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58 収穫祭

 宴会当日。

 住人たちはどこか浮き立った雰囲気を放ちながらも日が出ているうちは仕事に精を出していく。

 ローランドたちは夕方になる前にやってきて、ボウリングで時間を潰していた。宴会をやるということで今日のボウリング場を利用する対価は酒のつまみになるものだった。

 今日の仕事を終わらせた者たちから宴会の手伝いに回る。

 人が集まり出した宴会場には舞台とテーブルとキッチンがあり、土俵も追加されている。舞台、テーブルエリア、土俵という配置だ。

 キッチンでは以前ステーキを焼いたときと同じように石のテーブルを作り、それで肉を焼くことになっている。

 今日のメイン料理は薄切り肉の照り焼きソース炒めだ。量を作るならこれが楽だということで決まった。ほかに貝の酒蒸しや焼き魚などいつものメニューが並ぶ。

 

「そろそろ皆の仕事が終わり出した頃だろうし、進はスモウを始めちゃって」

「はいよー」


 ビボーンにそう言われて進は、近くにいたナリシュビーにグルーズたちを呼んでくるように頼んだあと宴会の広場から出る。

 相撲が始まることをローランドたちに知らせるため一度そこを離れたのだ。

 ローランドたちはもう少しでゲームが終わるというところで、十分もかからずに決着をつけて、進と一緒に宴会場に向かう。


「酒のつまみを持ってきていただきありがとうございます」


 隣を歩くローランドに進は礼を言う。新しいレシピがあるとはいえ、ほかはいつもと同じメニューなのだ。特別感に乏しいと思っていたところにつまみが届きありがたかった。


「いつも持ってきているものをつまみに変えただけだ、礼を言われるほどのことではない」

「食べるものの種類が増えるのは嬉しいんですよ。お返しになるかどうかわかりませんが、食べたことのなさそうなソースを使った料理を出すのでご堪能ください」


 ローランドたちが醤油について知らなかったので照り焼きについても知らないだろうと言うと、楽しみにしていると返ってくる。

 宴会場に戻ると住民たちが続々と集まってきていて、グルーズたちの姿も土俵近くにあった。


「じゃあ、相撲を始めますんで離れますね」

「おう」

 

