56 相撲と開花
家ではラムニーがリッカと一緒に壁の隙間をモルタルを使って埋めていた。モルタルはノームからわけてもらったのだ。
リッカは器用に手早くやっていて、ラムニーは丁寧な仕上げを心がけてかゆっくりと作業を進めている。
「ただいま」
「おかえりなさい」「おかえりなさいませ」
「フィズとビボーンはまだ帰ってきてない?」
ラムニーたちが頷く。
「いろいろと見て回ってきたんですよね。どんな感じでした?」
ラムニーは手を止めて聞く。作業しながら会話をすると作業が荒くなるので一時中断したのだ。
「大きな問題はなかったよ。グローラットも花も作物も順調に育っていた。花はロンテたちが開花を楽しみにしていた。明日にも咲くとイコンが言っていたな」
「咲くんですか。楽しみです。明日見に行っていいですか?」
「いいぞ。その程度、駄目と言う気はないからわざわざ許可をとろうとしなくてもいい」
進がそう言うとラムニーは笑顔になる。
「あとはグルーズたちから頼み事をされたくらいだな」
「どのような頼み事でありますか」
「魔物の闘争本能を解消するにはって相談があって、その解決策として俺の故郷にある競技をやってみようということになっている。夕食後に食堂で話し合うつもりだ」
相撲について説明していき、もしかすると好んで見物する人も出てくるかもと考える。
宴会のときにやってもらうのもありだなと、グルーズたちに説明するときに提案してみようと思う。
相撲の説明を終えて、壁の補修作業を手伝いながら、進はリッカに聞いてみたいことがあったのを思い出す。
「リッカは肉をミンチにするレシピを持っているか」
「はい、ありますよ。肉団子スープやハンバーグ、スコッチエッグ、ひき肉のグラタンなどがあります」
「ああ、あるのか」
「ですが道具がなくてひき肉を作ることはできません。ナイフで刻むにしてもどうしても荒くなってしまいますし」
「そうなんだ。魔法でどうにかできないのか? 器に蓋をして風の魔法で中に入れた肉を粉々にするとか」
「そういった魔法を見たことはありませんが、フィズ殿ならばできるのではないでしょうか。一度相談してみるであります。ひき肉ができたとして、どのような料理を望むのですか?」
「ハチミツをもらえるという話の流れで、肉団子とかに照り焼きソースというのを使いたいとロンテと話しているときに思ったんだよ。そういやグローラットの肉質って、牛豚鶏のどれに近いんだ?」
「豚であります。照り焼きソースというものを使った料理について興味があります」
新しいレシピということでどのようなものがあるのか催促するリッカ。
ハチミツを使うソースということでラムニーも興味を示す。
照り焼きソースを使った料理について話しているうちに、フィリゲニスたちが帰ってくる。
リッカが夕食の準備を始め、互いに今日あったことを話していると、家の外から夕食を知らせる合図が聞こえてきた。
夕食を終えて、進はフィリゲニスとイコンと一緒に食堂に向かう。グルーズたちはまだ食事中だったので、食堂隅のテーブルに座ってのんびりと待つ。
進たちが来て、待っていることに気づくとグルーズたちは急いで食事をすませる。それを見て、もう少し遅く来た方がよかったかと進は申し訳なく思った。
「お待たせした」
「いやもっとゆっくり食べてもよかったんだけどな。早速あんたらに勧めようと思う相撲について説明しようか。場所は屋外でも屋内でもいい。決まった範囲で、一対一でやるものだ」
なにをやってよくてなにをやったらだめなのかという部分を説明していく。
序ノ口や幕内といった番付は今は話す必要はないだろうと省いた。
「俺のところだと神事としても行われることがあったな」
「しんじ?」
「勝負の様子を神にも見てもらい楽しんでもらおうって考えだな」
「そのようなものを闘争本能を解消するためにやっていいのか?」
グルーズたちは重要な儀式的なものだと受け止めたようで戸惑いを表情を表す。
「気にしなくていい。そうすることもあったというだけで、勝負の全てを神に捧げていたわけじゃないし、神聖なものというにはいろいろと問題もあったしな。お前たちが利用しても問題ない」
そもそもの地球の神事なのでこちらでは全く関係ない話だと、心の中で付け加えた。
進が軽く言うのでグルーズたちも納得したようで、遠慮する雰囲気はなくなった。
「まわしを締めて本格的にやるわけでもないしな」
