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55 住民のあれやこれ

 山の魔物たちがやってきて少し時間が流れる。

 夏の暑さが緩んできて、だいぶ過ごしやすくなっている。日本だと虫の鳴き声が秋の始まりを知らせている時期なのだろう。しかしここらでは虫はまだ少なく気温の変化くらいが季節の移り変わりを知らせるものだった。

 季節が変わるから衣替えというわけではないが、進たちはリッカが作ってくれた服に着替えている。

 無地のシャツにズボンやスカートというシンプルなものだが、家事に優れたリッカが丁寧に作ったので着心地は良かった。

 もともと着ていたスーツなどは、それらに使われている縫製技術を学びたいというリッカに預けられている。補修できる範囲でやり、大事に保管されている。


 リッカの作った昼食を終えて進は拠点を出る。一緒に行くのはイコンだけだ。

 フィリゲニスはノームたちから大量の粘土確保のため助力を頼まれ、ラムニーは拠点に残ってリッカから家事を学び、ビボーンは見回りのナリシュビーに同行している。南の方で魔物の姿が見えたそうで、その対処のためナリシュビーに運んでもらう形で向かったのだった。

 二人の出てきた拠点はだいぶ修復が進んでいて廃屋といった雰囲気は消えている。中身もリッカによる掃除が進んでいて、古い建物という感じだ。もう家と呼んでもいいだろう。

 久々の二人きりの移動ということで、イコンが楽しげにしている。思いきって肩に手を置いて一緒に移動すると言うので、それくらいならと進は受け入れている。

 触れていることにたかぶっているイコンに、そこまで興奮するようなことかと進は思いながら歩く。


「村長たち、ようこそ」


 出迎えてくれたのは二人が来たことに気づいたブルだ。ちょこちょこと近づいてきて見上げながら口を開いた。


「なにか用事?」

「いや用事はない。グローラットがどれくらい育ったかを見に来ただけなんだ。勝手に見てるから相手しなくていいよ」

「わかった」


 頷いたブルは掃除道具を出し始めた仲間の手伝いに向かう。 

 二人は飼育場として開けた穴を覗き込む。


「順調に育っておるのう」

「そうだな。お腹の膨らんだグローラットもいるし、このまま何事もなく増えていってほしいもんだ」


 芋が口にあったようで丸々としたグローラットが穴の中をうろちょろしている。

 ローランドの羽の影響でまだ委縮していて、繁殖速度は遅いらしい。だがそれはわかっていたことであり、それ以外の異常は見えないとグルーズから報告を受けている。

 グローラットの大きさは兎のジャイアントドワーフくらいで、食用に潰すものはここまで育てることはないということもグルーズから聞いていた。

 あと数日で子供が生まれて、さらに数日して初めてグローラットの肉が食卓に上がるという予定だ。本格的に肉が出てくるようになるのではなく、一度試しにということらしい。


「どんな味なんだろうな」


 フィリゲニスはまあまあの味と言っていたが、ネズミ肉を食べたことのない進にとっては未知の味だ。楽しみなようで不安もある。あまり口に合わないようなら、魔法で牛豚鶏のいずれかに変えてしまおうと考えていた。

 掃除を始めたブルたちの様子を眺めていると、グルーズが近づいてくる。

 ブルと同じようになにか用事があったのかと聞く。


「グローラットはどんな様子かなと。順調にいってる?」

「今のところ問題は起きていない。今後を考えるのならもう少し労働力を増加した方がいいかもしれないが」


 どんどんグローラットが増えていく予定で、その世話に今の魔物の数で足りてはいる。しかしそれに加えて食肉加工へも労働力を割く必要があるため、人手が足りなくなりそうだった。