 開始を知らせる拍子木を持って、グルーズたちに近づいてみると緊張した様子だった。


「おう、どうしたどうした。そろいもそろってガチガチじゃないか」

「ローランド様たちに本当に見せることになると思うと緊張してきた」

「そんなんでローランド様にいいところは見せられないぞ。ローランド様が来るならやるって言い出したのはお前たちなんだから、シャキッとせんかい」


 強めにグルーズの背を叩く。

 進も地球にいた頃よりは鍛えられた状態とはいえ、体格の違いもあってそこまで大きな衝撃を与えることはできなかった。

 それでも緊張で踏ん張りがきかなかったグルーズは軽くよろめく。


「こうなったら笑われるのを目指すか。シャキッとできないなら、情けないところを見せまくって笑われて、いい気分になってもらうしかないな」

「いやさすがにそれは」

「でも今の状態だとそうなる可能性の方が高いぞ」


 断言されてグルーズは詰まり、少しだけ考え込むと大きく深呼吸する。そして両手で自身の頬を叩く。


「今更止めることはできん。かといって情けない姿を見られるのも嫌だ。こうなったらやるしかないぞ、お前らっ」


 グルーズに檄を飛ばされ、熊の魔物たちは狼狽えの表情を引き締め、同じように頬を自身で叩く。

 こうなったらやけくそだといったことを言いつつ気合を入れていった。

 進が始めるぞと声をかける。それに「おうっ」と揃った返事が上がる。

 進は土俵のそばに立ち、拍子木を打つ。カンッと甲高い音で注目が集まったのを確認して口を開く。


「これより収穫祭相撲を始めるっ」


 宴会場の全員に聞こえるように大きく宣言し、続ける。


「なにをやるか、どのようなルールなのか、把握していない人もいるだろうから、それから説明していこうと思う」


 細かく説明していくと時間がかかるため、大雑把にまとめて説明していく。

 ここでやる相撲は本来のものと違い数日かけてやるものではない。今日中に終わらせるリーグ戦だ。人数が四人と少ないため十試合もかからない。だからこの形式をとった。

 説明を終えて進は東へと手を向ける。


「一本目取組。東、イナレズ。西、ゼトラ」


 進の呼びかけに両者が土俵に上がる。皆の注目が集まる中、二人が四股を踏む。

 進は「両者見合って」と声をかけて構えを取らせる。

 数秒イナレズとゼトラは構えたまま互いを見ている。周囲のざわめきも静かになり進が口を開く。

 

「はっけよい!」


 開始を告げられたことで、いっきに前に出た両者がぶつかりあった。

 どんっと体ごと勢いよくぶつかっていく姿に、見物客からどよめきが上がる。

 土俵中央で組み合って十秒ほどでチャンスと見たイナレズが投げようとして、ゼトラが耐える。逆に体勢不安となったイナレズをゼトラが押し倒しで決めて勝つ。

 勝敗が決まり、両者が土俵で向き合う。


「勝者、ゼトラ。決まり手、押し倒し」


 試合が終わり、皆から歓声と拍手が送られる。それにゼトラは誇らしげに胸を張って土俵を降りる。

 負けたイナレズは次は勝つと心に決めて悔しそうに土俵を降りた。

 進は地面に書いたリーグ表に〇×を書き込んで、二本目取組の名前を呼ぶ。

 一本目は静かだった観客も二本目からは声援を送るようになる。

 グルーズたちは擦り傷や打撲といった小さな怪我をしつつも相撲をとっていく。その姿にローランドたちも楽しげな視線を向けていた。

 そうして最後の試合が終わる。

 誰もいない土俵に、石のトロフィーを持った進が立つ。


「本日の取組はこれにて終了。収穫祭相撲優勝者はイナレズ。イナレズは土俵へ」


 土で汚れたイナレズが誇らしげに土俵に上がる。最初の負けで気合が入ったイナレズは残りを全勝し、同じく二勝一敗のグルーズと対決して勝ったのだ。


「優勝おめでとう。勝った証のトロフィーを受け取ってくれ」


 トロフィーを受け取ったイナレズに、皆から拍手が送られる。


「熱い戦いを行ったイナレズはもちろん、今回は負けたほかの奴らにも拍手を頼む」


 一層の拍手が宴会場を包む。

 それが続く中、進は舞台へと移動する。拍手が静かになると木板を叩いて、注目を集める。


「相撲が終了したところで、収穫祭を本格的に始めようと思う。今回は虫人が作った蜂蜜、飼育場の魔物たちが育て加工した肉、それらを調理したものをノームが作った皿に載せるという住民が協力して作られた一品がある。全員の協力で作られた薄切り肉の照り焼きソース炒めをどうか堪能してほしい。酒などはいつものように各自で注ぎに行くように。では何事もなく今日という日を迎えられたことを祝い、挨拶を終える。宴会を楽しんでくれ」