「まわしというのは?」
「相撲をやるときの正装だな。裸になってまわしをして、はっけよいって合図で開始する」
はっけよいというのはどういう意味か問われて、進はわからないと返す。いくつか意味があったというのは知っているが、詳しいことは知らないのだ。
合図として覚えておけばいいと言って納得してもらう。
「とりあえず言葉での説明はこれくらいで、外で実際にやってみるか。手本を見せてみよう、ってグルーズたち相手だと体格が違いすぎるな。フィズ、俺と同じくらいの人型を外で作ってくれないか」
「いいわよ」
「それじゃ外に行こう」
食堂から出て、それなりの広さの空き地で、記憶を頼りに円を描く。
「広さはこれくらいだったはずだ。この中から出たり、転んだりしたら負けになる。それではじめの姿勢はこんな感じ」
力士が開始にとる体勢になる。
体勢をもとに戻した進はフィリゲニスに頼んで、ゴーレムを作ってもらい構えてもらう。
その前で進も同じ体勢をとって、合図前の体勢をグルーズたちに見せる。
「これではっけよいの合図で動く。このまま前に出てぶつかるんだ」
フィリゲニスに頼んでゴーレムの体勢を少し動かしてもらい、がっぷり四つの状態になる。
「ここから相手を転がしたり、押し出したりって感じだな」
言いながら吊り出しでゴーレムを外に出した。
「これは吊り出しって技。相撲だと決まり手って言うな。ほかに上手投げとか押し出しとか引き落としとかいろいろと決まり手がある」
再現できる決まり手をいくつかやってみせる。
「一連の流れはこんな感じだな。一度ゆっくりとやってみてくれ。自分たちでやったら流れがわかるだろ」
土俵から出て、グルーズともう一人を指定して構えてもらう。
進がはっけよいと声をかけるとゆっくり動いてぶつかり合う。どすんっと音がして、そのままグルーズたちは押し合う。
しばしどう動こうか迷っていたようで動きがなかったが、そのままでは勝負がつかないと動きを見せ始める。
吊り出しをやろうとしたり、引き落としをやろうとしたり、進が実際にやってみせた動きを真似ていき、最終的にやっていない寄り倒しが決まり手となった。
「そこまでっ勝者イナレズ。決まり手、寄り倒し。やってみてどうだった? 闘争本能の解消に少しは役立ちそうか?」
やっていた二人に感想を聞いたところ、力を抜いてやったからかいまいちわからないということだった。
ほかの者にもゆっくりめでやらせて流れを掴んでもらったあと、本格的にやってみることになった。
グルーズとイナレズが再戦することになり、合図と同時に先ほどよりも重いずんっとぶつかりあう音がする。
今度はどうすればいいのか止まるようなことはなく、互いに優位にもっていこうと細かな動きが見える。
力も十分以上に込められているようで、歯を食いしばり投げられまいと踏ん張る。
「迫力あるな」
「そうね」
土俵外とはいえ間近で見ている進たちは、巨体がぶつかりあい競い合う光景に見応えを感じていた。
日本では生で相撲と見たことはなかったが、一度くらいは見てもよかったかもしれないと進は思っていた。
今度はグルーズの勝利で終わり、リーグ戦で一通り対戦していく。
土で汚れているグルーズたちに相撲を嫌がる雰囲気はないため、闘争本能の解消はできているのだろう。
「優勝はイナレズだな。おめでとう」
「ありがとう」
そう言うイナレズは疲れた様子だが、どことなく満足そうな雰囲気も漂わせる。
「それで目的だった闘争本能の解消はできたの?」
フィリゲニスの問いかけに、グルーズたちは顔を見合わせる。彼らからは勝てなかった悔しさなどは感じさせるものの、同時にすっきりとした雰囲気もある。
「だいぶ解消できていると思う。また問題が起こるまではスモウをやっていくことでいいと思う」
グルーズの言葉に、熊の魔物たちは頷く。
「解決したのならよかった。んで一つ提案があるんだ」
「なんだ?」
「今の試合は見応えがあった。宴会のときにイベントの一つとしてやってみないか?」
「見ていて面白いものなのだろうか」
「俺のところだと人気のある競技だったし、つまらないものとなじられることはないだろうさ。皆の応援を受けてやってみるのも、普段やるのと違った楽しさがあるかもしれないんじゃないか? まあ、無理にやれとは言わないよ。気乗りしないなら断ってくれていい」
グルーズたちは話し合い、今のところはなんとも言えないという結論を出す。