「そこらへんは遊びに来ているローランド様たちからも聞いている。次に送ってくる魔物の選定も進んでいるそうだ」


 ローランドたちは週一といった間隔でボウリングをやりに来ていた。一緒にクロセーヌも子供を連れてきている。

 廃墟にいる子供たちが働いている時間に来るので、レーンは空いていて思う存分楽しんでいる。

 部下たちも一緒に来ており、彼らはピンを立てたりと対戦相手を務めたりと遊ぶローランドたちの補助をしていた。

 ボウリングだけではなく、たまにグランドゴルフにも手を出したりしている。

 彼らは来るたびに、ボウリング場利用の代金として布や砂糖といった調味料を持ってきて、廃墟の住人たちにそれが与えられるためローランドたちの来訪は歓迎されていた。


「忙しくなり始めたと思ったら知らせてくれ、俺からローランド様たちに伝える」

「わかった。そのときはよろしく頼む」


 そう言ったグルーズは少し迷った様子を見せる。

 なにか言いたいことがあるのだろうと思い進は促す。


「飼育場のこととは別に相談したいことがあるのだが、いいだろうか」

「いいぞ。解決できるとはかぎらないが、とりあえず言ってみてくれ」

「俺たちは見てわかるように魔物だ。どうしても闘争本能というものはある。俺も大きくはないが持っている。それを発散したいんだが、暴れるのはローランド様に禁止されていて、どうすればいいのかと思ってな」

「虫人たちについて行って狩りを行えばいいのではないのか?」


 イコンがすぐに案を出す。しかしグルーズは首を振った。


「狩りはあまり得意ではなくて、闘争本能を満たすのは難しいのです」

「山にいたときはどうしておった」

「格上の知人に挑むことでなんとか。争い事自体がそんなに得意ではないので、あまり本能を満たせてはいなかったのですが」

「ではここでも仲間同士でやりあうことでなんとかならんのか」

「手加減が上手いわけではないので怪我してしまう可能性が高いです。小さな怪我ならいいですが、大怪我すると仕事に支障がでてしまいます」

「そうか、困ったのう」


 イコンがいい解決案がないかと首を捻る。


「仲間同士で喧嘩というかぶつかるのは問題ないんだよな?」


 進が確認のため聞くと、グルーズは頷いた。


「ああ。どうしようもなくなったらやろうと思っているしな」

「怪我しないようにしっかりルールを決めてやればいいと思う。俺の故郷に相撲って競技があるんだがやってみないか」


 決めたルール内でおもいっきりぶつかれば闘争本能が満たせるのではと考えたのだ。

 レスリングでもよかったが、ルールの把握は相撲の方ができているのでそちらを提案する。

 プロレスも候補として浮かんだが、リングの準備が無理で、派手な投げ技が危なそうだったので進は口に出すこともなかった。


「一度やってみようと思う」

「だったら作業を終えた夕食後に、詳しいことを話すとしようか。食堂に留まってくれ」

「わかった」

「ちなみにブルたちは大丈夫なのか?」

「あいつらはじゃれあいで解消している」


 ブルたちは子供の頃から怪我しない程度の取っ組み合いをしていて、闘争本能に関しては解消できている。

 夜にブルたちが集まってじゃれあっているのをグルーズたちは見かけることがあるのだ。


「問題ないならよかった。じゃあ俺たちはほかのところに行くよ」


 飼育場から離れ、次に進は花畑を目指す。そろそろ開花らしいのだ。

 花畑では管理をするナリシュビーのほか、ナリシュビーの子供たちの姿も見える。

 雑草を抜いたり、空から水をかけたり、元気のない花を探し大人に知らせたりと手伝いをしている。


「おじ様! イコンちゃんも」

「こんにちは。今日はここの手伝いか」


 空を飛んで近づいてきたロンテの手には土製のジョウロがあった。


「花が咲くところが見たいから、最近はずっとここの手伝いをしているの」

「ナリシュビーにとっては開花は一大イベントなんだな。順調に咲きそうか?」

「うん」

「この感じだと明日には咲き始めるわね」


 花畑から感じられる開花の気配というものを感じ取ったイコンが言い、ロンテは嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ハチミツもたくさんできそうだって。そっちも楽しみ」

「俺も楽しみだな。評価が高いそうだから食べてみたい」


 ハチミツが取れたら分けてもらえるとナリシュビーの女王から話がきていたのだ。

 地球で食べたものと違いはあるのか楽しみにしていた。


「ハチミツと醤油を合わせたら照り焼きソースも作れるしな。そのソースを使った肉料理も美味いぞ」

「食べてみたい! 楽しみが増えた」

「そうだな」


 照り焼きソースはグローラットの肉に使うことになるだろう。その肉質が鶏肉に近いならそのままで、牛と豚に近いならハンバーグやつくねのように加工して使おうと進は考える。