 進が挨拶を終えると歓声が上がり、住民が動き出す。

 飲み物を取りに行く者、出来上がった照り焼き炒めを大皿に載せて各テーブルに運ぶ者、相撲での汚れを落とす者と様々だ。

 ローランドたちは動くと住民を委縮させるということで、飲み物や食べ物が運ばれてくるのを待っている。

 そこにメインの照り焼き炒めが運ばれてきた。


「なんとも食欲をそそる香りだ」

「初めて嗅ぐものですが、ローランド様の言うように美味しそうですね」


 ローランドとガージーが感想を言い、その二人の前に小皿に載せられた照り焼き炒めが置かれた。

 早速フォークでソースがよく絡んだ肉を口に運ぶ。


「ほう」


 ローランドの口から短く感嘆の声が漏れた。

 蜂蜜がやや勝っている感じはあるが、甘辛いソースと肉がよく合っていた。このソースを使ったほかの料理も食べてみたいと思える高評価だ。

 蜂蜜は山でも手に入れられるので、醤油やこのソースを使ったレシピをここから輸入するのもありだなと思いつつ食事を進める。

 照り焼き炒めは住民たちにも好評で、あっという間に消費されていった。

 ほかの料理にも手が伸びて、食事がひと段落すると子供たちが舞台に上がっていく。

 楽器などの準備が整って演奏が始まる。

 膨れた腹を落ち着かせるのにぴったりな穏やかな雰囲気が、演奏によって広がっていった。

 子供の演奏が終わり、大人たちの演奏に移り、それに聞き入る者、酒を片手に雑談を楽しむ者、つまみと一緒に酒を楽しむ者などがいる。

 進も酒を飲みながら音楽を聞き、雑談を楽しんでいた。そこにガージーが近づいてきた。


「そろそろ帰ろうと思う。その前に挨拶をしたいがいいか?」

「ええ、大丈夫ですよ。ローランド様のところに行きますか?」


 席から立ち上がった進にガージーは首を振った。


「いや、ここでいい。今日は楽しい出し物に美味い料理を楽しませてもらった。世辞ではなくローランド様たちも楽しんだようだった」

「そう言ってもらえると住民たちは喜ぶでしょう」

「次の機会があればまた参加したいものだ」

「次ですか、やるとしたら森の魔物たちの歓迎会でしょうか。でも目新しいもののない宴会になると思いますよ」

「この雰囲気が続くのならそれだけでもいい。落ち着いて楽しめる場を欲しているわけだからな」


 いろいろと面倒な挨拶がなく、純粋に宴を楽しめてリラックスできる場は貴重なのだ。


「では開催日が近づいたら知らせますね」

「頼む」


 これで話は終わりかなと思っている進に、ガージーは話を続ける。


「ここからは話を変えて、商売に近い話になる」

「商売ですか。ビボーン、こっちに来てくれるか。そっちの話はあまり得意じゃないから」

「はいはい」


 ビボーンは席から立って、進とガージーにそばに来る。

 どのような話なのかとビボーンが聞く。


「テリヤキソースには醤油が使われているのだろう? あのソースをローランド様たちも気に入って山でも食べたいと仰られてな。醤油の購入をしたい。あとはレシピもだな」

「どれくらいの量が必要なのかしら」

「まずは壺でいくつかだな。壺はこちらで用意した方がよいな?」

「そうですね。窯ができたとはいえ、こちらから出すには少しばかり不安があります」

「醤油に関してはそれでよいとして、レシピに関してだが」

「これはススムじゃないと」


 交代だとビボーンは進を見る。

 その進に文字を書けるかとガージーが問う。


「出身地のものなら。こっちのものはわからないですね」


 こちらに来てから話すことはあっても、文字を使ってコミュニケーションをとることはなかったのでわからないのだ。

 ガージーは独自言語を使う土地出身なのかと内心考える。


「私が書ける。でも私の知っているものだと古いかもしれないわね」


 フィリゲニスが言い、魔法の光を使って空中に「私の名前はフィリゲニス。住んでいるところは廃墟」と描く。

 通じるかと言うフィリゲニスに、ガージーは問題ないと返した。


「だったらペンと紙かなにかくれたら、私が進から聞いて書くわ」

「近いうちに壺と一緒に持ってこよう。そっちから欲しい物はなんだろうか」

「これまで通り布とか綿かな」


 だよねと進が確認するようにフィリゲニスたちに聞く。


「まだ全員に十分な数が行き渡っていないようだからそれでいいと思うわ」