それに了解と進は返し、これで用事は終わりなためグルーズたちとわかれて家に帰る。
留守番をしていたビボーンたちに結果を話して夜を過ごしていく。
翌朝、朝食を食べた進たちは全員で花畑へと向かう。
ラムニーがそわそわとしていて、進たちもラムニーほどではないが無事咲いているのか気になっていた。
花畑に近づくと歓声が聞こえてくる。
人が多く集まっている気配があり、ナリシュビーたちのほとんどが見物に集まっているのだろう。
「おー咲いてる咲いてる」
白色と薄い黄色と薄い紫の花が、多く咲きほこっている。
ラムニーは目を見開き、両手を口に当てて、言葉なく感動した様子だ。
「うむ、健やかに育ち花開いたな。よいことじゃ」
花を見慣れているイコンも、目の前の光景には嬉しげに微笑みを浮かべた。同時にこれまで細やかに手入れをしてきたナリシュビーたちにも祝辞を送る。
進たちに気づいたナリシュビーの女王が近づいてくる。隠そうともしない上機嫌な表情だ。
「おはようございます」
「おはよう。咲いたな」
「はい。ここまで見事に咲きほこった花を見るのは初めてです。これが今年だけの風景ではないということが本当にもう嬉しくて」
ナリシュビーたちの表情を見れば、誰もが同じ気持ちだとわかる。
そして先祖の誰もが見たかったであろう風景だと思うと、感動はひとしおだった。
ナリシュビーの女王はすっと背筋を伸ばして、進たちを真剣に見つめる。
「あなた方に出会えたおかげで、私たちはこの感動を味わうことができました。ナリシュビーをあの安全ではありますが不安もある洞窟から連れ出してくれて、未来を授けてくださりありがとうございます」
「うん、まあ、礼は受け取る。蜂蜜を楽しみにしているよ」
心のこもったまっすぐな礼に進たちは若干戸惑った様子で返す。
進たちはそう深いことを考えてナリシュビーを廃墟に移住させたわけではない。労働力を欲しただけなので、大仰な感謝を向けられても戸惑うのだ。
「はい。大量の蜂蜜を作ることはまだできませんが、それでもこれまでより多くの量を確保できます。半月もしたら、皆様に渡すことができることでしょう」
「そういや蜜を集めるのってどうやるんだ? 蜂は口で吸って集めるって聞いたことがあるが」
「私たちは魔法を使います。専用の魔法が昔から伝わっていますから」
蜂の虫人に伝わる独自魔法で蜜を欠片にして、木の器に集めていくのだ。
集まった小さなそれを一つの桶に入れて、少量の水と去年の蜂蜜を少しと小さな子供たちの唾液を欠片に注いで液状に戻す。あとは時間をかけて混ぜながら水分を飛ばして完成となる。
大人の唾液でも蜂蜜になるが、ナリシュビーの求める質には届かない。小さな子供が持つ特有の酵素が必要だった。
「ちょっと使ってみましょう」
女王は花に近づき、魔法を使う。
「求めたる、花の恵み、欠片へ。ハニーピース」
魔法がかけられた花の下に手のひらを移動させ、花をそっと揺らす。すると小さな一ミリもない粒が女王の手のひらに落ちた。
「これが蜜の欠片ですね。これを毎日集めていきます。花は一ヶ月弱咲き続けますから、ある程度溜まったら蜂蜜へと加工していきます」
花畑担当のナリシュビーたちが木の器を持って、魔法を使い始める。
「最初に出来上がる蜂蜜はいつくらいになる?」
「そうですね……急いで十五日後くらいでしょうか。最初にできたものを納めますか?」
「いや、それよりもある程度量が溜まったらグローラットの屠殺に合わせて一緒に宴会に出すってのはどうだ。収穫祭って感じで。時期はだいたい一ヶ月後くらいだ」
それくらいならナリシュビーたちに必要な分を確保して、あまりを宴会に出せるくらいには蜂蜜ができあがっているのではと聞く。
「全員に蜂蜜を出すとなるその時期でも量は足りないかと」
「じゃあ蜂蜜を使った料理を一品出すって感じなら? 醤油と蜂蜜を使ったソースがあるんだ。そのソースの肉料理を出してみんなに食べてもらう」
「それなら大丈夫かもしれません」
収穫祭開催の方向で行こうということなり、レシピをナリシュビーの料理担当に教えておくことになる。
ゲラーシーやグルーズたちにも一ヶ月後の予定を進から知らせることにする。
女王と収穫祭について話したあと、ナリシュビーたちの作業の邪魔にならないように進たちは少し花畑から離れて、しばらく花や働くナリシュビーたちを見物していた。
感想と誤字指摘ありがとうございます