、時速五十キロで休憩なく六時間泳いで休憩し、また泳ぎ出すといったことを繰り返していく。
夜になるとへとへとで、隠れられる岩陰で眠り、また朝になって高速で泳いでいく。
そうして七日ほどかけて北にある水人族の王都に帰ってきた。
王都はほどほどの大きさの島とその周辺の海中に建物が立つという作りで、島では事務作業をする者や外交官がいる。島はそういった作業の場と水に浸せない品の保管場所で、日常生活は海中で行っている。ここに交易に来ている人間の宿泊施設もある。
騎士団の詰所に向かったシェブニスは同僚におかえりと声をかけられる。
「ただいま、疲れたわ。団長はどこだ?」
「お疲れー。今は島の執務室だな。向こうはどうだった?」
「ほかの奴が言っていたように、あまり長居したくないところだな。鍛えていない一般人だと十日もいたら確実に体調を崩す」
「陛下はよくなってきていると言っていたが、まだまだろくでもない環境なんだな。ほんとになんであそこらへんはああなのか」
「そこらに関して少し進展があったぞ」
「あったのか」
「報告したいから島の執務室に行ってくる」
「あとで教えてくれ」
おう、と返したシェブニスは荷物を持って島を目指す。
専用出入口に備え付けられている階段を使って上陸し、魔法で体についた水を落として騎士団の地上詰所を目指す。
浜には食堂や喫茶店がある。そこで水中では飲み食いできないものを水人や交易に来ている人族たちが食べていた。そういった店から離れた浜の端っこにはテントがいくつも立っていた。
そんな様子を見ながら歩いて、詰所入口から声をかけて団長の執務室に向かう。
扉をノックするとすぐに団長から返事があった。
扉を開けると、作業する手を止めた団長がシェブニスを見てくる。机には湯気の上がるカップと菓子の載った小皿がある。休憩中だったのだろう。
「失礼します。シェブニス、例の海域より帰還しました」
「よく無事に帰ってきた。報告を頼む」
「まず結論からですが、海水の汚れは今後もなくなっていきそうです。地上にあった原因が取り除かれたと聞きました」
「ふむ、聞いたということは事情を知っている何者かと接触したのか」
「はい。その日の海域調査を終えて休んでいたところ非常に大きな気配を小島で感じ、確認のため向かいました。そこには大烏公たちがいて、酒盛りをしていたのです」
「なんでそんなところで酒盛りを?」
「気を抜ける場所を求めてだそうです」
なるほどと少し納得した感じで団長は頷く。
「その場にいたのは大烏公と白羽従と人族でした。人族は大烏公の知人と聞きました」
「人族と知人か」
「私から見て偽りのようには感じられませんでした」
「そうか。そういうこともあるのだろう」
「その人族が言っていました。地上にある原因は排除したので、今後海の汚れは減っていくだろうと」
たしかにそう言ったのかという団長の確認に、シェブニスはしっかりと頷く。
「地上のなにが海を汚したのだ?」
「そこは聞けませんでした。俺たちにとっては海が今後汚れない方が大事だろうと」
「それはそうなのだが。今後同じことが起きたときの対処が知れるかもしれないしな」
「同じことは起きないだろうと言っていましたね。同じことをやれるだけのものがないのだと」
「その人族は詳細を知っていそうだな。話を聞きたいものだが」
「聞けるかもしれません。今後我らと彼らが交流する可能性があると話しましたから」
どういうことだと団長は首を傾げる。
シェブニスは村ができていること、村に実際に行ってみたこと、浜に塔が立つこと、交易のサンプルをもらってきたことを話す。
「そこまでしてきたのか。もらったものを見せてくれ」
頷いたシェブニスはサンプルを団長の机に置いて封を解く。
「芋と皿と瓶?」
「芋はたくさん取れるそうです。皿は日常品として使えるものを欲しいといったら、これを少し出せると。瓶には酒と調味料が入っています」
「これは陛下たちに見せるべきものだな。疲れているだろうが、一緒に来てくれ」
「了解です」
「といってももう少しで書類が終わる。それまで待っててほしいが」
「でしたら食事をすませてきても?」
かまわないと了承をもらったシェブニスは執務室から出て行き、浜にある食堂へと向かった。
感想と誤字指摘ありがとうございます