 ビボーンが肯定し、それでもほかにというならと付け加えた。


「小麦粉かしらね。あればパンが作れるようになるのだけど」

「パンって酵母とバターと砂糖もないと駄目なんじゃないのか? 小麦粉だけで作れるものだっけ?」


 家庭科の授業で作ったことのある進が不思議そうに言う。

 ビボーンが言っているのは別の方法で作るパンのことだ。進が日常で食べていたパンとは少し違う。


「私が知っているパンの作り方は水と塩と小麦粉を使うんだけど、ススムは別の方法を知っているのね?」

「一度作ったことがあるだけだ。材料はわかるけど細かい手順は忘れているよ。たしか酵母は干しぶどうからできるってのは覚えてる」

「そこらへんの知識は職人が秘匿するものだと思うのだがな」


 進はインターネットや書籍で簡単に調べられることだったのであっさりと知識を披露したが、本職たちにとっては飯のタネだ。できるだけ隠す方が自然だった。


「まあ、いい。小麦粉もあれば助かるんだな?」

「パンだけじゃなく麺類にもできるしあれば助かりますね。保存もききますし。あ、そうそう」


 ラーメンもパスタも無理で、うどんがなんとかできるかなと思いつつ、ふと思いついたことを付け加える。


「なんだ?」

「レシピを書きますけど、こちらにない材料を使った料理も紹介するので、宴会で作ってくれというのは無理です」

「わかった」


 頷いてガージーは少し迷う様子を見せた。


「これで最後なのだが、あそこにいる人族らしき女。あれはなんだ? 普通の人族というには違和感がある。これは興味からの質問なので、答えられない事情があるならなにも話さなくていい」


 ガージーが示したのはリッカだ。

 リッカの見た目は人族で、行動も人族のものだ。しかし感じられる魔力が人族に似たなにかだった。差をたとえるなら魔力に温かみがないといった感じだった。

 これまでに感じたことない魔力で、あえて言うならアンデッドに近いが、アンデッドともまた違う。

 近づけばわかるが体臭もなく、さらにガージーを戸惑わせるだろう。

 進はワークドールといって通じるかわからないため、別の説明をする。


「彼女は人形が意思を持って動き出した存在ですよ。大昔の魔法使いによって生み出されたと聞いていますね」

「人形か。言われてみればなるほど」


 はっきり人族ではないと断言されて、そういった見方をすれば無機物めいたものを感じ取ることができた。

 ワークドールに関しては知らなかったらしく、進の説明で思い当たるものがなく、そのまま人形が意思を持った存在だと受け入れた。


「しかしなぜそのような存在がここに?」

「ちょっと時間ができたので南の方の調査に行ったら、彼女関連の騒動が起きましてね。それを解決し、また眠りにつくか起きているかどうする決めかねた感じだったので、ひとまずここに来てもらったんですよ」


 そういうことかと納得したガージーは、この枯れた大地にもいろいろなものがあるなと感心する。

 時間ができたら宝探しのつもりで、ぶらついてみるのも面白いかもしれないと思いつつ辞去することにした。


「それじゃ失礼する。今日は楽しめた、次も楽しみにしている」


 そう言うとガージーは離れていき、席を立っていたローランドたちに合流し、帰っていった。

 進たちは席に座り直し、宴会を楽しみだす。

 自由に舞台で演奏する者もいなくなり、酒もなくなり、そろそろお開きだろうとビボーンに声をかけられ進は舞台に立つ。


「今日は皆楽しんでもらえただろうか。相撲は盛り上がり、その後の演奏も良いものだったと思う。料理も美味くできていた。収穫祭としては成功だろう。最後は片付けを皆でやって終わりだ」


 以前の宴会と同じく舞台に皿を集め、机と椅子を端に寄せる。

 ノームたちと飼育場組は解散となり、残ったメンバーでフィリゲニスが出した水で皿をさっさと洗って、倉庫に運ぶ。

 大人数なので短時間で皿洗いなどは終わって、ナリシュビーたちも解散になった。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 始めは進とビボーンだけだったのが遂に収穫祭が開けるまでになったんですねえ 片や魔王討伐の修行中ですが道はどこで交わるのやら
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