 これまでの食卓でひき肉の料理が出てきていないことから、肉を潰す技術やレシピがあるのかリッカやナリシュビーの料理人に確認しておこうとも考えた。

 考えているうちにロンテは手伝いに戻り、かわりに管理担当のナリシュビーが近づいてくる。


「村長、なにかご用事ですか?」

「ただ寄っただけだ。順調に育っているみたいだな」

「はい。これまでに見たことないほど多くの芽が出て、大きく育ってくれました。蕾も綻びかけていていよいよなのだと皆が楽しみにしています」

「子供たちも早く花が見たいそうだ」

「ええ、まだかまだかという声がたまに聞こえてきます」


 微笑ましそうにナリシュビーが言う。

 

「順調なのはわかったが、なにか困ったこととかハプニングとかはあったか?」

「いえ、特に。ああ、女王と話して今日の夕食後頼みに行こうと思っていたことがあります。花が開いたら畑の作業に人を多く使いたいので見回りをこちらに回したいのですが」

「警備の方はそのまま?」

「はい。こちらに回すのは見回りと生産関連で手が空いている者です」

「廃墟の外を見張る人がいるなら大丈夫だと思う。あとでビボーンたちにも伝えておくけど、彼らも頷くと思う」

「ありがとうございます」


 ほかに連絡事項はないということで、子供たち用に水をはちみつレモンドリングに変えて、その場を離れる。

 それを知らされたのか子供たちの歓声が背後から聞こえてきた。

 次の目的地はノームが作っている畑だ。

 畑には綺麗に列になって芽が出ている野菜がある。ぱっと見は病気になどなっていないように見えた。

 こちらも雑草を抜いているノームやナリシュビーがいる。ノームのまとめ役であるゲラーシーは粘土採取の方に行っているようで姿は見えない。

 今日は土に魔法をかける必要があるかどうか聞くため、作業中のノームに声をかける。

 そのノームは手についた土を払い、立ち上がる。


「まだ大丈夫ですよ。魔法は粘土の方にかけてもらいたいです」

「粘土はなにに使うんだ?」

「レンガを作ろうと話してますね。そのレンガで窯を作って、壺などを焼くつもりです」


 ゲラーシーたちがここに移住してきたばかりの頃に言っていたなと進は思い出した。

 ノームたちは窯作りを本格的に進めるつもりになったのだ。


「素焼き? それとも釉薬を塗るのか?」

「最初は素焼きですねー。その後作った窯の癖なんかを探って、陶磁器を作る予定です」

「了解した。じゃあ次は作物についてだ。俺から見て問題なく成長しているように見えるが、病気になったとかそういうことは?」

「成長がやや遅いといったものはありますが、病気のものは今のところありません。村長とイコン様の魔法に加えて、太陽の下でのびのびと育てられるので、故郷よりも順調なくらいです」

 

 そりゃよかったと進は頷いて、現状なにか困っていることがあるか尋ねる。

 聞かれたノームは少し考えて首を振った。


「今はないですね。この先、畑を拡大していくと労働力が足りなくなりますが、それはたしか森の魔物をこっちにあてると聞いています」

「そのつもりだな。イコン、そのことは魔物たちに知らせてある?」

「うむ。こっちでやる作業として伝えてある。森だと畑を作らずとも実りは豊富なので、畑仕事の経験はないがの」

「そこは私たちで教えますので、暴れないように言い含めてもらえればありがたいです」

「伝えておこう」


 もともと血気盛んというわけでもない。自分が滞在していて抑止力になるし、言えば聞いてくれると確信を持っている。


「その魔物たちもグルーズたちみたいに闘争本能を解消する必要があるんだろうか」


 グルーズたちから聞いたばかりのことなので気になり、進はイコンに尋ねる。


「狩りに連れて行けば大丈夫じゃと思う、森ではそうしておったよ。それで駄目そうならそのとき解決に動けばよかろうて」

「そうするとしよう」


 畑の様子を見た進たちは池に寄って魔法を使うと、家に戻る。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 闘争本能ですかー 持ってはいるけど持て余してるというか どう発散すればいいのか今も昔も困ってるんですな
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